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ごちゃ混ぜ作品集
ゲームオーバー
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いつも、何かから逃げてる。
走って、走って、走って、そしてあと一歩の所で掴まれる。
何かわからないモノに捕まって俺は眼が醒める。
「…っ、またか…」
逃げている夢を見た朝は必ずヒドイ寝汗をかいている。
寝ている間に魘されているのかわからないが、寝具は汗で濡れているし、いつになく乱れている。
「参ったな…」
ポツリ呟く声はいつになく大きく部屋に響いた。こんな夢を見ている原因はなんとなくわかる。
ここ最近、同じ男に襲われる回数が増えたからだ。
ここは男子校だから欲求を同じ男に、しかも自分よりも弱いやつで晴らそうとする奴らが数多くいる。
俺自身は護身術などを習わされていたのでそれなりに対処して被害には合わないようにはしてるが…。毎度、毎度だとさすがに疲れる。
ベッドから降りて着替えを持てバスルームに向かい頭から少し熱めのシャワーを浴びた。
「あいつに言えばそれなりに対処はしてくれるんだろうけどな…」
頭を拭きながらリビングに戻ってきて溜め息をつく。食欲がいつにも増して無く朝飯なんて食べる気も起きない。このままじゃまずいんだろけどな。
時間になればいつものように着替えて学園に向かうために部屋を出た。
「会長?」
放課後、廊下を歩いていれば後ろから声をかけられ振り返れば阿久津がいた。
「阿久津か、どうした?」
阿久津を見て聞けば
「何かあったんですか?今日は朝から少し様子が変だと思ったので…」
眉間に皺を寄せながら聞いてくる言葉に
「いや、大丈夫だ。少し休憩してから生徒会室に戻る」
嘘を見繕って答えれば
「わかりました」
阿久津はそれ以上は聞いてこず頭を下げて戻っていった。俺は小さく息を吐きまた歩き出した。
休憩をするより、気持ちを落ち着かせるために大好きな温室へと足を向けた。
中に入れば珍しい人物がいた。少しだけ疲れてる大きな背に声をかけるのを躊躇うが
「紀田?」
いつもと違う様子の彼が気になって声をかけた。
「ん?あぁ、お前さんか」
振り返り声をかけた人物を確認して息を吐いた。
「何かあったのか?」
そんな様子の彼が気になった。
「あったのは俺じゃなくてお前の方だろ」
そういいながらそっと優しく右頬を撫でていく。そして頬を撫でた親指を見せてくる。そこには紅い染み。慌てて撫でられた場所に触れればぬるりとした感触がして自分の指を見れば血がしっかりとついた。
気まずくて視線を泳がせていれば
「あんま、お前さんとこの副会長に心配させんな。やっこさんからのSOSだ」
溜め息交じりに言われた言葉になんとなく納得した。このタイミングで紀田がこの場所にいた理由は阿久津が助けを求めたんだろう。俺の代わりに…。
「わりぃ、面倒かけたな」
この場所にいるということは、すでに片を付けてきたということだろう。
「ここで立ってんのもあれだし、ちょっとこっちに来い」
俺の腕を掴むと少し奥まった場所にあるソファまで連れてきて俺を座らせた。
「紀田?何かあるのか?」
俺を座らせてからまた溜め息をつく紀田が気になり声をかければ
「上だけ全部脱げ」
眉間に皺をよせいつになく険しい表情で告げてくる。この一瞬でなんでもお見通しか…。抵抗するのも無意味だと理解した俺は大人しくブレザーもシャツも言われたとおりに脱いだ。上半身裸になった俺の姿を見てまた溜め息をつく。
「ちょっと待ってろ」
そう告げるとどこかへと行ってしまう。数分して戻ってきた紀田の手にはお湯の入った洗面器とタオルと小さな救急箱だった。
