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過去の話2:乙女の恋は命短く散っていく
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やっと集中治療室を出てきた兄と再開できた。
まだ絶対安静である兄を見たとき、倒れそうになったのを支えてくれたのは海斗だった。
意識はある。でもかなりの療養が必要だった。
柳さんはどうしても譲れない公判の弁護があり、何かあったら連絡してくれと散々謝られてそこを去っていった。三週間の入院と言われてちょっと驚いたが、柳さんが自分の学校に行っている間の人を手配してくれたり、また海斗自身もずっと自分と一緒にいてくれた。「アメリカも戻らなくていいの?」と言うと、「まあ休みを一週間伸ばしても大丈夫だよ」と言う。春休みが来週から始まるらしい。
でもまさかそれがあんなことを見ることになるとは想像もしなかった。
その日はちょっと予定していた部活がなくなり、学校を早く出ることができた。いつもより30分の前の電車にのった。途中でもしかしたら、目が覚めて急にお腹が空くかもと思って、コンビニで兄が好きな肉饅を買った。
ホカホカの肉まんをビニール袋に下げて、早く兄に会いたくて会いたくて、でもびっくりさせたいから、ノックもしないで、個室の引き戸をゆっくりと開けていく。
病室のカーテンが少し引かれて揺れていた。慶太のベットが囲まれていてなかが見えない。窓が少し開いていて、春のそよ風が入ってくる病室に、緩やかな午後の日差しが帯状の光の束となって病室内の天井で踊っていた。
誰かが兄の枕元に立っているのがわかった。男の人だと影からわかった。
その来客の声からそれが海斗だとわかる。それに足元の革靴が見えた。そんな高級そうな革靴を普段から履くのは海斗しかいなかった。
「海斗?」と言おうとした瞬間、その影が兄の寝ている姿に覆っていたのに気がついた。
「……大好きなんだ。愛している」
その声が震えていた。
一瞬、時間が止まった。部屋の中のチリがゆっくりと空気に舞う姿が見えていた。
耳鳴りもないし、蝉も鳴かない。
でもそれか海斗の声だった。
何かいけないものを見てしまった感覚に落とされて、その場を後ずさりをする。
「回診のお時間ですよ…」っと言って来た看護婦さんにぶつかったがそこを逃げ去った。
まさか海斗まで…。
病院の無機質な階段を一気に駆け下りる。
ガサガサと肉まんが騒がしくビニール袋の中で揺れた。
海斗は慶太兄ちゃんが好きなんだ。
海斗は慶太兄ちゃんが好きなんだ。
海斗は慶太兄ちゃんが好きなんだ。
震える様な動悸が止まらない。息が苦しい。顔が熱い。
目眩がするようだった。
泣いてカレーを食べれば治るようなものではない感じがした。
外に走り出て、周りを見渡す。
ちょうど桜の満開の季節だった。
どこに行っていいかわからずにパニックになっていた。
まるで誘われるように、あてもない病院の裏庭にいく。遊歩道がただ繋がっていたからだ。
自分の気持ちとはまるで反対の春の陽気が憎らしかった。
川幅が大人二人分ぐらいの川が流れているのが見えた。人影が少なそうだった。でも、行ってみると以外に人がいた。
川の横の遊歩道には自転車を引きずった若者やら、子連れの人たちが歩いていた。緑のフェンス前に桜が満開だった。
それをわざわざ見るかのようにポツンとベンチがあった。
そこに座るしかなかった。
誰かが花には罪はないと言っていた。
こんなに切ない想いで、桜を見た覚えは今までになかった。花見はただ見ているだけで楽しいはずだ。でも、今の気持ちはこの満開の薄紅色の花びらを一気に散らして、花嵐でも起こしたい気分だった。見ているはずで楽しいはずの花見が無性に心を痛めつけた。
