ファンキー・ロンリー・ベイビーズ

清泪─せいな

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第19話 ジャズ・ロックを叩いて渡る 2

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「ス!」

 鋭く息を吐きティホンは身体を捻った。
 右のミドルキック。
 しかし、身長差により軌道は高く、勝の脇腹ではなく肩をとらえた。
 丸太みたいな腕よりも太い脚がぶつかった衝撃は、まるで車と衝突したかの様だった。
 勝の身体が軽々と吹っ飛ばされる。
 勝の右、コの字に並べられた客席である高級ソファーを越えて、その中心にあるガラスのテーブルに落とされる。
 そのまま滑り、テーブルとソファーの間に落ちた。

 マジか、と呟き勝は起き上がろうかと手をついたが左肩から手の先まで痺れていて力が入らなかった。
 右手でどうにか上半身を起こす。
 ぎし、とゆっくり足音が近づいてくる。
 また勝が聞き取れない言語でティホンが何かを呟いている。

「何言ってるか、わかんねぇんだって」

 どうにか立ち上がる勝。
 左腕の痺れはまだ取れない。
 立ち上がった視界に入ったのはティホンと、フロアの奥に座るもう一人の男性。
 七三分け、白いスーツに紺のYシャツ、黄色のネクタイ。
 黒いアタックケースをガラスのテーブルに置いて、高級ソファーに姿勢よく座っている。
 ティホンに指示を出してるのはあの男か。

 奥の男も、アジア系の顔をしてるが、どうも日本人ではないようだ。
 外国人が日本人の若者を使って薬を売り、ヤクザの貸ビルを拠点としている。
 勝はこの街に来てからいくつもの売人グループを壊滅に追いやってきた。
 大体は違う街から追いやられてきた弱小の若者グループで、元の街でしっかりとシメられずに逃げてきたせいで調子に乗っている奴らばかりだった。
 今度は上手くやれる、羽音町なら上手くやれると。
 そういう奴らを片っ端から相手してきた。
 しかし、外国人が相手となるのは初めてだった。
 事態が大きくなっている。
 警察の目や千代田組の目を掻い潜って悪さを働く小悪党を懲らしめる、そんな簡単な話では済まなくなってきている。
 
 それでも、やることは一緒か、と勝は腹を決めた。
 自身が選んだ道だ。
 自身が選んだ、趣味だ。
 今やるべきことは、目の前のどでかい巨人を倒すことだ。

 勝はいまだに痺れる左拳を無理矢理握り締めた。
 握り、開き、握り、開き。
 また握りしめると、そのまま目の前に立つティホンの横腹を殴った。
 左拳は壁を叩いた。
 硬質な壁を。
 跳ね返す様な弾力は無く、叩いた威力だけ反動を拳に返した。
 拳が砕ける様な痛みだった。
 骨が軋む。
 しかしながら、勝は歯を食いしばり今度は右拳をティホンの横腹に叩きつけた。
 やはり、壁だ。
 人間の腹部とは到底思えぬ、硬質な壁。

 勝よりも遥かに高い位置にあるティホンの顔の表情は微動だにせず、しかし、見下す様に鼻で笑った。
 勝は顔を上げティホンを睨み付け、もう一度左拳を叩きつける。

 腹筋をどれだけ鍛えようとも肝臓は鍛えられない。
 それゆえ、ボディブロー、いや、レバーブローといわれるパンチは有効なのである。
 相手の体力をじわりじわりと奪う。
 ハードパンチャーならば一撃必殺の威力ともなる。
 しかし、そのパンチの威力が肝臓に届かぬほど腹筋を鍛えたなら。
 強固な筋肉は、鉄の鎧だ。
 頑丈に身を守り、そして相手の武器を砕く。

 左、右、左、右。
 息を鋭く吐き、次々と勝はティホンの横腹を叩いた。
 しかし、ダメージが大きいのはティホンの横腹ではなく、勝の拳だった。
 自身の拳と拳がぶつかっている様な錯覚。
 皮膚が裂け、血が弾けた。

 四度目の左拳が当たる直前だった。
 ティホンの左掌が叩きつける勢いで振りかざされ、勝の頭を上から掴んだ。
 勝はその勢いの強さに前のめりに倒れそうになったが、ティホンが髪を強く引っ張りそれを許されなかった。
 勝は首に血管が浮き出るほど力んで抵抗してみたが、まるで空中に固定されたかのように微動だにしなかった。

 勝はボディブローの一連の動きを止め、ティホンの手を振りほどきに両手を動かす。
 しかし、ティホンの左手を掴もうとした瞬間、それが愚かな判断だと気がついた。
 自身の過ちを吐露するより早く、勝の目の前、下から突き上げてくるティホンの膝。
 勝は、慌てて顔の前に両手を持ってきた。
 手のひらを広げ、一応のガードを取る。
 ティホンの膝がそのガードごと勝の顔面に突き刺さった。

 頭を固定する左掌が、膝蹴りの衝撃を突き抜けさせる事を許さない。
 首を上げて衝撃を流れに逃せれれば幾分かのダメージは和らげただろう。
 自身の手の甲が、勝の鼻を押さえつける。
 弾けた血は手の甲からか、鼻からなのか。
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