ファンキー・ロンリー・ベイビーズ

清泪─せいな

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第23話 ジャズ・ロックを叩いて渡る 6

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 白いスーツの男がキャバクラから出ていって数分経った。
 経っただろう、と朦朧とする意識の中で勝は思った。
 ぼやける視界で部屋中を見渡すが時計は見つからなかった。
 キャバクラには時計って無いのかな?、と疑問を浮かべるもその答えを返す者もいなければ経験も無かった。
 とはいえ、時計を見たところで何分経ったのかなどそもそもわかりはしなかった。
 ここにたどり着いた時に、時刻を確認するほどマメな男ではなかったからだ。
 
 ロシア人の大男は倒れたままピクリとも動かなかった。
 死んでいる、というわけではなく気絶しているようだ。
 身体中、特に顔面の痛みは引きもしなかったが身体に少し力が入るようになってきたので勝はそばのソファーにもたれ掛かるようにして立ち上がる。
 黒い革張りのソファーがギギギッと音を立てる。
 妙に固い感触に、この店客座らせる気あったのかよ、と勝はため息のように呟いた。

 白いスーツが言っていたように大男が起き上がる前にこの店から出ていく必要がある。
 大男との再戦は今はごめんだし、他の誰かがやってくる可能性がある。
 白いスーツが偉そうに教訓めいて逃してくれた、と素直に受けれるわけもなく馬鹿な事をした間抜けを始末するために誰かを差し向けていたっておかしくない。

 立ってるのも、グッ、と歯を食いしばらなければままならない。
 キャバクラを出ていくにしても、エレベーターか、白いスーツの男が去っていった奥の部屋か。
 奥の部屋、きっと従業員の控え室とかバックヤードがあるんじゃないかと勝は考えた。
 ドラマか、コント番組か記憶は定かではなかったが以前見たことがあったキャバクラの内部はそういう作りになっていたはずだ。
 そして、その奥に非常階段に繋がる扉があれば万々歳だ。
 勝は一応エレベーターの方にも目線をやったが、入ってくる時に倒した名前も知らないチンピラを倒したことを思い出して首を横に振った。
 アイツが起き上がっていたらそれもまた面倒だ。

 勝は右足を引きずるようにして奥の部屋へと向かった。
 今日一日のダメージが足にきていた。
 身体は重く歩みは遅かった。
 やっとたどり着いた奥の部屋のドアノブを握る。
 ドアノブを回すと鍵はかかってなくて呆気なくドアが開いた。
 店内と違い電気が点いていなかったので部屋の中は暗かったが、開いたドアから入った光が中に並ぶ鏡に反射して映し部屋の様子がわかった。
 予想通り従業員──キャバ嬢の控え室だった。
 うっすらとしか見えない暗い部屋の奥に更なるドアがあることに勝は気づいた。
 ドアの上には非常灯がついていたが、灯りは点いていなかった。

 乱雑に置かれたパイプ椅子に何度か引っ掛かりながら、勝は控え室の奥のドアにたどり着いた。
 控え室は埃が待っていたので、勝は何度かむせていた。
 控え室の奥のドア、非常用出入り口のドアノブは冷たかった。
 またドアノブはあっさりと回った。
 戸締まり用心、と呟きながらドアを開くとそこはビルの裏手、非常階段に繋がっていた。

 暗い部屋から抜け出した勝の目に太陽の光が差す。
 位置からしてまだ昼にもなっていないようだ。
 勝はそっと音を立てないようにして非常階段の手すりに近づいて、階段下を覗き込んだ。
 誰もいないようだ。
 と、安心したのも束の間のことで、目のはしに人影が近づいてくるのが見えた。
 身を隠すように屈み、ドアを音を立てないようにして静かに閉めた。
 人影に目線をやると、それは今朝方出会った女子高生だった。
 どうもその進行方向からしてこの非常階段を登ってこようとしてるようだ。
 勝がドラッグ購入を邪魔したから、まさか直接ビルまで来て買いに来たということか。
 どんな行動力だよ、と勝は舌打ちした。

 もう一度階段下を覗いて女子高生以外の誰かがいないことを確認すると、勝は階段を降りていった。
 カンカン、と階段を降りる音が聞こえて女子高生が勝の方を見上げて目があった。
 女子高生も勝の事に気づいたのか、目を丸くして驚いていた。
 何かを言おうとしたので、勝は慌てて口元に人差し指を立てて、シーっ、と黙るように見せた。
 女子高生はそれに従ったのか声は出さず、しかし眉間を険しく寄せて、は?、と口を開けて勝を睨んだ。
 いいから、と勝は声を出さずに口を動かして伝えるとなるべく静かにそれでいて素早く階段を降りていった。
 女子高生は勝の態度に不満げながら、辺りをキョロキョロと見回して勝のことを素直に待っていた。
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