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二十三、安らぎ
しおりを挟む一旦、王宮の部屋に戻った。
本当はすぐ魔王城に帰ろうと思ったのだけど、シェナが「お姉様だけでどうぞ」と言われたから。
「二人で、嫌な気持ちを魔王さまに聞いてもらおうよ」
私は、イケナイことをしたのが、どうにも落ち着かなかったから。
でも、シェナは違ったらしい。
「私はお姉様のお陰で、胸がスッとしました。またやりたいです」
口調はいつも通り静かな物言いなのに、目はキラキラとしていた。
お肌も、なんだかツヤツヤしている気がする。
本当に平気そう、というよりも、ご機嫌で送り出そうとしてくれている。
「そう? 一人で寂しくない?」
「いつもみたいに明け方頃、戻ってきてくださるなら」
アップにしていた真っ白でふわふわの銀髪を下ろして、すでに寝間着に着替えようとしながらの言葉だった。
私に気を遣って無理をしているのでは……と、勘ぐったものの、全くそんなことではなく、普通に一人で寝ようとしている。
いつもよりもホクホクとした雰囲気で。
「じゃ、じゃあ……行ってくるね」
「はい。おやすみなさい、お姉様」
「うん。おやすみ、シェナ」
**
魔王さまの寝室に転移すると、旦那さまはベッドの上で座って、窓の向こうを眺めていた。
さっきまで遠くにいた私を、待っていたかのように見える。
いつもより遅いから、心配をかけたのかもしれない。
「あ、あの、魔王さま。遅くなりました」
「おかえり、サラ。かまわん。……何を突っ立っている。さぁ、こっちに来い」
そう言われると嬉しくて、その胸に飛び込みたくなった。
――けど、今日は色々あったのにシャワーをまだ浴びていない。
「い、いえ。先にシャワーを」
あまり汗はかいていないと思うけど……荒野で倒されたせいで、土埃まみれだ。
「かまわんと言っている。来い」
その口調は命令だというのに、私にとっては甘いささやきに聞こえてしまう。
もう、頭も心も、この人によってどうにかされてしまったのだと思う。
「に、におうとか……言わないでくださいよ?」
良いと言われても、自分自身で後ろめたくはある。
やっぱり、ベッドには綺麗な体で入りたいから。
そこは私にとって一番の、いわば戦場。
いつの間にか大好きになってしまった、愛しい人に愛されるための。
……おずおずと聖女の衣を脱ぎ、何も纏わない姿でベッドに入る。
魔王さまに寄り添うように座り、今日あったことを聞いてほしくて、話をしたいのですが、と許しを請う。
「そうか。聞こう」
燭台の火が照らす魔王さまの御顔は、いつも通り彫りが深くて精悍で、灰色の髪が褐色の肌にとても似合っている。
同じ灰の瞳に、蝋燭の光が映って揺らめいているのを見ていると、話したかったことを忘れて眺めていたくなる。
「えっと……」
本当は、もっとたくさん、細やかに全てを聞いてほしかったのに、どうでもよくなってしまった。
かいつまんで、勇者に裏切られたけれど撃退したことと、それを指示していた第一王子を痛めつけたことを、さっと話した。
「ふっ。また面倒なことをして、遊んでいるのだな」
屈託のない笑顔は、私がそれなりに気構えてしたことも、些事であるように思えた。
悪い意味ではなくて、そんなに気負わなくてもいいのだと。
「笑い事じゃなかったんですよ? でも、そうですよね。私は魔族で、人間のすることに、いちいち目くじらを立てる必要……ないんですよね」
「そういうことだ。治癒魔法を学び終えたなら、もう行かなくて良いのだしな」
そう言われてみれば……学びたかっただけだった。
聖女という言葉に、私も踊らされていたのかもしれない。
「……はい。でも、もう少しだけ。悪い人をこらしめるのは、クセになったかもしれません」
考えてみれば、結局は完全に治癒するのだから、そこまで残酷なことはしていない気がする。
「そうか。ただ、転生者どもには気をつけておけ。女神の力を借り受けたやつが、まだ居るかもしれんからな」
「はい。気をつけます」
そうだ。竜王の加護を貫通させる攻撃力を、あんなに弱そうな勇者でさえ持っていたのだから。
「……あまり理解していないようだが、まあ、いいだろう」
――俺がついている。
そう言ってくれたのだと、すぐに分かった。
くちびるを奪いに来たのは、もうその話は、俺が居るからいいだろう? という合図だから。
この夜は、いつもより短い。
だから後は、私もめいっぱい甘える。
たくさん甘やかしてもらって、明日からの糧に――。
**
明け方、シャワーを浴びて王宮に戻ると、部屋ではまだ、気持ちよさそうにシェナが眠っていた。
この子をずっと撫でていても元気がもらえるけど、魔王さまとの後では、少し気が引ける。
純粋なシェナに、あれやこれやと甘えてきたこの手で、触れても良いものかと。
それから、時折、私に近付いてくんくんと匂いを嗅いでいるから、それも気になっている。
シャワーでは落ちない匂いでも、ついているのかしらと。
「スー」
と、手の平を鼻に近付けて匂いを嗅いでみる。
「わからないわね……」
石鹸の香り。
それしかしないと思うのだけど。
本人に聞いてみるのが一番早いのに、それはそれで、聞きづらい。
――そんなことを毎朝のように悩みながら、シェナの隣に潜り込んで、二度寝をする。
これがまた、とても心地良くて。
私にとってはこの夜と朝が、最高に贅沢な時間で、一番の安らぎを覚える。
「……おねえさま、おかえりなさい」
いつも必ず、寝ぼけたままの微かな声で、ささやくように迎えてくれる可愛い子。
うっすらとだけ開いて見える赤い瞳もうつろで、もう少し眺めていたいのに、すぐに閉じてしまう。
「ただいま、シェナ」
そうして二人で、もうひと時を眠る。
――最高の時間だ。
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