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第二章

第二章 四、期待以上(四)

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 ぼんやりと、今の状況などを考えていた。本当にぼんやりと。だから、これといって何か糧になるような思考もないし、この先の事といえば成人の儀があるなぁという、期待とも不安とも別の、傍観しているような感覚だ。


「エラ様、もうすぐお時間ですよ」
 お義父様と会うにも、最近はお忙しいので面会予約を取らなくてはいけない。少し話をしたくて、フィナに時間を取ってもらっていた。


「うん、ありがとう」
 執務室に行く前に、鏡で髪型のチェックをした。頭が半分クッションに埋もれていたので、当然といえば当然だが、寝グセが付いてしまっている。


「フィナ……」
 自分では整えられないくらいだったので、助けを求めた。
「もう。あんなに埋もれているからですよ。そんな悲しそうなお顔をされ……たら、手伝いたくなるじゃないですか……」


 最近のフィナは、わたしが何でも自分で出来るようになりたいと言ったからか、最初は手伝わない素振りを見せる。でも、無理だと思って甘えると、すぐに対応してくれるのだ。彼女もわたしに甘い。お義父様の次くらいには。


「はい。出来ましたよ。どうぞいってらっしゃいませ」
 元々は、結わずに後ろに流しただけだったのが、横髪を細めの三つ編みにして、後ろで合わせてハーフアップにしてくれた。


 普段着用の今日のドレスは、インナーに黒の綿の、ノースリーブの膝丈ワンピ。お胸がこぼれそうなほど谷間深くまで開いているのがすごく気になる。それと、その上から七分袖の、黒いシースルーのロングドレスを重ねている。

 うるさくない程度のフリルスカートが可愛い上に、タイトなウエストが胸と腰のラインを際立たせて、大人っぽい仕様でもある。シースルーは濃淡があって、袖は本当に透けているが体の方は凝視しないと肌は見えない。のだが、デコルテは開いているので上から覗いたら谷間は丸見え……だと思う。


「ねぇ、朝食の時からずっと気になってたんだけど、今日はどういう意図のドレスなの?」
「エラ様は何を着ても可憐ですので、少し大人の色気を加味してみようかと」
 誰に見せるのだろうか。


「これ、上から丸見えじゃない?」
「大事な所は隠れているので、大丈夫ですよ」
 そうは言うが、屈むとかなり危なそうに思う。そう思って、鏡を見ながら屈んでいく。


「エラ様は大きいので、指でインナーを引っ張らない限りは見えませんよ?」
 なるほど、浮いてしまう事がないから大丈夫という事か。

「でも、今日は攻めたね……」
 朝は寝ぼけていたのか、着せられた時は気にならなかったけれど。侍女や騎士達の視線が胸に集まるので、さすがにそれに気が付いたし、あらわ過ぎる自分の姿が気になってしまった。


「社交界では、お背中丸見えのドレスも着たりしますからね。このくらいは成人後のものとしては序の口です。慣れていただくために、普段着からこういうのも増やしていきましょう」
(う~ん……)


 どこか、シロエと似た空気を感じる。シロエは直接的だったけども、フィナは遠回しというか、こういう感じで見せたがるのか、自分が見たいのか……。いずれにせよ絶対に、少しずつシロエに近付いている。間違いない。


「次からは、ちょっと相談してほしいな。騎士達の目に毒じゃないかなって思う」
 お義父様の部下とはいえ、信用しきって良いものかどうかと考えてしまうのだ。もちろん、指の一本さえ触れられた事はないから、自意識過剰なのかもしれない。けれど、彼らの視線が胸に来ていたのも事実だ。


「確かに……他の人に見せてあげる義理はないですね……」
(確定だ。やっぱりそうなんだ……)
「フィナ? 多少は構わないけど、私で遊んだら承知しないからね?」
 釘を刺しておかないと、おかしな事になっては困る。


