ファンキー・ロンリー・ベイビーズ

清泪─せいな

文字の大きさ
上 下
4 / 120

第4話 犬も歩けばファンクに当たる 3

しおりを挟む
 桐山は店長が事の次第を察知したのに気づき、店長が何かを言うより先に華澄へとミドルキックを繰り出した。

 桐山の鍛えぬかれた脚でのミドルキックは豪快だ、風を切る音が聞こえてきそうだ。
 一歩近づいたレフェリーが危険を察知して身を引いた。
 格闘技バーには似つかわしくない細長い体つきをしている店長の身体ならへし折ってしまいかねない。
 しかし、そのミドルキックはスピードを伴っていなかった。
 華澄は冷静にその蹴りを避けると、桐山の振り切られた足がマットに着くタイミングに合わせて真似する様にミドルキックを繰り出した。
 右中段回し蹴り。
 桐山のミドルキックとは違い腰の回転を入れた、中段の蹴り。
 桐山の身体を大木に見立てて、それに力一杯斧を振るイメージ。
 二手目の上段蹴りと同等かそれ以上の速さで蹴りは振られる。

 大木を強く打ちつけ、大きな音が鳴る。
 観客にまたどよめきが起こる。
 蹴りにいった華澄が焦りの表情を浮かべ、受けた桐山が口元に笑みを浮かべた。
 桐山は華澄の右足を受け止め抱き抱えるようにしていた。
 右手でふくらはぎを、左手で足首を掴んでいる。
 桐山は華澄の右足抱き抱えたまま内側、左側へと横転した。
 ドラゴンスクリュー、と呼ばれるプロレスの技で受け身を知らない素人相手には使用禁止と先輩に言われていた返し技である。
 その中段蹴りへの返しである技は、自身が横転すると共に相手も強制的に横転させその際に抱えた足首を捻り極める。
 横転した相手は固いマットに倒れさせらる事もあり投げ技としても効果を発揮する。

 観客のどよめきが歓声へと変わる。
 ドラゴンスクリューは攻め手受け手共に即座に横転する技で見た目に派手な技だ。
 派手な技な割に足首を極めるという渋い部分に、技へのファンも多い。
 華澄の蹴りで真剣勝負という重い空気に変わった事に対してプロレスとして女王はショーに徹したと浅い知識の観客達は喜んだ。
 華澄の挑戦にドラゴンスクリューという受け身を間違えれば足を折りかねない技で女王は応えたと、自称“通”の観客達は喜んだ。

 素人相手への使用禁止技な為、羽姫では初めて繰り出したドラゴンスクリューに対してしっかり受け身を取れた華澄に女王桐山は驚愕していた。
 足を掴まれた瞬間に華澄の背筋に冷たいものが走った。
 桐山が口元に笑みを浮かべているのを見て、それが恐怖だと確信した。
 何をされるかわからないが、一瞬でも気を抜けばヤバい。
 間違いなく足は持っていかれる。
 それから華澄は足を抱える桐山の動きに集中した。
 桐山が左側に倒れ込むのに合わせて、身体を支えていた左足でマットを踏み込み飛ぶ。
 回転速度を合わせる為の微調整も忘れない。
 横転中、足首を極められているのがわかったが無理な抵抗はより深いダメージに繋がるので諦めた。
 俯せにマットに倒れ込んだ。
 顔面と胸を強く打って痛い。
 が、直ぐ様両手でマットを叩き身体を起こした。
 このまま桐山に寝技に持っていかれれば負ける危険性がある。
 華澄は立ち上がり極められた右足首を動かす。
 痛みが走る。
 立ってはいられるが、踏み込みの支えになれるほどではない。
 つまり、左蹴りを封印されたといっていい。
 いや、左半身側での攻撃を封印されたといっていい。
 自分に真剣勝負を挑もうというのだから華澄はそれなりに研究はしてきているのだとは、桐山も思っていた。
 しかしそれはあくまで桐山自身の試合、羽姫で見せた試合ぐらいでプロレス自体の研究はしていないだろうと桐山は思う。
 仮にプロレスの研究をしていたとしても、数多い技の一つ一つの受け身の仕方を格闘技歴の浅い華澄が知っていたり覚えていたりするとはとても思えない。
 それに、先ほどの感触としては華澄にドラゴンスクリューへ対しての予備知識があったとは思えなかった。
 華澄は完全に勘で対応したのだ。
 ドラゴンスクリュー後に直ぐ様立ち上がったのも寝技を避けての事だろう。
 俯せに倒れる華澄の足を掴み、四の字固めにもっていけば試合はそのまま決着を迎えただろう。