そして、その花びらの渦巻きの中に、自分が抱えているこの鉛色の気持ちを、ピンクのカーテンの中で揺らめいていた男の影と、その影が漏らした甘い告白と一緒に、全てどこかに奪い取って欲しかった。
だが無情にも花びらはチラチラとしか落ちてこなかった。
その桃色が空中に踊り舞う姿を眺めながら、頬を染めた海斗を思い出していた。
初めてこの時、自分が海斗に失恋したことを知った。
好きとわかった瞬間が失恋した瞬間だった。
自分が心臓に疾患があるのではないかと思うくらいに、急激な痛みを胸に覚えた。
これが本当に失恋の痛みなのだろうかと自分でも戸惑ったくらいだ。
きっともう一生、奪えない相手に恋した辛さを感じた。
自分も慶太は大好きだ。
大好きな兄なのだ。
兄には敵わない。
柳さんを知っている分、同性愛もリアルに感じていた。
普通にみんな恋をしているんだ。
その日はしばらく桜の木を眺めながら、肉まんで一人失恋パーティーを行った。
ある程度遅れて病室に行ったら、とても心配そうな海斗が待っていた。
兄は相変わらず寝たり起きたりで、自分がいた時は薬のせいかよく寝ていた。
手紙を書いて病室を出た。
海斗と帰った春の夜は、なぜか自分が少し大人になった気がした。
その日を境に、長く伸ばしていた髪をバッサリと切った。
目覚めた兄にも海斗にも、「もったいないじゃないか」と言われたが、何かそれまでの自分から変わりたかった。仕方がないのだ。でも、その時はまだもうちょっと男の子的になったら海斗に気に入られるかもしれないという希望が少し残っていたのかもしれない。
兄は無事に退院して、リハビリをしながら学生生活に戻った。
遅れを取り戻すのは大変そうだが、もう激しい肩の動きができないと知った慶太は、じゃー、俺サッカーにしようかなとほざいていた。
妹としてはちょっと一安心だった。
そして、いつもの長屋暮らしに戻って間も無く、快気祝いにお祝いのメッセージと、男が男に送るにはちょっとやりすぎな様な豪華な花束が届いた。
もちろん、それはアメリカに戻った留学中の海斗からだった。
それに対してはさすがの兄も、
「あいつ、誰に花束送ってんだよ。全く。俺は女でもないし、相手がちげーよ」と言いながら、むすっとして、その花束を無造作に手渡してくる。
「ほれっ」という兄貴に、「ああ、お花がかわいそう。罪はない。罪はない。じゃあー、飾りますか」と花をもらう。
花には罪はない。
ああ本当にこんなお花が海斗から自分にだったら、ちょっと嬉しすぎちゃうなーと思っていた。
失恋したばかりの自分にこの状況はかなり痛かった。
だが、花束の中のメッセージには「また夏にあるのを楽しみにしています」と書いてあるのを見つけた。
それを慶太に見せるが、テレビを横になって見始めた慶太は「そんなことわかっているに決まってんじゃねーか。全く煮え切らねえやつだなぁ」と言い放つ。
「ばかだな、うちの兄は」と思った。
鈍チンなんだよっと思う。
この乙女っぽい丁寧な行間に、「慶太くんに逢いたい!!」っていうあの海斗の乙女心が入ってんじゃん!!と思うが、兄に言うのは躊躇われた。
自分が海斗の立場だったら、嫌だろうと思ったからだ。
それにここで兄に海斗の想いを代弁して、ふたりの仲がギクシャクしたら、あまりにも海斗が可哀想だ。また打算を持っている自分もいた。兄を通じてこうやってまだ海斗と通じ合える事は少し安心感というか嬉しさはあるのだ。
テレビのお笑いを見てゲラゲラと笑っている慶太を横目で睨みながら、仕方がなく、キッチンのシンクに一時避難させていた花を飾ってみた。
ちゃぶ台に飾るとあまりに大きすぎて、他のものが乗らなくて笑ってしまった。
