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お付き合い編  魔女のお小遣い稼ぎ

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 いきなり旧友から呼び出された。
 どうしてもあなたの力が必要ですと。
 まあ、いっちゃ悪いが、魔女の力を必要だなんてろくなもんじゃない。

 でも、今回は旧友アイリオの頼みだ。
 あいつも若かったときは、なかなかの戦士だったし、見た目もかなりよかった。
 まあお互い若かったよね、と思い出に浸る。

 「まあ、小遣い稼ぎにきてくださいよ。しかもあなたの愛弟子にかかわることなんですから……」

 え、シルクか。
 またこれは厄介な。
 国が滅ばないといいがなっと思い、重い腰を上げる。

 「あ、私には、必ず三食の全てに、デザートつけてくれ。チョコレートものがいいね。あれは見た目よりもずっと濃くて美味いからね」

 アイリオは深くお辞儀をする。

 「かしこまりました。仰せのままに。それにしても、あなたは昔とは変わらず、相変わらずお美しい。この初老でさえ、心を奪われてしまいそうだ」

——ああ、そうだね。私もあんたに心を奪われそうだったよ。私とあんたではなかなか時間の経ち方が違うからね。

と思うがあえて口にはしない。

 魔女に恋や愛を語れるものなんているわけない。
 その正体を知れば知るほど、みな恐ろしさに距離をあける。
 最初から距離を取っておけば問題はないのだ。
 一人に慣れることが魔女になることの一つの条件にでさえ思ってくる。

 ただあのシルクは本当にイレギュラーな存在だ。

 あああ、物騒なことになんないといいがね。

 昔の古傷をだされたくないのか、魔女はさっさと案内された東館の一番手前の部屋に歩いて行った。






*************


 猛烈な勢いで、宿場の近くの路上に瞬間移動した、怒りに震える男が二人いた。
 足元には瞬間移動の魔法のマークが残っており、そのかすかに見える魔法の円陣と微かなフェリスの魔法を匂わせる風が吹いていた。
 まだ目的の屋敷は見えない。
 神のような技をもつシルクだが、瞬間移動魔法は苦手であった。
 時を止めて探すことも考えたが、それだと自分の気が収まらない。
 動いていないと全てをぶっ壊してしまいそうだと忍は感じていた。

 忍は、自問自答する。

——お前は大したやつだよ。こんな嫉妬さえ乗り越えられないなんて。どうやってカナに複数の夫を娶らせるんだ。笑い物だな。

 自分の唇と強く噛み、血の味を確かめると、なぜかその自傷行為の味に気が収まる。

 「なぜ、ケヴィンのところまで瞬間移動できないんだ」
 
 イライラしている忍、ことシルクが愚痴る。

 「ふっ、お前は意外と無知だな。あそこは王室御用達の宿場のため、直接の瞬間移動は禁じられているんだ。だから、ここから歩いていくしかない」
 「無様だな。我々は……」

 そこから走りながら、二人は目的地にむかう。
 激しい足音を立てて、目的地の宿場についた瞬間、忍が驚きの声を上げる。
 懐かしい顔に出会う。

 魔女だ。魔女のナターシャが待っていた。

 「お久しぶりね。シルク」

 彼女はこの豪華な場所にふさわしく、偽りの格好ではなく史上最高の美女、ナターシャの姿で優雅にロビーのソファーに座っていた。
 まるで女王のようだ。

 「……久しぶりだな。ナターシャ。悪いが俺は急いでいる」
 「おやおや、これは先生に対して酷い仕打ちではないの? 留学生として行ったきり、マルトの伝達もただの紙切れ程度。挨拶ぐらいのハグはないのかね」

 忍はこの魔女とハグなんてしたことがなかった。

 「おや、これはこれは、殿下までいらっしゃいましたか。お初っというより、本当は二度ですが、魔女のナターシャと申します。どうぞお見知りおきを」

 「2度目?」

  フェリスが疑問を抱いている間に、忍が声を出した。

 「なにが目的だ。 あ……おまえケヴィンに頼まれたか?」
 「ふふふふっ。さすが、我が弟子。頭の回転が早いね……。でも、最終的に頼んだのは、ちがうよ。ケヴィンではない。もちろん、アイリオでもない」
 「どういう意味だ?」

