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亡き王妃のための塔
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部屋にはローラン様、国王、宰相とオルランド騎士団長だけが残り、俺は外へと追い出されてしまった。が、これはローラン様からそうなるだろうということを教えてもらっていた。なのでさほどさみしさを感じることもなく、ドアの外側であたりを見回す。ロニーもまた部屋を出ていたが、彼は守る場所が部屋の内側から外側になっただけのようで、相変わらず無表情で立っていた。
「いいかい、フキ。ミリアをよく見ておいておくれ。あの子がいったい誰とつながっているのか知りたいんだ」
ミリアはローラン様付きの金髪の侍女だ。ローラン様のお世話をする人間は俺を含め彼女以外にも大勢いるのだが、ミリアはローラン様が城に来た日から傍にいて、彼が人を遠ざけていた間も唯一傍で世話をする人間として選ばれていた。ローラン様は彼女が誰かと内通していると考えていて、それを探る仕事を俺に任せたのだ。
ミリアはやや早足で廊下を歩き、部屋の前を離れた。気づかれないように距離を空けてそれを追う。ロニーがぴくりと睫毛を震わせたが、止める気はないようだった。
彼女は使用人用の扉を通り、城の裏手へと入ると洗濯場を通って中庭へと出た。警戒している様子はなく、容易に後を追うことができる。中庭はちょうど城の中心部にあり、そこから東西南北に分かれ、東棟が王室の住居、西棟が政務用、南棟が騎士団、北棟が使用人の住居だった。彼女は中庭から南の方角へと進んだ。しかし、南棟へと入る手前でくるっと体の向きを変え、注意してみなければわからないほどの小道へと入る。ミリアはそこで初めて周囲を気にする様子を見せた。慌てて近くの木の幹に体を隠す。
そっと伺うと、小道の入り口には木戸があり、彼女はスカートのポケットから鍵を取り出すと素早く中へ入って扉を閉めた。慌てて木戸に近づき、尾行に気づかれないようそっと押してみたが中から鍵がかかっていた。
ぐるっと戸の周りを見てみたが、背の高い木々に阻まれて何も見えない。俺は肩を落とした。そんな。さっそく失敗してしまった。ローラン様が俺を頼ってくださるなど、滅多にない機会なのに。
幼少のみぎりは別として、ローラン様はおひとりでなんでも出来る方だった。城に来る前など、俺より先に起きだしては洗濯という洗濯を終わらせてしまわれるし、料理だってお上手で、気づけば薪は割り終わっている。下手をすれば俺が目を擦っている間にベッドまでスープやパンを用意されかねない日々だった。なので俺はお願いだから庭の方で鳥や鹿と暇をつぶしててくれと頼み、朝は日が昇る前に起きて、薪割用の斧を隠さねばならなかった。ローラン様は俺がへろへろになる前に「フキは働くのが好きだね」と言って仕事を譲ってくださったが、働くのが好きなわけではなく、ローラン様に働かせたくないだけだ。
とにかく、そんなお方がせっかく任せてくれた仕事だったのに、あっさり失敗してしまった。あまりに悔しく、しゃがみこんで親指の爪を噛む。いっそ木を登ってみようか? 考えていると、後ろから声がかかった。
「フキさん!」
大きな声に驚いて振り向く。そこには若い男が三人立っていた。騎士だ。訓練用の服をきているが、手に持った剣は城で働くことを示す紋章が入っている。俺は慌てて立ち上がり、別になにもしてないが、という顔を装って会釈した。
声をかけてきた泣き黒子の男は、俺の顔をみるとぱっと笑って嬉しそうな顔をした。なんとなく気を抜かれる。城に来て以来、俺を見て嬉しそうなのはローラン様以外いなかった。
「フキさん! あの、おれジークと言います。あの時、ほら、あの化け物に襲われた時、フキさんに助けてもらいました」
