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婚約破棄? まずはオハナシアイをしましょうね

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「―――アシュレイ…すまないが…君との婚約を無かったことにしたい…」

「…理由をお聞きしてもよろしいでしょうか? グランディスさま」

 王城の一画にある、バラ園に佇む二つの影。
 青みがかったアッシュグレイの髪に、紫紺の瞳を持った男性が、目の前に立つ亜麻色の髪に翡翠色の瞳を持つ女性と向かい合っている。
 男性の方はとても精悍な顔立ちで、女性の方は妖艶さを持つ、とても美しい人たちであった。
 …が、男性の方は苦しそうな表情で、女性から目を逸らしている。

「それは…その…こ…心から愛する人を…見つけてしまったんだ…!」

 逸らした目をぎゅっと瞑り、胸のあたりの服を握りしめながら絞り出すように答える男性…グランディスに、女性…アシュレイは「乙女かよ」と心の中でツッコミを入れていた。

「…はぁ…それはそれは…。で、このことはもう陛下にはお話になられましたの?」
「いっ…いや…! 兄上にはまだっ…」

 さ…先にアシュレイに伝えた方がいいかと思って…と小さく呟くグランディスに、「乙女かよパート2」と、脳内で再び突っ込む。

(やれやれ…まぁ、いきなり断罪とかじゃなかっただけマシか。というか、そうなるとちょっとシナリオが違うのかな…?)

 パチン、と手に持った扇を閉じた音にすらビクッ! となるグランディスに、この人こんなに気が弱かったかしら? とアシュレイは首を傾げた。

(何かちょっと違和感あるな。シナリオにズレが出てるから? でも、ここ最近のヒロインさんの動き的には逆ハールート完遂間違いなし! って感じだったけどなぁ…)

 何はともあれ、本来であればグランディスからの婚約破棄は、三ヶ月後の学園卒業パーティーの最中に派手に行われるモノだった。
 アシュレイの記憶通りのシナリオならば、グランディスはメインヒーローである王太子の取り巻きの一人として、他のメンツと共にその場でアシュレイに婚約破棄と、断罪を突き付ける流れだったハズである。

(まぁアレか。私がヒロインさんに関わってないからか)

 ちょっと展開が変わっちゃったのかもねぇ…と扇をパチンパチンと開閉しながら思考の海に潜っていたせいで、アシュレイは音が鳴るたびに身体を小刻みに震わせているグランディスには気づかなかった。

(う~ん…だとすると…もしかしたらもしかする…?)

 パァン! と小気味良い音を立てて手のひらに扇を叩きつけたアシュレイは、ひときわ大きく身体をビクつかせたグランディスに、にっこりとほほ笑みながら告げた。

「とりあえず…陛下とわたくしのお父さまにお話しする前に…お付き合いいただきたいところがあるんですけど、よろしいですわよね?」

 顔を青ざめさせて高速赤べこ状態になったグランディスに優雅に挨拶をして、アシュレイは準備をするために帰宅した。



 *****



「…これ…どこに向かっているんだ…?」

 グランディスの呼び出しから二ヶ月半後。
 アシュレイとグランディスは、アシュレイの家の馬車に乗っていた。

「着いてからのお楽しみ…と申し上げたいところですけど、私の従妹の屋敷に向かっておりますわ」
「…アシュレイの従姉どの…? というと…エーリカ嬢か?」

 小首を傾げてこちらを見る姿に「だから乙女かよ」と脳内で(以下略)
 黙っていれば精悍なのに、何故か動きが小動物っぽいグランディスにアシュレイはため息をつきそうになる。

(やっぱりおかしいわ…ゲームでは寡黙でカッコいい頼れるキャラだったハズなのに…何この小動物感…。いえ、ヒロインさんに落とされるまではキャラブレしてなかったわよね)

 どこか異質な感じが否めないのは、ゲーム世界と現実世界の齟齬のせいなのか…。
 そもそも、傍目から見てヒロインのキャラすらおかしい時点で多少のブレは仕方ないのかもしれない。
 だが、概ねシナリオ通りの展開がなされているところを見ると、補正が働き、ゲーム通りの展開となることは想像に難くない。

(でもねぇ…そうは言っても…あのヒロインはいただけないわぁ…)

