NL短編集

槇瀬光琉

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本当は優しい人

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「田中これ計算ミスってる!安井なんだこの誤字脱字の多いのはやり直し!」
部屋の中に真香まどか主任の怒声が響く。

「はい、すみません」
「すぐ直します!」
名前を呼ばれた二人は急いで主任の元へ行き返却された書類を持って自分のディスクに戻る。


「今日の真香主任って機嫌悪いわ」
「なんか昨日彼氏ともめたらしいよぉ」
「えー!もしかして八つ当たり?」
「こっちに当たらないで欲しいよねぇ」
等と女性社員がコソコソと噂をする。怒られた男性社員や他の社員も縮こまっている。


「それは違うよ。主任はプライベートは仕事に持ち込まないからね」
コソコソと噂話をする女性社員に声をかければ
「あっ、行良ゆきながくん」
「主任を庇わなくてもいいのに」
ビックリしてそんなことを言う。


誰も彼女の本当のことを知らない。彼女がこんなにも怒ってるのは部下である自分たちのせい。


「ほら、二人ともこれをよく見て、これ二人が作成した書類だけど間違ってるでしょ?主任はこれを全部見てから怒ってるんだよ。他の二人もね」
四人に見せたのは彼女たちが作成した書類。それを受け取ってから俺が修正して完成させる予定のモノ。

「うわぁ…最悪」
「これは…真香主任がキレるわ」
「やっばぁい。誤字多すぎ」
「うわ、確認したのにぃ」
四人はそれぞれ自分の書類を確認してミスを見つける。


「行良ー!」
四人が口を開く前に名前を呼ばれ
「はい、すぐ行きます」
俺は急いで主任の前へ行く。そこで待っていた主任の顔は酷く疲れていた。
「行良あんたらしくない初歩的なミスだよ。いつもしっかりチェックされてるのに珍しいじゃない。ちゃんと休憩してやりなさい」
主任から差し出された種類を受け取り確認すれば確かに自分らしくないミスだった。
「すみません主任、すぐに直しますね」

急いで直すために自分のディスクに戻ろうとしたら
「行良、急がなくていい。後、みんなにちゃんと休憩しろって伝えといて」
主任に引き留められ言われた。
「主任は休憩しないんですか?」
「私は今から会議だからね。いつもの場所におやつがあるから配ってやりな」
主任は小さく笑い行ってしまった。


本当は誰よりも彼女の方が休まないといけないのを誰も知らない。



普段なら1時間で終わるはずの会議が長引いてるのか主任が戻ってこない。


最近少し体調が悪そうにしてる時があったので気になってはいるんだけど、本人が戻ってこないので聞けないし、いえない。


会議が始まって2時間が過ぎた頃やっと主任が戻ってきた。その顔はやっぱり疲れてるし、少し青白い。


何度も声をかけようとするんだけどタイミングが悪くて声をかけることも傍に行くことも出来ないでいた。


「行良ちょっと」
不意に呼ばれ
「はい、今行きます」
返事をして急いでいくと
「そんなに急がなくて大丈夫だよ」
なんて笑われてしまった。

「急な仕事だと困りますから」
なんて言い訳じみたことを口にすればもっと笑われてしまった。
「残念、仕事じゃないよ。これ、あんたにあげる」
そう言って差し出されたのは小さな箱の入った紙袋。
「これは?」

それを受け取りながら聞けば
「お得意様にもらったんだけどね、それあんた好きだっただろ?ここの課の女性陣も甘いものは好きだけどそれは甘すぎてね」
苦笑気味に言われて中身をもう一度、確認したら俺の好きなチョコレートだった。確かにこれは歯が痛くなるほど甘いとみんなが言うぐらい甘いのだ。
ここの課の女性陣もこのブランドのチョコレートは好きだけど、これは甘すぎて食べれないと騒いでいた。主任は俺がこれを好きだと覚えていて、渡してくれたのだ。


「ありがとうございます。本当に良かったんですか?」
受け取っておきながら聞くのもなんだけど聞いてしまった。
「あぁ、大丈夫。女性陣には違うチョコを渡してあるからね」
「主任が買ったんですか?」
主任の言葉に突っ込んでしまった。

「まさか違うよ。お得意様が色々な種類のモノを持ってきてくれたんだ。それを女性陣で分けたんだよ」
主任はそう笑う。ならよかった。時々この人は無茶なことをするときがあるから心配なんだ。
「ありがとうございます。喜んでいただきます。」
俺は納得して返事をする。

