ファンキー・ロンリー・ベイビーズ

清泪─せいな

文字の大きさ
上 下
28 / 120

第28話 百聞はボサノバにしかず 4

しおりを挟む
 夜の七時を回り仕事が終わり文哉は帰路につく。
 職場から自宅のアパートまで徒歩で十五分ほどあるので、通勤には自転車を使っている。
 免許を持たない文哉は同僚達が車に乗って帰っていくのを見て、いい加減免許を取りに行かないとな、と何度も考えるのだがその為のお金を貯めることを億劫にも思っていた。
 お金の使い道なんて趣味の音楽まわりしか無いので大きな散財は無いのだが、かといって収入自体が少ないので貯金は気軽に貯まらなかった。

 午前十時から午後七時まで。
 そんな仕事が定時に終わることなんてここ最近まで無かったことだった。
 むしろ、定時とは?、といった感じで残業当たり前の仕事だったので、体力的にキツくても収入としては良い仕事ではあった。
 それが最近は物量が減りつつあって、定時終わりどころか定時より早く終わる日まで増えてきた。
 派遣アルバイトの契約として固定給ではなかったので、早く帰れることは給料に直結して痛い話だった。
 作業員の中での噂によると、最近の街の治安の悪さから取引先から手を引かれてるらしい。
 主取引先の大手スーパー以外の細かな取引先が他の物流会社に乗り換えていっているそうで、確かにここ最近見なくなった荷物があるなと文哉も納得していた。

 自転車で走りながら夜の街を眺める。
 倉庫などが多い五丁目を抜けてパワーワークステーションの事務所がある三丁目へと向かう。
 若者の街と呼ばれる三丁目は夜遅くまで騒がしい場所であったが、それもあってかそこに古くから建っていたアパートの家賃は他の物件より安かった。
 買い物する場所や市外への交通など利便性は年々増していくので、普通なら土地代と共に家賃も上がりそうなものだが騒音で人が住み着かないという一点で安値に抑えられていた。

 騒がしい場所というと、通りすぎる事になる四丁目も夜になると騒がしい──賑やかな様相に変わる。
 水商売系の店が一斉に開店して客を迎え入れる為にネオンを輝かせる。
 直視してると目が眩みそうなほど眩しい街を文哉は自転車を漕ぐスピードを緩めて眺めていた。
 休憩時間に聞いた伊知郎からの話が少し気になっていた。
 ここ最近、治安が悪くなったとよく聞く話だったが何かしらの事件に巻き込まれるのは面倒だった。
 だから一度、警戒がてら街を観察するのも必要かもしれないと文哉は考えた。

「ちょっと、離してよ!!」

 そうやって自転車を漕いでる文哉の耳に女性の声が聞こえてきた。
 危機感が含まれる怒声に、文哉は自転車を止めて声のする方を探す。
 四丁目、仕事帰りのサラリーマン達が飲み屋を探すのに大勢往来する通りで、小柄の女性が背広姿の男性に腕を掴まれていた。
 紫のダウンジャケットを着た女性が背広姿のがたいの良い男二人に絡まれていて、それに巻き込まれないように通行人たちが距離を開けて様子を窺っていた。

「そんなにつんけんしなくてもいいじゃねぇか、ネェチャン。ちょっと聞きたいことがあるだけだって、言ってるだろ」

 紺の背広服の男が女性の腕を掴んでいた。
 金髪に日焼けた肌、口もとには濃い髭があり、眉は剃っていて無かった。
 小柄の女性と比較すると倍ぐらいあるように見える大柄の体格で、女性が抵抗するも気にもとめていなかった。
 その後ろに立つ濃緑の背広服の男は周りの通行人たちに睨みをきかして近づかないようにしていた。
 携帯電話を取り出そうとする素振りでも見せるなり通報を警戒して怒鳴っている。
 茶髪のオールバック、襟足が妙に長い。
 耳にピアスを数個つけていて、ネオンを反射してかキラキラと光っていた。