 そもそもこのゲームでのヒロインは、頑張り屋で誰にでも優しい可愛らしい子だ。
 こういったモノの定番ともいえる下位貴族に引き取られた平民で、普通貴族しか持たない魔力を持っていたために男爵家に引き取られて学園に通うことになるのだ。
 慣れない貴族社会のマナーやルールに戸惑い、陰湿ないじめにもめげず、努力に努力を重ねることで、立派なレディーに成長し、攻略対象と結ばれる。
 その際にいじめを行っていた攻略対象の婚約者は、婚約を破棄された上で断罪される。
 逆ハールートの場合は、メインストーリーと同じで、メインヒーローである王太子妃になるが、断罪の際に、ヒロインへのいじめを言及され、他の攻略対象の婚約者たちも一気に婚約を破棄されてしまう。

(今回は間違いなく逆ハールートだわ。あれだけ毎日金魚のフンのごとく男どもを引き連れてるんですもの)

 目の前の人も含めてね…、とグランディスに視線を向けると、居心地悪そうに座るデカブツがそこにいる。

(だけど…どう考えてもあのヒロイン…努力とか全くしてないのよねぇ…)

 逆ハールートの場合、個別ルートよりも壮絶な内容のいじめが行われ、それに耐え、嫌味をバネに努力を重ねて学園を首席で卒業し、完璧なレディーとなるのであるが…今のヒロインは淑女としての振る舞いも勉学も何一つ身に着けていない。

(なのに攻略だけ進んでる…これはヒロイン補正だけで説明つかない気がするのよねぇ…)

 多分転生者だろうしなー、と考えているうちに馬車は目的地に到着したようだ。

「…着いたようだな…」

 流れるような動作で手を差し出されエスコートされる。
 婚約してから8年。慣れ親しんだ体温がそこにはある。

(…この手を…失くしたくないからこそ…私は…)



 *****



「久しぶりね、アシュレイ」
「ご無沙汰しております、エーリカお姉さま。お変わりありませんか?」
「ええ、息災よ。で…今日は私じゃなくてユーリに会いに来たんでしょ?」

 チラリとアシュレイの後ろに立つグランディスに視線を向ける。
 グランディスはエーリカに挨拶をしつつ、首を傾げている。

「…アシュレイ…? エーリカ嬢に会いに来たのではないのか…?」
「えぇ。今日はユーリに会いに来たんですわ」
「…ユーリ嬢…? お目にかかったことが無いが…」

「そうでしょうね。まだデビュタント前ですし、何よりユーリは魔術研究以外に興味がないので社交もほとんどしませんから」

 そう言いながらエーリカは屋敷内を先導してくれている。

「この部屋よ。未婚の男女だけが密室に籠るのはよろしくないけど…今のあなたたちなら大丈夫でしょうしね。まぁ他の人には黙っててあげるからさっさと話しをしていらっしゃい」

 狼狽えているグランディスを放置して、エーリカが扉を開け放って声をかけた。

「ユーリ! アシュレイが来たわよ!」

 途端に鼻をつく臭いが溢れだし、グランディスが眉を顰めたが、意味不明な物があちこちに置いてある室内へ目を向けた途端今度は顔を引きつらせた。
 そんなグランディスの背後にこそっと回ったアシュレイがその広い背に蹴りを入れ、次いで自分も室内に入り込んだ。

「アシュレイ! 久しぶり! 元気してた?」
「えぇ元気よ。頼んでいた物は出来たかしら?」
「勿論! それにしてもアレ、どうやって使うの? てっきり術式書いた紙の上に座らせるんだと思ってたのに」
「座らせて発動させるだけじゃ面白くないでしょう?」
「まぁいいけどさ。じゃぁとりあえず頑張って!」

 話を終えて扉をくぐったユーリを見送り、部屋の鍵をかけていると、蹴り込まれたせいで目の前に積み重ねてあった本の山に突っ込んだグランディスのうめき声が聞こえる。

「い…いたた…な…何をするんだアシュレイ!」
「あら、中々お入りにならないからお手伝いいたしましたのよ? それより本題に入りましょうか」

 にこやかに話しているのだが、そこはかとない圧力を感じたグランディスの口からはそれ以上の文句が出ることは無かった。





「…アシュレイ! アシュレイ! これはどういう事なんだ!!」

 ユーリの部屋の奥、おおよそ四畳ほどの石造りの小部屋にアシュレイとグランディスは居た。絶賛喚き中のグランディスはというと…その小部屋の中央に置かれた簡素な椅子に縛り付けられている。

