寄せ集めの短編集

槇瀬光琉

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二度と戻らない夏

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乱暴に投げ出された四肢、破り引き裂かれた衣類、飛散し混ざり合う赤と白の液体。

この場所で、何が行われていたのかなんて考えなくてもわかる惨状。

俺は握り拳を作り爪が皮膚を破り赤い雫が流れ落ちる。キツク噛み締めた唇が切れ口の中に鉄の味が広かった。


悔しい、許せない、憎い、そんな感情が色濃く浮かぶ。


俺は深く溜息をつき、ピクリとも動かない目の前の人物を手近にあったカーテンで包み、自分が抱いてる人物が誰かわからない状態にしてその場を後にした。


それが中学3年の夏の出来事。


そして、その1年後、療養のためにずっと入院をしていた病院の屋上から自ら命を絶った。それが高1の夏。


許さない、俺から愛おしい人を奪っておきながらのうのうとしているあいつらが許せなかった。それと同時に守らなきゃいけない存在が俺にはいた。愛おしい人の弟だ。叶えてやらなければならない。あいつの願いを…。


~~~~



「お前、狙われ体質か?それともわざとか?」
自分の目の前でキョトリとした顔をする男を見て深々と溜め息が出た。


これで一体何度目だろうか?


生徒会長であるこの男がまさかここまでトラブルメーカーだとは思いもしなかった。イヤ、トラブルメーカといってもただたんに狙われやすいだけなんだがな。

「委員長、副会長が迎えに来ましたよ」
目の前の男に話しかけている俺に副委員長である青木が声をかけてくる。
「保護者が迎えに来たらしいぞ。ちゃんと一緒に戻れよ」
まさしあれほど勝手に一人で行っちゃダメだって言ったじゃないですか!」
俺の言葉を遮るように副会長である朴木なおきが飛び込んできた。その瞬間、キョトリ顔をしていた会長の顔が一瞬だけ嫌そうな顔をする。そのまま俺を睨みつけてきた。その理由を知ってる俺はヤレヤレと肩を竦める真似をするが
まさし、聞いてるのですか!」
気付かない朴木はそんな会長、宿里やどりに近寄り声をかける。
「朴木、お前ちょっと過保護すぎだろう」
俺はポンと宿里の肩を叩き朴木に声をかければ
「何を言うんですか委員長。まさしは狙われやすいんですよ!心配じゃないですか」
ぎっと俺を睨みながら言う言葉に宿里の唇が

『うるせぇよ』


と声なき言葉を形どる。ホントにこいつはいい性格をしてやがる。本性を隠して擬態してるんだからな。
「あー、わかったわかった。うるせぇよ朴木。この部屋でこれ以上騒ぐな。出入り禁止にするぞ」
「そんなことされたらまさしを迎えに来れないじゃないですか!!」
騒ぐ朴木を扉の所まで押していけば、まだギャーギャーと騒ぐ。
「うるせぇ!副会長が騒ぐな!宿里も生徒会室に戻れるよな?」
朴木を廊下に押し出してから宿里に声をかければ、コクリと頷く。
「じゃぁ、気を付けて戻れよ」
そんな宿里の背を軽く押して部屋の外に出して背を向けて扉を閉めようとしたら
「ぐっ」
いきなり後ろから引っ張られて喉が詰まった。
「いってぇなお前は!」
文句言いながら振り返ったら
「今夜行く」
ジッと俺を睨んだまま小声で言われた。
まさし、行きますよ」
俺の返事を聞くことなく朴木に呼ばれ宿里は朴木の後ろをついて行った。


「過保護ですねあの人。ホンと呆れるぐらいに…」
最後まで様子を見ていた青木が呟く。
「あれを過保護と言っていいのかは、わからんけどな」
扉を閉めて、自分の席に座り机の上にある書類に手を出しながら溜め息をついた。
「というか、会長ってよくあの人と付き合ってますね」
感心したように青木が呟く。それもそのはずだ。


1年の頃に一目惚れしたと言って朴木が宿里に猛アタックして付き合い始めたのがその年の夏。そして2ヵ月前にやっと手を握れたと朴木が騒いでいた。付き合いだして半年後の出来事だ。


どう考えても脈なしだろ?


付き合って半年して手を握るってどんだけ初心なんだよ!恋愛初心者か!とまぁ、周りの奴らは叫び倒したが本当の理由を知ってる俺としてはよくあのバカに付き合ってやれるなと感心したもんだ。あいつは人との接触に抵抗を持っている。心の中にある傷が原因だ。それは誰にも癒すことのできぬ傷。癒すことが叶わぬ傷。多分、普通に触れて平気なのは俺だけ。それにもちゃんと理由があるんだが、それを誰かに口外するつもりはない。それは俺にとっても古傷だからだ。もうすぐ夏が来る。あいつが嫌いな夏が来る。今年は暑くなりそうだ…。


「委員長は会長と同じ中学だったんですよね?」
青木が急にそんなことを聞いてくる。
「それがどうかしたのか?」
書類に視線を落としたまま答えれば
「いえ、そういえば副会長と会計と書記も同じだったよなと思って…。それなのにあそこまで過保護なのは変だなぁ~って、そう思っただけです」
何やら考えながら言ってくる。俺は溜め息をつき
「青木お前、死にたくなかったら俺と宿里と生徒会の連中が同じ中学だったって宿里に聞くなよ」
忠告だけはしといてやる。
「えっ?どういうことですか?」
意味が分からなくて目を白黒させてやがる。
「その話は宿里にとって禁忌だってことだ。お前、確実に殺されるぞ。ついでに俺も殴り殺してやりてぇな」
ニヤリと笑いながら言ってやれば
「イヤイヤイヤイヤ、冗談じゃないです。二度と話しません」
真っ青な顔をして青木は壁際まで逃げて行く。
「人には触れて欲しくない話ってのがあるんだよ。宿里にはその話題が多くある。その一つが中学の話だ。あいつの前で中学の時の話はするな、聞くな。あいつが壊れちまうからな」
