腐女子 異界で悶絶する【改訂版】

王子がやってきた

　夜会当日、グレンビィア王国の王宮は上から下までバタバタしていた。
　侍女たちも朝から自分のお世話する方々の用意も大変だが、今宵迎え入れるゲストについて、噂話をしながらそちらの準備の方も整えていた。
　今回来られる遠方の隣国マルト王国は、小国ではあるものの魔法をベースにした最新術がある国で、みんなの憧れの国でもあった。
　魔法を使用した日用製品などが普及しており、このグレンビィア王国では金持ちにしか許されないシャワーや、冷蔵庫などもあちらでは普通に各家庭にあるものだった。
　その技術は国の秘密とされ、各国はその情報を喉から手が出るほど欲しがっていた。

　だから、いろいろな友好の証として、交流が行われたいたが、具体的な公式訪問などは、情報漏れを恐れるのか、一切マルト王国側が断っていた。
　グレンビィルとマルトは、友好関係な国同士ではあるが、あまり王族同士がお互いの国に訪れることはここ百年以上なかった。
　それが、ここにきて王子の訪問が突然決まったのである。

　「あのマルト王国の王子が我が国にこられるとは」
　「恥ずかしくないように、お迎えしなくては」

　グレンヴィルの王宮に従事している者達はみな思った。
　なにせ最先端の国のイメージのマルト王国である。
　その王子を一目見たいという人々と恥ずかしくない歓迎をとり行いたいと思うグレンビィア王国の気持ちが混ざり合い、王宮の内外もそわそわした空気になった。

　昼頃、マルト王国の王子を連れた一行が到着した。
　長旅を考慮して、公式の歓迎会は夜会にてということになり、マルト王国の一団は、王宮内の迎賓館に直接、向かうことになった。
　迎賓館の正面玄関には、フェリス王子と家令ケヴィンが一応、歓迎の挨拶の口上を述べるために待ち構えていた。

　華美な装飾が施された馬車から、一人の可愛らしい王子が近衛兵の手を借りながら降りてきた。
　緑色の目が印象的な金髪の髪をした少年である。
　子供ながらも、王族の気品が満ちていた。

　「初めまして。お初にお目にかかります。貴国の大変なる歓迎、とても感極まりました。わたくしマルト王国第一王子、ミハエル・ルイ・ランサーと申します。今回は初めての外国訪問、とても楽しみにしておりました。この機会を作っていただいて、感謝しております」
　「ミハエル殿下、ようこそグレンビィア王国へ。私はフェリス・マグノリア・グレンヴィル。今日は長旅でお疲れでしょうから、どうぞそのまま迎賓館へお入りください。国王の父も貴方様を迎え入れることを大変喜んでおられました。歓迎会が夜にありますので、その際、またご挨拶とゆっくりお話をお聞かせください」

　フェリスも王子らしく気品高く口上を述べた。
　二人は身長差がかなりあるものの、固く握手しあった。

　その時、フェリスは王子の後方、さらに近衛兵の脇に佇む、一人の白装束の男が気になった。

　━━この白銀の髪、紫の瞳の男、ただならぬ気配と魔力。

　━━何者だ……。

　確かマルト王国は、力のある魔法師団があると聞いていたが、そのうちの一人なのか？

　考えに耽ふけっているとそれを感じ取ったのか、ミハエル殿下が、「あーー」といいながら、先程フェリスが気になっていた白装束の美男子を前に手招きした。

　「さすがフェリス殿下。お気づきか。紹介いたします。この者は、お手紙で申しました通り魔法師のシルクと申します。こちらの留学生制度を利用して、こちらで魔法の歴史について勉強させたいと思っております。また、シルクは優秀な魔法師であると共に大変な慈善家でもありまして、こちらの慈善活動などにも興味があるようなので、ぜひご指導宜しくお願い申し上げます。また、いろいろな知識が魔法師同士交流が出来ましたら、幸いだと思っております」

　王子は丁寧に口上を述べた。
　魔法師同士の情報の交流は国家として大変な技術提携である。
　しかもマルト王国からの魔法師を受け入れるということは、グレンビィア王国にとって名誉なことだった。

　「シルクと申します。まだまだ未熟な魔法師でありますが、どうぞ宜しくお願い申し上げます。こちらで発明されたカレンダーには大変感動いたしました。ぜひ、その開発者に御目通り出来ますよう、お願い申し上げたいです……」

　その神官のような白い衣をつけた白銀の魔術師はにこやかに微笑んだ。
　なぜか人寄せ付けないような美しい微笑みだ。

　カレンダーについては、諸国の多くから問い合わせがあったので、それに対しては驚かなかったが、開発者に会わせろっとまではまだ言われたことがなかったので、少し躊躇しながら返答する。

　「わかった。シルク殿。それはまた後で話し合おう。我々も大変マルト王国の魔術に興味があるゆえ、お互いに利益があるよう、滞在中は協力を惜しまない」
　「フェリス殿下から直々のお約束のお言葉……。シルクにとって恐縮の極みであります。こちらへの留学がたいへん楽しみになってきました」

　口角を上げた魔法師は、深く頭をさげその場を退いた。
　フェリスは何か居心地悪いものを感じたが、その後の公式行事の段取りに気をとられて、シルクという人物の人間観察を怠ってしまっていた。

　それを後で猛烈に後悔したことをフェリスは一生覚える事になる。