騎士を化け物から助けた記憶はひとつしかない。チオンジーだ。体中棘だらけの大きな猫を思い出し、ずん、と気分が沈む。が、ジークと名乗った若者はそんなことには気づかなかったようで急に手を伸ばすと俺の手を握った。
「ずっとお礼が言いたかったんです、助けてくださってありがとうございました」
勢いよく頭が下げられ、ジークのつむじが目の前に来る。俺は「うん」とか「わかった」とか答えた。
「ジーク、フキさんが困ってるだろ」
「フキさん、俺たちもあの時助けてもらいました。ありがとうございました」
ジークの隣にいた二人の若者も揃って声をかけてくる。彼らはジルとジェイと名乗った。同い年で同郷の出で、出世の速度まで同じなので、騎士たちからまとめて「ジジジ」と呼ばれているらしい。
「フキさんは騎士団まで何をしにいらっしゃったんですか? もしかして、うちで働くんですか?」
ジルがそう言うと、残りの二人は手を叩いて盛り上がった。
「そうなんですか? 嬉しいです!」
「フキさんがいたら百人力です」
かつてなく褒められ、俺はどんどん嬉しくなった。三人の若者はすっかり俺が騎士団に入るものと思って「一緒の部隊で働きたい」「部下になったら稽古をつけてもらいたい」と盛り上がった。盛り上がりすぎていて、別に騎士団に入るためにここに来たわけではないと説明するのに、四半刻もかかった。
「じゃあ、フキさんはなんでここに? 迷子ですか?」
すっかり落ち込んでしまったジークが聞く。もちろん迷子ではないと前置きしてから、俺はさりげなくすぐそこにある木の扉はどこにつながっているのかと聞いた。
三人は顔を見合わせると、ぐっと肩を寄せて小さな声でこそこそとしゃべった。
「俺たちもよくは知らないんですが、噂によると昔大罪を犯した王妃がいて、彼女が幽閉されていた塔があるとか」
「先輩は夜中の巡回で扉の前を通るとすすり泣く声が聞こえると言っていました」
「誰も扉が開いたところを見たことがありません」
扉が開くところは今さっき見た。仮に彼らの話が本当だとして、そんないわくつきの塔にいるのがミリアの主人なのか? 背後を振り返り、締め切られた扉を見る。扉は古ぼけており、金具には錆がついていた。
「いいかい、フキ。ミリアをよく見ておいておくれ。あの子がいったい誰とつながっているのか知りたいんだ」
ミリアはローラン様付きの金髪の侍女だ。ローラン様のお世話をする人間は俺を含め彼女以外にも大勢いるのだが、ミリアはローラン様が城に来た日から傍にいて、彼が人を遠ざけていた間も唯一傍で世話をする人間として選ばれていた。ローラン様は彼女が誰かと内通していると考えていて、それを探る仕事を俺に任せたのだ。
ミリアはやや早足で廊下を歩き、部屋の前を離れた。気づかれないように距離を空けてそれを追う。ロニーがぴくりと睫毛を震わせたが、止める気はないようだった。
彼女は使用人用の扉を通り、城の裏手へと入ると洗濯場を通って中庭へと出た。警戒している様子はなく、容易に後を追うことができる。中庭はちょうど城の中心部にあり、そこから東西南北に分かれ、東棟が王室の住居、西棟が政務用、南棟が騎士団、北棟が使用人の住居だった。彼女は中庭から南の方角へと進んだ。しかし、南棟へと入る手前でくるっと体の向きを変え、注意してみなければわからないほどの小道へと入る。ミリアはそこで初めて周囲を気にする様子を見せた。慌てて近くの木の幹に体を隠す。
そっと伺うと、小道の入り口には木戸があり、彼女はスカートのポケットから鍵を取り出すと素早く中へ入って扉を閉めた。慌てて木戸に近づき、尾行に気づかれないようそっと押してみたが中から鍵がかかっていた。
ぐるっと戸の周りを見てみたが、背の高い木々に阻まれて何も見えない。俺は肩を落とした。そんな。さっそく失敗してしまった。ローラン様が俺を頼ってくださるなど、滅多にない機会なのに。