「慶兄、あの海斗にうちの家のサイズを考えてお花を贈ってくださいと伝えてくれませんか?」
「…え、あ、なんだそれ。乗らねえーじゃねえか。全くのボンボンだ」
「だから、お礼と今後は小さいのをよろしくと…」
「返事なんて面倒だ。でも、あいつはやっぱヘタレボンボンだな。加減を知らねぇな。まあ那月、返事書いてくれよ」と頼まれる。
え、兄貴がするべきだと強調するが、「バカ、男が男に送った花のお礼なんて、寒気しかしねーだろ。肉送れっと書いとけ」と言われた。
哀れ海斗。
なんども渋って返事を書かない筆不精な慶太の代わりに自分が返事を書いた。
これをきっかけにメールでやり取りをするようになった。あの事件から、海斗は慶太の様子を気にしている様だった。
だいたい兄の様子を書いて送っている。
きっと海斗も嬉しいに違いない。
好きな人のことは遠くに離れていても知りたいに違いないと思ったからだ。
『お花は綺麗でした。ありがとう。でも慶兄ちゃんは愛でるものより食べるものがいいと言ってました。ごめんね』と書き記した。
しばらくして、海斗から返事がきた。
『ああそうか。やっぱり。次からは肉でも送るよ。でも、那月は花、気に入った?』と短く書いてあった。
さすが友だちだ。花より肉で慶太が釣れることはわかっていたらしい。
自分も正直に、答えた。
『お花はすっごい綺麗で見とれちゃうくらいだったけど、ちゃぶ台に載せるとご飯が食べれなくなるほど大きくて困ったよ』と返信した。
すると、苦笑の絵文字が書いてあって、『ごめん。次からは気をつける』と書いてあった。
その後、簡単なやり取りは続いていた。
学校のこと、新しい友達。
でも一つだけは海斗にはいえなかった。
高校から始めた趣味だ。
それはボーイズラブ。BLだ。
何かのきっかけで友達からBLというボーイズラブの世界の漫画やら小説を勧められた。
知り合いが多分ゲイで昔、英国の中高の寮に入りながら、留学しているんだっと言ったら、その友達は目を光らせながら、ある本を手渡された。
それは英国の寮生活をしてる中高校生の純愛BL小説だった。「これ読んだら死ぬほど萌えちゃうから!」と言われた。
結果から言うと、はっきり言って、彼女は正しかった。
まるで海斗がそのままいる様な世界で読みながら涙した。
エロチックなシーンが少なめなこともあって、男同士のアレについては初心者の自分としてはなんだか生々しくてドキドキしてしまったが、中世を感じる歴史のある建物に美青年が集まり、恋愛を拗らせていく様子に自分が引き込まれていく。
主人公が相手の男性に募る思いを述べていくところなどは、なぜか海斗があの兄貴に想いをずーっと寄せている事実と重なり、気持ち悪いと思うより、「ぁおおおお、海斗。ごめん。こんな美しい世界で生きている君を汚していたのは自分だ!」と思ってしまった。
そう言えば、自分が戸棚の奥に隠していた漫画をちょうど遊びに来ていた柳さんに見つかって「…ナ、ナツキちゃん!!!!」っと叫ばれて、まるで自分の母が子供を心配するかのように泣かれた。「こ、こんなことになったのは自分のせいかも…」と蒼白な顔を浮かべる柳さんに、「ち、違う!!ファンタジーだから!!」と力説したことを覚えている。
でも、少し落ち着いた柳さんに、
「方向性はちょっと違う…けど、また恋愛とか考えられるようになったんだね」と言われた。
どうやら柳さんは自分の告白をやっぱり本気にしていなかったと感じだ。
それは正しかった。
柳さんを自分の恋人っというより、お母さん?を誰にも取られたくなくて、あのような告白をしてしまったのだと思った。
正直、BLで柳さんのことを妄想したことはなかった。なんだか本当に身内過ぎて出来なかった。
海斗はどうだろうか?