俺はもう一度、溜め息をつきこの話題は口にするなと忠告をしてやる。頭の中に浮かんだ宿里のためにと…。
「わかりました。もう聞きません。死にたくないんで」
真っ青な顔のままで言う青木に笑ってしまった。さて、今夜が大変だな…。




「おい、こら、不法侵入者。どうなんてんだここのセキュリティは」
ブツブツと文句言いながら自分の部屋の中で我が物顔でソファに腰かけてる人物を見る。
「会長様の特権を使った」
そう言って見せたのはもう1枚のカードキー。流石にマスターキーではないが、部屋の主に了承もなしに持つんじゃねぇよ。
「そんなところで会長様の特権を使うんじゃねぇ。あいつの部屋にいなくてもいいのか?自分の部屋とか?」
上着を脱ぎながら聞けば
「あいつから逃げるために来てんだろうが。わかってて聞くなよ」
心底嫌そうな顔をする。
「飯は?」
ネクタイを解きながら聞けばプイっとそっぽを向く。はぁってでっかい溜め息が出たのは許せ。
「食堂に行くか?それとも買いに行くか?」
着替えるために寝室に向かえば後ろをついてくる。
「食堂は人が多い。買いに行くのも面倒」
入口に凭れながらそんなことを言う。
「ようするに俺に作れというんだなお前は…」
制服から部屋着に着替えて向き合えば頷きかけて首を振る。はぁってもう一度、俺は溜め息をつきベッドに腰かけ
「来いよ。その為に来たんだろうが」
自分の足を叩く。一瞬の躊躇い。それでもゆっくりと動き傍に来て俺の足を枕にして横になる。宿里の頭を撫でながら反対の膝を立てそれに肘を乗せ手に自分の頭を乗せる。
「あの後、朴木から何か言われたか?」
それが気になって聞けば
「いつもと同じで1人で出歩くなだと…」
俺に撫でられる感触を目を閉じて楽しんでる宿里に声をかければ不満げに返事が返ってきた。俺が返事をする前にドンドンドンっと扉が叩かれる。訪問者が誰かわかるだけに俺も宿里も盛大に溜め息をついた。
「どうする?」
どうしたいかを宿里に聞けば首を横に振った。
「わかった。一応、隠れてろ」
宿里の頭を撫でて寝室の扉を閉めてから玄関へと向かう。
「扉を壊すつもりか」
文句を言いながら扉を開ければ
「い、い、い、委員長、まさしを知りませんか?部屋にもいないんです」
案の定、朴木が青白い顔をして立っていた。
「あのなぁ、俺は今、帰って来たばかりで会ってねぇよ」
呆れながら答えれば
「本当ですか?あなたはまさしに甘いですからね!隠してるんじゃないんですか?」
そんなことを言ってくる。
「恋人がいる男を部屋に連れ込む癖があってたまるか!いつも言ってるだろうがお前らの痴話ゲンカに俺を巻き込むな」
部屋の中が見えるように扉を開けて身体をずらす。
「寝室の部屋が気になります」
なんて言ってくるもんだからたまったもんじゃない。俺が言葉を発する前に
「ねぇ、ヒロまだぁ?もう、俺まてなぃ」
なんて、声がして
「はっ、これはお楽しみの所すみません!!」
朴木は何を勘違いしたのか顔を真っ赤にして出て行った。俺は溜め息をついて扉を閉め鍵もかけた。これで今夜はもう来ないだろう。溜め息をつきながら寝室の扉を開ければベッドの上で可笑しそうに笑う宿里がいた。
「あいつの顔お前にも見せたかったな」
なんて言いながら頭を撫でてやれば、その顔はゆっくりと歪んでいく。夏が近づくとこの男は不安定になる。それを知っているのは俺だけだ。だからこそ、こいつは俺の所へやってくる。
みやび大丈夫だ。ここは俺しかいない。だから…大丈夫だ」
「…っ…あっ…ぁぁぁ…ま、さ…兄、キぃ…ぁぁ…」
宿里の本来の名を口にして頭をそっと撫でれば、それが引き金となって俺に抱き着き大泣きをする。あの日、俺が愛した男の半身。宿里の双子の兄だった人物。


中学の時、俺が付き合っていた人物。それは宿里聖司やどりまさし。中学3年の夏、とある人物たちに暴行を受けボロボロにされた愛おしい人物。俺が駆け付けたときには事はすべて終わっており、生きてるのか死んでるのかわからない状態で投げだされていた。俺は自分を呪った。なんでもっと早く駆け付けなかったのかと、なんでもっと傍にいなかったのかと…。そして、高校1年の夏、去年の夏、見舞いに行った俺たちの目の前で聖司は屋上から飛び降り自らの命を絶った。中3の夏、あの事件の時から雅の心は壊れている。大切な兄を傷付けられ殺されたのだから…。自殺する原因は中3の時の出来事だと知ったのは半年前だ。俺の家に送られてきた1通の手紙。そこに総てが書かれていた。それを読んだ雅は泣き叫び暴れた。元々不安定だった雅だがより一層不安定になった。こうして、本性を偽って、名前も偽って並木と付き合っているのはある目的のため。復讐する機会を待っている。朴木に、朴木たちに…。


「…ヒロ…ひろ…」
小さく名を呼ばれ
「ん?どうした?」
顔を覗き込み声をかければ小さく首を振る。その瞳からはまだ大粒の涙が流れ落ちている。
「今夜はこのまま寝るか?」
宿里の肩を抱き頭を撫でれば少しだけ考え小さく頷く。
「わかった、布団に入れ、抱きしめててやるから」
俺が言ったとおりに宿里は布団の中で横になる。俺はそんな宿里に腕枕をして抱きしめてやる。俺にぴとりとくっつき、ほぅと小さく息を吐き静かに目を閉じた。
「ゆっくり休め。いい夢を見れよ、おやすみ」
頭を撫でていればわりと直ぐに、静かな寝息が聞こえてきた。閉じられた瞳からはポロリと新しい涙が零れ落ちた。
「今度こそ俺は失敗はしない。必ず、お前との約束は守るからな聖司」
腕の中で眠る宿里の頬を濡らす涙をそっと拭い、俺は抱きしめる腕に少しだけ力をこめた。



