49 / 62
街での立ち話
しおりを挟む
ローラン様は行くところがあると言うので、俺は元の世界で住んでいた森の家へ行くことにした。あの家がどうなっているのか単純に気になったし、あわよくばねずみのジョンを捕まえられないかと思ったのだ。正直、リボンがついていない状態の彼をその他の鼠と見分けられる自信はないが、短くはない付き合いだ。もしかしたら直感が働くかもしれない。
慣れ親しんだ道を通って歩くと、森の家は変わらずそこにあった。しかし、見事なまでの荒屋だ。少しでも強い風が吹けば途端に瓦解しそうだ。
家は老人の持ち物であり、今の俺はなんの関係もないので遠くから見つめるに留める。一応家の周りをぐるっと回ってみたが、ねずみの気配はなかった。
宿へ戻る道すがら、今日食べるものを調達しようと市場へ寄る。ちょうど入り口に見覚えのある人影を見つけ、咄嗟に身を隠してしまった。ロニーだ。純白の騎士服に身を包み、左手を腰に差した長剣の柄に置いている。誰かと話しているらしい。厳しい表情をしていた。
「それで、見つかったわけ?」
「いえ、まだ……。友人たちも余暇を費やして探しているようなのですが」
「あー」
ロニーが髪をぐしゃぐしゃとかき回す。部下なのだろう、話している相手は俯いていた。
「とりあえず、失踪届を出そう。ご家族には俺から連絡しておくから……。団長にも話を通しておく」
団長。オルランドだ。もう王都へ戻ってきているらしい。俺は気づかれないよう距離を保ちながら、必死に聞き耳を立てた。ロニーの部下が深くため息をつきながら言った。
「友人たちには、デートに行くと言っていたそうです。意中の相手と花を見に行くと、尋常ではない浮かれようだったとか」
「花ねえ。せめて相手の名前がわかればな」
言いながら、屋台の注文が終わったらしい。話を止めてロニーが品物を受け取ってこちらへ歩いてくる。よくよく考えればこちらの世界の彼は俺のことを知らないだろうし、隠れる必要もないのだが緊張に身を固くして息を止める。すれ違いざま、ロニーが一瞬こちらを見たが、やはり興味なさげに視線を外す。その背を見送り、額の汗を拭った。
しかし、ものすごく心当たりのある話だった。花を見にデートへ行った騎士が行方不明になり戻ってこない。どう考えても花屋敷の幽霊の仕業だ。
俺は屋台で軽食を頼みながら考えた。あそこにいる幽霊をどうすれば退治できるのか、俺は知っている。幽霊たちに肖像画を見せればいいのだ。つまり、俺はいなくなったという騎士を助けることができる。彼がまだ死んでいなければの話だが……。これは危険だが良い案に思えた。元の世界でも、オルランドは部下の命を救った俺に対して敬意を払ってくれたからだ。人助けに下心を持ち込むのはどうかと思うが、背に腹は変えられない。
宿に帰ると、すでにローラン様も帰ってきていた。テーブルに軽食を置き、下から貰ってきた水をコップに注ぐ。薄く引き伸ばした生地に野菜や肉が挟まれている料理を見て、ローラン様は眉を寄せた。食べたことがないらしい。自分の分を手に取って、手本を見せるように大きく口を開く。少し遅れて、ローラン様も口を開いた。
「城の警備は厳しくなってた」
昼食を食べ終えると、ローラン様がそう切り出した。
「俺が逃げたからな。あの女が指示したんだろう。忍び込むのは難しいと思う」
頷く。俺はさっき見たことと、騎士団長であるオルランドに恩を売るという案について彼に話した。形のいい眉がどんどん顰められていく。
「危ないだろ」
話を聞き終えての第一声だった。事実なので頷く。ローラン様は小さく息をつくとふいっと窓の方を見た。
「でも、情けないけど他に良い案がない。俺も行く」
「だ、ダメです」
慌てて止める。ローラン様がこちらを見て首を傾げた。
「なぜ」
「危ないから」
「だから一緒に行くんだろ」
笑顔だ。一人で行くより二人で行った方がまだマシだというのは理屈として分かるが、どうしても彼を危険に晒したくない。葛藤が顔に出ていたらしい、ローラン様は手を伸ばし、爪で俺の額を弾いた。
結局押し切られ、持てるだけ限界までマッチを持ち夜を待つことになった。宿の部屋で、ローラン様が護身の短剣を磨いている。彼の横顔を見ながら、俺はおずおずと切り出した。
「王妃さまは……どんな方なのですか?」
ローラン様の手がぴたりと止まる。彼は一瞬の動揺を隠すようにすぐに剣を拭く手をまた動かした。
「さあ。俺もほとんど会ったことがないから。たまに塔に来て、俺がちゃんといるっていうのを確認するだけ」
淡々とした口調だ。伏せた顔にも、翳りは見えない。王妃は一体何がしたかったのだろうか。シェード家の男の子を塔に閉じ込めて、世話もせずに。
「でも、こわい魔女だっていうのはわかる」
ローラン様が静かに言った。視線はどこともつかず、宙をまっすぐに見据えている。
「俺がどうにか塔から逃げようとするとさ、なんでわかるんだか決まって魔法陣が浮かび上がって、そこから魔物が出てくるんだ。ガキでも殴れば死ぬような雑魚なんだけど……怖くて」
