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第30話 百聞はボサノバにしかず 6
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周囲の通行人──すっかり足を止めて文哉と千代田組の二人との喧嘩を観戦する野次馬達からどよめきの声が上がる。
囲むように出来た人だかりに何事かと後からまた人が集まってきていた。
目立ちすぎだな、と文哉が姿勢を整えて立ち上がりそうぼやく。
大事にする気は無かったし警察に厄介になるのも面倒であった。
人助けの為とはいえ暴力行為を警察が見過ごすわけはない、感謝一つで済ましてくれはしないだろう。
警察以前に野次馬の集まり具合に文哉の事がネットに晒される可能性もある。
それが善意であれ、悪意であれ面倒なのは確かだ。
振り返り女性の安全を野次馬にでも任せる為に一言声を掛けようとした瞬間、文哉の右足を馬宮が掴んだ。
「しぶといな、アン──」
「平家っ!」
馬宮の掛け声にいつのまにか起き上がっていた平家が飛び込んでくる。
顔の前に両手を交差して構えた、フライングクロスチョップ。
文哉は咄嗟に防御することが出来ず、喉元に平家の×字に構えた両手がぶつかった。
馬宮に足を掴まれ固定された文哉の身体が後ろに倒れ、頭からアスファルトに叩きつけられた。
飛び込んだ平家も胸からうつ伏せに着地した。
野次馬のどよめきより、キャー、と大きく女性の悲鳴が聞こえる。
強く打った後頭部の痛みに響く。
響く痛みが文哉の意識をハッキリとさせていた。
油断したな、と文哉は僅かに反省する。
足をバタつかせるように動かして馬宮の拘束から逃れる。
ちっ、と舌打ちする馬宮の顔面を蹴る。
仰向けに倒れた姿勢のままだったので力が入らなかったのか、馬宮はそれを物ともせずに再び文哉の足に掴みかかろうとしていた。
文哉は横向きに転がり、馬宮の掴みを回避する。
「しぶといのぉ、ニイチャン」
うつ伏せになっていた平家が起き上がる。
横に転がる文哉を追いかけて踏みつけようと足を上げた。
文哉はそれを転がりながら横目で見て、平家が足を上げたタイミングで軸足である左足めがけ、独楽のように身体を水平に回転させ足を払った。
足を払われた平家が馬宮に覆い被さるように倒れる。
文哉は回転の勢いを利用して身体を捻り、頭のそばを手で押して跳ねるように起き上がった。
野次馬が、おおー、と感嘆のどよめきを上げる。
警察はまだか、と文哉は見回すものの野次馬以外が見えないくらい人だかりが集まっているだけだった。
「オイ、馬宮、起きろ!」
平家の下敷きになった馬宮が口から涎を垂らし気絶していた。
平家が頬を叩くも何の反応も示さなかった。
「たくっ、ますますタダで帰せなくなったぞ、ニイチャン」
「ソイツ連れておとなしく帰れよ、アンタ」
平家が立ちあがり構える。
やはりボクシングの構えでようで、身軽さは感じないどっしりとした構えだ。
文哉も構えた。
鋭く息を吐き、半身を後ろにずらす。
両腕は腰の高さで前後に構えた。
文哉と平家、二人の距離は互いに一歩踏み込む程度の間だった。
その一歩を平家が先じて踏み込む。
おらぁっ、と怒声をあげながら右手を大きく振りかぶる。
文哉の顔面めがけ、飛び込むようなジョルトブロー。
文哉はそれに合わせ、軸足となる前に出した左足に力を込めて右足を振り上げた。
平家も、周りを囲む野次馬も、何が起きたのかと一瞬理解が遅れるほどの速さで振り抜かれる上段回し蹴り。
初撃の繰り返しのようでいて、それとは全く異なる速度と衝撃が平家の身体を吹っ飛ばした。
大の大人、それも威圧感を与えるほどガタイの良い大男が軽々しく吹っ飛ばされる様に、先ほどまで観客めいて歓声をあげていた野次馬たちが息を飲んだ。
平家はアスファルトに叩きつけられると二度ほど横に転がって、白目を剥いて仰向けに倒れた。
野次馬たちがそれを見て、小さく悲鳴を上げる。
文哉は小さく息を吐いて、構えを解いた。
振り返って今度こそ女性に声をかけようとするも、女性は目を丸くして二人の横たわるヤクザを見ていた。
「あー、その、大丈夫?」
「え、あ、はい、だ、大丈夫、です」
怯えたような目で女性は文哉を見る。
野次馬たちも息を飲んでその様子を見てくる。
勘弁してくれよ、と文哉は手を広げこめかみを押さえた。
「あ、いや、あの、助けてもらって、あの、ありがとう、ございます」
女性は首を横に振って言葉をたどたどしく続ける。
女性の言葉を聞いてか、ようやく野次馬たちがヤクザ二人を倒したことを称賛し始めた。
どよめきのような歓声が上がる。
「あー、今さらなんだけどさ、どうしてこんなことになったの?」
文哉は横たわるヤクザ二人組を指差して女性に問いかける。
女性がそれに戸惑いながらも答える為に口を開こうとすると、野次馬の後ろから、やっと警察来たか、と声が聞こえた。
女性は慌てた素振りで文哉の手を掴んだ。
えっ、と驚く文哉のことを引っ張る。
「話は一旦ここを離れてからにしませんか?」
