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レオの疑問

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 サキ様、いやそういうと本人が本当に怒る。

 自分は様でもなんでもないんだから、普通に呼んでほしいと……。

 いやっ、どう考えても、貴方みたいな見た目の女性を呼び捨てだなんて、そんな度胸、俺にはない。

 サキさんは、本当に不思議な人だ。
 見た目だけではないと知ったのは、あの占いの小部屋をちょっと手伝ってからだ。
 人の話を親身に聞いて相談にのっている彼女の話は本当に面白い。
 思わぬツッコミや、彼女の変わったが人々を驚かせていることに、きっとサキさんはあんまり気がついていないようだ。

 恋人が出来ないと嘆いている男性に『趣味を増やしましょう……』って、普通ありえない。
 この辺ではみんな適齢期には恋人やら、ある程度身分のある人は特に婚約者がいるものだ。
 俺みたいに変わりもので、まだ親代わりに面倒をみないといけない兄弟がいるような男は仕方がないが、本来なら、『もっと、努力をしろ』『見合いしろ……』とかいうはずだ。
 でも、サキさんは、「ちょっとコン詰めすぎかな?」といいながら、彼の日常を聞いてくる。
 どうやら彼のまったく女性と接点がない日常を問題に思ったようだった。
 サキさんの『趣味を増やせ……』と言われてぽかーんとしていた表情が忘れられない。

 しかも、その二週間後、嬉しそうにやってきて、『彼女ができそうです……』と言ってきたから、驚いた。どうやら、新しく始めた趣味、園芸を始めてから知り合った、花屋の女の子と上手くいきそうなんですっと報告してきた。

 彼女のアドバイスはとてもいい方向にみんなを持っていく。

 でも、あのパンティさんと同じ人物と知った時は本当に焦った。

 あの可愛すぎて、悶絶死してしまいそうな外見から、さらに息を呑んで、そのまま窒息してしまいそうなくらいの美少女が出てきたのだ。

 ありえない。

 襲わなかった俺って、マジすごい。
 いや、神々しくて襲うとかそういう邪な考えがすっ飛んでしまったのに近かった。
 いまでも、親しげに俺は頑張って話しているけど、実は彼女の姿見に、ぼーっとしてしまうのを防ぐためなんて、きっと気がついていないと思う。

 でもサキさん、貴方、なにか隠しごとしていますよね。

 リュークって呼び捨てにする人。この国には王族以外、誰もいませんよ。

 しかも、パンティさんの小部屋では、たしか大将は自分の名前を名乗っていないんですよ。
 呼び捨ての関係なんて、あの辺境の警備隊員でしかいないんです。しかも、リューク大将は、すぐにみんなに尊敬されて、みんな「リュークさん」って呼んでいたんですから……。

 それ、わかっていますか?
 ……。

 いや、やっぱり貴方はサキ様とお呼びしたほうが本当はいいんだと思っています。

 リューク大将は多くは語らないですけど、もう身内も昔の知り合いもこの辺にはいないはずなんです。
 つまり、貴女はなにかしら、王家か聖女に関わりを持っていた人物ということ……。

 それが誰なのか……考えてしまう。

 だから、今後のことを考えて、はやく魔術師に会わせてあげたかった。
 リューク大将に相談したのは、そういうこともあった。
 今は、中身が女の子だってことは伏せておいた。
 大将には悪いけど、マテオも、エリカもまだ言わない方がいいと大反対したからだ。
 俺は考えたうえ、正直、大将だったら、全部教えてもいいような気がした。
 
 でも、サキさんは、なるべく王宮の人にはの事を知られたくないような言動をしていた。
 だから、苦渋の選択だったけど、リューク大将には、黙っていることにした。
 一人であそこに行かすのは、本当は不安だったけど、大将が身元保証人になってくれれば安心だ。

 大将に面会の申請をしたら、直ぐに彼は会ってくれた。
 多忙でもこうやって、時間を割いてくれるリューク大将の人柄に、改めて俺は感謝した。
 本当なら、単なる門番がこの国の大将に会いたいと願い出ても、運良くあえる確率なんて、ほとんどないし、こんなにすぐに面会なんて普通にありえないことだから。

 本当は占いの時間に会うことも考えたが、自分の勤務時間と重なって最近はどうしても会えなかった。
 
 あの時の会話を思い出す。
 あまり詳しく話さなくても、パンティさんの話をしたら、リューク大将は、とても興味を示してくれた。

「あの、パンティさんが王宮で働ける仕事を探しているんです……短期でもいいんで……」

 木目調が美しい本棚にところ狭しと本が並んでいる、リューク総大将の執務室に自分は今いる。到底、この国の総大将と思えないほどに、部屋はでちょっと調子が狂うが、それを望んだのも本人だろうと、このちょっと不器用な元同期を見つめる。

「なぜパンティさんは……王宮で働きたいんだ?」

 机の手を組みながら、リュークは話し出した。
 部屋には二人きりだった。

「……王宮に探し人がいるみたいです。どうしてもその方に会いたいみたいで……」
「……誰かお前は知っているのか?」
「……は、はい……でも大将に言っていいかどうか、悩んでいます……きっと本人が大将に言うまで待ってあげて下さい……」
「ふっ、お前はいつでも正直だな……だから、まあそれだから、信用できるんだがな……」
「……すいません……」
「では、お前は、身元がで、さえはっきりしない者をここで雇えと言っているのか……?」
「……ああ、確かに、そうです……そうなります……」
「それは、元同僚でも、かなりな願いだぞ……」
「……わかってます。でも、パンティさんは、不思議な人です。あの占いも、本人がイヤイヤながらに始めたのに、みんな、すごい元気になって……。俺、少しでも、お手伝いしたいんです……」
「……惚れたのか? お前はああいうのが趣味なのか?」
「ええ、そ、そっ、そんな、滅相もない……」
「否定しないんだな……」
「でも、リューク大将も、パンティさんところに来て、変わられましたよ……。貴方の笑顔なんて、初めて見ました……」