~~~~~



「委員長、少しいいですか?」
そんな声と共に扉が開き誰かが入って来る。
「あー?青木か、どうした?」
首だけ後ろを向き答えれば
「相談したいことが…って?えぇぇ!!会長??なにやってんですかあなたは!!!」
傍までやってきた青木が状況を理解しきれずに大きな声で驚く。
「うるせぇ、騒ぐな。起きちまうから静かにしろ。こいつがお前の声で起きたらこいつに殺さるぞ」
片耳を押さえながら言えば
「イヤイヤイヤ、なにしてんですかあんた!」
等と突っ込みが入った。
「何って膝枕だ」
そう、今の俺はふらっとやって来た宿里にソファの上で膝枕をしてやってるのだ。これがこの男にとっての安定剤になるのを知ってるからな。
「イヤイヤイヤイヤ、だって会長には副会長という恋人がですね…って、委員長、聞いてますか?」
青木の言葉など完全にスルーして宿里の頭を撫でていたらずいっと青木の顔が目の前に出てくる。
「うるせぇ、こいつが勝手にやって来て俺の足を枕に寝ちまったんだよ」
ソファの前にある書類を指さしながら言えば不思議そうな顔をしながらそれを取り驚いた顔で俺を見る。
「それのことだろ?」
今、この男が相談したいと言いに来たことが書かれている書類。それは宿里が持って来たもの。コクコクと何度も頷く青木。壊れた玩具のようだ。
「あいつらの目的なんざはじめっから知ってんだよ。俺もこいつもな」
自分の膝で眠る男の顔を見ればポロリと雫が堕ちた。
「えっと、それって…この間、話していた中学の…」
少しだけ言いずらそうに言うが
「うるせぇバカ副。しめるぞテメェ」
そんな声が飛んできてひって青木が小さな悲鳴を上げる。
「悪いな、うるさくし過ぎたな」
片目だけ目を開け腕で顔を隠してる宿里に謝れば
「イヤ、いい。そろそろ起きねぇとあのバカが飛んでくる」
溜め息交じりに言われた言葉に苦笑が零れた。
「えっと…もしかして会長って実はちゃんと話せる人なんですか?」
青木の恐る恐るな問いにギロリと青木を睨む瞳は鋭い。ひってまた青木が悲鳴を上げた。
「俺もこいつも誰も話せないとは言ってないが?」
青木の質問に質問で返してやる。


そう、俺も宿里も一言も話せないとは言ってない。ただ、宿里が話さないだけ。表情だけで物事を語るただそれだけ。俺の所へ来た時のこいつは普通に話すし、悪態だってつき放題だ。人と話したくない、ただそれだけ。特にあのバカどもとはな…。


