何ちゃって神の望まぬ異世界生活

鳥類

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《とある聖職者の焦燥》

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 あぁ、どうしてだ?! いつから?!
 わからない…。祈りはいつも捧げていた。
 祈っていさえすれば、あの方は…我らの崇拝する女神さまは、我らに加護をお与えくださる。
 あの方を大切にしていさえすれば、恐れるものなど無いはずなのに…!

 轟音と共に現れた黒く巨大な竜から逃げ去る私の目に、女神像が崩れゆく様が見えたーーー






 私が暮らすこの国は、十数年前センティアス帝国に取り込まれた。
 元々『魔の森』に近く、冒険者どもの稼ぎ場としては良くとも、魔獣被害に予算を割かれるために余り裕福では無い国だった。そのため、帝国が手を伸ばしてきた際も、早々に属国として降った。
 まぁ、民衆から見れば、頭が変わろうとも生活に支障がなければ何の問題も無かったため、属国となった事が公布されてもさほど興味を示す事も無かった。そう言う点から見れば、ここを戦場としなかった王は賢明だったと言えるかもしれない。
 下手に戦場にして冒険者どもがいなくなってしまえば、『魔の森』を抑える事ができなくなり、属国となるより悲惨な、消滅となるところだろう。
 しかし、何でもかんでもがいい方向へ向くわけでは無かった。

 戦端がこの国の近くでひらかれ、帝国軍部から派兵の要請が来た。

 センティアス帝国がエッジアの賊民たちを調伏せしめんとしていることは帝国中央近辺のみならず、辺境辺りまで鳴り響くほどに有名だ。
 しかし、奴らも大人しく平定されるほどか弱くは無い。
 女神の怒りを買った種族でありながらしぶとい事だ。
 奴らは『魔の森』と、その奥へと続く竜の山脈という地形と環境をうまく利用して帝国からの軍を凌いでいる。

 この国は小国だ。人口も多くない。

 要請された規定人数まで兵を集める事すら難しい。
 だからと言って、無闇に民から徴兵すれば…民衆から離反されるだろう。
 今までに無く『魔の森』が荒れており、被害が増えた昨今、国防に割く兵を残しつつ、帝国の遠征軍へ人員を送るが、どう頑張っても帝国側の満足する人数へは届かない。
 その上、戦況は好転しないまま。当然さらなる増援が求められる。

 頭を抱えた陛下から、相談という名の指令が来たのは必然だっただろう。






 この国は…いや、この国のみならずこの世界は偉大なる女神の恩寵の元に成り立ったものである。
 神話として語り継がれているものが一般的だが、私たち聖職者が語り継ぎ、書き残したものはさらに女神の尊さを物語っている。
 この世に顕現された際の女神の美しさが描かれている書は、それだけで神話一冊分の厚さがある。何度読んでも心が弾む。

 私の家系は、彼の女神の篤い『加護』を受けた者たちの末裔である。
 そのため、なんとなくではあるが、女神さまの気配を感じる事がある。先祖の中にはお声を耳にしたことがある者もいるという。羨ましい限りだ。
 だが、こうして女神さまのお力を感じられる者はこの国の中で私くらいだという事実を鑑みるに、ずいぶん血が薄れてしまったと言うことだろう。
 今回、私に話が回ってきた理由も、現在帝都の教会本部にて女神さまの気配を感じ取れる者が居なかったためだ。



 私は、教会の奥にある資料室から書物を引っ張り出していた。まさか私の代でコレを紐解く日が来ようとは…。
 ここしばらく、我が国は元より、近隣で行われたという話は聞かない。一番最近は…恐らく帝国があちこちに侵攻し始めた頃だろう。恐ろしいまでの魔法の腕と、剣技にも長けていたと聞く。
 その際併呑された国の数は覚えていないが…かなり広範囲に領土を増やしたようだから…その者は間違いなく『女神の寵児』だろう。私が生まれるよりかなり前の話だから無理だが、一度お目にかかってみたかった。
 もしかしたら女神さまのお話が聞けたかもしれない。

 書を捲る手が高揚感で震える。内容が入ってくるようで入ってこない。


 …今度は私が、『女神の寵児』にまみえる…いや、女神さまのご意志の元、私が、彼の方のご寵愛を受ける方をお召びするのだ!

 あぁ、何たる幸運!
 例え、それが陛下の要望である他国へ侵攻するための兵ただの戦闘人形であろうと、ヘタレた王子の身代わりだろうと、姫の婚約者候補足場固めの生贄だろうと関係ない!
 あの特別な魔法陣…女神さまから直に賜ったと伝えられる陣が発動する瞬間に立ち会えるのだから!!






 教会の礼拝堂で今日も静かに祈りを捧げる。

 明日は、召喚の儀を行う日だ。

 最近、祈りを捧げても、その祈りが女神さまに届いていない気がする。いや…祈りは届いているのか? 女神さまの気配が薄くなったというか…よくわからないが不安だ。
 『召喚の間』へ足を運ぶ。まだ誰も訪れていない。
 ここでも女神像に祈りを捧げる。
 この女神像は、礼拝堂に安置されている物より遥かに大きい。そして、本物の貴石で装飾されているため、あちらより煌びやかだ。
 実は、こちらの女神像を飾っている貴石は普通の宝石では無く、力ある石で、こちらへ召喚お招きすべき相手がいる場合、呼び出せる召喚陣がある場所で、手順を追った祈りを捧げた際に輝きを帯びる。

 静かに祈りを捧げると、その貴石は柔らかな光を纏った。
 私は心から安堵した。召喚は成功するだろう。


 私は…女神さまの気配を感じられなくなっていることには目を背けた。



 そして…名誉となるはずのあの日。
 『私』という存在が、『女神の寵児』と共に、歴史に記されていく初めの日となるはずだったのに…


 現れたのは…何の力もなさそうな子どもだったーーー






 …何も感じない! 貴石も光を灯さない!!

 どうして?! どうしてなんだ?! 何が起こっている?!


 余りにも幼い、どう考えても、どう取り繕っても最前線に送り出せそうにない子ども。恐らく剣を持ち上げる事すら出来ないであろう細腕。

 塔の一室に閉じ込めたまま、メイドに様子を伺ってもらっているが…暴れる事もなく、強い魔法を使う気配も無い。泣き喚かないだけ優秀なのでは? という評価。
 初日、入浴中にあの子どもの持ち物を探ってもらったところ、結構な額の金だけがポーチに詰め込まれていた上、身につけていた衣服は上等な物だったという。

 …もしや何処かの貴族家の子息を間違えて召喚してしまったのではないか…と、冷たい汗が背中を伝うのを止められない。

 だと言うのに、状況を読めていない王子から次の召喚者を、という圧力がかけられる。


 私は必死で祈りを捧げる。資料を今一度隅から隅まで見直して、間違いがないことを確認した上で手順通りに祈る。
 しかし…


 貴石が…もう一度光ることは無かった。



 陛下は近辺でいなくなった子息がいないか秘密裏に情報を集め、姫は己の利にならない子どもに早々に見切りをつけたにも関わらず、状況を読めない王子はしつこかった。
 魔法師たちも否やを言えずに従っているが、うんざりしている上に、限界だ。それはそうだろう。ただ無駄に魔力を消費しているだけなのだから。



 ならば、あの子どもに魔力を注がせればよい。

 王子からそう言われて、二度目の召喚を言い渡された全員が青褪めた。
 あの子を召ぶ際、6人の魔法師が限界に近い魔力を消費したと言うのに…たった一人、それも年端もいかない子どもにそれをさせようとは…。何という非道…!
 魔法師のうちの一人が少し考え込み、王子の言を許諾した。何でもあの子どもは大きな魔力を持っているハズ、と言う。
 そして、あれよあれよと言う間に、場が整う。

 …貴石に光は戻らないと言うのに…!!






 白の中に金の鱗粉が舞うような幻想的な光が召喚陣から溢れる。
 もしや…もしや、うまく行くのでは?! という期待に胸が膨らんでいたと言うのに…



 あぁ…。どこで間違えたのだろう…。
 何を間違えたのだろう…。
 何一つわからないまま…



 瓦礫となった教会の前に、崩れ落ちるしかなかったーーー
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