「え? グランディスさまを正気に戻す儀式の準備ですわ」

 石の床にぺたりと座り込み、何やら魔術式が書かれた大きな紙を折りながらアシュレイは答えた。

「正気とはどういうことだ?! というかなんで俺は縛り付けられてるんだ?!」
「だって動かないようにしていただかないと。グランディスさまの剣の腕は素晴らしいでしょう? 避けられてしまっては元も子もありませんもの」

 わたくしの運動神経ではこうする他ないのですわ、とにっこり微笑めば、グランディスの顔はますます引きつった。

「大丈夫ですわよ。命を取るようなことはいたしませんもの」

 折り終わった紙を手に立ち上がったアシュレイが笑顔のまま近づいてくるのを、グランディスは動けないまでも精一杯背もたれに背を押し付けて少しでも距離を保とうとするが、無駄なあがきだ。
 アシュレイの手にある大きな紙は蛇腹に折られ、片端を紐で縛って持ちやすくし、もう片端は扇のように開いている。
 術式を発動さると描かれた陣が青く輝く。

 そして大きく振りかぶって…

「ふふ。そんなに怯えなくても大丈夫ですわ。ちょっくら派手な音がするくらいですわ…よっ!!!」

 すぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!

 グランディスの頭に、巨大ハリセンが振り下ろされた――――



 *****



 煌びやかな会場内に、負けない程美しいドレスを纏った令嬢や、正装した紳士たちが集う。テーブルには豪華な料理が並び、給仕の者たちが飲み物を持って人々の間を動き回っている。
 誰も彼も晴れやかな顔で談笑したり、料理に舌鼓をうったりしており、会場内は穏やかな空気で満たされていた―――のだが…

「コーネリア・ラドクリフ! たった今をもってお前との婚約を破棄させてもらう!!」

 ダンスフロアのど真ん中、という何とも目立つところから、この国の王太子の声が響きわたり…会場内の空気を一気に凍らせた。

「…なっ…何をおっしゃいますの、殿下?!」
「黙れ! お前がミモザをいじめていたことを私が知らないとでも思うのか?!」
「そ…それはっ…!」

 一瞬にして人が引いたダンスフロアで、王太子殿下を中心に取り巻きの4人が並んでいる。そして殿下の後ろに隠れるように…ヒロインであるミモザ嬢が顔をのぞかせている。
 取り巻きたちからもそれぞれの婚約者の名前が呼ばれ、ご令嬢の中心ともいえる王太子殿下の婚約者、コーネリアの周りに呼びつけられ、結果、ヒロインと取り巻き、向かいに断罪されるご令嬢たち、という布陣となって、アシュレイはそのご令嬢たちから五歩程離れたところに立っていた。
 アシュレイの位置からはヒロインの顔がよく見える。
 王太子殿下がつらつらとご令嬢たちが行ったいじめの数々を暴露していく中、青ざめていくご令嬢たちとは反対にニヤけていくその顔が。

「―――よって、お前との婚約を破棄する! 犯した罪に対する罰は協議ののち申しつけるので蟄居して沙汰を待て!」

 王太子の言葉が途切れたのを見計らったように、取り巻きたちも次々に婚約破棄を告げる。
 そして―――

「―――アシュレイ」

 同じように少し離れたところに立っていたグランディスの紫紺の瞳が、アシュレイを真っすぐに射抜く。

「…グランディスさま…」

 アシュレイの視界の端に、これ以上ない程嫌な笑顔を浮かべたヒロイン、ミモザの顔が―――



「結婚式、いつにしようか?」



「そうですわねぇ…半年後くらいでどうでしょう?」



 スッと歩み寄り、優しくアシュレイの手を取ってふわりとほほ笑んだ。

「無事に卒業したし、あらためて挨拶にも行きたいから義父上の予定を伺っておいてもらえるかい?」
「えぇ、わかりましたわ。では、わたくしはどうしたらいいかしら?」
「そうだなぁ…母上がアシュレイのドレスを選びたいと言っていたから近いうちにうちにも来てもらわないとな」