「いや、だって、いつも委員長に助けられてる時だって表情でしかものを語らないのでてっきり話せないのかと…」
誤解してましたすみませんと委縮する青木。
「その方が都合がいいからな。起きれるか?」
「大丈夫だ、っ」
宿里が何かを言おうとしたとき
「い、い、委員長、まさしを…ってここにいたんですね。涙?委員長どういうことですかこれは!!!」
朴木が飛び込んできて、宿里の頬に残る涙の痕を見て騒ぎ出さす。宿里はキョトリ顔で朴木を見る。流石だな、切り替えが早い。
「この場所で話をしてて俺の足が滑った拍子に宿里の脛に当たって痛くて泣いただけだ。特に何かあったわけじゃないから安心しろ」
だよな宿里と声をかければコクコクと頷く。
「大丈夫ですかまさし。こんな野蛮な男の所にいないで生徒会室に戻りましょう」
朴木はそう言いながら宿里の腕を掴み強引に立たせるが
「やぁ、」
宿里が小さな声をあげその腕を振り解く。それは誰が見ても拒絶である。
「朴木、お前、こいつとの約束を忘れてないか?手を繋ぐまでしか許されてないのを」
宿里の様子を見ながら朴木に冷たく言えば
「どうしてですか!僕は彼の恋人なんですよ!」
朴木が怒鳴り返す。宿里は朴木に掴まれた場所を自分の手で押さえ唇を噛み締め下を向いている。その身体は小刻みに震えていた。握りしめた手は爪が食い込み、白くなっていた。
「宿里、力を抜くんだ。大丈夫だから」
キツク握りしめてる手に触れて、力を抜かせ代わりに指先を握ってやる。
「僕じゃダメで、なんで委員長ならいいんですか!」
感情的に朴木が叫び、宿里はビクリと身体を震わせ俺の後ろに隠れる。隠れるといっても俺はまだ座ったままなので完全に隠れることはできないが…。
「青木」
俺は静かに隣にいる青木の名を呼ぶ。
「副会長、これ以上この場所で騒ぐようでしたらあなたに会長への接近禁止令を発動しますがいいんですか?」
俺の代わりに朴木に冷たく言い放つ。
「何をふざけたことを…雅は僕の恋人ですよ!」
怒鳴り散らしてくる朴木に宿里の身体がビクビクと跳ねる。
「うるせぇな。ちったぁ静かにしろ」
ギロリとキツク朴木を睨みつければグッと押し黙る。
「副会長、あなたは忘れているわけではないですよね?この場所で、この部屋で、我々の前で、会長と交わした契約を…。狙われ体質である会長が出した条件をあなたはこの場所でのんだはずです。そして、それは正式な書面として残し、双方ともに記入捺印したはずです」
「っ、だとしても納得がいきません。僕がダメでなぜ委員長ならいんですか!」
ぎっと俺を睨みつけながら言う言葉に溜め息がでる。
「俺が平気な理由か…。俺にはこいつに対して一切の邪まな感情がないからだ。俺にあるのはこの男を守りたいという保護欲だ。だからこいつは俺に触れられるのも、こいつから俺に触れるのも平気なわけだ。この男はそういう邪まな感情には酷く敏感だから人に触れられるのを嫌がる。ただそれだけだ」
本当はもっと違う理由もあるが、朴木にはその説明の方がいい。
「嘘です!そんなわけない!あなたがまさしを脅して触れさせてるんでしょう!」
納得のいかない朴木が叫ぶ。めんどくせぇ。
「青木、二面性の感情で宿里に触れてみろ」
青木に声をかければ
「えーっ!俺が殺さたら骨は拾ってくださいよ」
文句を言いながらも宿里の傍に立つ。
「宿里、少しだけ我慢してくれな」
俺が宿里に声をかければ小さく頷く。それを見届けてから青木に目配せをすれば、はぁって大きな溜め息をつき
「会長、今から俺は会長に対して邪まな、欲望丸出しの感情を抱いて触れます。嫌ならどんな手を使ってでも振り払ってくださいね」
宿里に声をかけ、宿里が頷いたのを見てから、行きますと声をかけて肩に触れるために手を伸ばす。指先が少し触れるか触れないかの所で
「やぁ!」
そんな声と共にバチーンって気持ちのいいぐらいに叩き落とされる音が響いた。宿里はふーっ、ふーっ、と小さな声をあげながら青木を威嚇する。
「宿里、大丈夫だ。ゆっくりでいい、深呼吸をするんだ」
強く握ろうとしてる手を握り言ってやれば、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
「では、会長、今度は風紀委員副委員長としてあなたを保護するために触れますね」
青木の言葉にまた小さく頷く。行きます、青木は一言告げて、今度は副委員長としてそっと肩に触れる。ピクリと小さく身体が揺れるが、今度はそれを拒むこともなく、普通に肩に触れさせた。
「これでわかったか?こいつは人の感情、気持ちで触れて平気かどうかを判断している。お前のその下心も込みで、宿里は否定してんだよ」
青木にもう離せと目配せをすれば青木は宿里にもう触りませんよと声をかけてから手を離した。
「そんなの嘘だ!」
今までの出来事を見てもなおそう叫ぶ。ほんとにこいつはバカだな。
「副会長、静かにしてください。あなたは今の一瞬で折角ご自身が築き上げた会長との信頼を壊したんです。これ以上この場所で騒ぎ立てて会長にご迷惑をかけるのであれば今この瞬間に風紀委員長の名のもとに接近禁止令を言い渡しますよ。それでもいいんですか?」
青木が冷たく言い放つ。朴木がこれ以上騒ぐなら青木は本当に出すだろうなとボンヤリと思った。
「っ、わかりました。今のところは戻ります。まさしちゃんと戻ってきてくださいね」
朴木は唇を噛み締め出て行った。
「青木、湿布ってこの部屋にあったか?」
宿里の手を握りながら聞いてみた。
「湿布ですか?えっと、確か先月、医者からいただいたのを誰かが持って来たはずですよ。ちょっと待っててくださいね」
俺の言葉に驚きながらも深くは追及することもなく湿布を探し出す。
「あっ、あった。ありましたよ。はい、どうぞ」
その湿布を俺に渡してくれる。
「宿里、上着脱いで袖をまくれ」
自分の隣に座らせながら言えば大人しくそれに従った。
「うわぁ、なんですかこの痛々しいほどに赤くなった腕は…」
まくった袖の下から出てきた腕を見て青木が驚く。
「結構、強く掴まれたな」
腕に残る赤く掴まれた痕に俺も驚きながらも青木から受け取った湿布を取りだし、宿里の腕に貼る。そして、湿布がはがれないように気を付けながら袖を元に戻してやる。
「青木、眞白たちを使っていいから、あいつらの行動を見張れ」
青木に書類を差し出しながら指示を出せば
「わかりました。何かあればすぐに連絡をします」
それを受け取り返事をする。
「あぁ、頼む。宿里、どうする?」
このまま戻るかどうするのかを聞けば小さく首を振り俺の制服を掴む。
「ほら、こい」
俺は自分の足を叩く。宿里は小さく息を吐き俺の足を枕にしてまた横になる。
「青木、よっぽどの用がない限り声をかけるなよ」
よっぽどのことがない限り邪魔をするなと言えば
「わかりました。俺は眞白たちと作戦をたてに行ってきます。他の子たちにも用がない限りは委員長に連絡しないように伝えておきますね」
あっさりと返事をしてくれた。
「あぁ、頼む」
俺が返事をすると青木はそっと部屋を出て行った。俺は何か言葉を発することもなく、宿里が納得するまでそのままでいた。