流石に兄との絡みは想像すると気持ち悪かった。
でも、海斗は…。
邪な気持ちが恥ずかしくなって、目の前の漫画の二次元の美青年に集中した。
そして、自分のその気持ちを永遠に封印したと思っていた。
まだ絶対安静である兄を見たとき、倒れそうになったのを支えてくれたのは海斗だった。
意識はある。でもかなりの療養が必要だった。
柳さんはどうしても譲れない公判の弁護があり、何かあったら連絡してくれと散々謝られてそこを去っていった。三週間の入院と言われてちょっと驚いたが、柳さんが自分の学校に行っている間の人を手配してくれたり、また海斗自身もずっと自分と一緒にいてくれた。「アメリカも戻らなくていいの?」と言うと、「まあ休みを一週間伸ばしても大丈夫だよ」と言う。春休みが来週から始まるらしい。
でもまさかそれがあんなことを見ることになるとは想像もしなかった。
その日はちょっと予定していた部活がなくなり、学校を早く出ることができた。いつもより30分の前の電車にのった。途中でもしかしたら、目が覚めて急にお腹が空くかもと思って、コンビニで兄が好きな肉饅を買った。
ホカホカの肉まんをビニール袋に下げて、早く兄に会いたくて会いたくて、でもびっくりさせたいから、ノックもしないで、個室の引き戸をゆっくりと開けていく。
病室のカーテンが少し引かれて揺れていた。慶太のベットが囲まれていてなかが見えない。窓が少し開いていて、春のそよ風が入ってくる病室に、緩やかな午後の日差しが帯状の光の束となって病室内の天井で踊っていた。
誰かが兄の枕元に立っているのがわかった。男の人だと影からわかった。
その来客の声からそれが海斗だとわかる。それに足元の革靴が見えた。そんな高級そうな革靴を普段から履くのは海斗しかいなかった。
「海斗?」と言おうとした瞬間、その影が兄の寝ている姿に覆っていたのに気がついた。
「……大好きなんだ。愛している」
その声が震えていた。
一瞬、時間が止まった。部屋の中のチリがゆっくりと空気に舞う姿が見えていた。
耳鳴りもないし、蝉も鳴かない。
でもそれか海斗の声だった。
何かいけないものを見てしまった感覚に落とされて、その場を後ずさりをする。
「回診のお時間ですよ…」っと言って来た看護婦さんにぶつかったがそこを逃げ去った。
まさか海斗まで…。
病院の無機質な階段を一気に駆け下りる。
ガサガサと肉まんが騒がしくビニール袋の中で揺れた。
海斗は慶太兄ちゃんが好きなんだ。
海斗は慶太兄ちゃんが好きなんだ。
海斗は慶太兄ちゃんが好きなんだ。
震える様な動悸が止まらない。息が苦しい。顔が熱い。
目眩がするようだった。
泣いてカレーを食べれば治るようなものではない感じがした。
外に走り出て、周りを見渡す。
ちょうど桜の満開の季節だった。
どこに行っていいかわからずにパニックになっていた。
まるで誘われるように、あてもない病院の裏庭にいく。遊歩道がただ繋がっていたからだ。
自分の気持ちとはまるで反対の春の陽気が憎らしかった。
川幅が大人二人分ぐらいの川が流れているのが見えた。人影が少なそうだった。でも、行ってみると以外に人がいた。
川の横の遊歩道には自転車を引きずった若者やら、子連れの人たちが歩いていた。緑のフェンス前に桜が満開だった。
それをわざわざ見るかのようにポツンとベンチがあった。
そこに座るしかなかった。
誰かが花には罪はないと言っていた。
こんなに切ない想いで、桜を見た覚えは今までになかった。花見はただ見ているだけで楽しいはずだ。でも、今の気持ちはこの満開の薄紅色の花びらを一気に散らして、花嵐でも起こしたい気分だった。見ているはずで楽しいはずの花見が無性に心を痛めつけた。
