上 下
40 / 46

因果応報の終結 完

しおりを挟む
 「イーサン様?」

 明らかに具合が悪そうな顔をして、そのしんと静まり返った部屋にいるイーサンにディアナが声をかけた。
 ひと気のない寝室で、三刻過ぎの日差しは柔らかく、哀愁を感じさせるかのように、窓からふり注いでいた。
 その穏やかな光とは対照的に、イーサンの顔の陰影が何かディアナをゾクっと不安にさせた。

 「違う、遠征でも、視察でもない……。ディアナ、君はもう、私にかなり失望しただろう。説明はいらないよ。大丈夫だ。……同じ寝台が嫌だろうから、私は宿舎に戻る。将軍が寝れる部屋ぐらいはあるだろう……。何か君を騙していたような気分だ。悪かった……」

 「!!!」

 ディアナの息が詰まりそうになる。

 「今後については、ディアナの好きなようにしてほしい。赤ちゃんも全て、ディアナも何も心配することはない……。俺はなるべくこの館に近づかない……安心してくれ」

 やはり顔色は青く、手は微かに震えているようだった。

 「な、何かをおっしゃっているんですか? イーサン様!」
 「……ディアナ、君だけには、私の汚い心を……知られたくなかった……。こんな私に触れられるのも、もう嫌だろう……」

 沈黙が部屋を支配する。  
 微動たりともしない蒼白な顔のイーサンと、なにか震えながら、出したい声が出ない感じの苦しそうなディアナが、二人で立ちすくんでいた。

 ディアナはたじろいだ。
 これは、イーサンの触れてはいけない深淵の感情に触れてしまい、自分は、嫉妬という名の元、大変なことをしてしまったと感じた。

 何を言って、彼を信じさせたら、よいのだろうか?

 ディアナの心中に、様々な文言が浮かんでは、消えていく。

 ただ、イーサンはディアナの顔も見るのもつらいのか、床をじっと見ていた。
 その男らしい拳が、震えるぐらいに握り締めていた。

 その仕草が、先ほどの映像の中で、今まで何をしていても自分の名前を呼び続けるイーサンの姿が重なり合う。

 さっきまであんなに私の名前を呼び続けていたのに!

 他の女と一緒でも、しつこいぐらいに、私を呼んだのに!

 ディアナの心中に、もやもやした感情とじれったい気持ちとが重なり合い、何かが体の中で爆発しそうになる。

 ディアナがこれ以上深く考える前に、ディアナの口が勝手にでてしまう。

 「イーサン様! 私はイーサン様に失望いたしましたわ! もっと気骨のある方だと思いましたわ?」

 「え? ディアナ、何を」

 「……そんなことで、この私を諦めるおつもりですか? それだけの価値の女なのですか? 私は?」

 「ディアナ、何を言っているのだ? 君より大切なものなどないのだ……。大丈夫なのか? あんな酷い行いの数々を見ても?」
 「映像は見ませんでした。それはちょっと耐えられません。でも、貴方が、絶望し悲しみながら、あの行為をしていたことを知りました。ごめんなさい……。イーサン様。貴方の一番傷ついた心に触れてしまったのです」

 そして、ディアナは言わなかったが、最後に見たものは、あのガイザーとイーサンの剣による戦いだった。
 皆が心配する中、イーサンが立ちすくむ姿を見て、ディアナは叫んだ。
 もう過去のことなのに、ディアナがイブであったこと、純潔を奪ったのは自分、そして、ディアナが自分に好意を持っていたのに、全て自分とその周りが壁となり、運命に狂わされたこと……。
 その真実を知ったイーサンが心が乱されているのが手に取るようにわかったのだ。

