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私はイブ
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「ぅゔあああっ!」
と、野太い声でイーサンはその昂まりをディアナの中にぶちまけた。
今までに味わった事のない達成感。
今までの絶え間ないと思っていた喉の乾きが一気に潤った。
急に疲れと眠気が彼を襲ってきた。
こんな事はいままで、一度もなかった。
たかが一度の精射で、ここまでイーサンを疲れさせ、満足をさせてくれる情事なんてなかった。
ベットの上によろよろとイーサンが横になる。
「すまん、こんな事は、普通ではないんだが……」
イーサンは、本当は、いつもはこんな一回の性行為で自分がここまで満足して、へこたれる事なんてないんだと言いたかった。だが、言葉が繋がらないくらい、彼の精気が吸い取られたようだった。
「………君の名は?」
眠りにつきそうな顔つきで、イーサンはそのメガネとキャップをまだかぶり続けている女に問う。
「教えてくれ……。お願いだ」
とっさにディアナの口から言葉が出た。
「……イブ。イブよ」
「そ、そうか、イブか、素敵な名前だ。イブ、悪いが私はひとまず休ませてくれ。本当にすまない。でも、朝までいてくれ。お願いだ。話したい事がある」
手を捕まれ、懇願された。
仕方がなく、うんと答える。
イーサンはまるで、幸せいっぱいのような笑みをディアナに向けた。そして、手を握りながら、眠りについてしまった。
とっさに出たイブという言葉は、ちょっと前に、ディアナの地域を訪れた吟遊詩人が奏でた歌に出てきた女性の名前だった。
林檎の産地である、と聞いたその銀色の髪の毛が眩しい男、シルクという名の男は、「これは昔、自分がいた国で伝わるお話です」といって切ない旋律と共に、イブという女性が、神が食べてはいけないといった禁断の果物、林檎を食べてしまい、それにより人は悪と善を身につけてしまったという話の詩を奏でた。
まるで、イーサンとの行為は、自分にとって、禁断の果実だった。
知ってはいけない感情。
知ってしまった快感とその激情。
全てが、もう何も知らない私、無知なイブにはもどれないと思ったからだ。
また、ディアナの心は、その受けた快感とは全く別なところで深く傷ついていた。
彼がまさか特殊な理由で、毎晩女を抱いているような人だとは知らなかったので、彼の真意が全くわかっていなかった。
ただ、『すまん、こんな事は、普通ではないんだが……』という言葉が胸を切り裂いていた。
そうか、こんなに求めてくれてくれるから、少しは変装した自分にでも興味があるのかと微かな希望を持っていた。
でも、いまの言葉でよくわかった。
彼にとっては、ただの間違いなのだ。
『普通でない』とは、きっとイーサンが、一晩の過ちを説明した言葉と理解した。
よく兄に注意されたではないか。
男はときに愛していない女でも親密な行為が出来ると。
そういう男たちは獣だ。
絶対に近寄らないようにと……。
「なんで?」
と聞いたディアナに対して、兄がこう言ったのをよく覚えていた。
「そうすると、ぱっくりと食べられちゃうんだよ。食べられてしまったその女の子は、もう好きな人と結婚できない。その人と結婚するか、修道院へ行くしかなくなるんだ。不幸になる。だから、絶対に知らない男性には近づかない。いや、例え、知っていても、僕がいいという奴ではないとダメだからね。ディアナは世間をあまりに知らな過ぎるから……」
そうなのね。
お兄様。
ディアナは自分の足に滴る物を見た。
自分が知らなかった全ての結果が自分の足元から流れていた。
急いで、持っていたストールで拭いた。
赤い証拠が残されていたが、それがまさか破瓜の証拠だとまでとはディアナは気が回らなかった。
ただの血だと思っていたディアナは、それを急いで拭き取り、あまり考えもせずに、イーサンの部屋のゴミ箱に捨てた。
きっと、もしイーサンが、間違えて私とこんな行為をしたとわかったら、きっと彼のことだ。
責任感が強いから、結婚しようとか、お金の援助とか言いだすかもしれない。
あの親密な行為のときに、言われ続けたじゃないの。
イーサンにはきっと好きな人がいる。
だって、彼はこう言い続けていた。
「ああ、君はまるであの人のようだ……」
「奇跡だ、なんて素敵なその香りと肌触り。ああ、まるで俺の片思いが形となって起こしてくれた奇跡なのかもしれない」
もし、多少、あの自分が社交界デビューした昨年の春に、少しでもイーサンの気を引けていたら、自分自身にも少しは自信が持てていたかもしれない。
だが、あの舞踏会では、愛しのイーサンは自分に目もくれず、挨拶もなしに会場から消えてしまったのだ。
そのあとの事はよく覚えていない。
失意が大き過ぎて、色々な男性に声をかけられたような気がしたが、途中で気分が悪くなり、兄のガイザーに言って、会場から立ち去ったのだ。
その後もガイザー曰く、大量の手紙やら花束が届いたらしいが、今までの全ての希望、あの憧れのイーサン様に晴れ舞台で何か言ってもらい、せめて踊る事が出来たらと、希望を胸に、あまり得意でなかったダンスも頑張ってきたのだった。それが、声をかけてもらえるどころか、ほとんど無視に近かった。
自分がようやくベットから立ち上がり、普通に生活できるようになったのは、なんとその舞踏会から半年も経ったあとであった。
ああ、またあのような気持ち悪さが自分を襲う。
もう味わいたくない失望と悲しみ。
二度とそれから若い未婚者がでるパーティーには参加しなかった。
結婚を心配している両親や兄も、前回の舞踏会後のディアナの変わりように驚いて、無理にパーティーに参加させる事をさせなかった。
ただ、でも不本意ではあったが、最初で最後、好きな人と結ばれて、自分はそういう意味では幸せだったかもしれないと涙をぬぐいながら、身支度を始めたディアナであった。
そして、静かに眠る幸せそうなイーサンを見つめる。
「さよなら、イーサン様。大好きでした……」
と一言いって、その部屋を後にした。
と、野太い声でイーサンはその昂まりをディアナの中にぶちまけた。
今までに味わった事のない達成感。
今までの絶え間ないと思っていた喉の乾きが一気に潤った。
急に疲れと眠気が彼を襲ってきた。
こんな事はいままで、一度もなかった。
たかが一度の精射で、ここまでイーサンを疲れさせ、満足をさせてくれる情事なんてなかった。
ベットの上によろよろとイーサンが横になる。
「すまん、こんな事は、普通ではないんだが……」
イーサンは、本当は、いつもはこんな一回の性行為で自分がここまで満足して、へこたれる事なんてないんだと言いたかった。だが、言葉が繋がらないくらい、彼の精気が吸い取られたようだった。
「………君の名は?」
眠りにつきそうな顔つきで、イーサンはそのメガネとキャップをまだかぶり続けている女に問う。
「教えてくれ……。お願いだ」
とっさにディアナの口から言葉が出た。
「……イブ。イブよ」
「そ、そうか、イブか、素敵な名前だ。イブ、悪いが私はひとまず休ませてくれ。本当にすまない。でも、朝までいてくれ。お願いだ。話したい事がある」
手を捕まれ、懇願された。
仕方がなく、うんと答える。
イーサンはまるで、幸せいっぱいのような笑みをディアナに向けた。そして、手を握りながら、眠りについてしまった。
とっさに出たイブという言葉は、ちょっと前に、ディアナの地域を訪れた吟遊詩人が奏でた歌に出てきた女性の名前だった。
林檎の産地である、と聞いたその銀色の髪の毛が眩しい男、シルクという名の男は、「これは昔、自分がいた国で伝わるお話です」といって切ない旋律と共に、イブという女性が、神が食べてはいけないといった禁断の果物、林檎を食べてしまい、それにより人は悪と善を身につけてしまったという話の詩を奏でた。
まるで、イーサンとの行為は、自分にとって、禁断の果実だった。
知ってはいけない感情。
知ってしまった快感とその激情。