「恐い娘だね、アンタは・・・・・・」

 目の前で相変わらず構えている華澄を見ていると、桐山は思わず言葉にしてしまった。
 右足首が痛いだろうに華澄は表情にそれを出さずに立っている。

「アタシも恐いですよ、邦子さん」

 恐いと言ってくれるくせにまた笑みを浮かべる桐山に華澄はそう答えた。
 自分も笑っているのだろうか?
 きっと笑っているのだろう。
 何故なら恐さと同じくらいに、楽しさが身体中を駆け巡っているからだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

EX級アーティファクト化した介護用ガイノイドと行く未来異星世界遺跡探索~君と添い遂げるために~

青空顎門
SF
病で余命宣告を受けた主人公。彼は介護用に購入した最愛のガイノイド(女性型アンドロイド)の腕の中で息絶えた……はずだったが、気づくと彼女と共に見知らぬ場所にいた。そこは遥か未来――時空間転移技術が暴走して崩壊した後の時代、宇宙の遥か彼方の辺境惑星だった。男はファンタジーの如く高度な技術の名残が散見される世界で、今度こそ彼女と添い遂げるために未来の超文明の遺跡を巡っていく。 ※小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様、ノベルバ様にも掲載しております。

となりのソータロー

daisysacky
ライト文芸
ある日、転校生が宗太郎のクラスにやって来る。 彼は、子供の頃に遊びに行っていた、お化け屋敷で見かけた… という噂を聞く。 そこは、ある事件のあった廃屋だった~

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

【進路には勝てないと悟った調理師志望女子のゴールデンウィーク】

カズト チガサキ
ライト文芸
悩み多き四十代独身の記者、島 慎太郎(しま しんたろう)。 調理師を目指し東京に憧れる中学三年生、計屋 日乃実(はかりや ひのみ)。 ゴールデンウィークの五日間、日乃実は都内で暮らすシンタローのもとに押しかけ下宿を強行することに。 調理師科のオープンキャンパスに意気揚々と参加する日乃実と、気が気でないシンタロー。二人を待つのは挫折か、決意か。 優しさと苦悩が交錯する日常に、来年の自分を見出すゴールデンウィークが始まった――――。 ※本作の要素はどちらかというと ラブコメ・・・○・保護者と娘  明るい・・・・○センチメンタル 舞台は家・・○・・舞台は学校 となっております。 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも投稿しています。 ―本作品は完結済み―

田沼 茅冴(たぬま ちさ)が描く実質的最大幸福社会

AT限定
ライト文芸
「この世は『なんちゃって実力主義社会』だ」と、半ば人生を諦めている大学2年生・荻原 訓(おぎわら さとる)。 金と時間に追われ、睡眠もままらない日々を過ごす中、同じ語学クラスの新井 奏依(あらい かなえ)に声を掛けられたことで、彼の運命は更に狂い出す……。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

おきたくんの駄文(フリー台本)

おきたくん
ライト文芸
以前ボイコネという声劇のアプリで投稿していたフリー台本をこちらに投稿いたします。 基本一人台本(五分前後)となっております。 以下、利用規約となります。 ・自作発言、無断転載、無断改訂はおやめください。 ・配信などでご使用する際はご一報いただけると幸いです。 ・ご使用いただく際には作者名、シナリオ名の表記をお願いいたします。 気軽に使っていただけると嬉しいです。 ゆるめに復旧作業にとりかかります。

処理中です...