「す、すみません。エラ様を見ているとつい、もっと可愛く、もっと美しく……という衝動が抑えられなくなる時が……気を付けます」
 そう。注意すると本気で申し訳なさそうにするから、大丈夫なんだろうけど。


「うん。無頓着な私でも恥ずかしいから……。それじゃあ、おとう様の所に行ってくるね」
 そう言って、自室を後にした。

 フィナを連れて行かないのは、もしお義父様お一人なら、込み入った話も出来るかなと思ったからだ。人払いを頼んでもいいけど、そこまでして……という曖昧な気持ちがあるので、その時のタイミングに任せようと思っていた。
 お顔を見て、そしてプレゼントを渡せたら、今はそれでいい。


 執務室は屋敷の二階にある。広々としていて、毛足の長い深紅のカーペットと、明度を落とした赤い壁が、豪華さと落ち着いた雰囲気を出している。入って正面に、お義父様の大きなデスクとその後ろに大きな窓があり、お義父様はちょうど逆光になって見えにくい。

 その横には侍女が居て、丁度お茶を淹れている所だった。デスクとL字型に長テーブルが置かれていて、事務官が二人、何やら書き記している。その後ろには壁一面の本棚があり、書物などがびっしりと詰まっている。高い所は、わたしの身長では絶対に届かないだろう。


「おう、どうした。わざわざ面会などせんでも、昼にも会えるだろう」
 お義父様は、顔をほころばせながら席を立って出迎えてくれた。
「おとう様に朝会えませんでしたから。朝食の時間に間に合わず、すみません」
 優雅に一礼をして、側へと寄った。


「ハッハッハ、そんな事で来てくれたのか。嬉しいじゃないか」
 わたしはふるふると首を横に振る。
「おとう様、ぎゅってしてください。最近してもらっていないので」


 心にも無い事を言ったわけではなく、割と本心だった。気恥ずかしいので言わないだけで、信頼している人に触れられるのは、何故か気持ちが落ち着くからだ。

 何が恥ずかしいと思うのかを、さっきまで部屋でぼんやりと考えていたのだが、それは自分の素性を意識しているからだろうという結論になった。でも、今の自分は可憐な銀髪の少女で、人に甘えるために生まれてきたかのような容姿をしている。ならば何も恥ずかしがる事など、無いではないかと思い至ったのだ。なのに、お義父様は予想外の事を言った。


「どうしたんだエラ……。頭でも、打ったのか?」
 声は特別優しいのに、わたしの言った言葉を疑うような口ぶりだ。
「もう! どうしてそうなるんですか!」
 喜んでくれると思ったのに心外だった。


「ハッハッハ。すまんすまん。お前はスキンシップの少ない娘だったからな。あまり触れられたくないのかと思っておったのだ。しかし、そう言えばお前は、家族の親しみを知らぬのだったな。変に遠慮をしていたワシを許してくれ」
 そう言うなり、お義父様は膝をついて、そっと抱きしめてくれた。この会話の流れで抱きしめられるとは思わず、虚を突かれてしまった。


「ひゃっ。……思ってたタイミングじゃないから、やっぱり、恥ずかしいです……」
「恥ずかしい事などあるものか。思う存分、甘えておけ。お前が得られなかったものを、全て与えてやりたいと……いつでも思っておるのだからな」

 お義父様は、いつも胸に刺さる事を言ってくれる。涙がこぼれそうになったが、ぐっと堪えた。これは、昔を想って悲しんだ涙だからだ。この人の愛情を喜んでこぼれる涙じゃないと、流したくないと思った。