そして、その花びらの渦巻きの中に、自分が抱えているこの鉛色の気持ちを、ピンクのカーテンの中で揺らめいていた男の影と、その影が漏らした甘い告白と一緒に、全てどこかに奪い取って欲しかった。
だが無情にも花びらはチラチラとしか落ちてこなかった。
その桃色が空中に踊り舞う姿を眺めながら、頬を染めた海斗を思い出していた。
初めてこの時、自分が海斗に失恋したことを知った。
好きとわかった瞬間が失恋した瞬間だった。
自分が心臓に疾患があるのではないかと思うくらいに、急激な痛みを胸に覚えた。
これが本当に失恋の痛みなのだろうかと自分でも戸惑ったくらいだ。
きっともう一生、奪えない相手に恋した辛さを感じた。
自分も慶太は大好きだ。
大好きな兄なのだ。
兄には敵わない。
柳さんを知っている分、同性愛もリアルに感じていた。
普通にみんな恋をしているんだ。
その日はしばらく桜の木を眺めながら、肉まんで一人失恋パーティーを行った。
ある程度遅れて病室に行ったら、とても心配そうな海斗が待っていた。
兄は相変わらず寝たり起きたりで、自分がいた時は薬のせいかよく寝ていた。
手紙を書いて病室を出た。
海斗と帰った春の夜は、なぜか自分が少し大人になった気がした。
その日を境に、長く伸ばしていた髪をバッサリと切った。
目覚めた兄にも海斗にも、「もったいないじゃないか」と言われたが、何かそれまでの自分から変わりたかった。仕方がないのだ。でも、その時はまだもうちょっと男の子的になったら海斗に気に入られるかもしれないという希望が少し残っていたのかもしれない。
兄は無事に退院して、リハビリをしながら学生生活に戻った。
遅れを取り戻すのは大変そうだが、もう激しい肩の動きができないと知った慶太は、じゃー、俺サッカーにしようかなとほざいていた。
妹としてはちょっと一安心だった。
そして、いつもの長屋暮らしに戻って間も無く、快気祝いにお祝いのメッセージと、男が男に送るにはちょっとやりすぎな様な豪華な花束が届いた。
もちろん、それはアメリカに戻った留学中の海斗からだった。
それに対してはさすがの兄も、
「あいつ、誰に花束送ってんだよ。全く。俺は女でもないし、相手がちげーよ」と言いながら、むすっとして、その花束を無造作に手渡してくる。
「ほれっ」という兄貴に、「ああ、お花がかわいそう。罪はない。罪はない。じゃあー、飾りますか」と花をもらう。
花には罪はない。
ああ本当にこんなお花が海斗から自分にだったら、ちょっと嬉しすぎちゃうなーと思っていた。
失恋したばかりの自分にこの状況はかなり痛かった。
だが、花束の中のメッセージには「また夏にあるのを楽しみにしています」と書いてあるのを見つけた。
それを慶太に見せるが、テレビを横になって見始めた慶太は「そんなことわかっているに決まってんじゃねーか。全く煮え切らねえやつだなぁ」と言い放つ。
「ばかだな、うちの兄は」と思った。
鈍チンなんだよっと思う。
この乙女っぽい丁寧な行間に、「慶太くんに逢いたい!!」っていうあの海斗の乙女心が入ってんじゃん!!と思うが、兄に言うのは躊躇われた。
自分が海斗の立場だったら、嫌だろうと思ったからだ。
それにここで兄に海斗の想いを代弁して、ふたりの仲がギクシャクしたら、あまりにも海斗が可哀想だ。また打算を持っている自分もいた。兄を通じてこうやってまだ海斗と通じ合える事は少し安心感というか嬉しさはあるのだ。
テレビのお笑いを見てゲラゲラと笑っている慶太を横目で睨みながら、仕方がなく、キッチンのシンクに一時避難させていた花を飾ってみた。
ちゃぶ台に飾るとあまりに大きすぎて、他のものが乗らなくて笑ってしまった。
「慶兄、あの海斗にうちの家のサイズを考えてお花を贈ってくださいと伝えてくれませんか?」
「…え、あ、なんだそれ。乗らねえーじゃねえか。全くのボンボンだ」