 『イーサン様っ!!』

 ディアナはその過去の映像に対して、心から叫んだ。

 『正気になって! イーサン様!!  どうか、私を探してっ! 捕まえて!』

 身が捩れるような想いで、イーサンの名前を呼び続けた。
 喉が枯れるくらいに、彼に叫び続けた。
 
 『愛してるの! イーサン様! 今も……昔も……ずっと!』

 すると、自分の頬に風を感じた。
 現実の風のようにリアルだった。

 まるで現実と過去が繋がるかのようにその風が大きくなり、イーサンを包んでいく。

 その想いがまるで届いたかのように、落ち葉がイーサンの周りで回り始めた。
 あの落ち葉で恋をしたと言ったイーサンの言葉が思い出された。

 一枚の葉っぱをイーサンが掴んだ。
 微笑みが見えたような気がした。



 でも、今この前に立っているイーサンは、なにか魂が抜けたようだった。
 「イーサン様、また私から叫ばせるつもりですか?」

 ディアナがぷんと怒っているような素ぶりを見せる。

 「……何を叫ぶのだ? ディアナ?」

 てっきり自分の悪口を叫ばれると思ったイーサンは身構えた。

 「イーサン様! 大好きです。愛してます!」

 ディアナはにっこりとしながら、叫んだ。でも微かに目頭にうっすらと雫が溜まっていた。

 「ディ、ディアナ!! なんで!!」
 「ごめんなさい! 妬いちゃったの。もうヤキモチ妬かない、いや、妬かせないほど、イーサン様には愛してほしい……」

 自分でものすごいことをいってしまったと思い、反省しながらも、顔を真っ赤にさせたディアナがちょっと下を見ていた。

 足音がズンズンとして、ディアナの視界が真っ暗になる。あのイーサンの男らしい香りがいきなりディアナを包む。

 ああ、これだ。この匂いと温かさ、これが自分には必要だったとディアナは思い知った。

 イーサンが泣きながら、ディアナに顔を見られないように答えた。

 「ごめん、本当に悪かった。俺の過去が君を本当に傷つけた。もう絶対にない。神に、いやあの怖いシルクに誓う!」
 「イーサン様! そんな神様の方がきっと慈悲深いですよ。でも、私もごめんなさい。イーサン様の御心を勝手に見てしまって……私を守るためってまた、忘れていました……」
 「……いいんだ。ディアナ。君がいつも一緒にいてくれれば………」

 二人は抱きしめ合いながら、その柔らかな唇をそっと重ね合わせた。






 それから、数ヶ月後、クロス公に新たな命が誕生した。
 立派な体重で生まれた赤子は、母親譲りの見事な金髪の女の子だった。

 生まれた吉報をその前の廊下でウロウロしながら待ち構えていたイーサンは、館が壊れんばかりの嬉しい悲鳴をあげ、ディアナとメイド長が部屋から押しやるくらいに、ディアナに抱擁とキスをしまくった。

 ディアナの両親、イーサンの母親、ガイザーも、カイル殿下も、元副団長、そして、現騎士団団長ノアや、あのリアム、元見習いマークまで、お祝いを持ってクロス公邸に現れた。

 人々が代わる代わるお祝いにやってきては、赤子と母親を称賛し、それぞれがどんだけイーサンがディアナに惚れているか茶化し終わると、母体を気にして、皆早く立ち去った。

 そして、みんなが全員が帰り、ふと山のようにあったプレゼントの中に、季節外れの赤いみずみずしい林檎と一枚の手紙が置いてあったのに、イーサンが気づいた。

 母乳をあげているディアナが、イーサンに読んでみてくださいとお願いをする。

 そこには、こう書いてあった。

 『ディアナ、イーサン、
 おめでとう。
 新たな家族が無事に生まれたようで、私も嬉しいです。

 ディアナ、
 やっぱり、林檎の味を二人で噛み締めてよかったでしょう? これからもお幸せに……
 あと、嫉妬心はほどほどに。僕も経験して、散々でしたから………』

 最後に送り主の名前はなかったが、誰だかは、すぐにわかった。

 二人はそっとディアナの腕の中で、眠ってしまった赤ちゃんにキスをし、今度はお互いにそっと口付けをした。

 「本当ね。イーサン様はイブの相手でよかったわ……」
 詩の中で一人だったイブを思い出し、ディアナが呟いた。
 「な、何を、ディアナの相手が私だ! まあ、イブも君だったけど……」

 二人の笑い声がそのクロス公の一室から漏れていった。

 はるか遠いディアナの故郷、シンロトスキー伯爵領地では、また今年の林檎を多く実らせるため、林檎の木達が、一生懸命に、その美しい白や薄紅色の花を咲かせていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。

airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。 どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。 2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。 ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。 あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて… あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?

処理中です...