「もう……おとう様は、私にあまあまなんですね」
 抱かれたまま抱き返していなかったので、そっと腕を回した。その背は広くて、後ろまで届かなかったけれど。


「そうだぞ。それなのにお前は、剣ばかり喜びおって。どうせ今も、訓練場を使いたいとか、そういう理由で来たのだろうが」
 何でもお見通しだ。

「分かるんですか?」
「分かるとも」
 なぜ。とは聞かなかった。それだけ気に掛けてくれている以外に、答えなどないのだから。


「フフフ。半分だけ正解です。もう半分を言うので、そろそろ離してください」
「なんだと? スキンシップはもう終わりか」
 ふわりと離されると、それはそれで、もっと抱いていて欲しかったなと物寂しくなった。


「はい、おしまいですよ。それよりも、これ……受け取って頂けますか?」

 ドレスにポケットが無かったので、胸の谷間の奥に入れておいたプレゼント。小さな箱なので、きっと見えてはいなかっただろう。お義父様は一瞬だけ見たけれど、すぐに視線を目に戻していたから。きっと、露出が多いなとか、そういう事を気にして見てしまったのだろう。


「ど、どこから出しとるんだ。あまり、他ではするんじゃないぞ?」
 まさか、まだまだ小娘の谷間から、プレゼントを出されるとは思ってもみなかったのだろう。珍しく狼狽うろたえた様子で、しどろもどろになっている。


「エヘヘ……ポケットが無かったので、意外と便利だなと思って」
 照れながら受け取ってくれたお義父様は、何だか可愛らしかった。
「ふむ……開けてもよいか?」
 わたしが頷きで答えると、その大きな手で器用に、小さなビロードの箱を開けた。


「おお……カフスか。嬉しいじゃないか。これを着けていると、エラと一緒に居られるかのようだ」
 何色の石にしようか悩んだ結果、わたしの瞳と同じ、真っ赤なルビーにした。
「はい。きっと黒や碧はお持ちだろうと思ったので、私の瞳の色にしました。喜んでもらえるとうれ――きゃっ」


 お義父様はカフスの入った箱を手にしたまま、また、わたしを抱きしめた。あまりに急だったので、恥ずかしいよりもびっくりしてしまった。
「ど、どうされたのですか」
 さっきよりも抱きしめる力が強くて、少し苦しい。


「……感動しておる。少々がまんしてくれ」
 そう言われると、もう少し我慢しておこうと思った。

 それに、きつめに抱かれるのも、悪くはないなと感じていた。感極まった様子が伝わって、嬉しい。ただ、侍女と事務官の目が丁度合ってしまうので、わたしだけ少し恥ずかしかった。でも、彼らはもらい泣きなのか、ハンカチを取り出して普通に泣いている。自分だけが少し取り残された感じがして、不思議だった。最も渦中にいるはずなのに。


「ハァ……すまなんだ。まさか、お前からプレゼントを、それも瞳と同じ色のものを貰えるとはな。ありがとう。大切にする」
 瞳と同じというのは、思っている以上に特別な意味があるのだろうか。それとも、特別な意味を感じざるを得ないから?


「フフ。私は喜んで頂けただけで、ほっとしました。気に入らなかったらどうしようと思って」
 解放された体は、まだ抱かれている余韻が残っていた。
「嬉しいに決まっておる。どれが良いかと思い悩んでくれたのが、目に浮かぶようだ」
 気持ちを、気持ちで受け止めてくれるのが、こんなにも嬉しいのだ。というのは、ここに来てから知った事だった。胸の奥が、とても暖かくなる。


「そうだ、訓練場だったな。空き時間は自由に使うといい。ただ、あまりそういう服装では行くなよ? あやつらが見ると、さすがに毒だからな。」
 やっぱり、露出度が高過ぎると思われていたのだ。

「はい。それはもう……ほんとに」
 しかし、という事はわたしの感覚が合っていて、フィナは少し出させ過ぎなのだ。


「さて、それじゃあ昼食にしよう。エラ、一緒に行こうか」
 コクリと頷いて、自分から積極的にお義父様の手を握った。本当は、こんなにゆったりと過ごしていて良いのかと聞こうと思っていたけど、次の機会にしよう。

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