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悶絶するのは団長でした
しおりを挟むこの三年間でかなり王宮の中が詳しくなったカナの息抜きの楽しみは、王宮騎士団の訓練を鑑賞することだった。
見学ではない。鑑賞である。
嬉しさのあまりニマニマしてしまう。
その鑑賞によって得た知識がカレンダーの絵柄作りにも大いに役立ったことは確認済みだ。
王宮の西側には、外からの城壁に囲まれた大きなコロシアム的な練習場があった。そこにはグレンビィア王国有数の騎士達がそれこそ汗をしたたらせ、腕を競い合っていた。
お、あの肉体美。
腐女子のレーダーがビビビッと発揮される。約三十人程度の騎士が長剣(ただしこれは練習用なので先が曲げてある)で競い合っている。
ふむふむ、ものの5秒足らずでさっと見回し、イケメンごとに顔を分類しているから、だれがどこにいて何をしているかわかる。
ふふふ……。
筋肉むきむきのヴァン団長。
背中の筋肉、ごちそうさまです。
喋らなければ、これまた超イケるおじさまなんですけどね。
こそっと柱の陰から見えるベスポジにベンチを見つけ、ランチには、カナ監修の特別弁当を持参している。
うんうん、きょうもこの卵焼き。おいしいね。
カナの日常は、午前中は図書室でケヴィンと一般常識と王宮の歴史。
読み書きなどの座学を中心としたものを勉強している。
お昼は時間があれば、フェリス殿下と共に食べる。しかし、フェリス殿下も忙しい身なのでいつもとはいかない。ケヴィン自体も家令としての仕事がたくさんあるので、カナにかかりっきりにはなれない。
カナは留学生や王宮専用の食堂のおばちゃんたちや厨房の人たちと親しくなって、お弁当のようなものを作ってもらっていた。
最初のころ、こちらのジビエ肉のてんこ盛りの食事に口があわず、体の調子もおかしくなっていた。ジビエ肉8割野菜2割ぐらいの感じなのだ。それがワンプレートで出てくる。味もバターが流通しているためか、全てバター炒め。
うーーーん、それはちょっと毎日辛い。
それが、あるイベントのおかげで激変した。異国の辺境伯爵令嬢ということで、異国料理を食堂の厨房の人たちに伝授することになった。それは留学生みんなが参加するイベントでみんな自分たちの異国の料理、郷土料理を振舞うものだった。題して、異国料理交流会だった。
そこで、カナは幕内弁当的なものを作ってみた。お米はある。日本のお米と比較すると、ちょっとパサつきがあるがそんなに悪くない。
お惣菜に卵焼き、梅干しの代わりに酸味のきいたピクルスを入れる。またはただの塩もみした浅づけでもいい。鳥の唐揚げも作ってみた。大好評だった。
それから、ちょくちょく厨房へは出入りするようになった。あたらしいレシピを伝授するかわりに、お弁当をつくってもらうのだ。調理場行ったり来たりするあいだにその足繁く通ったおかげで、発見もあった。
醤油的なものをみつけたからだ。遠い国からの輸入品らしいが、見つけた時の感動は大きかった。最近流行り出したので、なかなか使い方がわからないと悩む厨房のシェフたちに、醤油の使い方を伝授したのだ。
それから、朝注文すると、カナ専用のお弁当を作ってくれるようになっていた。厨房の人たちのほうがもちろん、料理の仕方は慣れているので、だいたいの料理のレシピを教えるともっと美味しく仕上げてくれるようになって、カナの異国世界でのモチベーションはかなり上がった。
異界で幕内弁当。
さいこー。
プラス汗だくのイケメン鑑賞。
ちょうどリヒトが長剣で素振りをしていると、カインがやってきて、二人で打ち合いを始めている。
いける……この世界で私生きていけるかも。
弁当をつつきながら、ちょっと日本のことを思い出す。
お父さんとお母さん、心配してるかな。
きっと忍は心配しているかな。
なぜかお小言しか言われないような気がする。
でも、こんな妹いなくなってせいせいしているかも。
あの優秀美形家族にとって、私は汚点みたいだしな……。
いずみ師匠も全然連絡できなかったし。
ちょっとしんみりして、目に涙が溢れてきそうだった。
「お、おい、だいじょぶか? 卵焼きが落っこちるぞ」
はっと顔を上げると、そこにはまだ少年らしさを残す笑顔のイケメンオヤジ、ヴァン団長がいた。
もうお昼休みになるらしい。でも、まだ肝心の団長が休まないのでまだ騎士団のメンバーは稽古を続けてる。
「あ、ヴァン団長。お疲れ様です」
泣きそうになっていたのをバレるのが嫌で、にっこりと笑みを浮かべた。
何気にヴァンが困った顔をしたような気がした。
「あーー、今日も美味しそうなものくってるな」
「あ、団長も食べます? 一応、そういうと思って、団長の分も作ってもらいましたよ」
オヤジなんだか少年なんだかわかんないピュアなヴァン団長はいつものことながら、ちょっと頬をあからめ、差し出された弁当を受け取る。
「ありがとうな……気がきくな、お前は……」
いい笑顔だ。
早く嫁さんを見つけてあげたい。
「いつも悪いな。おまえの弁当はちょっと食堂のとは違うよな?」
照れてるのか短いその髪を掻く。
「ふふふ。そうですよ。これはカナスペシャルです。厨房のおじさんとおばさんと……そして、私の愛がこもってるんですよ!」
いうと、
ごほっ ごほっ!!!!
