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第二章

第二章 三、得たもの(一)

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「ようこそいらっしゃいました」

 深くお辞儀をしそうになって、ギリギリの所でとどまった。うやうやしくお辞儀をされた事で、相手につられてしまうところだった。大公爵家だけは特別で、頭をほとんど下げない。命を狙われる事も少なくないため、会釈程度で、目線は絶対に外さない。それが大公爵家の礼だった。


(暗殺事件で万が一の事があると身に染みたつもりだったが、お辞儀はどうしてもつられそうになるなぁ。危機感がまだ足りていないんだろうか……)
 昼下がりの午後、ちょうど小腹がすく頃に、令嬢達がお茶とお菓子を楽しむティーパーティ。その中身は情報交換だというのだから、緊張もする。ただ、今回は身内と呼べる関係貴族間だけのもので、わたしのお披露目がメインだ。


「ファルミノ様、本日はご招待いただきましてありがとうございます」
 二度目の挨拶を済ませると、本日招待した全員が揃った。
 わたしと年齢の近い令嬢が二人と、結婚している婦人が一人。


 お茶会の場所は、赤い花々に囲まれている。そこに緑廊――日陰棚を置いた事で、夏の日差しを植物が受けてくれて涼しい影が作られている。丸テーブルを囲うように四人で着席すると、フィナと他の侍女達がお菓子などを手際よく運んできてくれた。そよぐ風がまた心地良い。


 わたしの正面に座る、長いブラウンの後れ毛が艶やかな夫人は、髪と同じ色の瞳で花を愛でている。その目はとても穏やかで、蕾も開きかけの花も、どれもを慈しんでいる。

 細い首すじには、連なった葉をモチーフにした金細工のネックレスが上品に光る。まるで肖像画のように佇む姿は、絵画を切り出したようで、つい見惚れてしまいそうになる。オフショルダーでデコルテの開いた薄紫のドレスは、綿モスリンの薄地の生地で、さらに色っぽさを出している。ハイウエストで胸が強調されているから、大きな胸を一層際立たせている。


 彼女の落ち着いた佇まいとは裏腹に、性的な魅力を隠すつもりがないという姿勢は、自信家であると物語っているようだ。


 焦げ茶色の髪をポニーテールに結わえている可愛らしい令嬢は、わたしの右手側に座っている。
 年が近いだろうか。ピンクの綿織りのワンピースドレスは膝下丈で、スカートがふわりと広がっていて彼女の柔らかそうな雰囲気に合っている。赤いレース編みのショールを羽織っているのが、少し背伸びした感じでまた可愛い。
 まだ少しふっくらとした頬と大きな青い瞳が印象的だ。少し緊張しているようで、姿勢を気にしているのが分かる。少し動くたびに、プラチナネックレスの先に掛かる瞳と同じ色の宝石が、光を映してキラキラと揺れている。


 この二人よりも少しだけ後に来た令嬢は、ブロンドの髪をツーサイドアップにしている少し勝気な雰囲気の色白美人だ。
 キリッとした蒼い瞳は、少し我儘そうな、負けん気の強そうな印象だ。いくつか年上だろう。あどけなさが無くなり始めて、体つきが女性らしさを主張している。日焼けを気にしてか、首元までしっかりと閉じたレース生地の大きな襟と長手袋が、二人と対照的だ。白い薄地の、綿モリスンのシュミーズドレスのようだが、ウエストにはレースが巻かれてラインを出し、胸元や腰には大き目のリボンが付いていて、メリハリがあって可愛い。
 たぶん、自分でアレンジを楽しむ子なのだろう。自己主張の強さも可愛く見える、年頃の女の子だ。


 三者三様に、花や緑廊を見たり、ティーカップセットを眺めたり、わたしをしげしげと見たりしている。見られていると思うと気になるが、この深海のような青い色の、シンプルなドレスはおかしくないだろうか。

 胸元が開いた首掛けのノースリーブで、極薄のサテン生地が体に纏わりラインを強調する。裏地がスベスベとしているので、汗で張り付くような事はないから形が崩れないが、皆に比べて地味だろうか。袖も装飾も無いドレスは初めてなのだ。代わりに、小さなブラックダイヤのネックレスと指輪。そして二連の細い金のブレスレットをしている。暑いので髪は編み込みのアップにしてもらって、前髪の片側だけ後れ毛を作ってもらった。


 十秒も経っただろうか、侍女達のセッティングは見る間に終わった。その、ほんの一息の間の後くらいに、お義父様がコホンと咳払いをして挨拶を始めた。
「諸君、今日は娘のために集まってくれてありがとう。お伝えした通りだから、色々と教えてやって欲しい。そしてもちろん、楽しんで行ってくれ。それでは良い時間を」
 そう言って右手を胸に当てると、ふわりと踵を返して屋敷へと戻って行った。


