ファンキー・ロンリー・ベイビーズ

清泪─せいな

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第10話 案ずるよりパンクが易し 4

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 八丁目の一角にはかつて市役所職員達の憩いの場があった。
 バスケットコートの半分ほどの広さがあるその場所には、バスケットリングが一つ。
 つまりバスケットボールをする場所である。
 海外の何処其処の会社をモデルにしたらしいその広場は、市役所職員達の昼休憩などに交流を深めて欲しいという旨で作られた。
 だがしかし、深められたのは市役所と市民との溝だった。
 市税の無駄だという抗議に怯み市役所職員が寄りつかなくなったこの場所は、隠す様に周りに新たな建物が建てられた。

 光が差し込まなくなった場所は、憩いの場ではなくストリートバスケットの場として賭場になってしまう。
 そうして一時期にはストリートバスケットの聖地としてまで盛り上がった場所は、やがて警察の体裁の為に取り締まられ誰も寄り付かない寂れた空き地となってしまった。

 誰しもがその場所の本来の設置理由を忘れてしまった今、残骸の様にバスケットボールが転がるその場所で勝は売人二人組を待っていた。

 
「はぁはぁ……テ、テメェ……はぁはぁ……コラ……はぁはぁ……お、追いつめたぞ……はぁはぁ……コラ……」

 膝に手をやり呼吸を荒げながら、広場にやってきた褐色肌の男――園村そのむら卓也たくやは言葉をどうにか絞り出した。
 必死に凄んでいるものの、少しばかりふらついているその姿は情けない。

「こんぐらいでバテちゃって、大丈夫かよ?」

「はぁはぁ……うっせぇ……はぁはぁ……コラ……はぁはぁ……ああっ、なに人の心配してんだ……はぁはぁ……殺すぞ……はぁはぁ……コラ……」

 怒鳴ることもままならず、園村は荒い呼吸にかすれた声を乗せることしかできなかった。
 その姿に呆れて勝は苦笑いしていた。

「はぁはぁ……テメェ……はぁ……今、笑いやがったな……」

 かすれた声を吐き出した園村は、顔を横に向け痰を吐いた。
 痰が地面に落ちると同時に園村は小さく鋭く息を吐き、広場の中心に立つ勝に向かって駆け出した。

「テメェは殺すっ!!」

 駆ける勢いに乗って園村はそのまま飛び上がり拳を突きだした。

 勝は身体を左へと反らして園村を難なく避け、園村の後頭部を軽くはたいた。

「何その無鉄砲の塊みたいな殴り方? 喧嘩殺法?」

 園村は前のめりになる姿勢をどうにか保ち、振り返り構えた。
 胸の高さで両腕を構え、右腕を前にして手は少し開けてある。
 対して勝は構えなど取らずにただ立っているだけであった。

「格闘技習ってないと、この街でやっていきにくいっしょ」

「うっせぇよ、さっきから!」

 今度は二歩、園村は踏み込んで左の拳を突きだす。
 園村としては牽制としてのジャブのつもりだ。
 出が速いわけでも引きが速いわけでもない。
 勝はゆっくりと身体を後ろに反らしそれを避け、わざと少し身体を前に倒した。
 そこに園村の右フック。
 勝は身体を元の位置に戻し難なく避ける。
 避けられた園村は舌打ちをして、また左ジャブを突きだした。
 勝はまたそれを後ろに反らし避けて、先ほどと同じ様に少し前に身体を倒す。
 そこに園村の右フック、それを難なく避ける勝。
 園村は懲りずに左ジャブを突きだし、勝はそれに付き合って前後の動きだけで避け続けた。

「俺もさ、ボクシング習ってるわけじゃないけど、なってないよそれじゃ」

 勝はそう言うと左拳を突きだした。
 素早く突きだされた左拳は園村の顔面に当たる。
 パンッ、軽い打撃音が鳴り園村の鼻から鮮血が飛び散る。
 勝は直ぐ様左拳を引いて、その反動、腰の動きに乗せて右フックを放つ。
 ジャブの衝撃をもまだ認識しきれていない園村の左頬に勝の右フックが当たる。
 飛び散る鼻血と唾、ふっ飛ぶ園村。

「ああほらちゃんと足腰鍛えてないから、こんぐらいのパンチで倒れちゃうんだよ」

 そう言って勝は両手についた園村の血を自身のズボンに擦り付けて拭いた。
 幼少の頃、手洗い後に同じ様にズボンで拭いて母親に怒られたのを思い出した。
 あの頃からハンカチを持たない性格は直らないな、と勝は苦笑していた。
 そもそも今住んでる家にハンカチがあるかどうかもわからないが。

「いでぇ……グゾ……いでぇ……」

 仰向けに倒れた園村は涙目で鼻を押さえていた。
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