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二十七、教皇の気苦労
しおりを挟む教会では、聖女セレーナの追放に異を唱える者が、後を絶たなかった。
「こうなるとは思っていたが、さてどうするか……」
教皇は、どうあっても防げない事態と、防ぎようのある厄災のどちらを未然に回避するかの選択で、迷わず後者を取った。
「セレーナはおそらく、救えたはずだが……このままでは、しばらくは針のむしろだな」
セレーナは、多少言葉がキツくとも、司祭達からの信奉は厚かった。
その治癒魔法の凄まじさゆえで、欠損した体を一瞬で再生してしまう。
回復と言うよりは、怪我が無かった事になったような、原理など無視しているように見える力を使う。
まさしく、『神の御遣い』
治癒力だけで見れば、この教皇さえ凌ぐ。
彼は百近い年齢であっても、四十そこらに見えるために『神の使い』と呼ばれていたというのに。
今ではその二つ名は、セレーナのものとなっていた。
その聖女を教会から追い出したとあっては、よほどの理由があったとしても、納得などさせられない。
「……言えぬ事も多いが、国の情勢を……国王のたくらみを打ち明ける他ないか」
教皇はひとり呟くと、重い腰を上げた。
**
国王の欲深さは、近くに仕える者であれば誰でも知っている。
欲しいものは手に入れないと気が済まないし、つまらないプライドも高くて扱いにくい。
その権力を振るいたいというただそのためだけに、無理難題を押し付ける事も少なくない。
臣下の妻が美しいと聞いたら、一度は抱かないと気が済まない。
だから、誰もが結婚した事を隠し、もしくは妻として側に置かなくなった。
従者に女を入れると必ずお手付きをするので、女を城に入れなくなった。
ただ、それではまた五月蠅いので、娼婦を雇い入れ、それを教育して侍女として仕えさせた。
それほどの小悪党である国王が、可憐な聖女の噂を耳にして、欲しがらない訳がない。
何度も王宮に呼び出しては、年頃になったくらいのセレーナに、何かと関係を迫った。
だが、教会の力が強い事と、聖女も気が強いというのがあって、一向になびかない。
それがその内に、国王は憎しみを募らせる事となった。
「教会をどうにかしろ」
「聖女をワシの寝所に連れてこい」
その口癖が、次第に変わっていった。
「教会を潰す方法を考えろ」
「思い通りにならん聖女など、殺してしまえ」
――と。
それを聞いた家臣達の中には、聖女に家族を救われた者も居た。
下手をすれば自分にも危害が及ぶ欲深い国王と、家族を救ってくれた聖女。
どちらに与くみするかと言えば、迷う者は少ないだろう。
**
『教会と聖女を、亡き者にしようとしている』
そういった手紙が、教皇宛てにちらほらと届くようになった。
教会ではなく、教皇に。
普段は、教皇直通には貴族連中や国王からの、つまらない内容や治療の要望などが届くだけだった。
一見して上級民からと分かるように、上質な紙と封蝋が施されて。
それが、その中に混ざって質素な紙で、やや厳重に封された手紙は、異質だった。
――内容は、ほとんど同じ。
そして、いつしか『急ぎ対策されよ』とも、付け加えられるようになっていた。
国王の言動を本格的に探り出したのは、それからだった。
すると、まさかと思うような計画を、国王が企てている事が分かってしまったのだった。
魔族とは休戦中であるのに、勇者召還を行う事。
勇者に聖女を連れ添わせて、魔族領に送り込む事。
その後、どうにか理由を付けて、教会を凶弾する事。
ずさんな計画で、とても計画とは呼べぬではないか。と、教皇は思っていた。
だが、実際に勇者の召還は、すぐにでも出来るほどに準備されていると知った。
「……どういう顛末にするつもりか分からんが、人の道を止めたのならば、思い付く事もある」
教皇は、国王が筋書きをどうしているのか、人としてではなく、悪に魂を売った者ならばと考えた。
「魔族領に二人で攻めさせるというよりは、道中で殺すつもりであれば?」
「勇者が悪に堕ち、聖女もそれに従い、国王暗殺を企てながら旅をしているとでも言って」
「そして、そこに聖女の罪の責任を、教会も償えと。規模の縮小や解体……いや、攻めるか」
無理があるとはいえ、国王がやると言えばそうなりかねないのが、今の王国だ。
それほど災難があるわけでもなく、市民の不満が少ない今ならば、そういった頭の悪い筋書きでも通ってしまうのではないか。
「……市民の不満や不安は、半分はこの教会が受け止めているというのに」
怪我や病の心配が、教会のお陰で少なくなっているという事実は、あまり国王には理解できないのだろう。
――最悪の事態は、セレーナが殺されて聖女不在となり、教会にも責任を被せて攻め落とされる事。
難癖をつけて攻める手法は、あの悪党ならいくらでも思い付くだろう。
「セレーナと、司祭達を守らねば」
――これが、聖女追放の一カ月前の事。
**
教皇は、まず聖女の代役を立てなければと考えた。
だが、治癒魔法を使える人間などほとんど居ない。
司祭達は、教会の教義によって人々を導くための人材で、治癒が使えるわけではない。
教皇自身は使えるが、それは別の理由があっての事。
「あの子に教えてみるか……」
不幸な――と言っては、偶然そうなってしまったかのように聞こえてしまう。
人を人とも思わない外道達のせいで、身も心もボロボロにされた少女。
もはや死ぬ事でしか忘れられないと、聖女に死を願い続けた、哀れな少女。
その少女を、教皇はある力で保護していた。
願わくば、治癒の加護を授かりますように、と。
六年ほど前。
保護すると決めた当時に、教皇は少女に問うていた。
「教会としても、人としても、罪なき子を殺す事は出来ない。けれど……私の秘術で赤子に戻す事は出来る」
「記憶も、おそらくほとんど残らないだろう。残っていたとしても、君の傷跡はもう、ひとつも無いのだ」
「それで、君の人生をゼロからやり直すのはどうだ。次はきっと、君を守り続けてやれる」
その言葉が、少女にとっては『死と同等の安らぎ』があるように思えた。
「この身が、全て無かった事になるのなら」
そう言って少女は、教皇の提案を受け入れたのだった。
『時返しの秘術』
生まれたての姿にまで戻った元少女は、そうして、教会の中で静かに育てられてきた。
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