 仲睦まじく話をする二人に、たった今婚約破棄劇を繰り広げていた面々は言葉も無く固まっていた。
 自然な体でアシュレイをエスコートし、離れて行こうとする二人に、いち早く硬直常態を打ち破ったのはやはりヒロインであるミモザだった。

「っちょっ…ちょっとちょっとちょっと!! 何でよ?! 何やってんのよ! ここは皆と一緒に婚約破棄して逆ハー完遂やっふぅぅ!! って場面でしょ?!」

 何であたしのグランさまを連れて行こうとしてんのよっ!! っと王太子の陰から走り出て鬼の形相で叫ぶヒロインに、アシュレイは小首を傾げて口を開いた。

「どうしてわたくしが婚約破棄されなくてはいけませんの? わたくし、あなたに危害を加えたことも無ければ口をきいたこともありませんもの。何もしていないのに断罪される必要なんてありませんわ。ね? グランディスさま?」

 「あぁ、そうだな」とアシュレイに笑いかけるグランディスを見て、一瞬ミモザの目が見開かれたが、またきつくまなじりを上げてアシュレイに食って掛かった。

「た…例えそれが事実だとしても、グランさまは私を愛しているのよ?! あっ…愛のない結婚なんて不幸になるだけだわ! 真実愛した人と一緒になるのが一番に決まってるわ!」
「愛のない? どうしてそんなことが言えますの? わたくしは心からグランディスさまをお慕いしていますし…グランディスさまもわたくしに愛していると…」
「あっ…あんたがグランさまを好きでも、彼が好きなのは私だわ! グランさまが真実愛しているのは私よ!! あんたに言った言葉は嘘っぱちよ!!」

 グランさまは私のものよっ!! と髪を振り乱して叫ぶミモザの姿に、周囲はドン引いていたが、それすら彼女は気づいていない。


「嘘っぱち…あらあら…あなたがそんなことをおっしゃっていいのかしら…?」


 すぅっと目を眇めたアシュレイの声が、今までとは一変して氷のように冷たくなったことで、周囲の人々は一気に背筋に汗が噴き出すのを感じた。

「グランディスさま、アレを」
「あぁ、ここに用意させている」

 扇をぽいっと捨て、差し出した右手にグランディスが恭しくそれを握らせる。

「…えっ? はっ…? ハリセン…?」

 困惑しているミモザの横を、術式を発動させたことで青白い光を放つハリセンを持ったアシュレイが優雅に通り抜ける。

「…『魅了』を使って得た愛を『真実』だと…どの口がのたまうんじゃあほんだらぁぁぁぁっ!!」

 すぱぱぱぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!!

 アシュレイのハリセンが攻略対象たちに炸裂した―――


 *****



「…で、結局どうなったの?」

 エーリカとユーリ姉妹を招いてアシュレイは自宅のテラスで優雅にお茶をすすっていた。

「…魅了が解けたことで…どなたも婚約破棄はなされず現状維持ですわ」

 いくら『魅了』の魔法を使われたとはいえ、惑わされた方も公の場で相手に恥をかかせた罪もありますし、ご令嬢方がいじめを行っていたのも事実ですからねぇ…と言いながらお菓子をつまむ。

「諸悪の根源は?」
「惑わせた方の中に王族がいたことで不敬罪に問われて…でも、いくら『魅了』を使われたとはいえ、あれほど一人の女性に侍り、学業を疎かにするという愚行を犯してますからね。その点を鑑みて、平民に逆戻りだけですませたようですわ」
「へぇ~」

 ま、丸く収まったんならよかったよ、というユーリの言葉にアシュレイは頷く。

「それにしても、グランディスさまが婚約破棄しなかったことに固執しなければ後の取り巻きはそのままモノにできたんでしょうにね」

 ニヤリと笑いながらアシュレイに視線を送るエーリカの目が「グランディスに手を出さなければアシュレイは動かなかったよね?」と言っているのを読み取り、口の端を持ち上げることでそれに答えた。


 *****



 アシュレイは生まれた時から前世の記憶というべきか、この世界の知識を持っていた。
 幼い頃はゲームの中である事など気にならなかったし、何よりライバルポジションであるアシュレイの、ゲーム開始までの生活ってこういう感じなのか、と楽しんですらいたし、いずれ婚約破棄されることを受け入れて、断罪されたとしても何とかやっていけるだけの知識をつける方面で頑張っていた。
 元々、前世でこのゲームをやり込むほどハマっていたわけじゃないし、キャラクター自体にもそこまで思入れはなかったのだ。

