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第6話 犬も歩けばファンクに当たる 5
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妻と娘は家から出ていったので、食事はいつもコンビニで買って済ませていた。
料理というものを覚えてみてもいいのだが、料理本を買うだ食材を買うだと何かと手間がかかりそうで面倒になった。
パワーワークステーションの事務所での給料受け渡しは午後三時から始まり、伊知郎が受け取ったのは仕事が終わって駆けつけた午後七時前の事だった。
事務所を出たその足で近くのコンビニに向かう。
この時間帯は食事時なので弁当などがすぐに売れていく様だ、レジにも既に列が出来ている。
伊知郎は大抵売れ残りを手にする、好き嫌いは少ない方だから困る事は特にない。
今日は三色そぼろ弁当だ、小さな弁当容器に入ったご飯の上に黄茶桃のそぼろが敷かれている。
いや、今日は、というより今日もだ。
ここのコンビニを利用する客層には、どうも三色そぼろ弁当は不人気の様だ。
伊知郎は特に食事に拘りは無かったので、飽きずにその弁当を手にした。
おにぎりすら売り切れになっているので、残っているだけありがたいと思っていた。
おかずコーナーから一品、今日は厚焼き玉子を、飲料コーナーからペットボトルのお茶を取りレジの列に並ぶ。
前に並ぶのは茶色の短髪の青年で、その前が土方風の男性、そして更にその前がレジで、支払いをしているのは高校生ぐらいのカップル。
隣のレジも同じぐらいの列ができていて、店員は二人して忙しそうにレジを打っている。
新人店員がこんな時に失敗をやらかす、なんて事もなく手際のよい店員達のおかげでそれほど待たずして伊知郎の会計の番が来た。
そうして順番が回ってきてから気づいたが、後ろにもう新しい列ができていた。
伊知郎は毎日思っている事がある。
スムーズな流れというものは、時としてその場に居合わせたものにプレッシャーを与えるのだと。
例えるなら、大縄飛びの様なものだ。
回数を重ねる事にプレッシャーが増す。
店員が合計を口にしたので、伊知郎は財布を開けた。
財布の小銭入れには小銭が沢山あったので、伊知郎は釣りが出ないようちょうどを支払う様に思い至った。
スムーズな流れへの配慮だ。
が、しかし。
六円という一桁に対して一円玉が四枚しかなく、五円玉が見つからなかった。
というより、よく見ると小銭だけでは支払いに足りない。
結構な小銭の数を会計皿に置いているので改めて千円札を出すのは少し悔しかったが、悔しがっている場合でも無いので伊知郎は諦めた。
その時である。
伊知郎の前に並んでいた、会計を済ませたはずの茶髪の男性が何も言わず五円玉を置いたのである。
「え? あの……」
突然の事なので伊知郎は言葉が上手く思いつかなかった。
ありがとうと受け入れればいいのか、遠慮して断ればいいのか。
そうこう考えているうちに、茶髪の男性はやっぱり何も言わずに振り返り出口に向かって歩いていった。
伊知郎は彼を呼び止めようとしたが、店員がそのまま会計を進めようとしたのでそれを止めようとしてどっちつかずになってしまい、結局何の言葉にもならないまま会計が済んでしまった。
「ありがとぉございやしたぁっ」
微妙に滑舌の悪い店員の挨拶を聞き商品を渡されてから、伊知郎は慌てて茶髪の男性の後を追って外に出た。
辺りを見回しても既に姿は無かった。
借りたものは、返せ。
頭に響く安堂家の家訓。
名前も何も知らぬ人物に一体どうやって借りを返せというのだろうか?
伊知郎は果てしない疑問に空を見上げた。
大きな三日月が浮かぶ澄んだ夜空だった。
料理というものを覚えてみてもいいのだが、料理本を買うだ食材を買うだと何かと手間がかかりそうで面倒になった。
パワーワークステーションの事務所での給料受け渡しは午後三時から始まり、伊知郎が受け取ったのは仕事が終わって駆けつけた午後七時前の事だった。
事務所を出たその足で近くのコンビニに向かう。
この時間帯は食事時なので弁当などがすぐに売れていく様だ、レジにも既に列が出来ている。
伊知郎は大抵売れ残りを手にする、好き嫌いは少ない方だから困る事は特にない。
今日は三色そぼろ弁当だ、小さな弁当容器に入ったご飯の上に黄茶桃のそぼろが敷かれている。
いや、今日は、というより今日もだ。
ここのコンビニを利用する客層には、どうも三色そぼろ弁当は不人気の様だ。
伊知郎は特に食事に拘りは無かったので、飽きずにその弁当を手にした。
おにぎりすら売り切れになっているので、残っているだけありがたいと思っていた。
おかずコーナーから一品、今日は厚焼き玉子を、飲料コーナーからペットボトルのお茶を取りレジの列に並ぶ。
前に並ぶのは茶色の短髪の青年で、その前が土方風の男性、そして更にその前がレジで、支払いをしているのは高校生ぐらいのカップル。
隣のレジも同じぐらいの列ができていて、店員は二人して忙しそうにレジを打っている。
新人店員がこんな時に失敗をやらかす、なんて事もなく手際のよい店員達のおかげでそれほど待たずして伊知郎の会計の番が来た。
そうして順番が回ってきてから気づいたが、後ろにもう新しい列ができていた。
伊知郎は毎日思っている事がある。
スムーズな流れというものは、時としてその場に居合わせたものにプレッシャーを与えるのだと。
例えるなら、大縄飛びの様なものだ。
回数を重ねる事にプレッシャーが増す。
店員が合計を口にしたので、伊知郎は財布を開けた。
財布の小銭入れには小銭が沢山あったので、伊知郎は釣りが出ないようちょうどを支払う様に思い至った。
スムーズな流れへの配慮だ。
が、しかし。
六円という一桁に対して一円玉が四枚しかなく、五円玉が見つからなかった。
というより、よく見ると小銭だけでは支払いに足りない。
結構な小銭の数を会計皿に置いているので改めて千円札を出すのは少し悔しかったが、悔しがっている場合でも無いので伊知郎は諦めた。
その時である。
伊知郎の前に並んでいた、会計を済ませたはずの茶髪の男性が何も言わず五円玉を置いたのである。
「え? あの……」
突然の事なので伊知郎は言葉が上手く思いつかなかった。
ありがとうと受け入れればいいのか、遠慮して断ればいいのか。
そうこう考えているうちに、茶髪の男性はやっぱり何も言わずに振り返り出口に向かって歩いていった。
伊知郎は彼を呼び止めようとしたが、店員がそのまま会計を進めようとしたのでそれを止めようとしてどっちつかずになってしまい、結局何の言葉にもならないまま会計が済んでしまった。
「ありがとぉございやしたぁっ」
微妙に滑舌の悪い店員の挨拶を聞き商品を渡されてから、伊知郎は慌てて茶髪の男性の後を追って外に出た。
辺りを見回しても既に姿は無かった。
借りたものは、返せ。
頭に響く安堂家の家訓。
名前も何も知らぬ人物に一体どうやって借りを返せというのだろうか?
伊知郎は果てしない疑問に空を見上げた。
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