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三十二、村人たち
しおりを挟むセレーナ達が港村に入った頃。
それを追うネルウィグの軍も近付いていた。
「諸君! 道中、立ち寄った町々での善行ご苦労だった! 諸君らの働きと『逆賊討伐』の触れ込みによって、我らと国王を疑う者はいないだろう!」
ネルウィグは、整地された溶岩道を少し外れた所で、軍を休ませていた。
全体の士気は高くなかった。
標的である二人の進行速度が、思いのほか遅かったからだ。
標的達が馬を使わないとはいえ、さすがに旅慣れない女の足は遅すぎた。
訓練された兵士達にとっては、慣れたペースよりもかなり遅く歩かされて、それが逆に疲労とストレスを生んでいた。
それに、いつもなら行軍中、町で羽目を外しても大したお咎めが無かったのに、今回は『善行を一つ以上』というお達しがあった。
もしも町娘を襲おうものなら、ネルウィグ団長自ら拷問を施すと言ってまで、蛮行をきつく止められるという徹底ぶり。
兵士達は、早くその憂さ晴らしをしたくて、けれどずっと『待て』を続けられ、限界に達しかけている。
そんな中、反逆者どもの住む港村まで、あと少しだというのに無駄な休憩を取らされているのだ。
「諸君らは、随分とガマンをさせられた。そうだろう?」
ネルウィグの声は、まるでこの後、そのおあずけから解放してやるぞと、そういう含みを持っているように聞こえた。
だから、兵士達は苛立ちを少し抑え、その言葉を傾聴した。
「先程、監視魔法で確認をした。標的は無事、港村に入ったようだ。つまり」
ネルウィグは、兵士達の期待が高まっているのを一度確認してしから、言葉を続けた。
「これより、全速で村を取り囲み、村の全てを焼き払う! 全員が謀反を企てる大罪人どもだ! 諸君らの正義のもとに、その罪を償わせてやる時だ!」
それはつまり、好き放題にしても良いという、免罪符だった。
「何をぼさっとしている! 全軍整列! 直ちに進軍せよ!」
『おおおおおおおおおおおおおおお!』
粛清。断罪。呼び方は何でも良かった。
兵士達は、その力を振るう事も、処刑の前に獲物をいたぶる事も、何もかもが自由に出来るのだと喜んだ。
その歓喜は、どす黒い欲望をどれだけでも発散できる事への、期待であふれている。
**
私達は、やっとの事で魔族領に渡っても良いという、壮年の船乗りを見つけた。
ただ、これから日も暮れるから、早くても明朝だと言われた。
整備や食料の調達と積み込み次第では、もう一日ずれるとも。
それは当然の事で、予想通りだなと思った。
けれど、先を急ぎたいゲンジにとっては、一日でも早く出港したいらしい。
「俺も積み込みを手伝う」
とまで言い出すくらいには。
「それは助かるがよぉ。おまえさん、新婚さんなんだろう? 嫁さん抱えてうろうろしてんだもの。
夜は側にいてやらねぇと! この村に変なやつぁいねぇけど、そういうもんだろぅ?」
と、壮年の船乗りにニヤリとからかわれてしまった。
私は最初から、村の人達からのいたぁい視線に、気付いてた上で諦めたけど……。
ゲンジはようやくハッっとなったらしく、ゆっくりと私を下ろした。
「今更よ? 私はずっと恥ずかしかったんだから。逆に開き直って、楽だからずっと抱えてなさいよって思うけど?」
新婚だ何だという話は……ゲンジにはむかついたままだけど、そんなに悪い気はしなかった。
やっぱり私は、おじさん系の人が好きなのかもしれない。
私のことを勝手に足手まといのお荷物扱いにしてきたのを、いつか見返してやるつもりだけど。
今はきっと、それについて何を言おうと聞く耳がなさそうだから、彼の急ぎたい気持ちに付き合ってやろうと思っていた。
「別に私は、一晩くらい一人でも平気よ。荷運び手伝って、早く出たいんでしょ?」
それよりも、ここの人達は魔族領に行くことを、何とも思っていないのが不思議だった。
仮にも戦争相手で、戦争を休止しているだけで和平など結んでいない。
「あの……魔族領と交流みたいなことして、平気なの?」
行きたいと言っておきながら、大丈夫なのかと聞くのも変な話だけれど。
「ばっかだねぇ! あっちの方が豊かなのに、攻めて来る意味もねぇって話よぉ。
こっちの王様があれだ、欲かいてただけだぁ。それよかあいつらぁ。自分らでケンカばっかしてさ。
誰が王様んなる、ってぇ。内紛まで行かんらしぃが、割と切ったはったのしてるらしぃさ」
ここでは当たり前の話なのか、話を聞いてくれるからと色々教えてくれ出した。
「それじゃあ、行ったら危ないのかな」
「ん~? いやぁ、まあ、殺されたりはせんだろぉよ。行って帰って来れねば、俺らも死んでるだろぉよぉ?