懇願するような面持ちで言われ文哉は、わかった、とだけ返事して引っ張る女性についていった。
野次馬に向かって、すみません、と女性が頭を下げると野次馬たちは戸惑いながらも道を開けた。
囲むように出来た人だかりに何事かと後からまた人が集まってきていた。
目立ちすぎだな、と文哉が姿勢を整えて立ち上がりそうぼやく。
大事にする気は無かったし警察に厄介になるのも面倒であった。
人助けの為とはいえ暴力行為を警察が見過ごすわけはない、感謝一つで済ましてくれはしないだろう。
警察以前に野次馬の集まり具合に文哉の事がネットに晒される可能性もある。
それが善意であれ、悪意であれ面倒なのは確かだ。
振り返り女性の安全を野次馬にでも任せる為に一言声を掛けようとした瞬間、文哉の右足を馬宮が掴んだ。
「しぶといな、アン──」
「平家っ!」
馬宮の掛け声にいつのまにか起き上がっていた平家が飛び込んでくる。
顔の前に両手を交差して構えた、フライングクロスチョップ。
文哉は咄嗟に防御することが出来ず、喉元に平家の×字に構えた両手がぶつかった。
馬宮に足を掴まれ固定された文哉の身体が後ろに倒れ、頭からアスファルトに叩きつけられた。
飛び込んだ平家も胸からうつ伏せに着地した。
野次馬のどよめきより、キャー、と大きく女性の悲鳴が聞こえる。
強く打った後頭部の痛みに響く。
響く痛みが文哉の意識をハッキリとさせていた。
油断したな、と文哉は僅かに反省する。
足をバタつかせるように動かして馬宮の拘束から逃れる。
ちっ、と舌打ちする馬宮の顔面を蹴る。
仰向けに倒れた姿勢のままだったので力が入らなかったのか、馬宮はそれを物ともせずに再び文哉の足に掴みかかろうとしていた。
文哉は横向きに転がり、馬宮の掴みを回避する。
「しぶといのぉ、ニイチャン」
うつ伏せになっていた平家が起き上がる。
横に転がる文哉を追いかけて踏みつけようと足を上げた。
文哉はそれを転がりながら横目で見て、平家が足を上げたタイミングで軸足である左足めがけ、独楽のように身体を水平に回転させ足を払った。
足を払われた平家が馬宮に覆い被さるように倒れる。
文哉は回転の勢いを利用して身体を捻り、頭のそばを手で押して跳ねるように起き上がった。
野次馬が、おおー、と感嘆のどよめきを上げる。
警察はまだか、と文哉は見回すものの野次馬以外が見えないくらい人だかりが集まっているだけだった。
「オイ、馬宮、起きろ!」
平家の下敷きになった馬宮が口から涎を垂らし気絶していた。
平家が頬を叩くも何の反応も示さなかった。
「たくっ、ますますタダで帰せなくなったぞ、ニイチャン」
「ソイツ連れておとなしく帰れよ、アンタ」
平家が立ちあがり構える。
やはりボクシングの構えでようで、身軽さは感じないどっしりとした構えだ。
文哉も構えた。
鋭く息を吐き、半身を後ろにずらす。
両腕は腰の高さで前後に構えた。
文哉と平家、二人の距離は互いに一歩踏み込む程度の間だった。
その一歩を平家が先じて踏み込む。
おらぁっ、と怒声をあげながら右手を大きく振りかぶる。
文哉の顔面めがけ、飛び込むようなジョルトブロー。
文哉はそれに合わせ、軸足となる前に出した左足に力を込めて右足を振り上げた。
平家も、周りを囲む野次馬も、何が起きたのかと一瞬理解が遅れるほどの速さで振り抜かれる上段回し蹴り。
初撃の繰り返しのようでいて、それとは全く異なる速度と衝撃が平家の身体を吹っ飛ばした。
大の大人、それも威圧感を与えるほどガタイの良い大男が軽々しく吹っ飛ばされる様に、先ほどまで観客めいて歓声をあげていた野次馬たちが息を飲んだ。
平家はアスファルトに叩きつけられると二度ほど横に転がって、白目を剥いて仰向けに倒れた。
野次馬たちがそれを見て、小さく悲鳴を上げる。
文哉は小さく息を吐いて、構えを解いた。
振り返って今度こそ女性に声をかけようとするも、女性は目を丸くして二人の横たわるヤクザを見ていた。
「あー、その、大丈夫?」
「え、あ、はい、だ、大丈夫、です」
怯えたような目で女性は文哉を見る。
野次馬たちも息を飲んでその様子を見てくる。
勘弁してくれよ、と文哉は手を広げこめかみを押さえた。
「あ、いや、あの、助けてもらって、あの、ありがとう、ございます」
女性は首を横に振って言葉をたどたどしく続ける。
女性の言葉を聞いてか、ようやく野次馬たちがヤクザ二人を倒したことを称賛し始めた。
どよめきのような歓声が上がる。
「あー、今さらなんだけどさ、どうしてこんなことになったの?」
文哉は横たわるヤクザ二人組を指差して女性に問いかける。
女性がそれに戸惑いながらも答える為に口を開こうとすると、野次馬の後ろから、やっと警察来たか、と声が聞こえた。
女性は慌てた素振りで文哉の手を掴んだ。
えっ、と驚く文哉のことを引っ張る。
「話は一旦ここを離れてからにしませんか?」
懇願するような面持ちで言われ文哉は、わかった、とだけ返事して引っ張る女性についていった。
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