ファンキー・ロンリー・ベイビーズ

清泪─せいな

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第8話 案ずるよりパンクが易し 2

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 勝は色白の男から一歩退くと、腕を伸ばし女子高生の腕を掴み引き寄せた。
 ちょっ、と言葉にならない抗議の声をあげて女子高生が抵抗し引っ張り返すも、いいから、と小さく言い勝は強引に引っ張った。

「合図したら全力で逃げろ」

 勝は男二人に聞こえない様に女子高生に耳打ちする。
 耳打ちという動作の時点で色白の男には怪しまれているが、それ事態は怪しまれて構わない。

「は、何言ってんの? 私が買ったドラッグ、アンタが取ったんでしょ。早く返しなさいよ。逃げろとか意味わかんないし」

 女子高生も勝に小声で返した。
 ただこちらは男二人に聞こえない様にだとかの配慮ではなく、耳打ちされたので何となく小声で返してしまったようだ。
 しかも、耳打ちで返したわけではないので色白の男には丸聞こえだった。

「あぁ、逃げる気かテメェ!?」

 そう言って怒気を飛ばしたのは色白の男ではなく、先ほどまでむせかえっていた褐色の男。
 腹部はまだ痛いらしく右手で押さえている。

 耳打ち作戦の失敗に勝は胸の内で舌打ちをしていた。
 女子高生の小声は虚しくも秘匿性には欠けていたようだ。

「まぁ、アレだ。今回は授業料って事で。ヤられてマワされてビデオ売られたり身体売られたりよりマシっしょ?」

 軽い口調でそう言いながら、勝は女子高生の肩を押した。
 合図、である。
 しかしながら、え?、と戸惑うだけの女子高生。

「いいから、走れ!!」

 怒鳴る勝。
 女子高生はそれにビクつきながらも押された方向に走り出した。
 あまり良いフォームとはいえないちぐはぐとした走り方だが、彼女なりの全力疾走の様だ。
 その走りっぷりを確認すると、勝は彼女とは逆の方向に走り出した。

 一瞬状況が飲み込めずに男二人は、突然走り出した勝と女子高生の背中姿を目で追うしかできずにいた。

「……って、何してんだ。追っかけるぞ」

 色白の男は褐色の男の頭をはたいた。
 痛っ、と言いながら褐色の男ははたかれた部分を擦る。

「え、どっちを?」

「女は金貰ったから、もういい。またクスリが欲しけりゃ向こうから来るだろ。問題は男の方だ。ヤロウが噂のヤツかどうかわかんねぇけど、クスリをタダで持っていったのは間違いねぇ。アイツを追っかけて、潰す!」

 男二人は急いで勝の後を追い走り出した。
 勝の背中はもうかなり遠くにあった。
 
 
 水曜日は可燃物のゴミの日である。
 独り暮らしである伊知郎にとっては週に二日ある可燃物のゴミの日は一日で事足りる。
 地域指定の半透明のゴミ袋に入った大体のゴミは、コンビニ弁当の容器である。
 朝は食べず、昼は職場で済まし、晩のみ家で食事を取るのでその量も二週間でやっと袋一杯になるかという量だ。
 だから伊知郎にとっては水曜日は可燃物のゴミの日であり、同じ可燃物のゴミの日である土曜日にはゴミを捨てた事が無かった。

「それじゃあ、行ってきます」

 ゴミ袋を片手に持ち、玄関にて伊知郎はそう呟くも昔の様に返ってくる声は無かった。
 もう慣れたはずなのに、それでも返事が返ってくるものと僅かに期待しているのかもしれない。
 静かにドアを開けて出て、後ろ手にドアを閉めた。
 上着のポケットから鍵を取り出し、ドアに鍵をかける。
 今日も定番で仕事に入っている現場に向かうので、手荷物は家の鍵と財布ぐらいだ。
 いや、今日に限ってはゴミ袋も持っている。

 時刻は八時を回ったところ。
 安堂伊知郎の朝が始まる。

 伊知郎の自宅がある羽音町一丁目から仕事場がある羽音町五丁目まで、直線距離で徒歩三十分といったところだ。
 仕事の始業時刻は十時からであるから、八時を回ったところである今の時間は少しばかり出勤には早めだと言える。
 しかしそれは、早めに出勤する事を伊知郎が心がけているというわけではない。
 単なる用心である。
 齢五十を前にした身体はすんなりと徒歩三十分の道程を進んでくれるとは限らない。
 だから、道中に何かあった場合の用心である。
 通勤用に自転車なりスクーターなり購入する案も浮かんだが、それはそれでせっかくの運動をする機会を損なう気がして乗り気になれなかった。

 真盛橋羽音町には、真盛川と加茂川かもがわの二つの川が交差する様に流れていてその形は円の中に×印が描かれているようになっている。
 その四等分された部分がさらに二等分、つまり八等分に分けられて各番地を当てられている。
 地図で見るとして時計で言えば11の辺りを一丁目にして時計回りで数が増していく。
 つまり、一丁目の横隣は二丁目と八丁目で、五丁目は斜め向かい、川を跨ぐ真盛橋を渡った先である。
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