藤枝蕗は逃げている

木村木下

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傷跡に効く薬草

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 ふた月ほど経ち、ようやく流行り病が治まってきた。少なくない数の死者が出、生き残った者たちも神経痛やあばた、手足のしびれが残った者もいるそうだ。幸いローラン様は一度も病にかからず、俺も無事だった。やっと以前と同じに生活ができると蓄えていた薬草や獣の皮を売りに出ると、仕立て屋はまだ閉まっていた。薬屋からまわることにし、なじみの店を訪ねる。店主はカウンターの中で煙草をふかしていた。俺を見ると軽く片手を上げてひらひらと振る。
「久しぶりだな。無事でなにより」
 彼も元気そうだった。俺は頷き、持ってきた薬草を出した。店主がひとつひとつ点検し、買値を計算していく。かなりの量があったので、金貨一枚になった。財嚢に入れながら「仕立て屋はいつ開く? 」と尋ねる。薬屋は鼻の頭に皴を寄せた。
「ああ、あそこね。当分開かないだろうから、東部の生地店に売りに行った方がいい。娘が病にかかって、顔にひどいあばたができたんだそうだ」
 薬屋は聞いていないことまでべらべら喋った。彼が知っているということは、王都の者みんなが知っていると思った方がいい。俺は娘を気の毒に思った。
「そんなに悪いのか? 」
「顔中火傷を負ったみたいだって聞いたな。流行り病は水泡ができただろう。こじらせたらしい」
 若い娘が顔に傷を負ったとあっては、つらいだろう。俺は薬屋に生地店を教えてくれた礼を言うと、外へ出た。東部にある生地店へは橋を渡り、広場を横切る必要がある。仕立て屋は森と薬屋のちょうど中間にあり、便が良かったので残念だった。
 生地店で皮を売ると、金貨一枚と銀貨四枚になった。パンと野菜、鳥の卵を買い、森の家へと戻る。途中花屋のマリーに捕まり世間話をした。病にかかっていた王太子殿下は無事に快癒したものの、後遺症がありまだしばらく人前に出れないらしい。
「手や足が痺れるのかしら? 心配だわ。早く良くなりますように」
 マリーはそう言って誰にともなく祈った。


 家へ帰ると、ローラン様は庭で獣らと戯れていた。ざっと見ただけでもウサギにリス、鳥、鹿までいる。彼は動物に好かれた。動物たちの視線で俺に気づいたらしく、こちらを見ると立ち上がり駆け寄ってきてくださる。俺は荷物を下ろし、膝をついてローラン様を抱きとめた。
「おかえり! 」
「ローラン様、ずっと外にいたのですか? 」
 彼の体はひんやりと冷えていた。が、頬はじんわりと赤い。彼は青い目をきらきらさせながらいたずらっぽく笑った。後ろで一つに結った長い髪が波のように動く。
「うん。みんなと話していたら、あっという間にフキが帰ってきてしまった。都はどうだった? みんなは元気だったかな」
 最後の数週間ほどは、俺もローラン様も必要最低限以外一切外に出なかった。王都は久しぶりだ。二人で家の中に入り、荷物を片付けながら街で見たことを話す。ローラン様はマリーの話を聞くと「元気そうでうれしい」と笑った。彼は花屋の娘のことを姉のように慕っていた。粉屋のローズと、宝石店のエディもだ。一応言っておくと、三人の器量良しの娘と比べても、ローラン様が一番美しい。
 俺が街の様子や、薬屋から聞いた仕立て屋の娘、王太子殿下の話をすると、ローラン様は不意に手を止めた。
「そういえば、傷跡に効く薬草が、森になかった? 」
 あっただろうか? 俺は首をひねった。傷跡に効くと言えば、シャシャの実や西ロゼの根だが、どちらもないよりはあったほうがマシ、という程度だ。腹痛や外傷に効く薬草なら自信があるのだが、傷跡など気にしたことがなく、興味もないのでぱっと思いつかない。
 ローラン様は笑って「じゃあ梟に聞いてみよう。物知りだから」と言った。鍵を外し、窓を開けると軽やかに歌う。俺の主人は歌が上手かった。教えた覚えはないが、しょっちゅう獣たちと歌いながら遊んでいる。
 歌い始めて数秒もしないうちに、窓の近くの木の枝に一羽の梟が止まった。ローラン様の後ろに立ち、注意深く観察する。フクロウは全体的に焦げ茶色で、羽には白い模様があった。目は金色で、思わず圧倒されるような雰囲気がある。ローラン様はにっこりと笑うと「やあ、こんにちは。ご機嫌いかが」と挨拶した。
「賢い梟さん、傷跡によく効く薬草を知ってる? 」
 梟が転がすような鳴き声を出す。ローラン様は窓枠に頬杖をつき、うんうんと相槌を打った。
「そう、仕立て屋のかわいそうな女の子の傷を治してあげたいんだ。病であばたができたんだって。お礼に帽子が欲しいって? もちろん、お安いご用さ。お似合いのを作るよ」
 帽子を被っている梟を想像すると、日本にいた頃のおぼろげな記憶がよみがえった。それはアニメだったり、絵本だったりした。話し終わったらしく、ローラン様が手を振ると、梟はあっという間に飛び去っていった。窓を閉め、錠をかける。
「丘の上に咲く月光百合の花びらだって。フキ、さっそく今夜採りに行こう」


 たおやかで華奢に見えるローラン様だが、森育ちということもあり、健脚だ。彼と一緒に家の奥、西の方にある丘へと登る。俺は夜目が利くので、ローラン様の手を引いて歩いた。最近では滅多に手を繋がないので、少しうれしい気持ちがする。なお、俺の夜目は地獄の二年間で環境に順応した結果であり、ほとんど不必要なまでにどんな暗闇でも利く。新月の夜でも見える。
 月光百合は夜にしか咲かない百合らしい。丘の上につくと、すぐに見つかった。淡く発光しているのだ。ローラン様が近づき、はなびらをそっと採取する。もってきた瓶にいれると、底の方まで舞うように落ちた。丘は月光百合が満開で、見事な景色だった。その中にいると、ローラン様はまるで妖精のように見えた。花畑の中ほどまで進み、休むことにしたのか腰を下ろし、胡坐をかいている。俺は傍へ行き、隣に膝をついてかがんだ。ローラン様がほつれて顔にかかった髪を指で耳にかけると、良い匂いがした。
「きれいだね」
「はい」
「はは! フキ、わたしの顔を見て綺麗だと言ってるの? ちゃんと花を見なさい」
 言われて、改めて花を見る。薬草だとは知らなかったが、花自体には俺にも見覚えがあった。苦い思い出だ。こちらへ来たばかりのころ、森で蛇に追われた場所に、こんな花が咲いていた気がする。もう二度と行かないと誓ったので、記憶の片隅に埋もれていた。花を睨む俺をローラン様が見つめていたことには気づかなかった。
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