「少し沁みるかもしれんが我慢しろよ」
そんな言葉とともに背中をゆっくりと拭いていく。
「っ」
優しい手つきだとしても、傷口に触れられれば痛みはある。斜めに切りつけられた傷を丁寧にタオルで拭き消毒をしてキチッと傷の手当てをしてくれた。あちこちに小さな傷が幾つもできてるので、それもすべて手当をしてくれる。
「傷跡は残らねぇとは思うが…」
そういいながら最後に顔にできた傷を手当てする。
「いや、男だから別に傷が残ってもいいんだが…」
そういえば
「傷が残ったらキレイな顔が台無しだろうよ。親御さんが泣くぞ?」
そんなことを言われた。
「あー、確かに発狂しそうだな…」
紀田の言葉に頭の中に浮かんだ二人の性格を思い出して納得しちまった。
「ほら、しまいだ。今度からはちゃんと面倒なことになる前にいってこいよ」
傷の手当てを終え、救急箱を片付けながら言われる。俺が言わねぇのわかってんなこいつ。
「サンキュー。俺が言わなくてもお前は守ってくれんだろ?」
これは確信があった。この男は俺が言い出さなくても、こうやってちゃんと助けてくれるという確信が。
「さぁな。それはわかんねぇなぁ」
なんていうが、この男なら助けるだろうし、守ってくれるだろう。
「なんだ、委員長は俺の貞操は守ってくれねぇの?」
なんて冗談で言ってみる。俺が自分で対処できるのをわかってるからこの男が手出しをしてこなかったのもわかってる。
「いいのかそんなこと言っても?俺が奪っちまうかもしれねぇぞ?」
なんていいながらそっとソファに押し倒された。羽織っただけでまだボタンの留めていないシャツをするりと片方だけ脱がしていく。
「その気もねぇくせに。それとも誰にでもこんなことやってんのか?」
小さく息を吐きながら軽く肩を押せば肩を押した手を掴まれ引き寄せられ背中の傷に触れないように気を付けながらもそれなりに強い力で抱きしめられた。
「冗談。誰彼構わず手を出すほどバカじゃねぇさ」
抱きしめたままの状態で肩に顔を埋めてくる。紀田の好きなようにさせていたらピリリと肩口に小さな痛みが走る。
「っ、いてぇよ」
文句ひとつ言えば自分でつけた歯型を舌先で舐めて
「お前さんは俺に対して無防備すぎるからな。ちったぁ警戒しろ。じゃねぇと本気で奪っちまうぞ」
自分ではだけさせたシャツを直し丁寧に一つ一つボタンをはめていく。俺はそんな紀田の指に自分のそれを絡め
「無防備なつもりはねぇけど、お前だって本気じゃねぇだろ」
チャンスならいくらだってあったはずだ。それでもそうしないのは本気じゃないという証拠。
「さぁな。それはお互い様だろ」
俺の絡めた指をするりと抜けて洗面器や救急箱を片付けに行ってしまう。俺はその背を見ながらため息をつき、外したネクタイをはめ直しブレザーに袖を通した。
「っ」
スルリと冷たい手が首筋を撫でて行きビックリして飛び跳ねた。この場所が温室ということもあり俺は完全に気を抜いていたのだ。それにこの場所には紀田しかいないという油断もあった。
「だから、警戒しろって言っただろ。この場所が生徒会と風紀しか入れねぇ場所だといえど、こんなことが起きらねぇとは言えねぇんだからな。風紀委員だつっても健全な男だからな、間違ったことを起こす輩がいてもおかしくねぇんだぞ」
紀田の言ってることは正しい。だが、この場所に来るのは対外俺かこの男ぐらいだ。
「じゃぁ、お前も俺にそういうことするのか?」
ソファの背に深々と凭れて聞いてみる。柔らかい素材のソファだといえど、やはり怪我した場所が痛むがこの際、気にしないでおこう。
「さぁな。まぁ、馬鹿な奴らみてぇに襲うってことはねぇな。やるなら合意の上のが後味いいだろ?」
その言葉の真意はどこにあるのだろうか?