「委員長、少しよろしいですか?」
自分の机で書類の整理をしていたら声をかけられた。
「どうした?」
顔を上げて相手を見れば、そこには青木と滅多に姿を現さない眞白がいた。
「お前が出てくるってことはよっぽどな事だな」
眞白を見て言えば
「あいつらが動くかもしれない」
少しだけ険しい顔で眞白が告げてくる。
「青木、状況は?」
隣に立つ青木に声を掛ければ
「今夜辺りが怪しいかと。場所は会長の部屋だと思われます」
今までの調査結果を告げてくる。
「そうか。眞白、例のモノを宿里の部屋に頼めるか?」
本来ならこんな手は使いたくはないが、証拠を残すためには必要なもの。
「会長には?」
宿里の許可は大丈夫なのかと聞いてくる。
「あぁ、この時のために、これを預かってる。あいつらにバレないように頼む」
だから俺は大丈夫だと返事をする代わりに宿里の部屋のカードキーを眞白に差し出した。勿論、それはケースに入れてあるので、カードキーとはわからないようになっている。
「わかった。この後すぐ作業に取りかかる」
眞白はキーを受け取り、出ていった。
「本当に大丈夫なんですか?」
青木が聞いてくるから、俺は椅子の背に深々と凭れ
「これは、俺と宿里の復讐だからな。青木、お前は今回の事で宿里と俺、生徒会の連中が中学の頃になにがあったのかを知ることになる。それを覚悟の上であいつの為に手を貸すか?知る覚悟がないなら今ここで、この話は聞かなかったことにしろ」
青木に忠告をしてやる。中学の頃の出来事を知ることになる今回の件。知る覚悟がなければ辛いものだ。その覚悟があっても辛い。そう、宿里にとってこの件は思い出したくもない出来事なのだ。それでも、あいつは復讐のために動いている。あいつらを陥れるために…。
「正直、中学の時に何があったのかなんて知りたくもないですよ。でも、俺だって風紀副委員長です。会長を守るのも俺の仕事ですよ。あなたの下で働いてるんですから何が起きても驚きませんよ」
溜め息をつきながら答えるその顔は今更なにを言ってやがるとでも言いたげな顔である。
「ならいい」
俺もそれ以上は何も言わなかった。



夜、誰もが寝静まった時刻。

隣の部屋でドタバタと暴れる音がする。


あぁ、始まったか


とボンヤリと思う。がその様子は総て、自分の部屋で確認済みだったりもする。勿論、その映像は録画もされているし、生徒会と風紀の顧問の元へも放送されている。


そう、昼間、眞白に頼んでいたのは宿里の部屋の様子がわかるようにビデオを設置してもらうことだった。勿論、宿里の意見でもあるし、顧問たちにも届くようにも設定してもらった。眞白もまた俺たちと同じ中学出身で聖司とも仲が良かった友人の一人だ。


「行かれますか?」
俺の隣で同じように画面を見ていた青木が静かに聞いてくる。
「あぁ、止めに行く」
俺はゆっくりと立ち上がり、元々、持っている宿里の部屋の鍵を持ち隣の部屋へと向かった。中の連中に気付かれないように、そっと鍵を開け、部屋の中に入る。中に入れば

