藤枝蕗は逃げている

木村木下

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 ツタが解かれ自由になったジェイが赤くなった手首を擦りながら立ち上がる。彼は俺の顔を見て「あ、井戸で子供を助けた人?」と聞いた。頷きを返すと、にこっと笑いかけられる。が、彼はすぐに顔色を変え、額に冷汗を滲ませながら頭を抱えた。
「ど、どうしよう……」
「なんだよ」
 ローラン様が気さくな調子で、やや面倒くさそうに聞く。すっかり打ち解けた様子に、俺は驚いて彼らをじっと見た。ジェイはローラン様の服をぎゅっと掴み「ハンナが」と言う。
「ハンナ?」
 俺が聞き返すと、ジェイは首を素早く上下させながら説明した。
「デートしてた子なんです。はぐれてしまって……、きっと怖がってるから、探さなくちゃ」
 思わず眉を寄せてしまう。というのも、俺はついさっきまで屋敷を三周もしてそこらじゅうをひっくり返したが、ハンナらしい女の子を見かけなかったからだ。ローラン様は俺の話とジェイの話を聞いて一つ頷くと「とりあえず屋敷へ戻ってみよう」と言った。
「先に帰っているかもしれないけど、念のためもう一度探してみよう」
「ありがとう、恩に着るよ」
 ジェイが涙目で頭を下げる。俺に向かっても深く頭を下げるのをやめさせ、三人で屋敷へと戻る。小さなカエルはいつの間にか姿を消していた。ローラン様が回収したらしい。
 屋敷はやはりしんと静まり返っていた。ドアを開け、足を踏み入れると床板がきしむ音が響く。不思議と、さきほど来た時よりも空気が冷たく感じられる。後ろの二人も同じらしい、ジェイがぶるりと身震いをした。
「それにしても、本当に幽霊がいるなんて。ジーク……あ、俺の友達なんだけど、そいつにも教えてやらなきゃ。世界にはまだまだ知らないことがいっぱいあるって」
 怖がってはいるらしいが、口数の多い男だ。そのせいで、薄暗い室内だが妙に雰囲気が明るい。ローラン様もいやではないらしく、真面目な顔で「お前、幽霊を見たのか?」と聞いている。
「うん。女の幽霊だったんだけどさ、すごく怖かったよ。彼女、あの幽霊に攫われちゃったのかな」
 多分、女主人かメイドの幽霊だろう。聞けば、やはり二階の寝室で幽霊を見たらしい。恐怖のあまり気絶し、気が付いたらもう東屋にいて縛られていたという。
俺たちはとりあえず、なにか手掛かりがないか探すため二階の寝室へ向かうことにした。
屋敷は全体どこか薄暗く感じる。ジェイが「市民を盾にするわけにはいかない」と言い張って先頭を歩いている。俺は背後を気にしながら一番後ろを歩いた。時折前を歩くローラン様が振り返っては階段の登り始めなどで手を貸してくれる。
寝室に近づくと、やおらジェイが足を止めた。こちらを振り向き、顔の前で一本指を立て静かにするよう目配せをする。俺とローラン様に緊張が走る。音を立てないよう、そっと寝室を覗き込むとさきほどまでは無人だったはずの部屋に誰かがいるのが見えた。
ベッドの上にいるのは、おそらく生きた人間だ。ハンナだろう。ジェイやローラン様と同じように蔓のようなもので両手足を拘束され、怯えて泣いている。彼女を取り囲むのは、間違いなく幽霊だった。屋敷の女主人と、女中が二人。
「どうして旦那様と一緒にいたの」
 女主人の声だ。彼女は拘束され、ベッドの上に座っているハンナと向き合い、彼女を詰問しているようだった。顔を近づけられたハンナが嫌がって頭を振っている。いくら知らないと言い募っても、聞く耳持たないようだ。
「この女ですわ、お嬢様」
「この女ですわ、お嬢様」
 女中たちも相変わらずのようだ。俺は今更ながらローラン様を挟んで前にいるジェイの腰元を確認した。やはり、デートに剣は持ってきていないようだ。ジェイも同じことを考えたのだろう、腰元に手をやって、はっとした顔をしている。
 その時、ローラン様がジェイと俺の肩を軽くたたき、後ろへ下がるように合図した。寝室から階段の踊り場まで降りると、彼は二階を気にしながら小さな声で話した。
「フキ、この屋敷の男主人は騎士だと言っていただろう」
「はい」
 さきほど見た肖像画にも、騎士服で帯剣している姿が描かれていた。
「なら屋敷のどこかに剣があるはずだ。それを探そう」
 ジェイが激しく頷く。俺は状況も忘れてローラン様の美しい横顔を見つめてしまった。美しいうえに賢いなんて、俺の主君はすごい。ローラン様はジェイの方を向くと以前俺が似たような状況で、幽霊たちをどのように退治したかを話した。ジェイは驚きつつも「なるほど」と話をよく聞いた。素直な性格なのだろう。
「じゃあ、俺が幽霊たちを足止めするから二人が絵を火で照らしてくれよ」
「俺がやる」
「えっ」
 即答したローラン様に、慌てて首を振る。断固俺がやると主張すると、ローラン様は少し考えてから「わかった」と頷いた。
「じゃあ、俺は他の仕事をするからジェイ、フキを頼むぞ」
「ああ、任せてくれ。フキさん、行きましょう」
 この状況でローラン様をひとりにするなど絶対にしたくないのに、自分から立候補した手前ジェイの手を振りほどけず、しかもジェイはさっさと歩きだし、ローラン様もさっと階下へ降りてしまう。幽霊たちがいつ動くかもわからない状況で大声を出すわけにも行かず、俺は仕方なくジェイの後をついて歩いた。さっさと幽霊どもを退治すれば良いだけだと自分に言い聞かせる。
 幸い、武器のある場所は分かっていた。ついさっき、ローラン様を探すため屋敷を虱潰しに捜索した時に見つけていたのだ。数本ある剣はどれも錆びつき、お世辞にも切れ味が良くはなさそうだが、殴るくらいには使えるだろう。ジェイは自身の剣と同じ、刃の太い長剣を選んだ。俺もなるべく軽そうな剣を一つ貰っておく。
 寝室へ戻ると、やはりまだ女主人の声が聞こえていた。なぜ、どうして、とハンナを質問攻めにしている。そのうちに感情が高ぶったのか、しくしくと泣き始めた。俺とジェイは顔を見合わせ、寝室の中へ入っていく覚悟を決めた。ジェイが腹のあたりで指を三本立てる。揺らしながら二本、一本、と指が減り、三を数え終えたところで部屋の中へ飛び込む。
「ジェイ!」
 叫んだのはハンナだった。手足を縛られベッドに転がったまま、泣きぬれた顔でこちらを見上げている。傍には女主人の幽霊がおり、彼女も驚いた顔でこちらを見ていた。傍には女中が一人立っている。女中は二人いるはずだ。
 後ろを振り向いて剣をかざしたのは、ほとんど勘だった。がん、と金属同士が重くぶつかる音がする。女中の一人が背後から殴りかかってきていたのだ。渾身の力をこめ、女の体を剣で弾き飛ばす。切れ味どうこうの話ではなく、女中の幽霊にはなんの効き目もない。
 ジェイが弾かれたようにこちらを見るが、そうするうちにもう一人の女中が彼に向かって襲いかかった。ジェイが身を翻してハンナを守りながら応戦する。
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