「合意があれば遊びでもOKということか?」
俺自身が何でこいつにこだわるのかわからないが、なぜかそんなことを聞いていた。
「それは相手にもよるんじゃね?本気で恋愛してぇ相手ならちゃんと告白なりするさ。俺もそこまで馬鹿じゃねぇよ」
そんなことを言いながら顔が近づいてくる。
「逃げねぇのか?」
もう少しで唇が触れそうな距離で呟きのように聞かれた。俺は何も答えず目の前の男の首に腕を回し自分から唇を重ねた。この男の反応がただ知りたかった。それだけだった。先のことなど考えてなかった。ただ、本当に反応が気になっただけだ。
触れ合う唇が動いた。やっぱり本気にはならないか…。そんなことを考えながら離れようとしたら、頭を押さえられ、傷に触れないようにしながら抱きしめられ繰り返される口づけ。優しいキスを繰り返し与えられる。だから俺も首に回した腕に力を込めた。
この男のことが嫌いじゃなかったんだよ。はじめっから…。むしろ…好きだった…。それに気が付いたのはついさっきだが…。
「ゲームオーバーだ」
再び唇が触れそうな距離で呟かれる。
「どういう意味だよ」
真意が知りたくて聞けば
「逃げるのはヤメだ。お前さんが好きだ。だから付き合おうぜ」
全てを諦めたように言われる。
「お前が守ってくれるんだろ?」
制服を掴み聞けば
「お前さんがちゃんと言ってくればな。今回のようなことはさせねぇよ」
するりと頭を撫でて行く。
「阿久津経由かもな」
自分からちゃんと言う自信はねぇ。こいつなら守ってくれるという確信があるから…。
「言わなきゃわかんねぇ時もあるっての。まぁ、お前ならうまく逃げるだろうけどな」
小さく笑いながらもう一度、優しいキスをされた。
「さてと、阿久津が心配してるから生徒会室に送るぜ」
もう一度、頭を優しく撫でていく。
「あー、戻ったらどやされそうだな…」
阿久津の顔を思い浮かべながら呟けば
「まぁ、その頬の傷の言い訳でも考えとくんだな。行くぞ」
頬にできた傷口の下をなぞっていく。
「やっぱ…言い訳を考えるのか…」
諦め加減に小さく溜め息をつけば
「ここに来る途中にいる親子猫にやられたって言っとけ。木から降りれなくなった子猫を助けたお礼がこれだったってな…」
なんて、嘘だとばれるようなことを言ってくれやがる。
「信じると思うのか?」
じっと顔を見ながら聞いてみれば
「大丈夫だ。これが引っ掻き傷に見えるからな」
なんて見せられたのは自分の手の甲にできていた傷。いつできたんだよこれ!自分で気が付いてねぇなんて…。
「ここに来た時のお前さんは心底疲れた顔してたからな。気付かなくてもおかしくはねぇよ」
複雑な顔をしてる俺にあっさりと言ってまだ座ってる俺を立たせる。
「考えるのめんどくせぇからそう言っとくかな」
考えるのも諦めて言えば
「たまには考えるのも放棄しろ。じゃねぇとお前さんが潰れちまうぞ」
ポンと軽く背を叩き歩き出した。
「潰れる前にお前が止めてくれるだろ?だからいんだよ」
その背を追いかけながら言えば
「俺はそこまで万能じゃねぇぞ」
なんて言われるが
「そうか?結構お前、俺に対して万能だと思うぞ?」
こいつは俺に対して本当に万能だと思うんだが…。俺よりも俺のことを知ってる時点で…。
「そりゃお前…好きな奴は自分で守りてぇだろ?だからだよ。でも心配はさせんな」
あっさりと言われた言葉に笑ってしまう。さっきまでのらりくらりとかわしてた奴とは思えない。
「いや、だってよ、言わなくてもお前が守ってくれるって確信があるからよ。だからムリだな」
まぁ、俺も同じか。なんて思う。
「それでもだ、言わねぇとわかんねぇこともあるから、ちゃんと言ってくれ」
扉を開け俺が来るのを待ちながらいう言葉に苦笑が浮かぶ。
「それは善処する」
俺は温室から出る前に自分からこの男にキスを仕掛け胸元に頭を寄せる。
『サンキュー』