「やぁ、やだ、やぁ」
宿里の声が聞こえる。
「いい加減に大人しくしてくださいまさし。もう、僕が我慢できません」
少しだけ笑みの含んだ声で朴木が言っている。


あぁ、あのバカはあの時と変わらないんだな…


「ほらぁ、会長もさぁ、朴木の事が好きなんだったらいいじゃん」
「そうそう、どうせ初めてじゃないんだろ?」
なんて会計の陣内と書記の飯田の声もする。どっちも笑ってやがるか。
「ほら、彼らもこう言ってるんだし、ねぇ、まさし
そんな言葉と共にビリビリと服が破られていく音が聞こえる。
「やぁ、やだ、やぁ」
そろそろ行かないとあいつがマジでキレるな。俺は中の奴らに気付かれないようにそっと部屋の中に入り宿里を取り囲んで押さえている朴木の首根っこを掴むと力任せに引っ張った。
「うわぁ」
突然のことで間抜けな声をあげたまま朴木は後ろに倒れ、陣内と飯田は何が起きたのかわからずポカンとしている。
「は~い、宿里生徒会長への性的暴行の現行犯です。お三方、その場に大人しくしてくださいね。動けば痛い目を見ますよ」
その言葉と共にパッと部屋が明るくなる。俺の後ろにいた青木が部屋の電気をつけたのだ。
「大丈夫か宿里」
床に倒されている宿里を掴んで起こせば至るとこに赤い痣が出来ている。破れた服を脱がして自分の服を着せて背中をさすってやる。
「何をしてるんですか委員長!まさしから離れてください!」
はっと我に返ったのか朴木が騒ぎ出す。
「うるせぇなぁ、お前が宿里を襲ってるから助けただけだろうが」
自分の身体で宿里を隠したままでハッキリと言い切る。
「襲う?僕たちは恋人同士だからかまわないでしょう」
何を冗談と言いたげだ。
「へぇ、陣内と飯田まで引き連れてか?宿里の同意もなしに?」
宿里の背を撫でたままで言えば
まさしこの人に言ってください、これはちゃんと同意だって」
宿里に同意を求める。
「…ぶな…呼ぶな!お前がその名前を口にするな!」
朴木の言葉に宿里が叫ぶ。
「何を言ってるんですかまさし
意味が分からず朴木が怪訝そうに声をかける。
「今こいつが言っただろうが、テメェがその名前を口にするな。汚らわしい」
「うわぁ、会長も委員長も辛辣」
俺も同じようなことを口にすれば青木がそんなことを言う。
「そりゃお前、『まさし』は俺と宿里にとっては大切な名前だからな。あぁ、眞白もだったな」
「あぁ、その名前は友の名前だ」
俺の言葉に青木の傍にいた眞白も返事をする。
「何を言ってるんですかあなたたちは、まさし?」
朴木がまだそんなこと言う。
「これだけヒントは出してやったのにまだわからないのか。お前が、お前たちが宿里雅やどりまさしとずっと呼んでいたこの男は宿里雅やどりまさしじゃない。お前たちが中3の夏に襲おうとしていた男、宿里雅やどりみやびだ。この顔を見ても思い出せなねぇとかバカだな」
「なっ、なにを言ってるんですかあなたは?」
俺の言葉に意味が分からないと言わんばかりに言うが、
「お前たちが中3の夏に性的暴行を加えて放置した男は宿里の双子の兄の聖司だ。俺の大切な恋人だったんだよ」
俺の言葉に宿里がギュッと俺の服を掴む。俺はそっと宿里の背を撫でていく。
「何を根拠に、証拠もないくせにそんなでっち上げを言うなんて、委員長も落ちぶれましたね」
朴木は勝ち誇ったように言う。陣内と飯田も鼻で笑ってやがる。
「証拠?証拠がねぇとは一度も言ってねぇが?」
俺は溜め息をつきながら答える。
「その証拠が何処にあるんですか?出してみなさいよ」
朴木が勝ち誇ったまま言う。
「眞白、出してやれ。宿里お前は見なくていい」
俺は眞白に証拠を出しように告げてから宿里が見ないように自分の腕の中に抱きしめて隠した。


俺の言葉に眞白が動き生徒会の3人にもハッキリとわかるようにモニターに映像を映し出した。


そこに映し出されたのは中学3年のあの夏、この3人が宿里雅やどりみやびと思い込んで宿里聖司やどりまさしに性的暴行を加えている映像。狂ったように笑い、何度も殴り、無理やりに犯し続けた映像。強姦、和姦、暴力。それが繰り広げられている映像。


腕の中の存在が小さく震える。握りしめた自分の手に爪が食い込み赤い雫が滲み出てくる。何度見ても、それは残忍で、到底、許せるものではない。


高らかに笑って去っていく男たちの奥に投げ出された四肢はもう、ピクリとも動かない。3人が消えてからしばらくして映り込んだのは自分の背中。そして、カーテンで包み込んで離れていくその姿までもが映っていた。


そこで映像が途切れた。これを編集したのは眞白だ。聖司に頼まれて眞白がビデオを撮っていたのだ。それを知ったのは聖司が亡くなってからだった。聖司の手紙と眞白自身からの告白で知ったのだ。何かの証拠になるだろうということで、念のために聖司が眞白に頼んでいた。


「こんなのでっち上げですよ。こんなの知らない」
「そうだそうだ」
「俺たちじゃない」
朴木たちは違うと騒ぎだすが
「あー、じゃぁ、これも証拠として出しますか」
のんびりと青木が言いながら書類を3枚だし朴木たちに投げつけた。それを見て、朴木たちの顔色が変わる。
「俺が何もしなかったと思ってるのか?するに決まってるだろう?証拠は聖司の身体にたっぷりと残ってたんだからな。自分の実家が大学病院で助かったぜ」
青木が3人に投げつけたのはDNA鑑定の結果だ。呼び出した犯人は最初っからわかってはいたが、念のために俺は聖司を実家に連れ帰り両親に事情を話し治療ついでにDNA鑑定も頼んだのだ。案の定、この3人のモノだった。

