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娘を探せ
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娘たちを探すために、情報を集めることにした。薬草売りを一日休み、ローラン様を背負って街に出る。俺が娘について聞いて回ると不審そうな顔をしていた人々も、背中にいるローラン様が愛らしく「フキ、おや」と説明すると警戒心をなくした。魚屋の女主人は腰に手を当てて痛ましそうに眉を寄せた。
「そうだね、花屋の娘さんは配達中にいなくなったらしいよ。橋向の軽食屋に花を届けた帰りだったらしい」
粉屋の娘は祖母の家に行く途中、宝石屋の娘は婚約者と食事をして、帰路の途中だった。いなくなったのは皆日暮れ時だったらしい。年は十五、十六の、美しい娘たち。聞く限り、髪や目の色に共通点はなかった。
情報を集めたからと言って、特になにかわかるわけでもなかった。俺は魚屋に礼を言って店の前を離れた。家に帰って、ローラン様をかごの中に下ろして考える。娘たちはなぜいなくなったのだろうか? ひとさらいかと思っていたが、花屋と橋向の軽食屋では距離も近すぎるし、人目も多い。騒ぎにならないのはおかしい。
昼過ぎに帰ってきて、夜が深くなるまで一生懸命考えたが、何もわからないことしかわからなかった。そもそも、俺は考えるのに向いていないのだと思う。眠くてぐずったローラン様を抱いてあやしながら、昔シェードの家で読ませてもらった探偵小説のことを思い出したが、あんな風に解決できるとは到底思えなかった。
ローラン様は森の家に住み、生活が安定したころになってようやく声を出して泣くようになった。シェードの館を離れて以来、初めて耳にした泣き声に、俺は感極まって震えた。まだいとけない主人の体を抱き上げ、ぐっと胸に抱きしめる。ローラン様が泣き始めると、確かに困ることもあったが、俺の心はどんどん明るくなった。一晩中ヤギの乳をやってもおしめを替えても泣き止まないローラン様を抱いて歩くことなど、なんの苦にもならなかった。家は森にあるので、近所の迷惑にもならない。
やがて言葉が話せるようになると、ローラン様は「フキ、あっこ」と言って抱っこをねだるようになった。片時も尻が床につくのを許さないねだり方だったが、俺はローラン様の気が済むだけ抱っこをした。抱っこができないときは負ぶって歩いた。
ローラン様のおっしゃることはなんでも叶えて差し上げたい。それは優しくしてくださった旦那様や、奥様へのご恩に報いたいという気持ちだった。当初の将来設計ではいずれ大成し、死ぬほど金を稼いでシェード家を裕福にするつもりだったが、もうシェード家はない。王都に出てみてわかったが、金を稼ぐ才能もさほどないような気がする。
ローラン様をあやしながら眠っていたらしい。起きると、既に外が明るくなっていた。腕の中のローラン様はいつから起きていたのか、大きな目をぱっちりと開いて俺を見上げている。
「おはようございます、若君」
「おはようございます、フキ」
ローラン様は素晴らしい発音であいさつすると、なにやら下を指さした。首を伸ばして見てみると、そこには鼠がいた。ローラン様の友である害獣だ。思わず眉をしかめる。
「チューチュー、こあいよーって」
ローラン様はねずみの頭を優しくなでると、獣の気持ちを代弁するように言った。共感しているのか、愛らしいお顔が悲し気な表情になる。
「こあいよー、ママー、パパー」
ママ、パパ。俺は驚いて言葉を失った。全く教えた覚えのない市井の言葉だが、もしかしてローラン様は父君と母君を恋しがっているのか? 胸が激しく痛む。思わずローラン様を抱きしめて頬ずりすると「ちあうよ」と首を振られた。
「チューチュー、こあいよ、ママー、パパー、」
俺は一生懸命話を聞いた。ローラン様も頑張って話した。が、我々は四半刻ほど伝わらない会話を続けねばならなかった。ローラン様は頭を捻り、いろいろな言葉を口にし、彼が「おはな」と言って初めて俺は彼が何を伝えたいのかを把握した。
「ローラン様、お花とは、花屋のことでしょうか? 」
ローラン様がこくこくと頷く。俺は頭をひねって考えた。鼠が怖いと言っていて、ママとパパを呼び、花屋。もしかして、この鼠は娘たちの居場所を知っているのではないか? 鼠をつまみ上げ、視線の高さまで持ってくる。鼠は嫌がって手足を動かした。
「なにか知っているのか? 」
鼠が鳴くが、何と言っているのかはさっぱりわからない。ローラン様が「いたいよー、はなしてー」と代弁する。
「娘たちの居場所がわかるか? わかるなら教えてほしい」
「いたいよー」
「娘たちは生きているのか? どこにいる」
「はなしてー」
摘まみ上げていた手を放し、両手に鼠を持ち替える。俺は害獣を睨みつけた。
「いいか、ローラン様はお前の命の恩人だ。もしお前がローラン様のご友人でなければ、俺はお前を殺していたから。だから、お前にはローラン様をお助けする義務がある」