呟き同然のお礼を告げた。一瞬だけギュッと肩を抱かれ背中の傷に触れないように背中に手を添えられ二人そろって温室を出た。
「ホントにもう!ちゃんと消毒したんですかそれは!!!」
紀田に送り届けられた俺は阿久津に説教されることとなった。
「それは大丈夫だ。あいつが全部やってくれたからな」
そう告げれば
「まったく、人を頼るということも覚えてください」
阿久津がブツブツと文句言いながら自分の席に戻っていく。
「それが出来たらいいんだがな…」
俺は一人呟き、机の上にある仕事と向き合ったのだった。
逃げて、逃げて、そして捕まった。
二人揃ってゲームオーバー。
Fin
走って、走って、走って、そしてあと一歩の所で掴まれる。
何かわからないモノに捕まって俺は眼が醒める。
「…っ、またか…」
逃げている夢を見た朝は必ずヒドイ寝汗をかいている。
寝ている間に魘されているのかわからないが、寝具は汗で濡れているし、いつになく乱れている。
「参ったな…」
ポツリ呟く声はいつになく大きく部屋に響いた。こんな夢を見ている原因はなんとなくわかる。
ここ最近、同じ男に襲われる回数が増えたからだ。
ここは男子校だから欲求を同じ男に、しかも自分よりも弱いやつで晴らそうとする奴らが数多くいる。
俺自身は護身術などを習わされていたのでそれなりに対処して被害には合わないようにはしてるが…。毎度、毎度だとさすがに疲れる。
ベッドから降りて着替えを持てバスルームに向かい頭から少し熱めのシャワーを浴びた。
「あいつに言えばそれなりに対処はしてくれるんだろうけどな…」
頭を拭きながらリビングに戻ってきて溜め息をつく。食欲がいつにも増して無く朝飯なんて食べる気も起きない。このままじゃまずいんだろけどな。
時間になればいつものように着替えて学園に向かうために部屋を出た。
「会長?」
放課後、廊下を歩いていれば後ろから声をかけられ振り返れば阿久津がいた。
「阿久津か、どうした?」
阿久津を見て聞けば
「何かあったんですか?今日は朝から少し様子が変だと思ったので…」
眉間に皺を寄せながら聞いてくる言葉に
「いや、大丈夫だ。少し休憩してから生徒会室に戻る」
嘘を見繕って答えれば
「わかりました」
阿久津はそれ以上は聞いてこず頭を下げて戻っていった。俺は小さく息を吐きまた歩き出した。
休憩をするより、気持ちを落ち着かせるために大好きな温室へと足を向けた。
中に入れば珍しい人物がいた。少しだけ疲れてる大きな背に声をかけるのを躊躇うが
「紀田?」
いつもと違う様子の彼が気になって声をかけた。
「ん?あぁ、お前さんか」
振り返り声をかけた人物を確認して息を吐いた。
「何かあったのか?」
そんな様子の彼が気になった。
「あったのは俺じゃなくてお前の方だろ」
そういいながらそっと優しく右頬を撫でていく。そして頬を撫でた親指を見せてくる。そこには紅い染み。慌てて撫でられた場所に触れればぬるりとした感触がして自分の指を見れば血がしっかりとついた。
気まずくて視線を泳がせていれば
「あんま、お前さんとこの副会長に心配させんな。やっこさんからのSOSだ」
溜め息交じりに言われた言葉になんとなく納得した。このタイミングで紀田がこの場所にいた理由は阿久津が助けを求めたんだろう。俺の代わりに…。
「わりぃ、面倒かけたな」
この場所にいるということは、すでに片を付けてきたということだろう。
「ここで立ってんのもあれだし、ちょっとこっちに来い」
俺の腕を掴むと少し奥まった場所にあるソファまで連れてきて俺を座らせた。
「紀田?何かあるのか?」
俺を座らせてからまた溜め息をつく紀田が気になり声をかければ
「上だけ全部脱げ」
眉間に皺をよせいつになく険しい表情で告げてくる。この一瞬でなんでもお見通しか…。抵抗するのも無意味だと理解した俺は大人しくブレザーもシャツも言われたとおりに脱いだ。上半身裸になった俺の姿を見てまた溜め息をつく。