「で、ついでに悪いんだけどこれを男性陣に配ってくれないか?」
主任が俺に渡したのはまた小さな箱が大量に入った紙袋。
「これは?」
「お得意様がくれたお菓子だ。女性陣はチョコレートで男性陣は和菓子らしい」
俺の問いに苦笑しながら答えてくれた。
「えらくまた沢山くれたんですね」
驚きながら言えば
「ご発注して処分に困ってたそうだ。チョコは割と日持ちするけど、和菓子はどうしても期限が短い。安く売りだしても処分できそうになかったみたいで、こうやって配ってくれたんだ」
やっぱり苦笑気味に教えてくれた。

「うちに課の男性陣は意外に和菓子好きですからもってこいですね。配ってきます」
主任に頭を下げて受け取ったお菓子を配りに向かった。


だから俺はこの時気が付いてなかったんだ、主任の体調が本当はすごく悪くなっていたんだってことに…。


終業時間が近付いてきたころ

「きゃー、真香主任!しっかりしてください!!」
そんな悲鳴が聞こえて慌てて声のした方へ行けば大量の血を吐いている主任がいた。
「救急車!急いで!」
俺は躊躇いもなく自分の着てる上着を脱ぎ主任の口元にあて救急車を呼ぶように叫んだ。

「はっ、はい!」
誰かが返事して電話を始める。


「主任、大丈夫ですか主任!」
主任の背をさすりながら声をかければ小さく何度も頷く。
「行良くんタオル」
気を利かせて濡れたタオルと一緒に乾いたタオルを持ってきてくれる。俺はそれを受け取り濡れたタオルで汚れてしまった主任の顔や首元を拭き乾いたタオルを口元にあてる。咳き込んだ時に使えるように。



結局、主任は緊急手術をすることになり入院となった。胃に大きな穴が開いてしまっていたそうだ。手術しても、すぐに違う場所が裂けてしまい、また手術をするというのを何度か繰り返していた。胃の外壁が傷付き弱っていたそうだ。

2か月ぐらい主任は生死を彷徨っていた。輸血した分だけ吐いてしまうので血が足りなかったそうだ。


やっと落ちつた頃、身体を休めたいという理由で主任から辞表が届いたと連絡があった。会社側はそれを受理して、主任が引継ぎできないままで退職となった。


ー2年後ー

「真香さん、働きすぎですよ」
パソコンに向かって作業をしている彼女に声をかければ
「まだ、2時間しか作業してないから!」
反対に言われてしまう。
「2時間もです。先生に言われてるでしょあなたは」
俺は彼女の邪魔にならない場所にミルクティの入ったカップを置く。


彼女は1年前に無事に退院したが、少し無理をすると同じことが起こる可能性があるから無理はするなと医者から忠告を受けたのだ。退院して3ヶ月は本当に仕事もしないで療養に専念していた彼女だが、4ヶ月目になればいつもの彼女に戻り、また入院することになった。


「真琴が監視してるから大丈夫でしょ」
なんて少し口を尖らせる。
「だから言ってるんですよ。15分は休憩してください」
小さく笑いながら言えば
「しょうがないか」
諦めたのかパソコンから手を離した。


「俺はあんな怖い思い二度としたくないんですからね」
俺は後ろから彼女を抱きしめる。
「あー、あれね…。自分でも驚きだから」
苦笑気味に言えその声は少し震えている。


あの一件で真香さんは彼氏と別れた。彼氏がロクでもない相手だったのと、ストレスになっていたのが原因だった。元々、上司として仕事でのストレスも抱えていたところに彼氏の件が重なり胃に穴が開いたということだった。彼女が入院中にその話を聞き、俺は彼女への気持ちがハッキリしたのを覚えてる。

本当は誰よりも優しい人で、周りのことを気にしすぎる部分もあった。それがストレスになっていたのも気付いてあげれなかった。

だから俺は本気で彼女を支えたいと思い、入院してるときに告白して、現在同棲してる。


真香さんは元々スキルがあったので独立し在宅で仕事をすることにし、俺もそんな彼女の仕事を手伝うために仕事を辞めた。


「真香さん、好きです」
彼女を抱きしめたまま告げれば
「ありがとう。私も好きだよ」
ギュッと俺の腕を掴み答えてくれる。


俺は真香さんの肩に顔を埋め思う。

「この人を絶対に幸せにしたい」と…。


俺は本当に15分だけ休憩して作業を再開させた。勿論、真香さんが無理をしないように監視しながら…。



Fin


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