彼の話に思わず言葉を失う。両の拳にぐっと力が入った。俺の中で明確に、王妃への敵意が胸に燃え上がった。
慣れ親しんだ道を通って歩くと、森の家は変わらずそこにあった。しかし、見事なまでの荒屋だ。少しでも強い風が吹けば途端に瓦解しそうだ。
家は老人の持ち物であり、今の俺はなんの関係もないので遠くから見つめるに留める。一応家の周りをぐるっと回ってみたが、ねずみの気配はなかった。
宿へ戻る道すがら、今日食べるものを調達しようと市場へ寄る。ちょうど入り口に見覚えのある人影を見つけ、咄嗟に身を隠してしまった。ロニーだ。純白の騎士服に身を包み、左手を腰に差した長剣の柄に置いている。誰かと話しているらしい。厳しい表情をしていた。
「それで、見つかったわけ?」
「いえ、まだ……。友人たちも余暇を費やして探しているようなのですが」
「あー」
ロニーが髪をぐしゃぐしゃとかき回す。部下なのだろう、話している相手は俯いていた。
「とりあえず、失踪届を出そう。ご家族には俺から連絡しておくから……。団長にも話を通しておく」
団長。オルランドだ。もう王都へ戻ってきているらしい。俺は気づかれないよう距離を保ちながら、必死に聞き耳を立てた。ロニーの部下が深くため息をつきながら言った。
「友人たちには、デートに行くと言っていたそうです。意中の相手と花を見に行くと、尋常ではない浮かれようだったとか」
「花ねえ。せめて相手の名前がわかればな」
言いながら、屋台の注文が終わったらしい。話を止めてロニーが品物を受け取ってこちらへ歩いてくる。よくよく考えればこちらの世界の彼は俺のことを知らないだろうし、隠れる必要もないのだが緊張に身を固くして息を止める。すれ違いざま、ロニーが一瞬こちらを見たが、やはり興味なさげに視線を外す。その背を見送り、額の汗を拭った。
しかし、ものすごく心当たりのある話だった。花を見にデートへ行った騎士が行方不明になり戻ってこない。どう考えても花屋敷の幽霊の仕業だ。
俺は屋台で軽食を頼みながら考えた。あそこにいる幽霊をどうすれば退治できるのか、俺は知っている。幽霊たちに肖像画を見せればいいのだ。つまり、俺はいなくなったという騎士を助けることができる。彼がまだ死んでいなければの話だが……。これは危険だが良い案に思えた。元の世界でも、オルランドは部下の命を救った俺に対して敬意を払ってくれたからだ。人助けに下心を持ち込むのはどうかと思うが、背に腹は変えられない。
宿に帰ると、すでにローラン様も帰ってきていた。テーブルに軽食を置き、下から貰ってきた水をコップに注ぐ。薄く引き伸ばした生地に野菜や肉が挟まれている料理を見て、ローラン様は眉を寄せた。食べたことがないらしい。自分の分を手に取って、手本を見せるように大きく口を開く。少し遅れて、ローラン様も口を開いた。
「城の警備は厳しくなってた」
昼食を食べ終えると、ローラン様がそう切り出した。
「俺が逃げたからな。あの女が指示したんだろう。忍び込むのは難しいと思う」
頷く。俺はさっき見たことと、騎士団長であるオルランドに恩を売るという案について彼に話した。形のいい眉がどんどん顰められていく。
「危ないだろ」
話を聞き終えての第一声だった。事実なので頷く。ローラン様は小さく息をつくとふいっと窓の方を見た。
「でも、情けないけど他に良い案がない。俺も行く」
「だ、ダメです」
慌てて止める。ローラン様がこちらを見て首を傾げた。
「なぜ」
「危ないから」
「だから一緒に行くんだろ」
笑顔だ。一人で行くより二人で行った方がまだマシだというのは理屈として分かるが、どうしても彼を危険に晒したくない。葛藤が顔に出ていたらしい、ローラン様は手を伸ばし、爪で俺の額を弾いた。
結局押し切られ、持てるだけ限界までマッチを持ち夜を待つことになった。宿の部屋で、ローラン様が護身の短剣を磨いている。彼の横顔を見ながら、俺はおずおずと切り出した。
「王妃さまは……どんな方なのですか?」
ローラン様の手がぴたりと止まる。彼は一瞬の動揺を隠すようにすぐに剣を拭く手をまた動かした。
「さあ。俺もほとんど会ったことがないから。たまに塔に来て、俺がちゃんといるっていうのを確認するだけ」
淡々とした口調だ。伏せた顔にも、翳りは見えない。王妃は一体何がしたかったのだろうか。シェード家の男の子を塔に閉じ込めて、世話もせずに。
「でも、こわい魔女だっていうのはわかる」
ローラン様が静かに言った。視線はどこともつかず、宙をまっすぐに見据えている。
「俺がどうにか塔から逃げようとするとさ、なんでわかるんだか決まって魔法陣が浮かび上がって、そこから魔物が出てくるんだ。ガキでも殴れば死ぬような雑魚なんだけど……怖くて」
彼の話に思わず言葉を失う。両の拳にぐっと力が入った。俺の中で明確に、王妃への敵意が胸に燃え上がった。
応援ありがとうございます!
14
お気に入りに追加
723
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる