団長、それはやり過ぎです。

たまる

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対峙する男二人

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 カツカツと革製ブーツの足音が長い外回廊に響いた。
 長身でその上から真っ黒な衣装は、いつものイーサンの定番であったが、今日はその色が自分の罪の深ささえ、表しているような気分だった。

 その頬は、赤く腫れていた。
 思いっきり殴られた。
 あの老婆にどんだけの力が隠されていたかと思うほどの強さだった。
 当たり前だ。
 激昂するアリスに、ただ「すまん」としか言えなかった。

 「お嬢様が悲観してどうか早まった行動に出ないといい」と心配するアリスにひどく同意をした。

 「私が自分の命をかけてでも、彼女を守る」とアリスに言う。

 それを聞いたアリスは、また元乳母としての誇りと愛情が戻って来たのだろう。

 「もしお嬢様に、何かあったら、本当に団長でも、英雄でも構いません。貴方には罪を償ってもらう」

 彼女は冷静に自分を見つめた。

 当たり前だ。
 殺されてもおかしくないのだ。
 そして、今もう一人確認しないといけない者がいる。
 あいつに何がなんでも確かめないといけないことがあった。
 だから、奴がいる場所の演習場までやって来た。

 刀同士が擦り切れ合う音が聞こえてきた。

 ガイザーともう一人の騎士が模擬試合をしていた。
 時間がない為、邪魔をする。

 「ガイザー、話がある」

 重い長い剣が、ガチャンっと音をたてた。

 「団長、言いましたよね。騎士団に関係すること以外、貴方とは話さない」

 もう一人の騎士がガイザーの態度に驚いて、剣を止めた。

 「おい、その態度、団長にまずいだろ」

 全てのことにムシャクシャしていたガイザーは、その持っていた剣の先をイーサンに向けた。

 「やりますか? 団長」

 周りの騎士団員達が、ただならぬ雰囲気の二人に集まった。

 「おいおい、お前、知っているのか? 団長、超つえーんだぞ」
 「知ってるよ。昔からの友人だ。あいつの手は読める」

 イーサンは無言で自分の長剣を抜き取る。

 「魔法は使わない……」

 ただそれだけ言った。

 二人の男がにらみ合った。
 瞬間、風が物凄い速さで切られていく。
 びゅんと空を切る音と共に両剣が交わった。
 
 激しい金属音が空に響いた。

 剣越しにイーサンが話す。
 お互いの力で、踏ん張っている二人の足が自然に地面からずれていく。

 「やっぱり、昔からお前は頑固だな」
 「……うるさい、貴方とは口も聞きたくない!」

 ただ、イーサンは旧友の性格をよく覚えていた。
 何故か剣の闘いなど、勝ち負けの勝負の時に、ガイザーは饒舌になりよく本音を話すのだ。

 興奮しているガイザーを見て、微笑む。
 今、ガイザーから本音を聞き出すチャンスなのだ。

 無駄に相手を疲れさせる目的なのか、わざとギリギリまで引き寄せて、大剣を振らせる。
 イーサンの巧みな技だった。

 「ひ、卑怯だぞ。そんな姑息な技使いやがって!」
 「ばかな、戦闘では当たり前の知識だぞ。ガイザー」

 二人の剣がまた重なる。
 また二人でしか聞こえない範囲でイーサンが訪ねた。

 「ディアナ嬢はいかがしている?」
 「……元気とは言えないよ! 誰かがそうとういやみたいだな」

 ぐざっと心をさされるような感覚だが、彼女を守るためにそうは言ってられない。

 「ガイザー、ディアナにイブのことを話したか?」
 「……くっそっ。いう訳ねえだろ! ただでさえ、調子が悪いのに、そんなこと、言えるか!」
 「やはり、お前はいっていないのだ……」

 まず、あの手紙の『イーサンが心に決めた女性』がどこからの情報か聞きたかった。
 本当にこの兄が話したのだろうかと考えたのだ。
 アリスからは、わたしがイブに固執していることを聞いているに違いない。
 だが、なぜそれが、わたしがイブに好意を持っていることに繋がるのか知りたかった。
 やはり、あの行為の時の、自分の馬鹿な戯言で、彼女を勘違いさせていることが有力のようだ。
 ガイザーの言葉を聞いて、それが、確信に変わっていく。
 そして、あんな行為をディアナにしながら、ディアナが俺を責めないで、そのイブと言う女との幸せを願うディアナの真意がわからなかった。

 何故、俺にそんなに優しいのだ。

 あのディアナの社交界デビューでの自分の失態の後、何度も彼女に会いたくて、シントロスキー邸宅を訪ねた。
 門前払いされたのだ。

 手紙も何度も送った。
 全て、彼女の晴れの日に自分が一緒にいれなかったとの詫び状だった。
 愛さえもまだ囁くような関係でもなかった。
 手紙も花も全て返された。

 髪を引かれる思いで、そこを立ち去ったんのだ。

 そこまで嫌っている俺に、貴方をあの暗闇のデスクの上で、無理やり抱いてしまった俺に、なぜ、なぜ、貴方はそんなに優しいのだ。

 その疑問をこの兄に聞きたかった。
 絶対に心優しいディアナだ。
 心のうちなど、私ごときに話さないだろうと確信したからだ。

 この兄なら、なにか知っているかもしれない。

 「なぜ、ディアナ嬢はわたしを友人だと言ってくれるのだ? わたしはそんな価値さえない人間なのに……」
 「くっそ、お前は本当に能天気な大馬鹿者だな!」

 だんだんと口調が幼きころに戻っていくガイザーを見つめる。
 この調子で奴を追い詰めないといけない。

 「そうだ。ガイザー、わたしは大馬鹿者だ! だが、ディアナはわたしの大切な人でもある。彼女の真意を知りたい!」
 「た、大切だと? 笑わせるな、だったら、教えてやるよ。ああ、お前があの時、しないからだよ!」
 「ど、どう言う意味だ!」

 いきなり横から隙をついて長剣を入れてくるガイザーを叩きのめしてしまう。
 やり過ぎたかと思ったら、相手は、手を地面について悔しがっていた。

 「くっそーー、お前は騎士としては優秀過ぎるんだよ。だがな、男としては、最低だ!」
 「ああ、そうだな……」
 「お前は、女関係が最低だ! 俺はそれからをあいつを守る為に……。だが、お前が最低なことをあいつにしたんだ!」
 「……そうだ。俺は最低なことをした」
 「……なんだ、認めるのか? あの社交界デビューの振る舞いを?!」

  ガイザーが地面に拳握りしめて、歯ぎしりしながら、答えた。

 「……くそ、お前には教えたくなかったが、もう言ってやる。お前が大切だと言った俺の妹はお前にキズつけられた。後悔しろ! イーサン! ディアナはな、お前に憧れて頑張って、苦手なダンスも、勉強も、礼儀作法も、お前に褒めてもらいたいがために頑張ったんだ。そ、それなのに、尊大な公爵様は、彼女を完全に無視して、何処かに行ってしまっただろう?」

 「な、何を言っているのだ……」

 この時、集まっていた観衆は、皆、そこに来ていた副団長と、知らぬ間に来ていたカイル王子によって、皆、自室に帰させられた。

 いまこの演習場には、地面に座り込み悪態を吐くガイザーと、その様子を見守る王子、副団長、そして、ただ呆然と立ち尽くすイーサンがいた。

 彼のいつもは輝かしい長剣も、まるで光を失ったただの棒切れのごとく、ただ地面に向けて彼の手からぶら下がっていた。

 「あのディアナが、わたしに……好意を持ってくれていたのか?」
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