「だから、お礼と今後は小さいのをよろしくと…」
「返事なんて面倒だ。でも、あいつはやっぱヘタレボンボンだな。加減を知らねぇな。まあ那月、返事書いてくれよ」と頼まれる。
え、兄貴がするべきだと強調するが、「バカ、男が男に送った花のお礼なんて、寒気しかしねーだろ。肉送れっと書いとけ」と言われた。
哀れ海斗。
なんども渋って返事を書かない筆不精な慶太の代わりに自分が返事を書いた。
これをきっかけにメールでやり取りをするようになった。あの事件から、海斗は慶太の様子を気にしている様だった。
だいたい兄の様子を書いて送っている。
きっと海斗も嬉しいに違いない。
好きな人のことは遠くに離れていても知りたいに違いないと思ったからだ。
『お花は綺麗でした。ありがとう。でも慶兄ちゃんは愛でるものより食べるものがいいと言ってました。ごめんね』と書き記した。
しばらくして、海斗から返事がきた。
『ああそうか。やっぱり。次からは肉でも送るよ。でも、那月は花、気に入った?』と短く書いてあった。
さすが友だちだ。花より肉で慶太が釣れることはわかっていたらしい。
自分も正直に、答えた。
『お花はすっごい綺麗で見とれちゃうくらいだったけど、ちゃぶ台に載せるとご飯が食べれなくなるほど大きくて困ったよ』と返信した。
すると、苦笑の絵文字が書いてあって、『ごめん。次からは気をつける』と書いてあった。
その後、簡単なやり取りは続いていた。
学校のこと、新しい友達。
でも一つだけは海斗にはいえなかった。
高校から始めた趣味だ。
それはボーイズラブ。BLだ。
何かのきっかけで友達からBLというボーイズラブの世界の漫画やら小説を勧められた。
知り合いが多分ゲイで昔、英国の中高の寮に入りながら、留学しているんだっと言ったら、その友達は目を光らせながら、ある本を手渡された。
それは英国の寮生活をしてる中高校生の純愛BL小説だった。「これ読んだら死ぬほど萌えちゃうから!」と言われた。
結果から言うと、はっきり言って、彼女は正しかった。
まるで海斗がそのままいる様な世界で読みながら涙した。
エロチックなシーンが少なめなこともあって、男同士のアレについては初心者の自分としてはなんだか生々しくてドキドキしてしまったが、中世を感じる歴史のある建物に美青年が集まり、恋愛を拗らせていく様子に自分が引き込まれていく。
主人公が相手の男性に募る思いを述べていくところなどは、なぜか海斗があの兄貴に想いをずーっと寄せている事実と重なり、気持ち悪いと思うより、「ぁおおおお、海斗。ごめん。こんな美しい世界で生きている君を汚していたのは自分だ!」と思ってしまった。
そう言えば、自分が戸棚の奥に隠していた漫画をちょうど遊びに来ていた柳さんに見つかって「…ナ、ナツキちゃん!!!!」っと叫ばれて、まるで自分の母が子供を心配するかのように泣かれた。「こ、こんなことになったのは自分のせいかも…」と蒼白な顔を浮かべる柳さんに、「ち、違う!!ファンタジーだから!!」と力説したことを覚えている。
でも、少し落ち着いた柳さんに、
「方向性はちょっと違う…けど、また恋愛とか考えられるようになったんだね」と言われた。
どうやら柳さんは自分の告白をやっぱり本気にしていなかったと感じだ。
それは正しかった。
柳さんを自分の恋人っというより、お母さん?を誰にも取られたくなくて、あのような告白をしてしまったのだと思った。
正直、BLで柳さんのことを妄想したことはなかった。なんだか本当に身内過ぎて出来なかった。
海斗はどうだろうか?
流石に兄との絡みは想像すると気持ち悪かった。
でも、海斗は…。
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