上 下
126 / 176

掴んだ制服

しおりを挟む
理事長に脱走した子猫を渡して、二人で戻る間、会話なんてものがなくてそれがなんか寂しいって思った。


手を伸ばせば届くのに、それすらも出来なくて、俺は俯いた。


自分の中にある小さな蟠り、後悔、そんなものがグルグルと渦巻いている。俺が何も言わないから菊池も何も言わない。そうわかってるのに言葉が出ない。


俺も菊池もそう話す方じゃないし、外だと本当に何も言わない。


俺は自分の傍にいなかった6年の間、菊池が何をやっていたのか知らない。怪我の治療してたのは聞いた。


その後は?


なんで6年も戻ってこなかったんだ?


それを聞いたら教えてくれるんだろうか?


俺はそっと、手を伸ばし、菊池の制服の裾を掴んだ。それだけでいいって思ったんだ。


それでも、菊池からの反応はなくて、迷惑かなって思って手を放したら、放した手は菊池に捕まった。

「裾なんか掴んでねぇで手ぇ出せばいいだろうが」
なんて言いながら握られる手。時々こうやってこの男は俺を驚かせて喜ばせる。
「いや、だって、迷惑かなって…」
だから言い訳じみた言葉を口にする。

「恋人と手を繋いでなにがわりぃんだ?いいんじゃねぇの?」
それは変に遠慮するなと言っている。言葉に出して言わなくても、傍にいることも、隣に立つことも許されているのはお前だけなんだぞと伝わってくる。

空白の6年間とか、菊池に残る傷痕とか、俺には考えなきゃいけないことが山のようにあるけど、そんなの考えるなって言わんばかりに俺に優しさをくれるのは菊池だけなんだ。

相手が菊池だから、こうやって悩むし、イラ立つし、不安になるし、寂しくなるし、嬉しくなるんだ。

全部、菊池侑司が俺に係わってるから。俺だけをちゃんと見てくれるから…。


「侑司…甘えたいんだけど…」
だから俺の望みを叶えてくれ。

「部屋まで待てばな」
ギュッと握られて手に力が入る。
「ん」
だから俺も握り返して返事をした。こういう時のこいつはちゃんと俺の望みを叶えてくれるから…。

結局、俺たちは会話らしい会話もなく、寮の部屋まで帰ったんだ。


帰る途中で菊池がちゃんと先に帰るって連絡してるの俺知らなかった。

帰ってから聞いて俺は驚いた。


もしかして俺の行動バレバレなんだろうか?




Fin


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

淫らな粒は次々と押し込まれる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...