 「最初はここの支配人アイリオに頼まれたと思った。旧友なんでね。断れなかったんだよ。彼はケヴィンを幼少から知っていてね。なんでも、ケヴィン様に初めて意中の女性が現れたと大騒ぎさ。ただ、その女性……タチの悪いに狙われる可能性があって、結界を強化してほしいと頼まれたの」
 「結界を?」
 「あんたも知っている通り、魔女は約束は守るよ。ただ、知らなかったんだ。その……女性がな……あんたの想い人、妹だったとはね」

 それを聞いているシルクの表情は見えない。
 その銀色の長い髪の毛に隠れているのだ。

 どこからか、地鳴りが響きだす。
 窓ガラスも丸テーブルに置かれている花瓶もカタカタと揺れ出した。

 宿場全体が揺れているのを察して、アイリオが慌てている。
 冷静なのはたぶんナターシャだけだったかもしれない。

 「し、シルク! 待て、この屋敷、いや、この国を滅ぼすな」

 今度が風がどこからか吹き荒れてきた。
 フェリスも慄いている。

 「あの嬢ちゃんが悲しむぞ!!」

 ナターシャが叫んだ。

 一瞬、振動が緩くなってきた。
 言葉が、忍の心に響いたのか、振動が収まっていく。

 「シルク、落ち着け。いいから落ち着け」

 フェリスが諭す。
 今まで振動から体を支えるために、ソファにかけてあった手を自分の胸に当てて、ナターシャが話し始めた。
 「シルク……。言っておく。この結界には私の命を賭けている。お前なら、もしかして容易く破れるかもしれない。でも、私はそれによって死ぬ……」

 魔女は真剣な顔で愛弟子を覗き込む。
 もう心理戦に近いような緊迫感だ。


——カナのためなら、大量殺人でさえかまわないような男だ。これはあんまり説得力がないぞとフェリスが思う。

 「もちろん、お前のことだ。私を殺すことには躊躇しないだろう。だけど、妹さんはどうだろうね。お前が自分の先生を殺したとなると……」

 ぐっと咬み殺す音が銀箔の髪を持つ男から漏れた。
 そして、この時にシルクがこの魔女がこの世界からいなくなる別の意味を考えて、行動を止まっていたなど、誰も知らなかった。

 「まあ。シルク。教えてやろう。一つだけ、その結界に札をつけた」
 「札?」シルクがつぶやく。
 「よくあるだろ。店先で売っているものでも、札で……この点はご注意くださいってとこだよ。洗い方とか、まあ扱い方とか」
 「意味がわからない」とシルクが言い放つと、フェリスが口を出す。
 「稀に結界に札をつけることによって、例外を認めるんだ。例えば、札に小鳥たちはここを難なく通れるとか……」
 「それでは、そのお前の札はなんなんだ」
 憮然とした態度でシルクが聞く。

 「まあ、聞け。そのお前の大切なお嬢さんがな、その男と一緒にいるのが躊躇することがあれば、自然と結界が途切れるようになっているんじゃ。わかるだろ。男女二人で密室にいれば、いろいろあるだろうよ。それで、女がその気がないなら、結界が消えるんじゃ。まあ、その気があるのなら……ここで黙って待っているしかないな。が終わるまで」

 シルクはぐっと自分の握り拳を力強くもっと握り返した。
 フェリスは、そんなっといいながら、呆然とソファーに座り込む。
 カナの幸せを思うなら、ここにいるしかない。

 「シルク。もうあんたのことだ。最終的に私に頼んだの、誰だか……わかるな」
 項垂れたシルクが答える。
 「…………カナか?」
 「ふっ、そうだよ。あんたの妹だよ」
 「カナが魔女に頼んだのか?」
 
 フェリスが口を挟む。

 「ああ……なんか取り巻きが五月蝿くて、デートを邪魔されちゃいけないから、なんかいい方法ないかなーとケヴィンって男に相談したんだったよ」

 長い沈黙のあと、忍が笑い出す。

   ふふふっ

   ハハハハハッ。
 
  見ている三人が唖然とする。
 アイリオはただこのやり取りを遠くから見守るだけだった。
 知らない方が身のためということもあることを初老の男はよく知っていた。

 「カナもやりますね。この私を嫉妬の泉に落とすとは……これは、これは……次が楽しみですね」

 魔女もフェリスもなぜが地獄の微笑みを聞いたようで身震いした。
 でも、その微笑みが魔女自身も惚れ込んでしまうような美しい物だったとは誰も知らなかった。

 (シルク、一体、お前は何者なんだ?)

 魔女が思ったことは、決して口から漏れなかった。
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