それに、こっちに来る物好きもたまぁに居るけども、みな気のいいやつらだしなぁ」
「えっ? 魔族が?」
「んーだ。つっても、姿かたちも変わんねで、見た目じゃ分からんよぉ?」
驚いた。
けれど……世の中なんて、こういうものなのかもしれない。
聖女だというだけで、私も国王に嫌がらせをされるのだから。
案外、魔王の方が私のような人間を受け入れてくれたり、するのかもしれない。
(だから教皇様は、魔族領に入ったら町を探せと言ったのかしら)
「あの、もう一つ。向こうでも港は町ほど大きくなくて、村なの?」
魔族の方が豊かだと言うなら、どこもそれなりに発展してそうなのに。
「あぁ~。そりゃおめぇ、物好きどもが作ったちっせぇ港だもの。
まあ、こっちと交流するメリットなんてねぇから。ほんとの港町は、もっと西の海だなぁ。そっちは魚がよぉく獲れるってさ」
人間なんて、まるで相手にされてないのが分かる事情だった。
「なるほどぉ……。教えてくれて、ありがとぉう?」
「ぶっは! 俺のマネなんかすんじゃねぇ。王都から来たべっぴんさんに、似合わねぇって。ぶはははは!」
なんとなく可愛いと真似をしたのが、思いのほかウケてしまった。
「そんで? 兄ちゃんはほんとに積荷手伝うっての? そんなべっぴんさん連れてんのに、もったいねぇ」
「ぷっ。兄ちゃんだって。ほとんどオジサンなのにね~?」
別嬪さんと言われて、気を良くした私はゲンジをイジってやった。
この船乗りさんがさっきから、新婚ネタでイジっているのに乗った感じで。
「ああ。手伝う。明朝に間に合わせてくれ」
無視……スルーした。
「つまんなーい」
「ぶはははは! 旦那さんをいじめちゃいけねぇよ。やさしくしてやんねぇとな。な?」
船乗りのおじさんは、どうやら人をイジるのが好きみたいだ。
「……今からでも手伝おう。ただその前に……セレーナを宿に連れていきたい」
ゲンジは、今日は特にノリが悪い。
完全に無視して話を進めているけど、船乗りのおじさんは彼が照れているのだと、好意的に受け取ってくれたらしい。
「若けぇっていいやねぇ。んで、いっつも開いてるわけじゃねぇから、すぐ入れるか分かんねぇけど」
そう言って、宿の方を指差してくれた時だった。
「今、セレーナっつったっけか?」
おじさんは、壊れかけのブリキ人形みたいに、ギギギと首をこっちに向けた。
「えぇ……セレーナですけど」
改めて名乗ると、おじさんはまじまじと私を見て、そして、馬の積荷をふと見上げた。
ずっと馬に乗せてある聖女の杖に、その視線がじっと止まる。
「せ……」
「セレーナですけど……」
「せ、せ……聖女さまじゃねぇかぁ!」
突然の大声に、私はビクッとしてしまった。
「はい……」
「そんなの! 早く言わねぇと! お、おおい! みんなぁ、聖女様だってよぉぉ!」
**
その後は、もう大変だった。
港の村人、皆で大騒ぎ。
お祭りみたいになって、それぞれが漁で獲ってきた魚介類を網で焼いて……もしくは生の切り身を並べてくれたり……。
それはもう、とんでもなくもてなしてくれた。
「こんな遠方の寂れた村まで来てくれるなんて!」
「馬鹿言っちゃいけねぇ。あっちに行きたいからってんで、村にゃ関係ねぇんだから!」
「そうは言ってもよぉ。聖女様がここを通ったってだけで、めでてぇってもんよ!」
「ちげぇねぇ!」
「あんたら! 間違っても聖女様に絡むんじゃないよぉ!」
声は大きめだけど、気の良い人ばかりだった。
豪快というか、気前がいいというか。
自分たちのために獲って来た魚を、これでもかと振舞ってくれている。
すでに食べきれる量じゃないし、それも皆分かってるはずだけど、まだまだ出て来る。
ひと口食べては次、というのを繰り返して、皆の自慢の魚を頂くことになってしまった。
「俺の魚は今日一番の大きさでよぉ!」
「こっちのイカのが、甘くてうめぇから!」
「いんや、甘さならこのエビ食ってみって!」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ、こんの塩焼き食わねで帰ってもらっちゃいけねぇ!」
こんな会話や自慢を聞きながら、でも確かに、どれもこれも絶品だった。
ゲンジは隣で、新婚ネタでイジられながら、しこたまお酒を飲まされている。
ひと口食べては飲み干し、ひと口食べてはまた飲み干し……。
(後で、体のお酒飛ばしてあげた方がいいかな……)
さすがに心配になるくらいだったけれど、私に対する所業を思い出して、少しは気が晴れた。
「もっと飲ませてやって!」
私の了解が出たからか、カップから大きな器になった。
そして、ゲンジの隣には大きなおじさんが座って、一緒になって飲み始めた。
「おお! 飲み比べすっかぁ!」
積荷とかの話は、もう飛んでしまったのかなぁと思いながら、久しぶりのご馳走に舌鼓を打って、皆と楽しんでしまった。
巡行で町を回る時は、司祭達に囲まれていて皆の輪の中に入ることがなかったから。
余計に楽しくって、嬉しかった。
急ぐ旅でもなし。
ゲンジは何をそんなに、急ぎたがっていたんだろう。
私は、せっかく村に着いたのだから、傷病人の治癒をしてあげたかったし。
「出航は数日後でもいいじゃない」
と言ったのは、皆の喧騒で聞こえなかっただろうけど。
「楽しいなぁ」
そうつぶやくと村の皆は、私よりも嬉しそうに笑ってくれた。
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