寄せ集めの短編集

槇瀬光琉

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かすれた声

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何度、叫んでも届かない。


何度、呼んでも返事がない。


届かないのに何度も名を呼んで助けを求めていた。



そして…声は嗄れた。




嫌な夢を見た後は大概が現実となって現れる。それが正夢というものなんだろう。
今回ばかりは外れてくれと願ったが、その願いは虚しく現実となり、俺は一人ぼっちになった。



一人きりになった生徒会室で黙々と溜まった仕事をこなしていく。片付けても片付けても一向に減らない書類の山。
一人で片付けられる量なんてたかがしれてる。

それに俺はそこまで仕事が早いわけじゃないんだ。


一人で黙々と片付けているとバンってバカでかい音がしてビクッて身体を強張らせて音のした方を見ればニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべた生徒が数人立っていた。


『あぁ、そういうことか…』


妙に冷めた頭で何が起ころうとしてるのかがわかった。数人の生徒は独りぼっちになった俺を襲いに来たんだろう。

どんなに叫んだところで嗄れた声では誰にも届かないし、届いたところで助けてくれるやつなど誰もいない。

イヤらしい笑みを浮かべたままで生徒たちは俺の方に来て腕を掴み引きずるように椅子から立たせ床に放り投げる。
どんなに抵抗をしたところで、いくつもの手が押さえていく。

破られる制服。脱がされていくズボン。どんなに抵抗したって、逃げることなんて出来なくて…。


総てを諦めた。


「ぐあっ」
「がはっ」
「ぎゃぁ」
「ぐはっ」


総てを諦めてギュッと唇を噛み締めて目を閉じていた俺の耳にそんな悲鳴が聞こえた。恐る恐る目を開ければ険しい顔をした男の顔があった。


「大丈夫か?」
俺の身体を抱き起し、自分の着ている上着を肩に掛けながら聞かれた言葉に小さく頷けば
「少し、我慢しててくれ」
そんな言葉と共に抱き上げられ、連れていかれたのは部屋の奥にある小さな小部屋。仮眠用にと作られている小さな部屋だった。ベッドの上に俺を下ろすと
「少しの間、ここで待っててくれ」
そう言い残し部屋を出ていった。今になって震える身体。怖かった。本当に…。


数分して俺の脱がされたズボンを持って戻ってきた男は風紀委員長で、俺のことを一番嫌ってるはずの槇田だ。


「ズボンは破れてないからはけるはずだ。上は部屋に帰るまでそれを着ててくれ」
そういいながら俺にズボンを渡してきた。俺はそれを受け取りズボンをはいた。もう一度ベッドに腰かけて息を吐いた。
震える身体に気付かれないように自分で自分の手を握り、槇田から視線を外した。


俺は誰にも助けてもらえない存在だから…。


「もう大丈夫だ」
そんな言葉と共に俺は槇田に優しく抱きしめられていた。
「…ん…で…なん…で…」
掠れた声じゃちゃんと言葉を紡げない。この男が今ここにいるのも、俺を助けたのも不思議でしかない。
それでも俺の問いに返事はなくて、代わりに抱きしめられた腕に少しだけ力が入った。


俺はもう、考えるのも嫌になり槇田に抱きしめられたまま身体の力を抜いた。


どれだけそうしてたのか、完全に俺の身体から震えというものがなくなった。ほぅと小さく息を吐けば、ゆっくりと抱きしめられていた腕が離れていった。
「落ち着いたか?」
その問いに頷けば
「今日はもう部屋に戻れ。送っていくから」
俺と視線を合わせながら言われる。首を振りかけるが、今の俺ではきっと邪魔なんだろうと思い素直に頷いた。
「なら行こう」
俺の手を取り立ち上がらせる。そのまま俺の背に手を添えたまま歩き始め部屋の扉を開けた。


そして、扉の開いた部屋を見て驚いた。そこには、今まで来ることのなくなった役員が勢ぞろいして仕事をしていたからだ。それも、風紀委員と顧問の先生に監視されながら…。


どういうことか説明してほしくて顧問や、風紀委員、そして委員長である槇田を見るが、誰も理由を話してはくれず
「行くぞ」
俺は強制的に生徒会室から連れ出される形となった。


寮の自室まで槇田に送られて、槇田は何事もなかったかのように行こうとするので俺はとっさに槇田の腕を掴んだ。

聞きたいことは山ほどあるんだけど、一人になると思った途端に身体が震えだした。


「ご…ごめ…ん…」
でも、槇田に迷惑をかけるわけにはいかないから掴んだ腕を離せば
「中に入ってもいいか?」
そう聞かれ、俺は小さく頷き部屋の鍵を開けた。初めて、他のヤツを部屋の中に招き入れた気がする。


槇田は俺をソファに座らせると対面になる形で床に座り、そっと両手を握ってくれた。握られた手から伝わる温もりに少しずつだが、震えが止まっていく。


「色んなことが気になるだろうけど、今は何も聞かずに、ゆっくり休め。もう少し落ち着いたらちゃんと理由は話してやるから」
槇田の言葉に小さく頷けば優しく撫でられた。それがあまりにも優しくて、俺の瞳から涙が零れ落ちた。
「ごめんな」
苦笑を浮かべた槇田がそっと抱きしめてくれた。それこそ、俺が本当に泣き止むまで、落ち着くまで…。



後日、槇田に聞いたところによると、風紀は風紀で忙しく、俺を助ける余裕がなかったそうだ。だが、原因がなんで、どうしてこうなっているのかをちゃんと理解していて、顧問の先生や理事長などと連携して全ての原因を排除するために極秘で動いてくれていたそうだ。

あの日、俺を助けてくれたのは偶然ではなく、あの生徒たちを見張っていたからだそうだ。


「声が嗄れるまで助けてやれなかったのは悪かったと思ってる」
俺の隣でコーヒーを飲む槇田の顔は渋い顔だ。
「いや、でも、ちゃんと戻ったし、ちゃんと助けてもらったからいいよ」
同じようにコーヒーの入ったカップを持ち答えれば
「いや、それでもすまなかった」
また謝ってくる。よっぽど気にしてたんだなと思う。
「いいよ。今度またこんなことがあれば嗄れる前に助けてくれればいい。というか助けてくれるんだろ?」
この男のことだ、二度も同じことはしないだろう。そんな自信はあった。
「当たり前だ。神沼の声を二度も嗄らせるわけがないだろ。そうならないように先に手を打つさ」
そう言って笑う顔は強い意志を宿していた。
「頼りにしてます」
俺も同じように笑った。



総てを諦めた俺に待っていたのは破滅ではなく、多大な手助けだった。


一人だと思っていた俺を助けてくれたのは沢山の手だった。



Fin

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