ご飯を口にいれたヴァン団長が咳き込んだ。
「もう!汚いですね。いい歳なんだから、食べ物を喉につまらせないでくださいよ」
「お前が愛とか、ふざけたこというから……おい、お前は俺を何だと思っているんだ!」
「いやいや、グレンビィア王国のエリート軍団、騎士団のトップ、総大将、団長さまですよ!」
と口をとがらせていい、残りの卵焼きを口にほうばった。
しょうがないといった顔しながら、団長は弁当片手に、残りの騎士団に向かって手を上げる。
それを見た騎士の見習いのものが、鐘のようなものを鳴らし、お昼休みになったことを告げた。
ぞろぞろと騎士団のみんなは食堂やらとかに消えていった。
しかし今、目の前にはあのカレンダーメンバーのカイン、リヒトがいる。
エリスは見習いの為にいない。片付けなどに忙しいみたいだ。
「お、ちびっ子。今日も美味しそうな弁当だな。」
「カイン、女性に対して、そういう言い方はいささか失礼じゃないか?」
「リヒト様。大丈夫です。カイン様はいつもこんな感じですからね。だから、お弁当もありませんよ。もうちょっと騎士らしくなったら、お弁当を持ってきてあげます」
「ええ! どういうことだよ。弁当ないの? 団長だけ、ずりーよ」
「???」
カインもリヒトもちょっと悲しそうだ。
そうです。最近、あのカレンダーに載るのをいやがった二人を買収するため、弁当で懐柔したんです。
でも、今日は弁当はありません。
「こほんっ、あのですね。お二人さん。ここ最近、二人とも怠けておりますよ」
じろっとイケメン男子を睨みつける。
カナ暦的三年で、ずいぶん三次元の男子に慣れてきた。
「リヒト様。今日の剣の使い方。あれは素人眼にもちょっと構えからしていつもと違います。あきらかに手をぬいてますね。しかも!なんか気が散っていましたし」
長年イケメン観察している腐女子の目はごまかせないですよ。
カナがきらりとその腐女子の眼光を光らせる。
驚愕するリヒト!!!
「そして、カイン様! いくら弓の名手であっても、剣術をおろそかにしてはいけません。ここ数日、短剣の扱いが鈍いです」
唖然とするカイン。
「お二人とも、なにか生活が乱れているのではないのですか? わたしにはよくわかりませんが……そのよく我が兄が二日酔いとか……(主に女性)問題を抱えたときなど注意散漫になっていましたが、大変! 似ております。ですから! この国の盾である騎士団である貴方達には心を入れ替えていただきたいですね」
男三人……口を開けている。
「で す か ら……お弁当はございません。はやく食堂にいってお召し上がりください。なくなってしまいますよ。 本日のスペシャルメニュー……」
一瞬の沈黙の後、突然笑い声が響いた。
「わははははは! これは一本とられたな。リヒト、カイン。俺さえもお前たちの調子をどうかなっと思っていたが、こんな少女に見破られるとは……」
ヴァン団長がお腹をかかえて、笑っている。
「おい、お前ら。カナ様がそう言っているんだ。明日からお弁当をまたもらえるように、午後の演習がんばれ。そのまえに食堂で飯くってこい!」
「「は、はっ、はい……」」
ふたりとも呆然としながらも、走って食堂の方に向かっていった。
リヒトは驚いた。最近、カナが気になってしょうがないのだ。
団長とふたりで話しているのを見て、気が散漫になってしまった。
しかも、最近、侯爵家の親からの縁談話やら、侍女の数名からよくわからない恋文をもらい、頭を悩ませていた。リヒトは侯爵家の長男であり、跡取りでもある。だから、毎晩ちょっと、もやもやして深酒になっていた。
それをカナに見破られたのかと思って、男として恥ずかしくなった。
カインも驚いた。カインは男爵家の次男であり、身分的にはかなり低い。継げる領土もなければ、財も少ない。だから、実力勝負のこの騎士団はかなりカインにとって心地いいものだった。
だが、最近三大公爵家の一つ、マイヤール家から縁談話が来ていた。
どう考えても自分とは釣り合うものでもないし、相手に会ったこともなかった。
公爵令嬢だ。断っていいものかどうか悩んでいた。
それを見透かされたのだ。
二人は走りながら、各々の悩みをさらに認識せざる得なかった。
ヴァン団長はもぐもぐとお弁当を口に頬張りながら、カナの隣で話した。
「まあ、あいつらも若い。いろいろ悩むこともあるだろう。次は悪いが、あいつらにもお弁当を持ってきてやってくれよ。毎回とは言わないが、あれでもかなり傷心していると思う」
