隣の美人なお姉さんはアルファで憧れだった高校の先輩でした。

槇瀬光琉

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3話

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「来栖くん?」
バイトの帰り道で後ろから声をかけられて驚いて振り返れば立華さんだった。
「立華さん、今帰りなんですか?」
この時間に会うのなんて初めてで本当に驚いた。

「はい、今日は少し用事があって出かけてたんですが、栗栖くんに会えてすごく嬉しいです」
立華さんは本当に嬉しそうに笑う。なんだかそれが嬉しかった。
「俺に会えて嬉しいって…大袈裟ですよ。俺はそこら辺にいるただの大学生なんで」
俺はそんないい男でもないんだから…。

「えっ、私にとったらこんな小さなことも嬉しい出来事なんです。栗栖さんはもっと自信もっていいですよ。カッコいいじゃないですか!」
立華さんはふんと力説をする。
「えっと…ありがとうございます。でも…俺よりもっといい男はいますよ」
そこだけはちゃんと言っておこう。

「栗栖くんは謙虚というか自信なさすぎです。私が言うんだから自信持ってください」
なんて言いきられてしまう。
「ははは」
俺はカラ笑いをして誤魔化した。


「栗栖くん、大丈夫ですか?」
急に真面目な顔をして聞かれた言葉に
「えっ?何がですか?」
意味が分からなくて聞けば
「顔色がさっきよりも悪くなってるんですよ」
ジッと俺の顔を見る。

「朝から少し怠いなって思ってたんで…それかもしれないですね」
俺は視線を逸らし俯きながら答えたら
「だったら、早く帰りましょう。帰って休まないと…」
立華さんは俺の手を掴むと家に向かって歩き出す。

「えっ、ちょ、立華さん」
急に手を握られて驚いた。というか女性と手を握るなんて初めてでドキドキだったりする。
「栗栖くんが心配なんで、早く帰りますよ」
チラッと俺の方を見て小さく笑ってどんどん進んでいく。


前を歩く立華さんの背を見て先輩の面影が浮かんだ。


一度だけこうやって手を引かれて歩いたことがあった。俺が学校の中で迷子になって悩んでた時に先輩に会って、教室の近くまで送ってもらったのだ。あの時はありがとうしか言えなかったけど…。先輩も何も話してくれなかったから…。


本当に、どうにかしてると思う。立華さんの笑顔を見て先輩を思い出して、立華さんの後ろ姿を見て先輩を思い出すなんて…本当にどうにかしてるよ俺。


「…ごめんね…立華さん…」
立華さんの背中に謝る。勿論、彼女に届かないぐらいの声で。


俺の記憶はそこで途切れた。



「…んっ…っ…ここは?」
ボンヤリとした意識の中でここがどこか考える。
「あっ、よかったぁ。栗栖くん大丈夫?」
俺の顔を覗き込む立華さんの顔が急に出てきてビックリした。

「あっ、立華さん、俺どうしたんですか?」
身体を起こそうとして立華さんに止められる。
「起きちゃダメです。帰ってる途中で気を失っちゃったんですから。家の近くでよかったですよ」
体調が悪かったのはわかってたけどまさか倒れるなんて…。しかも女性に運ばせるなんて…
「ごめんなさい。立華さん」

俺は横になったままで謝る。だって謝ることしかできないから…。
「ここは栗栖くんの部屋です。鍵を勝手に借りちゃいました。私の部屋だとすぐ帰っちゃいそうだし、大人しくしててくれそうになかったので…」
立華さんは小さく溜息をつきながら説明してくれる。確かに、立華さんの部屋だったらすぐに帰るって言いだして逃げそうだ。

だってやっぱり女性の家だし、俺たちはそういう関係でもないから失礼だ。

「女性の部屋なんて失礼じゃないですか…でも、ここまで運んでくれてありがとうございます」
謝ったけどお礼を言ってないのを思い出しいう。
「栗栖くん、あのね、もし間違いだったらごめんね。もうすぐ来るんじゃない?」
立華さんの言葉に
「来るって?」
意味が分からなくて聞き返せば
「うん、もしかしたら発情期が来るんじゃないのかな?」
その言葉にドキリと心臓が跳ねる。誰にも自分がオメガだと言ってないし、もちろん、立華さんにもだ。


「ごめんね。さっき会ったときにいつもと違う甘い香りがしたから…もしかしてって思ったの。間違ってたらごめんね」
立華さんは顔の前で両手を合わせて謝る。
「あっ…いえ…この怠さ…そうかもしれません。…こんなこと初めてだから…俺も気が付かなかった…」
身体が怠いのは確かに発情が関係してるのかもしれない。でも…発情はまだ少し先だったはず。

「じゃぁ…私は帰るね。栗栖くんまたね」
少しだけ悲しげな顔で立華さんはいって帰ろうと立ち上がる。けど、ふと壁を見て立ち止まって動かない。


立華さんが見てるのは俺が描いた先輩の絵。そこには『橘樹智景先輩』としっかり書いてあった。


「素敵な絵ですね」
ポツリと立華さんが呟く。
「憧れてた先輩です。授業で描いたやつなんです」
ジッと立華さんの様子を見ながら言えば

「栗栖くんの気持ちが絵から伝わってきそうで羨ましいな」
少しだけ泣き笑いな顔になる。
「えっ?」
それがどういう意味なのか分からない。
「これだけ思われてる彼が羨ましいです。じゃぁ、失礼しますね」
立華さんは小さく笑って本当に帰っていった。

「えっと…どういう意味だったんだろう?」
俺は本当に意味が分からなかった。


だから帰っていった立華さんが俺の描いた絵を見て思いに耽っているなんて知る由もなかったんだ。


「絵の中の男に妬くなんてね。今の俺を見たらどう思うだろうか?」
立華智景と漢字だけを変えて接触した。もう一度あの笑顔に、あの優しさに触れたかったから…。いつかはちゃんと俺だと、橘樹智景だと言える日がくればいいなと思いながら、俺は明日も自分を偽るんだ。




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