「だからって今更こんなものを出して何の意味があるんですか」
「そうだ、そうだ」
「今更なにができる」
3人はそう騒ぎ出すが

「お前たちを傷害で訴えてあるんだよ。この証拠を手にした時から、ずっと計画してた。俺たち家族はお前たちを許さない。兄貴を傷付けて、死なせた償いはしてもらう」
俺の服を掴んだままハッキリと言い切る宿里。
「もう、この証拠は警察にも提出済みだ。それと、今、ここで宿里を襲ったことも警察には報告済みだからな。言い逃れはできないと思え」
宿里の背を撫でたままで俺が言えば
「3人は俺たちに着いてきてもらおうか」
そこに現れたのは顧問2人と警察関係の人。もう、完全に言い逃れできないと悟った3人はその場に崩れ落ちた。


翌日には、朴木、陣内、飯田が逮捕されたことが全学年に伝わっていた。生徒会役員をすべて入れ替えるために急遽、役員の為の選挙が行われ、新生徒会がうまく稼働し始めた頃、俺と宿里は学園を去った。


理由は宿里の治療をするため。壊れた心を治すために俺は宿里と共に退学して、実家へと戻った。


今は宿里と一緒に自然の多い場所で2人で暮らしている。勿論、療養のためにである。宿里の両親にも頼まれたのだ。しばらくの間、みやびのことを頼むと…。


みやび
宿里家が所有してる別荘で暮らしている俺たちは、ゆったりとした時間を過ごしていた。テラスの手摺りに凭れて湖を眺めているみやびを呼んだ。
「何?」
ゆっくりと振り返り聞いてくるその顔は少しだけ寂しそうだ。
みやびに聖司から最後の手紙を渡そうと思ってな」
一通の手紙をみやびに差し出す。
「えっ?」
驚いた顔を見せる。
「聖司が最後までみやびに言えなかった言葉が綴られている。読んでやってくれないか?」
俺が言えば、少し考えみやびが受け取った手紙を読み始めた。


手紙を読みながらみやびの頬に透明な雫が零れ落ちる。静かな時間だけが流れている。


「っ、兄、キぃ」
小さな声と共にクシャリと手紙を握りしめる音が静かな空間に響いた。


宿里聖司の一世一代の告白。聖司はみやびのことを愛していたのだ。俺と同じぐらいの気持ちで、弟のみやびを愛していた。だから、あの3人にみやびが狙われていると知ったとき、みやびの代わりにあいつらに会ったのだ。そう、みやびが壊れた原因は聖司が自分の身代わりになったのを知ったからだ。自分の身代わりになって暴行を受け、自殺したから。だから壊れた。

そして、みやびは、みやびであり、聖司であり、結局はみやびなのだ。俺が聖司を愛していたのを知っていたみやびは聖司の代わりになろうとした、勿論、両親の為にも聖司であろうとした。だが、俺は一度もみやびのことを聖司の代わりとは思ったことはない。俺にとって聖司は聖司一人だし、姿かたちが同じでもみやびみやびでしかないのだ。

みやびは恋人を失くした俺の傍で、聖司の代わりになろうとした。それを俺はずっとわかってたし、気が付いていた。だから、学園にいるときも俺がずっと触れても平気だったのはみやびにとって俺は聖司の恋人だから。それに、みやびの俺に対しての気持ちも気付いていた。みやびは自分の気持ちを押し殺してまでも、俺の前で聖司でいようとしていた。


「…っ…宙、夢…」
小さく名を呼ばれた。
「なぁ、みやび。俺もお前に言ってない言葉があるんだ。聞いてくれるか?」
みやびの頭をそって撫でて聞いてみればコクリと小さく頷く。
「俺は聖司と約束したことがある。それは、みやびを守ってやること、みやびを幸せにることだ」
俺の言葉に驚いた顔をする。


『ねぇ、宙夢ひろむ。僕が死んだらみやびをお願いね。あの子を守ってあげて。あの子を幸せにしてあげて欲しい。僕の分までみやびを愛してあげて欲しい。2人で幸せになって欲しい。僕の愛したみやびを僕を忘れてしまうぐらい愛して、2人で幸せになって』


みやび、俺は聖司が亡くなってからも、一度もみやびを聖司だと思ったことはない。だから、みやびみやびみやびのまま俺の傍にいて欲しい。俺にみやびを幸せにする権利をくれないか?俺にみやびを愛する権利をくれないか?」
ボロボロと流れ落ちる涙を拭いながらジッと顔を見てみやびに告げれば
「宙夢、俺、俺でいいの?俺、聖司じゃないんだぞ?」
不安げに聞いてくる。
「聖司が死んでから、俺が落ち込まずに平気でいれらのはみやび、お前が俺の傍にいてくれたからだ。聖司が死んだとき、確かに俺は落ち込んだ、でも、聖司との約束もあったから下ばっかり向いていられなかった。だけど、それだけが理由じゃない。みやび、俺も聖司と同じで、みやびを愛してる。それが理由じゃダメか?」
俺の言葉を聞きみやびが抱き着いてきた。
「宙夢、俺…ずっと宙夢が好きだった…でも、宙夢には兄貴がいるから…諦めてた…」
俺の腕の中で告げてくる言葉は、きっとずっと黙っておくつもりだった言葉。
「…でも…俺を…兄貴の代わりに…してもいいから…愛して欲しい…」
聖司の手紙や俺の言葉を聞いても、まだ自分を身代わりにしてもいいというみやびが悲しい。
「俺は聖司の代わりになんかしねぇって。みやびみやびのまま愛させてくれ。みやびを愛していきたいんだ」
「…っ…う、うん…俺を俺のまま愛して欲しい…」
俺の言葉にっ素直に返事をするみやび。俺はそっとみやびを抱きしめる腕に力をこめた。しばらくの間、みやびは俺の腕の中で泣いていた。