 ―――グランディスと婚約するまでは―――

 お互い最初に出会ったときは10歳で、いきなり婚約者と言われても戸惑うばかりだった。まぁアシュレイに関しては前世の年齢がプラスされる分、落ち着いていて無駄にはしゃいだりすることもなかったが。
 グランディスも年齢の割に落ち着いており、二人は何だかんだでそれなりに気が合って、燃えるような激しい想いを抱えることは無けれども、穏やかに降り積もる時を重ねていった。
 だから…時期が来てヒロインが現れ…グランディスの視線がこちらを向かなくなった時…

 ひどく絶望したのだ―――

 いずれこんな日が来る、と分かっていたにもかかわらず、アシュレイは絶望したのだ。
 本当は、他の令嬢たちがヒロインを目の敵にしていじわるをしているのに便乗して痛めつけたかった。「彼の婚約者は私だ!」と彼女を罵りたかった。
 だけど…できなかった。
 何故なら…

 ヒロインをいじめた悪役令嬢アシュレイへ向ける、彼の冷たい瞳を…知っていたから―――

 あの目を向けられるくらいなら、婚約を破棄されるとしても罪を犯す事だけはしたくなかった。
 だからヒロインにも他の令嬢たちにも近づかず、徹底的に避けた。同時に自分のアリバイを完璧なものにし、さらにヒロインの観察も行ったのだ。
 その過程で…ヒロインがゲームのキャラクターと違う事にはすぐ気づいた。そして好感度を上げるイベントすらなおざりにしているにもかかわらず、どんどん攻略対象を篭絡していくことに違和感を覚えて調べたことで、彼女が魅了魔法を使っている事に気づいたのだ。
 それでもゲーム補正の存在は無視できず、結局それ以上手を出せずにいたところに…断罪イベント前にもかかわらず、婚約破棄を告げられたのだ。

 アシュレイが卒業パーティーでの断罪イベントへ関与する機会すら消失できるこの時の呼び出しは、アシュレイの心に希望を灯した。
 ゲームの結末を変えることが出来るかもしれない、と。
 加えてキャラブレしているグランディスを見て、アシュレイは決意した。

 グランディスを、取り戻すことを―――

 結末は決まっている、とあきらめて、少しでもグランディスの心象をよくすることだけに心血を注いでいた毎日を、魅了を打ち消すことに費やした。
 あれこれ調べまわり、従妹を巻き込んで魅了を解除する術式を見つけ出したのだ。

 正直…この術式を使って『魅了』を解除しても…グランディスの心が自分に向けられるかどうかは…賭けだった

 もちろん、ヒロインが現れるまでアシュレイはグランディスといい関係を築けていたと思っていた
 だが…そのベクトルが…恋愛方面だったかと言われたら…自信がなかったのだ。
 『婚約者』という立場上、そのように扱ってもらっていたし、仲良くしていたと思う。しかし…直接的な言葉をもらった事は…無かったから…




「アシュレイ」

 ふわり…と肩に柔らかなストールがかけられた。

「グランディスさま」

 後ろに首をひねれば、優しい笑顔を浮かべたグランディスがそこに立っていた。
 アシュレイは、エーリカたちが引き上げた後もテラスでぼんやりと今までの事に思いを馳せていた。

「入らないのか? 冷えるぞ?」
「…えぇ…そうですわね」

 じっと…グランディスを見つめる。
 ゲームで、ヒロインに向けていたような…それよりも柔らかな笑顔がそこにある。
 逸らすことなく見つめていると、肩眉をあげて真意を問うような顔をしたが、すぐにまた笑みを浮かべてアシュレイの足元に跪いて、膝に置かれた白い手をそっと持ち上げて指先にキスをした。

「…グランディスさま」
「何だ?」
「……グランディスさま」
「はは、今日はどうしたんだ?」
「………」

 繋がれたままになっている手に目を落とす。
 温かくて大きな手。

 無くさなくて済んだ。 あきらめなくてよかった。 離さずにいられた。

 こらえきれずに零れ落ちた涙は…グランディスの服にしみ込んで…消えた―――


  ー了ー
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