「ちょっと待ってろ」
そう告げるとどこかへと行ってしまう。数分して戻ってきた紀田の手にはお湯の入った洗面器とタオルと小さな救急箱だった。
「少し沁みるかもしれんが我慢しろよ」
そんな言葉とともに背中をゆっくりと拭いていく。
「っ」
優しい手つきだとしても、傷口に触れられれば痛みはある。斜めに切りつけられた傷を丁寧にタオルで拭き消毒をしてキチッと傷の手当てをしてくれた。あちこちに小さな傷が幾つもできてるので、それもすべて手当をしてくれる。
「傷跡は残らねぇとは思うが…」
そういいながら最後に顔にできた傷を手当てする。
「いや、男だから別に傷が残ってもいいんだが…」
そういえば
「傷が残ったらキレイな顔が台無しだろうよ。親御さんが泣くぞ?」
そんなことを言われた。
「あー、確かに発狂しそうだな…」
紀田の言葉に頭の中に浮かんだ二人の性格を思い出して納得しちまった。
「ほら、しまいだ。今度からはちゃんと面倒なことになる前にいってこいよ」
傷の手当てを終え、救急箱を片付けながら言われる。俺が言わねぇのわかってんなこいつ。
「サンキュー。俺が言わなくてもお前は守ってくれんだろ?」
これは確信があった。この男は俺が言い出さなくても、こうやってちゃんと助けてくれるという確信が。
「さぁな。それはわかんねぇなぁ」
なんていうが、この男なら助けるだろうし、守ってくれるだろう。
「なんだ、委員長は俺の貞操は守ってくれねぇの?」
なんて冗談で言ってみる。俺が自分で対処できるのをわかってるからこの男が手出しをしてこなかったのもわかってる。
「いいのかそんなこと言っても?俺が奪っちまうかもしれねぇぞ?」
なんていいながらそっとソファに押し倒された。羽織っただけでまだボタンの留めていないシャツをするりと片方だけ脱がしていく。
「その気もねぇくせに。それとも誰にでもこんなことやってんのか?」
小さく息を吐きながら軽く肩を押せば肩を押した手を掴まれ引き寄せられ背中の傷に触れないように気を付けながらもそれなりに強い力で抱きしめられた。
「冗談。誰彼構わず手を出すほどバカじゃねぇさ」
抱きしめたままの状態で肩に顔を埋めてくる。紀田の好きなようにさせていたらピリリと肩口に小さな痛みが走る。
「っ、いてぇよ」
文句ひとつ言えば自分でつけた歯型を舌先で舐めて
「お前さんは俺に対して無防備すぎるからな。ちったぁ警戒しろ。じゃねぇと本気で奪っちまうぞ」
自分ではだけさせたシャツを直し丁寧に一つ一つボタンをはめていく。俺はそんな紀田の指に自分のそれを絡め
「無防備なつもりはねぇけど、お前だって本気じゃねぇだろ」
チャンスならいくらだってあったはずだ。それでもそうしないのは本気じゃないという証拠。
「さぁな。それはお互い様だろ」
俺の絡めた指をするりと抜けて洗面器や救急箱を片付けに行ってしまう。俺はその背を見ながらため息をつき、外したネクタイをはめ直しブレザーに袖を通した。
「っ」
スルリと冷たい手が首筋を撫でて行きビックリして飛び跳ねた。この場所が温室ということもあり俺は完全に気を抜いていたのだ。それにこの場所には紀田しかいないという油断もあった。
「だから、警戒しろって言っただろ。この場所が生徒会と風紀しか入れねぇ場所だといえど、こんなことが起きらねぇとは言えねぇんだからな。風紀委員だつっても健全な男だからな、間違ったことを起こす輩がいてもおかしくねぇんだぞ」
紀田の言ってることは正しい。だが、この場所に来るのは対外俺かこの男ぐらいだ。
「じゃぁ、お前も俺にそういうことするのか?」
ソファの背に深々と凭れて聞いてみる。柔らかい素材のソファだといえど、やはり怪我した場所が痛むがこの際、気にしないでおこう。
「さぁな。まぁ、馬鹿な奴らみてぇに襲うってことはねぇな。やるなら合意の上のが後味いいだろ?」
その言葉の真意はどこにあるのだろうか?