あれから3年。聖司が亡くなってから3回目の夏が来た。


「宙夢、起きてくれよぉ。墓参りに行く約束だろ!」
シャっとカーテンが開けられる音と、みやびの声がする。カーテンが開けられたことで太陽の光が部屋の中に入り眩しくて、俺は反射的に腕で顔を隠した。
「なぁ、宙夢ってばぁ。兄貴の墓参り行くんだろう?」
起きようとしない俺にシビレを切らしてベッドに飛び乗ってくる。
「今日はやけに早いな」
まだ少し寝惚けたままの頭で壁にかかってる時計を見て聞けば
「うん。だってこんなに天気がいいんだ。早く兄貴に挨拶しに行きたいんだ」
嬉しそうに笑うみやび。俺を覗き込むその頬に手を伸ばし
「じゃぁ、おはようのキスしてくれたら起きる」
なんて冗談で言ってみる。言われた言葉を理解して目を白黒させオロオロとし始めるみやびに笑ってしまう。俺とならキスだって、肌を重ねることだって、出来るようにはなったけど、まだ少し抵抗がある。それをわかってていう俺も意地悪だなと思う。
「冗談だ。ちゃんと起きる。準備しないとな」
みやびの頬を撫でて身体を起こせば
「宙夢、おはよう」
少しだけぶっきらぼうな言葉と共にチュッと小さな音を立てて頬に小さなキスが送られてきた。まさかみやびからされるとは思っていなかったから驚いてみやびを見たら真っ赤な顔をして睨みつけてきた。
「おはよう、みやび。着替えたら朝食の準備するから少し待ってろな」
みやびの頭を撫でてベッドから降りれば
「今日は俺が準備した!だから早く着替えて来いよな!」
真っ赤な顔をしたままみやびが部屋を飛び出していった。
「まいったなぁ。今日はご機嫌だし、反則なことばっかりだなあいつ。なぁ、聖司」
ベッドボードに置いてある3人で撮った写真を見ながら呟けば
「宙夢!早く―!」
キッチンの方からみやびの呼ぶ声が聞こえた。
「わかった、すぐ行く」
俺はそう返事をして、急いで服を着替えてキッチンへと向かった。



高校2年の夏、みやびと2人でこの場所で暮らすようになって、みやびの心は少しずつ回復し、今では元のようにとまでは言い難いが、かなり回復した。高校の時のまま、人に触れられるのは抵抗があるが、それでも、知ってる人物や、心許せる相手なら普通に手を握るぐらいならできるようにはなった。だから、両親たちに抱きしめられても逃げなくなったのだ。


そうそう、あのバカ3人組の両親が俺とみやびの両親に、自分たちの息子が逮捕されたのが納得いかずに突撃したらしんだが、俺の両親もみやびの両親も、証拠の写真も、ビデオも、DNE鑑定の結果の書類も持っているので、全部それを証拠として見せつけ、相手が反撃できないように論破したらしい。まぁ、あと社会的地位を脅かすことをするなら徹底的に潰すと脅したそうだ。

俺の所もだけど、みやびのとこの両親も真実を知ってからかなり怒っていた。実はあの人たちは怒らすと非常に怖い人たちなのだ。そんな相手に突撃してきたもんだから、3バカの両親は脅すつもりが返り討ちにあい、半泣きで帰って行ったと笑い話として俺たちは教えてもらった。

3バカは少年院に送検されて、罪を償っているそうだ。いつ出てくるかまでは興味がないので聞いてない。俺たちには必要ない情報だからな。



「あっ、そうだみやび。あとで、青木と眞白が来るらしいぞ。あと、両親たち4人も」
聖司の墓に向かう途中の石段でそう告げれば
「へぇ、じゃぁ、今年はみんなで兄貴に挨拶できるんだ」
嬉しそうに笑う。寂し気な笑顔ではなく、本当に心からちゃんと笑っている笑顔。俺と聖司が好きだったあの笑顔。やっと、やっと、みやびの笑顔が戻って来た。
「あぁ、ちゃんと報告しないとな」
「うん」
俺の差し出した手をしっかりと握りしめ頷いた。




「兄貴、俺、今すごく幸せだよ。兄貴が俺を守ってくれたから。ありがとう兄貴」
「聖司、ありがとう。俺はみやびと幸せになるからな。だから、ずっと見守っててくれ」

『宙夢もみやびも僕の分まで幸せになってね。ずっと、ずっと、2人のこと愛してるからね』


墓の前で手を合わせる俺たちを包み込むように優しくて暖かい風が吹いた。




二度と戻らない夏。


君のいない夏。



Fin




*あとがきという名の懺悔*

暗い!と叫びながら言い訳を…。死ねた?っぽくなりました。すみません。
で、名前に関してですが、雅という文字で、『まさし』と『みやび』を使い分けていますので、ルビを付けてあるんですが、度忘れしてる部分があるかもしれません。
双子設定で、仇で名前を変えているというのを考えていた時点で、同じ感じで違う呼び名と決めたので、こうなりました。
そして、1話でまとめてしまうと話が長くなってしまった。前回もだけど今回も1万文字越え…。あれ?変だなぁ?
仕事中にポンと浮かんだ話を煮詰めて言ったらこうなりました。はい、すみません。

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