鼠が激しく頷く。わかっているらしい。俺には獣の言葉がわからないのに、獣には俺の言葉がわかるのか。
「娘たちのいる場所へ案内してくれ」
鼠は頷き、チューと鳴いた。
「そうだね、花屋の娘さんは配達中にいなくなったらしいよ。橋向の軽食屋に花を届けた帰りだったらしい」
粉屋の娘は祖母の家に行く途中、宝石屋の娘は婚約者と食事をして、帰路の途中だった。いなくなったのは皆日暮れ時だったらしい。年は十五、十六の、美しい娘たち。聞く限り、髪や目の色に共通点はなかった。
情報を集めたからと言って、特になにかわかるわけでもなかった。俺は魚屋に礼を言って店の前を離れた。家に帰って、ローラン様をかごの中に下ろして考える。娘たちはなぜいなくなったのだろうか? ひとさらいかと思っていたが、花屋と橋向の軽食屋では距離も近すぎるし、人目も多い。騒ぎにならないのはおかしい。
昼過ぎに帰ってきて、夜が深くなるまで一生懸命考えたが、何もわからないことしかわからなかった。そもそも、俺は考えるのに向いていないのだと思う。眠くてぐずったローラン様を抱いてあやしながら、昔シェードの家で読ませてもらった探偵小説のことを思い出したが、あんな風に解決できるとは到底思えなかった。
ローラン様は森の家に住み、生活が安定したころになってようやく声を出して泣くようになった。シェードの館を離れて以来、初めて耳にした泣き声に、俺は感極まって震えた。まだいとけない主人の体を抱き上げ、ぐっと胸に抱きしめる。ローラン様が泣き始めると、確かに困ることもあったが、俺の心はどんどん明るくなった。一晩中ヤギの乳をやってもおしめを替えても泣き止まないローラン様を抱いて歩くことなど、なんの苦にもならなかった。家は森にあるので、近所の迷惑にもならない。
やがて言葉が話せるようになると、ローラン様は「フキ、あっこ」と言って抱っこをねだるようになった。片時も尻が床につくのを許さないねだり方だったが、俺はローラン様の気が済むだけ抱っこをした。抱っこができないときは負ぶって歩いた。
ローラン様のおっしゃることはなんでも叶えて差し上げたい。それは優しくしてくださった旦那様や、奥様へのご恩に報いたいという気持ちだった。当初の将来設計ではいずれ大成し、死ぬほど金を稼いでシェード家を裕福にするつもりだったが、もうシェード家はない。王都に出てみてわかったが、金を稼ぐ才能もさほどないような気がする。
ローラン様をあやしながら眠っていたらしい。起きると、既に外が明るくなっていた。腕の中のローラン様はいつから起きていたのか、大きな目をぱっちりと開いて俺を見上げている。
「おはようございます、若君」
「おはようございます、フキ」
ローラン様は素晴らしい発音であいさつすると、なにやら下を指さした。首を伸ばして見てみると、そこには鼠がいた。ローラン様の友である害獣だ。思わず眉をしかめる。
「チューチュー、こあいよーって」
ローラン様はねずみの頭を優しくなでると、獣の気持ちを代弁するように言った。共感しているのか、愛らしいお顔が悲し気な表情になる。
「こあいよー、ママー、パパー」
ママ、パパ。俺は驚いて言葉を失った。全く教えた覚えのない市井の言葉だが、もしかしてローラン様は父君と母君を恋しがっているのか? 胸が激しく痛む。思わずローラン様を抱きしめて頬ずりすると「ちあうよ」と首を振られた。
「チューチュー、こあいよ、ママー、パパー、」
俺は一生懸命話を聞いた。ローラン様も頑張って話した。が、我々は四半刻ほど伝わらない会話を続けねばならなかった。ローラン様は頭を捻り、いろいろな言葉を口にし、彼が「おはな」と言って初めて俺は彼が何を伝えたいのかを把握した。
「ローラン様、お花とは、花屋のことでしょうか? 」
ローラン様がこくこくと頷く。俺は頭をひねって考えた。鼠が怖いと言っていて、ママとパパを呼び、花屋。もしかして、この鼠は娘たちの居場所を知っているのではないか? 鼠をつまみ上げ、視線の高さまで持ってくる。鼠は嫌がって手足を動かした。
「なにか知っているのか? 」
鼠が鳴くが、何と言っているのかはさっぱりわからない。ローラン様が「いたいよー、はなしてー」と代弁する。
「娘たちの居場所がわかるか? わかるなら教えてほしい」
「いたいよー」
「娘たちは生きているのか? どこにいる」
「はなしてー」
摘まみ上げていた手を放し、両手に鼠を持ち替える。俺は害獣を睨みつけた。
「いいか、ローラン様はお前の命の恩人だ。もしお前がローラン様のご友人でなければ、俺はお前を殺していたから。だから、お前にはローラン様をお助けする義務がある」
鼠が激しく頷く。わかっているらしい。俺には獣の言葉がわからないのに、獣には俺の言葉がわかるのか。
「娘たちのいる場所へ案内してくれ」
鼠は頷き、チューと鳴いた。
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