 文哉は自転車を降りてその場に停めると、すたすたと三人に近づいていく。
 その様子に気づいた通行人が何か声をかけようとしていたが、文哉はそれを無視して進んだ。

「こんな通りで何やってんだ、アンタら?」

 文哉は女性を掴んでいた男の手を掴んで離し押し払う。

「なんだ、テメェ!」

 紺の背広服の男が文哉を睨み凄む。
 押し払われた腕を文哉の胸ぐらを掴むために伸ばす。
 文哉はその腕を右手で掴み、左手で男の手首を掴むと捻る。
 男が苦痛の声を漏らす。
 文哉は間髪いれずに右手で男の腕をねじり、男の背中側で腕の関節を決める。

「い、たたたたたたたっ!」

 紺の背広服の男が大声を上げる。
 文哉は男の膝裏を蹴って男を跪かせた。

「何やってんだって聞いてんだよ。警察来る前にもう帰れよ、アンタら」

 文哉は周りの通行人に目をやった。
 それを合図として受け取ったのか、通行人の一人が携帯電話を取り出して警察に通報をする。
 なんて説明するんだろうな、と文哉は思ったが視線を濃緑の背広服の男に移した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

優等生の裏の顔クラスの優等生がヤンデレオタク女子だった件

石原唯人
ライト文芸
「秘密にしてくれるならいい思い、させてあげるよ?」 隣の席の優等生・出宮紗英が“オタク女子”だと偶然知ってしまった岡田康平は、彼女に口封じをされる形で推し活に付き合うことになる。 紗英と過ごす秘密の放課後。初めは推し活に付き合うだけだったのに、気づけば二人は一緒に帰るようになり、休日も一緒に出掛けるようになっていた。 「ねえ、もっと凄いことしようよ」 そうして積み重ねた時間が徐々に紗英の裏側を知るきっかけとなり、不純な秘密を守るための関係が、いつしか淡く甘い恋へと発展する。 表と裏。二つのカオを持つ彼女との刺激的な秘密のラブコメディ。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】愛猫ともふもふ異世界で愛玩される

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
状況不明のまま、見知らぬ草原へ放り出された私。幸いにして可愛い三匹の愛猫は無事だった。動物病院へ向かったはずなのに? そんな疑問を抱えながら、見つけた人影は二本足の熊で……。 食われる?! 固まった私に、熊は流暢な日本語で話しかけてきた。 「あなた……毛皮をどうしたの?」 「そういうあなたこそ、熊なのに立ってるじゃない」 思わず切り返した私は、彼女に気に入られたらしい。熊に保護され、狼と知り合い、豹に惚れられる。異世界転生は理解したけど、私以外が全部動物の世界だなんて……!? もふもふしまくりの異世界で、非力な私は愛玩動物のように愛されて幸せになります。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/09/21……完結 2023/07/17……タイトル変更 2023/07/16……小説家になろう 転生/転移 ファンタジー日間 43位 2023/07/15……アルファポリス HOT女性向け 59位 2023/07/15……エブリスタ トレンド1位 2023/07/14……連載開始

何でも屋

ポテトバサー
ライト文芸
幼馴染の四人が開業した何でも屋。 まともな依頼や可笑しな依頼がこれでもかと舞い込んでくるコメディー長編! 映画やドラマに飽きてしまったそこのアナタ! どうぞ「何でも屋」をお試しあれ。活字入門にもうってつけ。どうぞ本を読まない方に勧めてください! 続編のシーズン2もあります!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

The Color of The Fruit Is Red of Blood

羽上帆樽
ライト文芸
仕事の依頼を受けて、山の頂きに建つ美術館にやって来た二人。美術品の説明を翻訳する作業をする内に、彼らはある一枚の絵画を見つける。そこに描かれていた奇妙な果物と、少女が見つけたもう一つのそれ。絵画の作者は何を伝えたかったのか、彼らはそれぞれ考察を述べることになるが……。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...