「ああ、はい。団長に言われるとちょっと悪い気がしてきました」
「……いいんだ。お前が悪いわけではない。気が入らないあいつらが悪いんだ。あれ、まてよ。俺はあいつらの団長であるから……統率がとれない俺も悪いか……これはまずったな」
「ふふふっ。団長のせいかもしれませんね。なんたって最強の騎士ですもんね。背中で語れるし……」
ぼっとまた団長の顔が赤くなる。
「お、おい、おまえ、年長者をからかうな。フェリス殿下に言いつけるぞ」
「え、フェリス殿下。知ってますよ。いろいろ報告しているみたいですね。殿下に。私のこと」
「くっ、あ、当たり前ではないか。 おまえの身元を預かっているんだ。殿下から直々にな」
「え、でもヴァン団長、何動揺してんですか?」
五月蝿いなっとヴァンに嗜められる。
ヴァン団長は、私が舞姫の可能性があることも知っているし、王子の印ももらっていることも知っている。
気さくに喋れる数少ない人だった。
「あ、そうだ。ヴァン団長。カレンダーできたんですよ。見ます? あーー、カイン様とリヒト様に見せるの忘れちゃった。残念」
もそもそと、持っていたバックの中から、丸めていたカレンダーを出す。
じゃーーーん!
ヴァン団長の背中と横顔が凛々しく描かれているページを見せる。
「………」
団長から言葉がない。どうしよう。怒っちゃった?
「だ……だん……団長? だめでした? すごいかっこいいでしょ? 最強のイケメン騎士に描いてもらったんですよ」
ーえ、眉間にしわがよってる! やっぱ怒っているの?
「団長ね、この背中! セクシーでしょう。みんなこの筋肉隆々の背中で侍女たち、倒れるよ。よだれもの……いやいや……熱い視線をもらえるよ」
ーまだまだ無言だ。やばい。
「この団長の緑の切れ長目。美しいでしょう! こんな目の騎士なかなかいないよ。明るい金色の短髪にぴったりあってるし、しかも騎士団の団長で、最強なんだから」
ーまだ無言だ。何気に肩が震えてる!!!
もうヤケだ。
「絵師のマリウスさんに私からの団長のイメージを伝えて、きっちり写生してもらったんだよ。こんな素敵な団長は他の国でもいないと思うよ。みんな女の子は悶絶死だよ」
「この胸板! 筋肉女子なら喜ぶでしょう!」
「女子悶絶!この色気男!」
もうしょうがないから、団長からカレンダーを奪って凝視しながら、いっぱい褒めまくった。
そして、あまりにも無口な団長が心配で、ちょっと横目に盗み見たら、ヴァン団長が真っ赤なゆでたこになっていた!
「も、もう……わ、わかった。もうやめてくれ」
ーもう怒らない???
「………おお、お、お前、俺に・・一体何をさせたいんだ!」
ーえ???
「これは新手の拷問なのか?」
ーいやいや、ちがいます。カレンダーです。
(いや、これはフェリス殿下の嫌がらせかもしれないな。いつも一緒にいるから……あの方はヤキモチを妬かせて、おれを試させているのか?)
見た目十五歳、現在十八才のいたいけな腐女子に猛烈に褒めまくられて、完全にやられてしまった三十歳の背中で語れる男の中の男、ヴァン団長であった。
今まで苦しい戦闘を数々こなしてきた団長であったが、こんなちがった困難な状態は初めてだ。
大きく息を吸って吐き、気持ちを入れ替えた。
「これはカナのイメージなのか? 俺に対する?」
「うん! そうだよ。団長かっこいいし」
素直に認めると、純情少年30歳の団長を両手で顔を覆った。
首まで赤い。
「そ、そっか。かっこよく描いてくれてありがとな。おまえにこんな風に思って見てもらえてるとは、ものすごい光栄だな」
手をようやくはずすと、まだ赤みがのこる頬をみせながら、やさしくカナを見つめた。
そのゴツゴツとした、今までの戦歴を表す傷がついた大きな手が、カナの頬を触るかと思いきや、急にカナの頭をガシガシと撫でた。
ちょっと嬉しくなるカナがいた。
ヴァンに喜んで欲しかったのだ……。
カナの笑顔がヴァンをドキッとさせる。
しかし、それもつかの間、カナの爆弾発言で彼をまた急降下させる。
「だからね。このカレンダーみんなに配るようにするから……ヴァン団長! もうすぐモテモテなるから、はやく結婚相手みつかるといいね」
「………なんでだ!」
悶絶したのは団長でした。
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