「まぁ。大公様にご挨拶頂けるなんて。光栄です」
 艶やかな雰囲気の夫人が言うと、ポニーテールの令嬢とツーサイドアップの令嬢も口々に話した。
「少し緊張しちゃいました。くしゃみとか急に出たらどうしようって」
「大公様を始めて見ました。とっても大きいのですね! 逞しくて素敵な方だわ」
 口々に感想を話した三人だが、はっとして一言だけで済ませてこちらの反応を待っている。お互いに見つめ合ってしまい、微妙な間を作ってしまった。


「え、えっと、皆様、改めましてようこそお出で下さいました。はじめまして。エラ・ファルミノです。よろしくお願いします。ファルミノではなく、どうぞエラとお呼びください」

「はじめまして。リィエルシア・コンヴィックと申します。私も、ルシアとお呼びください。銀の髪がとても綺麗ですね」
 夫人は、柔らかな物腰の挨拶で、一言も添えて慣れたものだ。見習いたい。


「はじめまして、みっ、ミリア・ノイシュと申します。な、仲良くしてください」
 年の近そうなミリアは初々しい。

「はじめまして! 私はルミーナ・ガングスト。剣が得意なの。よろしくね。ちなみにこの三人は元々交流があるから、皆エラ様と仲良くなりたくて来たのよ」
 ルミーナは、勝気というよりはグイと前に出る姿勢で、竹を割ったような性格をしていそうだ。


 通常、家格の高い方から挨拶をするのが基本らしい。そのため、わたしが挨拶をする前に三人でうっかり話してしまった事を、無礼だったのではと皆押し黙ったのだ。元々交流があるという事だから、ついいつものようにしてしまったのだろう。


 確かに今日は、艶やかな夫人ルシア、同い年くらいの可愛い子ミリア、快活なルミーナの順に家柄が良い。その順に挨拶をしてくれた。
(貴族も集まると大変だな……)


 ハキハキと話したルミーナは、目的をしっかり告げてこちらの緊張を解こうとしてくれたようだった。
 何から……というか、何を話そうかと思案しかけたが、皆の視線がわたしの目元を見ているので迷わずに話す事にした。


「ありがとうルミーナ。私も皆さんと仲良くなりたいです。それで……皆さん気になってしょうがないと思いますので、言ってしまいますね。これ……さっきまで、おとう様とケンカしていたせいなんです。アハハ」


 皆は心配そうに、「それなのに大丈夫ですか」と気遣わせてしまった。言葉が足りなかった。
「すみません、大丈夫です。本当にさっき、仲直りした所なんです。親子喧嘩しちゃうなんて、初めての事だったので取り乱してしまって。でも、もう本当に平気なんです」


 あたふたとしながらもそう言うと、誰も深追いせずに「それは良かったですね」と、案じてくれた。そしてルミーナは何か思い出したのか、こう続けた。
「私もお父様とよくケンカしちゃうわ。だって、一方的にあーだこーだ言うんだもの。時には負けてられないわよね。エラ様もこれからもっとケンカすればいいのよ」


 すると、他の二人も親子喧嘩をネタに話し出した。皆、親に対して思う所があるらしい。大いに盛り上がり、いつの間にか四人は家族の話から好きなものの話、お茶やお菓子の話をしたかと思えば王都での事件や時事ネタなと、思い思いに話し続けていた。

 それは、女の雑談に見せかけた高度な情報交換だとも思えたし、単純に好き好きに話しているだけにも見えた。話の飛び具合には目が回りそうだったが、慣れてくると意外と楽しめた。その情報量の多さは、わたしにとってはどれも刺激的だったからだ。


(各々が、皆の事を気にかけながら話しているのが分かる。一方的に話すのではなく、自分の話が終われば誰かの話に耳を傾けている。絶妙な間の図り合いをしている)

 初対面では、互いを気遣い合う空気感が、信頼を少しずつ築いていく。それを理解している者同士だからこその親近感があって、そして連帯感を生み育てていくのがこうした茶会やパーティという時間なのだと感じた。抽象的なようでいて、そこに居る人間にとってはとても具体的な感覚なのだ。最初の挨拶の時と、今わたしを見る皆の目とは、違っている。仲間を見る目だ。


「それにしても、エラ様は本当に可憐ですね。私、古代種の方を初めて見ました。こんなに美しくて、お可愛いなんて」
 艶やかなルシアが言うと、可愛いミリアも続けた。

「ほ、ほんとにそう思います。わたしなんて、そのルビーのような綺麗な目を見ると、見とれてしまいそうになります」
「私も、頬ずりしてみたいくらいには、そのスベスベなほっぺに触れてみたいわ」
 ルミーナは欲を直球で出してしまう子らしい。
(誰かさんに似てる……)