幼少のみぎりは別として、ローラン様はおひとりでなんでも出来る方だった。城に来る前など、俺より先に起きだしては洗濯という洗濯を終わらせてしまわれるし、料理だってお上手で、気づけば薪は割り終わっている。下手をすれば俺が目を擦っている間にベッドまでスープやパンを用意されかねない日々だった。なので俺はお願いだから庭の方で鳥や鹿と暇をつぶしててくれと頼み、朝は日が昇る前に起きて、薪割用の斧を隠さねばならなかった。ローラン様は俺がへろへろになる前に「フキは働くのが好きだね」と言って仕事を譲ってくださったが、働くのが好きなわけではなく、ローラン様に働かせたくないだけだ。
とにかく、そんなお方がせっかく任せてくれた仕事だったのに、あっさり失敗してしまった。あまりに悔しく、しゃがみこんで親指の爪を噛む。いっそ木を登ってみようか? 考えていると、後ろから声がかかった。
「フキさん!」
大きな声に驚いて振り向く。そこには若い男が三人立っていた。騎士だ。訓練用の服をきているが、手に持った剣は城で働くことを示す紋章が入っている。俺は慌てて立ち上がり、別になにもしてないが、という顔を装って会釈した。
声をかけてきた泣き黒子の男は、俺の顔をみるとぱっと笑って嬉しそうな顔をした。なんとなく気を抜かれる。城に来て以来、俺を見て嬉しそうなのはローラン様以外いなかった。
「フキさん! あの、おれジークと言います。あの時、ほら、あの化け物に襲われた時、フキさんに助けてもらいました」
騎士を化け物から助けた記憶はひとつしかない。チオンジーだ。体中棘だらけの大きな猫を思い出し、ずん、と気分が沈む。が、ジークと名乗った若者はそんなことには気づかなかったようで急に手を伸ばすと俺の手を握った。
「ずっとお礼が言いたかったんです、助けてくださってありがとうございました」
勢いよく頭が下げられ、ジークのつむじが目の前に来る。俺は「うん」とか「わかった」とか答えた。
「ジーク、フキさんが困ってるだろ」
「フキさん、俺たちもあの時助けてもらいました。ありがとうございました」
ジークの隣にいた二人の若者も揃って声をかけてくる。彼らはジルとジェイと名乗った。同い年で同郷の出で、出世の速度まで同じなので、騎士たちからまとめて「ジジジ」と呼ばれているらしい。
「フキさんは騎士団まで何をしにいらっしゃったんですか? もしかして、うちで働くんですか?」
ジルがそう言うと、残りの二人は手を叩いて盛り上がった。
「そうなんですか? 嬉しいです!」
「フキさんがいたら百人力です」
かつてなく褒められ、俺はどんどん嬉しくなった。三人の若者はすっかり俺が騎士団に入るものと思って「一緒の部隊で働きたい」「部下になったら稽古をつけてもらいたい」と盛り上がった。盛り上がりすぎていて、別に騎士団に入るためにここに来たわけではないと説明するのに、四半刻もかかった。
「じゃあ、フキさんはなんでここに? 迷子ですか?」
すっかり落ち込んでしまったジークが聞く。もちろん迷子ではないと前置きしてから、俺はさりげなくすぐそこにある木の扉はどこにつながっているのかと聞いた。
三人は顔を見合わせると、ぐっと肩を寄せて小さな声でこそこそとしゃべった。
「俺たちもよくは知らないんですが、噂によると昔大罪を犯した王妃がいて、彼女が幽閉されていた塔があるとか」
「先輩は夜中の巡回で扉の前を通るとすすり泣く声が聞こえると言っていました」
「誰も扉が開いたところを見たことがありません」
扉が開くところは今さっき見た。仮に彼らの話が本当だとして、そんないわくつきの塔にいるのがミリアの主人なのか? 背後を振り返り、締め切られた扉を見る。扉は古ぼけており、金具には錆がついていた。
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