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やらかしながら進むのが人生だ

《とある少年の話》

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  《名無き少年視点》

 カツン…と自分のブーツが立てた音がいつもより響いて聞こえるのは、自分が緊張しているからか。
 いつもと変わらぬ風景なのに、澱んで見える気がするのは…己に迷いがあるからだろう。
 だが…自分にとって…今縋れるものは彼女だけ。彼女の言葉が本当なら…彼女の『魔法』が本物なら…俺はきっと欲しいモノを手に入れられる。

 だけどーーー






 目に入ったのは綺麗な長い黒髪。

「…姐御…」
「いや、その呼び方本当何とかなりませんか?」

 嫌そうな…それでもしょうがないな、という呆れも含ませた苦笑いを浮かべて振り返った少女は自分を見てしばし考え、うんうん、と頷いた。

 …相変わらず、人の名前を覚えない人だ。

 アニキこと、ポーラス公爵令息レイノルトさまいわく、少女…ノアさまは、とにかく人の名前を覚えるのが苦手らしい。その割に変なあだ名を付けて呼ぶそうだが、今のところ自分たちがそのあだ名で呼ばれた事はない。
 でも、レイノルトさまが同期のルークを気の毒そうに見ていたのを知っているから…世の中知らない方が幸せな事もあると思う。

「ところで、何かご用事です?」

 軽く首を傾げて問うノアさまは、自分が貧乏この上ない男爵家の三男坊である事を知っていても、格下を見る目を向ける事はない。

「すみません、ちょっとお願いがあって…ついて来てもらえますか?」

 心臓が、痛い程鼓動を刻む。顔色が悪くなっていないことを祈る。
 僅かに目を見開き、逡巡したが、諾と応えて自分の後ろをついてくるノアさまに、心の中で延々と謝罪を繰り返す。
 どうなるかわからないが、少なくとも碌な事にならない事だけは確かだろう。それを知っていながら…自分はこの人を売るのだ。

 自分のためにーーー





 俺は貧乏過ぎて貴族である事すら忘れそうな男爵家の三男として生まれた。家族仲はごく普通。父は黄の魔法が少し使えるくらいで、母は、緑の属性色は持っていたが、魔法を使っている所を見た事は無い。
 兄二人と姉は父の黄を継いでおり、ここまで来れば三男で末子の俺も黄色だろうと思い込み、学園に入る直前の12歳まで調べずそのままになっていた。

 あの日…俺は全てを失ったーーー


 鑑定水晶のある部屋には父と二人で入った。
 特に感慨なく、じゃあ調べるか、くらいの軽さで触れた水晶は…黒と…一部に黄色。明らかに黒の部分が多いのは一目瞭然で…。

 そこから学園に入るまでの記憶は正直余り無い。
 家族はあれからまるで腫れ物に触るようだったり、怯えたり…居ないものとしたり。
 ほぼ一人で準備をこなし…いざ入学…という段になって…

 『卒業後も、もうここへは戻らないように』

 これが、父との最後の会話。


 理不尽感とか感じる前に、虚しさしか無くて。
 卒業後どうしよう、とかの不安は、むしろ周りの連中も同じような状態だったから、そのうち落ち着いた。このまま卒業すれば、王城の騎士は無理でも、下町の兵士隊の隊長格にはなれるだろう。腐っても貴族だから。


 でも、そんな時、姐御が来てくれて…ほぼ完璧な身体強化が出来るようになった。これが出来れば、王城は無理でも有力貴族の騎士団へ入る事も可能だろう。
 自力で身を立てる事ができる。姐御に、大恩ができた。
 だが…同時に…

 醜い感情も…生まれてしまったーーー

『…出来た! 姐御! 出来ましたぁぁ!』

 姐御のおかげで、身体強化だけでなく、属性魔法を発動させる事が出来る者が出てきた。出世コース間違いなしだ。『掃き溜め』扱いされているこの学科から。

 …悔しい。妬ましい…!

 俺は…俺には属性魔法どころか…属性色を公にする事すら出来ないのに…!


 ドロドロとした黒い思いが身内に溜まっていく。息が苦しい。
 そんな折、耳にした噂…。
 『白魔法』じゃ無いかと一瞬話題に上がった、『特別な少女』の魔法が、『浄化の炎』だったと…。
 忌まれるモノや穢れを、浄化してくれると…。


 俺の…この黒い気持ちも…発現した『黒』も…消し去ってくれるかもしれないーーー


 人目を避けて会った彼女は、優しげな笑顔で『浄化』について色々教えてくれた。あぁ、彼女ならきっと俺の願いを叶えてくれるーーー


 『ところで、私の『魔法』をあなたに使うのは構わないけど…一つお願いを聞いて欲しいの』


 先程とは違う…狂気すら感じる笑顔を向けられて、急激に冷たい汗が噴き出すのを感じる。

 『聞いて…くれるわよね?』



 あぁ…俺は…とんでもない間違いを犯したのかもしれないーーー
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