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第二章

第二章 二、環境と立場(三)

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 ウトウトしていただろうか。馬車の揺れは想像していたよりも強かったが、シートが緩和してくれていたようだ。と、そう思いかけた時。もたれかかったお義父様の体が程良く支えてくれていたのだと、持ち手で支えているフィナを見て知った。


「おとう様……ずっと支えて頂いて、ありがとうございました」
 しなだれかかっていた頭と体を起こし、上目で伝えた。
「お役に立てたようで、何よりだ」
 優しく微笑んでくれているのだが、その顔が見えにくい。


 天窓からの光が、あまり入らなくなっている。
(だからか……どのくらい寝ていたんだ?)
 夕方か、夜に近い時間だろう。そこでふと、自分にとって大事な事を思い出した。


「あぁっ!」
 声は絞ったけれど、悲痛な声は二人を驚かせた。
「どうされました?」
「どうした」
同時に問われたが、それほど大した事でもないのに声を上げた事を後悔した。


「す、すみません。驚かせてしまって。その、街並を見ておきたかったのを、今頃思い出してしまって……」
 オレはリリアナに拾われてから、ずっとお屋敷の敷地内で過ごしてきた。お義父様が来る前は、たまには街に出て買い物に連れて行ってもらったりするのかと思っていたが……完全に箱入り娘として育てられてしまった。お義父様の意向が強いが、リリアナも特に反対しなかったらしい。


 オレ自身も、勉強漬けの毎日で必死だった事と、古代種と呼ばれる種族だからしょうがない、と思うようになっていた。オレの安全のために、お屋敷の警備がとにかく厳重になったと聞いてからは、おいそれと外出など希望できなかった。とはいえ、お屋敷そのものが広くて、特に窮屈に思わなかったから不満は一切無かったが。


 でも、初めて異星の街並が見られると、心躍るものがあったのだ。
(なんで忘れてたかな……)
「さすがにもう、街さえ見えないと思います。次に帰る時には、私も覚えておきますね」
「そうだなぁ。先に王都で我慢してもらおうか。明後日には着く」
 二人はそれとなく、慰めてくれた。


「アハハ……ありがとうございます。王都も楽しみなので、着いたら忘れないように見てみます」
 どんな街並だろうか。リリアナの――ファルミノのお屋敷は、ヨーロッパの城や屋敷の建造物に似ていた。いや、本来はこっちが元祖なのかもしれないが。


「さて、先行部隊と合流できたようだ。夕食も準備させているから、我々は頂くだけだ」
 馬車がゆっくりと速度を落とし、停車した。長く揺られていたために、揺れていないと落ち着かないという、妙な感覚が体に残る。


「私たちだけではなかったんですね。いったいどのくらい――」
 お義父様に下車をエスコートしてもらいながら、薄暗い足元に注意して降り立った時に初めて気が付いた。
「――えっ!」


 大軍だったのだ。
 この国の軍の規模を知るわけではないが、ファルミノで軍事訓練を見学していた時の規模に近いような気がする。
「千人くらいですか?」


 ガラディオ直属の部隊五百と、お義父様の私兵五百が、互いに陣形を作っていた時の光景を思い出していた。広い平野に整頓して並んだ野営設備の明りが、視野いっぱいに広がっている。


「いいや、実際には三百五十だ。先行部隊二百と、我々が百五十。少々多く見えるように工夫をしている。あとは、後発隊百五十の分もあるな」
「後発隊まで……それに、この部隊もそんなに居たんですか? 音では分かりませんでした」
 馬が地を蹴る音だと、馬車の前後で合わせて五十くらいだと思っていた。前後に長い列で走っていると、あまり分からないものなのかもしれない。


「足音が重いのは馬車周辺の重騎兵だけだ。他はそこまで重くないし、速歩はやあしを軸にしておるから、その場の音だけで正確な数は分からんぞ? よほど聞き慣れていれば別だがな」
 そういうのは実地で学ぶしかないという事を、今まさに、まざまざと思い知った。
 だが、王都に戻るだけで、こんなに手の込んだ行軍が必要なのだろうか。


「……ここまで本気で行軍するほど、私は危険にさらされているんですか?」
 オレのための頑強な馬車と、この行軍の仕方。それに、ファルミノでの厳重な警備。どれも、オレのためなのだ。
「……可能性の話だ」
(お義父様は、軍事訓練のために五百を連れて来たんじゃない。オレを護送するために、この数を用意したんだ)


 オレは、愕然とした。
(古代種とはいったい何なんだ?)
 オレには、特に何の力も無いというのに。
「私の、何がそんなに大事なんですか?」
 親として大切にするのとは、わけが違う事は分かった。


「今はまだ話せん。単に親バカなのだと思ってくれた方が、嬉しいがな。勘違いして欲しくないのだが、お前を愛する気持ちは本物だ。それは分かってくれるか?」
 置かれた状況には少し驚いたが、この二年間の溺愛っぷりは、間違いなく本物だった。いつか嘘だと言われたとしても、何か理由があるのだと思える程に。


「……えぇ。私ごときのために、これだけの私兵を動かして。どこかに奇襲でもかけるかのような行軍までして……びっくりするくらいの親バカで、心配になるほどです」
 本物のご令嬢なら、これだけの事をされても平然としているのだろうか。
(もしそうなら、令嬢がおかしいか、この世界が物騒過ぎるかの、どっちかだよな)


「ハッハッハ! まさにその通りだ。ワシが少しやり過ぎなだけだ。しかし、訓練を兼ねているのは嘘ではないぞ? この世界は、いつ戦争が起きてもおかしくない程度には、問題が多い」
 そう言われて、あの黒い本の事を思い出した。
(食料は足りず、獣には襲われる……そして、病に怯えて生きている)


 オレは、背筋がゾッとした。
「少し、怖くなりました」
「フッ。そのくらいで居てくれよ? 守れる位置に居てもらわねば、守れるものも守れなくなるからな」
 その言葉は、脅しではなく願いだった。

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