「合意があれば遊びでもOKということか?」
俺自身が何でこいつにこだわるのかわからないが、なぜかそんなことを聞いていた。
「それは相手にもよるんじゃね?本気で恋愛してぇ相手ならちゃんと告白なりするさ。俺もそこまで馬鹿じゃねぇよ」
そんなことを言いながら顔が近づいてくる。
「逃げねぇのか?」
もう少しで唇が触れそうな距離で呟きのように聞かれた。俺は何も答えず目の前の男の首に腕を回し自分から唇を重ねた。この男の反応がただ知りたかった。それだけだった。先のことなど考えてなかった。ただ、本当に反応が気になっただけだ。
触れ合う唇が動いた。やっぱり本気にはならないか…。そんなことを考えながら離れようとしたら、頭を押さえられ、傷に触れないようにしながら抱きしめられ繰り返される口づけ。優しいキスを繰り返し与えられる。だから俺も首に回した腕に力を込めた。
この男のことが嫌いじゃなかったんだよ。はじめっから…。むしろ…好きだった…。それに気が付いたのはついさっきだが…。
「ゲームオーバーだ」
再び唇が触れそうな距離で呟かれる。
「どういう意味だよ」
真意が知りたくて聞けば
「逃げるのはヤメだ。お前さんが好きだ。だから付き合おうぜ」
全てを諦めたように言われる。
「お前が守ってくれるんだろ?」
制服を掴み聞けば
「お前さんがちゃんと言ってくればな。今回のようなことはさせねぇよ」
するりと頭を撫でて行く。
「阿久津経由かもな」
自分からちゃんと言う自信はねぇ。こいつなら守ってくれるという確信があるから…。
「言わなきゃわかんねぇ時もあるっての。まぁ、お前ならうまく逃げるだろうけどな」
小さく笑いながらもう一度、優しいキスをされた。
「さてと、阿久津が心配してるから生徒会室に送るぜ」
もう一度、頭を優しく撫でていく。
「あー、戻ったらどやされそうだな…」
阿久津の顔を思い浮かべながら呟けば
「まぁ、その頬の傷の言い訳でも考えとくんだな。行くぞ」
頬にできた傷口の下をなぞっていく。
「やっぱ…言い訳を考えるのか…」
諦め加減に小さく溜め息をつけば
「ここに来る途中にいる親子猫にやられたって言っとけ。木から降りれなくなった子猫を助けたお礼がこれだったってな…」
なんて、嘘だとばれるようなことを言ってくれやがる。
「信じると思うのか?」
じっと顔を見ながら聞いてみれば
「大丈夫だ。これが引っ掻き傷に見えるからな」
なんて見せられたのは自分の手の甲にできていた傷。いつできたんだよこれ!自分で気が付いてねぇなんて…。
「ここに来た時のお前さんは心底疲れた顔してたからな。気付かなくてもおかしくはねぇよ」
複雑な顔をしてる俺にあっさりと言ってまだ座ってる俺を立たせる。
「考えるのめんどくせぇからそう言っとくかな」
考えるのも諦めて言えば
「たまには考えるのも放棄しろ。じゃねぇとお前さんが潰れちまうぞ」
ポンと軽く背を叩き歩き出した。
「潰れる前にお前が止めてくれるだろ?だからいんだよ」
その背を追いかけながら言えば
「俺はそこまで万能じゃねぇぞ」
なんて言われるが
「そうか?結構お前、俺に対して万能だと思うぞ?」
こいつは俺に対して本当に万能だと思うんだが…。俺よりも俺のことを知ってる時点で…。
「そりゃお前…好きな奴は自分で守りてぇだろ?だからだよ。でも心配はさせんな」
あっさりと言われた言葉に笑ってしまう。さっきまでのらりくらりとかわしてた奴とは思えない。
「いや、だってよ、言わなくてもお前が守ってくれるって確信があるからよ。だからムリだな」
まぁ、俺も同じか。なんて思う。
「それでもだ、言わねぇとわかんねぇこともあるから、ちゃんと言ってくれ」
扉を開け俺が来るのを待ちながらいう言葉に苦笑が浮かぶ。
「それは善処する」
俺は温室から出る前に自分からこの男にキスを仕掛け胸元に頭を寄せる。
『サンキュー』
呟き同然のお礼を告げた。一瞬だけギュッと肩を抱かれ背中の傷に触れないように背中に手を添えられ二人そろって温室を出た。
「ホントにもう!ちゃんと消毒したんですかそれは!!!」
紀田に送り届けられた俺は阿久津に説教されることとなった。
「それは大丈夫だ。あいつが全部やってくれたからな」
そう告げれば
「まったく、人を頼るということも覚えてください」
阿久津がブツブツと文句言いながら自分の席に戻っていく。
「それが出来たらいいんだがな…」
俺は一人呟き、机の上にある仕事と向き合ったのだった。
逃げて、逃げて、そして捕まった。
二人揃ってゲームオーバー。
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