全てが、もう何も知らない私、無知なイブにはもどれないと思ったからだ。
また、ディアナの心は、その受けた快感とは全く別なところで深く傷ついていた。
彼がまさか特殊な理由で、毎晩女を抱いているような人だとは知らなかったので、彼の真意が全くわかっていなかった。
ただ、『すまん、こんな事は、普通ではないんだが……』という言葉が胸を切り裂いていた。
そうか、こんなに求めてくれてくれるから、少しは変装した自分にでも興味があるのかと微かな希望を持っていた。
でも、いまの言葉でよくわかった。
彼にとっては、ただの間違いなのだ。
『普通でない』とは、きっとイーサンが、一晩の過ちを説明した言葉と理解した。
よく兄に注意されたではないか。
男はときに愛していない女でも親密な行為が出来ると。
そういう男たちは獣だ。
絶対に近寄らないようにと……。
「なんで?」
と聞いたディアナに対して、兄がこう言ったのをよく覚えていた。
「そうすると、ぱっくりと食べられちゃうんだよ。食べられてしまったその女の子は、もう好きな人と結婚できない。その人と結婚するか、修道院へ行くしかなくなるんだ。不幸になる。だから、絶対に知らない男性には近づかない。いや、例え、知っていても、僕がいいという奴ではないとダメだからね。ディアナは世間をあまりに知らな過ぎるから……」
そうなのね。
お兄様。
ディアナは自分の足に滴る物を見た。
自分が知らなかった全ての結果が自分の足元から流れていた。
急いで、持っていたストールで拭いた。
赤い証拠が残されていたが、それがまさか破瓜の証拠だとまでとはディアナは気が回らなかった。
ただの血だと思っていたディアナは、それを急いで拭き取り、あまり考えもせずに、イーサンの部屋のゴミ箱に捨てた。
きっと、もしイーサンが、間違えて私とこんな行為をしたとわかったら、きっと彼のことだ。
責任感が強いから、結婚しようとか、お金の援助とか言いだすかもしれない。
あの親密な行為のときに、言われ続けたじゃないの。
イーサンにはきっと好きな人がいる。
だって、彼はこう言い続けていた。
「ああ、君はまるであの人のようだ……」
「奇跡だ、なんて素敵なその香りと肌触り。ああ、まるで俺の片思いが形となって起こしてくれた奇跡なのかもしれない」
もし、多少、あの自分が社交界デビューした昨年の春に、少しでもイーサンの気を引けていたら、自分自身にも少しは自信が持てていたかもしれない。
だが、あの舞踏会では、愛しのイーサンは自分に目もくれず、挨拶もなしに会場から消えてしまったのだ。
そのあとの事はよく覚えていない。
失意が大き過ぎて、色々な男性に声をかけられたような気がしたが、途中で気分が悪くなり、兄のガイザーに言って、会場から立ち去ったのだ。
その後もガイザー曰く、大量の手紙やら花束が届いたらしいが、今までの全ての希望、あの憧れのイーサン様に晴れ舞台で何か言ってもらい、せめて踊る事が出来たらと、希望を胸に、あまり得意でなかったダンスも頑張ってきたのだった。それが、声をかけてもらえるどころか、ほとんど無視に近かった。
自分がようやくベットから立ち上がり、普通に生活できるようになったのは、なんとその舞踏会から半年も経ったあとであった。
ああ、またあのような気持ち悪さが自分を襲う。
もう味わいたくない失望と悲しみ。
二度とそれから若い未婚者がでるパーティーには参加しなかった。
結婚を心配している両親や兄も、前回の舞踏会後のディアナの変わりように驚いて、無理にパーティーに参加させる事をさせなかった。
ただ、でも不本意ではあったが、最初で最後、好きな人と結ばれて、自分はそういう意味では幸せだったかもしれないと涙をぬぐいながら、身支度を始めたディアナであった。
そして、静かに眠る幸せそうなイーサンを見つめる。
「さよなら、イーサン様。大好きでした……」
と一言いって、その部屋を後にした。
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