 あの時の大将の表情かおが忘れられない……。
 まさかあんな……笑みを浮かべて……。
 やっぱりサキさんってすごいんだと思う。
 見た目だけじゃない、なにかが彼女にはある。

 無言だった元同期が話し始めた。

「……確かに、パンティさんは、なにかな癒しの力があるな……」
「ああ、そうなんです。それが何か活かせる仕事があれば、いいんですけど……」
「わかった。レオ、前向きに考えてみよう……」
「え、本当ですか!! あ、ありがとうございます……」
「……それと、気になっていたんだが、この前王宮の図書館で何を探していたんだ……」

 もうすでに自分は帰る準備を始めていて、椅子から立ち上がって体はドアのほうに向いていた。
 その時、完全に気を抜いていた。
 そして、自分が余計なことを口にしたことを全くわかっていなかった。

「ああ、パンティさん、実は本当はパンダって言うらしいですけど、俺が最初に聞き間違えちゃって、そのパンティって名前が定着しちゃったんです。でも、パンダなんて動物、いや生き物なんて聞いたことなかったんで、ちょっと気になって調べに言ったんですよ。ほら、リューク大将もご存知。俺ちょっと、そういう魔物とか変わった生き物に興味があるんで……でも、なんにも出なくて……ふしぎです……。だから、語源からいこうかと……」

 その時、急にリュークが立ち上がった。

「おい、いま何て言った?」
「え、だからなにも出なかったので、語源から……」
「違う、そうではない。パンティさんの本当の名前はなんだ?」

 まさか、サキさんとは言えなかった。
 なぜなら、パンティさんの中が女性で、以前リュークが警護していた聖女様と同じ名前の人だと言ったら、この男はまたあの辺境地で出会った時のように落ち込んでしまうのではないかと、同期思いの俺は思ったからだ。彼が辛い思い出を持っているのは、あのときの辺境警備隊ならみんな知っているのだ。

「パ、パンダというらしいです。でも、過去をよく覚えていないそうで、一応、いまパンティってことになりました」

「ぱ、パンダだと……」
「は、はい……」

 その時、まさかリュークの真空色の目の色が深まったことなど、俺は気がつかない。 

「……わかった。これは俺に任してほしい……」

 彼の態度に少し不安を持つが、リュークほど信頼できる男はいないとわかっているから、これは信頼するしかなかった。

「……大将、申し訳ないです。でもよろしくお願いします」

 自分の願いが本当に大それた事とはわかっていた。
 でも、それをしなくてはならないと思わせる、なにかが、あのサキという名の少女にはあると思っている。それはもう、直感というしかない。

「レオ、俺からも……お願いがある……」
「え、リューク大将からですか? なんですか? 俺に出来ることなんて、大したことはできませんが……」
「俺が、パンティさんの本当の名前、パンダということを知っていることは、本人には内緒にしてほしい……」
「え?」
「本人に伝えないでくれ……。その方が、お互いに為だ……」

 リューク大将が真剣な顔をして、自分を見つめていた。

 その苦しそうな表情を見て、自分もなにか悪いことをした気分になった。
 あの辺境の地で過ごした二年間、この男の後ろを見てきた。
 一年目は無口で、ボサボサのロン毛で、どうしょうもないような男に見えた。
 いわゆる左遷組だなと思ったのだ。

 自分のように全くの平民で、なにもないのと違うのだと思った。

 いいご身分だよなっとちょっと思ってしまった。

 でもその後の彼の変わりようは、警備隊が全員、目を見張る。髪をさっぱりと切り、ヒゲもなくなったあのリューク。
 剣を握らせたら、これがこの場所に左遷されるべき一兵士の技量かと思うほど、秀でていた。
 しかも、俺は彼に命を助けられた。
 彼の頼みなら、俺は質問もせずに聞くべきだと思った。

「わかりました。本人には伝えません。でも……」
「でも、なんだ? レオ」
「パンティさんには……見た目だけで判断しないで接してあげてください。まあほんとうに見た目はめちゃくちゃ可愛いですけど……」

 まさかそのときの一言が、自分の意図とは全く違う方向に後で流れていくことなど、双方全く考えてはいなかった。

「わかった。だけで、判断しないように努力する」

 リュークの目に微かな熱いものが宿っていたことなど、人生経験の未熟な俺にはまだ気付けなかった。


****


 あの時の会話を思い出しながら、騎士団の通用門をくぐるパンダを見つめる。

「大将には悪いけど、パンダのこと、リューク大将は知っているって言ったの、サキさん、聞いていたかな……」

 実は前日のとき、うっかりパンダのことを話してしまったことをレオは思い出したのだ。
 そういえば、咲が、以前に「もうパンダは忘れて……! パンティでいくから」と宣言していたことを忘れていたからだ。

「大丈夫だよな。だって本人に言ったし……」

 まさかうっかり屋さんの咲が、全然聞いていなかったなど、全くレオ自身も予想だにしていなかったのだった。
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