「そんなに褒められると、照れてしまいますね」
 でも、悪い気はしない。
「あ、でも、容姿だけを褒めているのではありませんよ? 雰囲気からにじみ出る優しさも、気遣いなさる様子も、その内面あってこその美しさだと、心からそう思います」
 ルシアの落ち着いた物腰で言われると、嬉しくなって頬が緩んでしまう。

「私も――」
「わたしも――」
『――そう思う!』
 ミリアとルミーナも、なぜか少し対抗心を出した感じで同時にそう言った。


「フフ。三人とも、ありがとうございます」
 しかし、楽しい時間はすぐに過ぎてしまう。
「エラ様、そろそろお時間です」
 フィナがそっと、側に来て耳打ちをしてくれた。


 はたと辺りを見ると、すでに日は傾き、夕暮れの色に変わりつつある。
「これは時間を忘れていました。皆様、そろそろお開きにいたしましょう」
 切り上げるタイミングは気にしていたつもりなのに、いつの間にか失念していた。


「あら、確かに今日は時間を忘れていました。こんな事は久しぶりです」
「ほんとです。また……次は、当家にもお招きしてもよいですか?」
「私もミリアのお家に行きたいわ。エラ様、ミリアのお家にはプールがあるのよ?」

 確か、ミリアのノイシュ家は水兵を多く持っていて、川や海では絶大な強さを誇る。そのための訓練用の事なのか、それとも水遊び用なのか……。
「それは楽しみです。ご招待いただけるのを楽しみにしていますね」





 新しく、というかこの二年で、リリアナ以外で初めての友達が出来た事に、少し感動を覚えている。この時間がもう少し続けばと、庭の中ほどの開けた所で、名残を惜しみながら三人の馬車を見送った。

 お茶会をしていた場所に視線を向けると、アメリアと侍女達が手際よく片付けていた。
「ふぅ……つかれた……楽しかったけどつかれた」
 片付けがほとんど終わっているのを見て、近くの長椅子に腰かけた。


「フフ、エラ様お疲れ様でした。見事に打ち解けられましたね」
 自分でも予想外だった。もっとギクシャクとしたものになるのを想像していたが、思いのほか楽しかった。最初の少しの会話だけで、この人達とは仲良くなれそうだと感じて実際にそうなった。また会いたいと思うし、三人も本当に、同じように思ってくれたはずだ。


「フィナのお陰だよ……事前準備から何もかも、全部セッティングしてくれて……本当にありがとう。フィナが助けてくれなかったら出来なかった」
 下支えどころではなく、本当に全て任せっきりだった。後でお義父様に断りを入れて、宝飾か何かをプレゼントしよう。
(そうか、こういう時のために自分で購入するんだな)


「いえいえ、本当にこればかりは、エラ様のお人柄ですよ。だって、今日の御三家は政治的には密に繋がっていますが、ご令嬢達は気難しくて有名なんですよ。このお茶会は家同士の繋がりの一環としてだったのです。でも、本当のご友人同士になってしまうなんて」
「えっ?」
 ……そんな情報は初めて聞いた。


「公爵様から、お聞きになっていたのでは……。だから余計に嫌がっておられたのだと思っておりました」
(あの人はほんとに、目的のためには手段を選ばないんだ……このお茶会を、わたしの実地訓練を兼ねた試金石にしたんだ)
「おとう様不信になりそう……」
 一気に疲れが出たのだろうか、体が急に重くなってしまった。


「だから、厳冬将軍は噂通りだって教えてあげたのに……」
 片付けを終えたアメリアが、側に来ていてそう言った。
「私にはずっと優しかったんだもの。はぁ……フィナ、ちょっと抱き付かせて……」
 もはや怒る元気もなく、おもむろにフィナの腰に抱き付いた。
「ひゃいっ……」

「……変な声出さないでよ」
「だ、だってエラ様、いきなりそんな。あぁっ、おなかにスリスリしないでくださぃ~」
 細い腰が抱き心地が良くて、クッションにするように頬ずりがやめられない。


「おなかの温もりがきもちぃ。頭も撫でて」
「も、もう……しょうがないですね……」
 割とまんざらでもない様子で、フィナはその柔らかい手で優しく撫で始めてくれた。


 今日得た知識として、甘えられる存在には沢山甘えておくべきだと教わった。でないと、嫡子や夫人としてのプレッシャーで気が変になってしまうと。ミリアは特に、そのあどけない容姿を武器に、しつこくない程度に色んな人に甘えているのだという。
(あれが全部計算だとしたら、恐ろしい子だと思ったが……)
 半分は天然だったと信じたい。


「さあ、エラ様。日も暮れてきていますから、そろそろお部屋に戻りましょう。夕食の前に少し休まれますか?」
「うん、少しだけ横になりたい」

 どの程度がしつこくないのか、ミリアにもう少し深く聞いておけばよかったと思った。
(とりあえず、ベッドで目を閉じて休もう。頭から湯気でも出そうだ)

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