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腐女子に異変

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 とある郊外のちょっと立派めな一戸建ての一室で、とても女子力にかける残念な15歳の腐女子が悶絶していた。
 町家カナ。15歳。

 趣味はBLゲーム、つまり、イケメン同士がいちゃいちゃしあうものが好きだった。
 イケメンの主に観察と鑑賞。現実逃避大好きの3次元恋愛なんてありえないと思っている、ごくごく普通の中学3年生。

 海外勤務が多い共働きの両親は不在がちだった。
 美しくある架空の男子と完全に自分の存在を隔離することで、彼女の趣味は成り立っていた。
 もし、その美丈夫たちが仮にカナに話しかけてきたとしても、カナの特技、早足ムーンウォークで立ち去る自信が、本人にはあった。

 また、カナには、イケメン観察の秘技、『見ていないけど、ガッツリ見る』がある。まるで視線は上の空っぽいのに、思いっきり観察できるという凄技だ。そんなカナではあるが、外見は今時には、めずらしい黒髪のおさげに、黒縁めがね。前髪は眉毛のところでバッサリと切られている。

 このカナの地味な姿は、完璧美男子、兄の忍の存在によるところが多かった。

 町家忍。5歳上の兄。20歳。 

 見た目は実際の年よりはるかに落ち着いて見えた。同じ日本人のはずなのに、ちょっとハーフに見える明るい栗色の髪。中肉中背。空手からテニス、サーフィンまでスポーツを難なくこなし、成績もかなり優秀。

 その薄い色素の髪の間から優しげな瞳。これが他人なら、カナは一瞬で逃げ去っていたと思う。なぜなら、彼は3次元の生き物だからだ。

 5歳年上の忍の姿はどうDNAが働いたのか、それこそ神のみぞ知るっとカナは思うのだか、小さい頃から彼は天使だ、神童、王子だとか騒がれ続けてきた。 
 バレンタインに送られてくる恐ろしいほどのチョコの数。自宅の前を何度も不審な女子がうろうろする。ギロっとにらまれるカナ。

(はいはい、、違いますよ。妹です。家に入らせてください。通りますんで、睨まないでくだいねーー。)

 全く、誉高き、出来過ぎる兄を持つとマジ困るっとカナは、ため息まじりに思っていた。

 知らない下級生やら上級生、しまいには近所の人までに「え、忍さんの妹さんなんですか?」と呼び止められ、げっとした様子で驚かれる日々。

 今日も学校帰りに知らない男子学生に呼び出された。
 校舎の裏での呼び出しだった。
 見覚えがある男子学生だった。
 あれ、この人、確かバスケ部で超人気の先輩だよね……と、ふっと思う。
 正直、逃げ出そうかと思ったが、彼の震えている手が見えて、気が変わる。
 多少、三次元に生きなくては……と考えた。
 震える声で、 そのイケメン男子学生が叫んだ。

 「お前、本当に、あの忍の妹なのかよ!!」

 またか、と思いながら、深くため息をついた。
 男子学生の呼び出しだったから、気を抜いていた。
 女子の呼び出しは、大抵、忍絡みだった。
 例え5歳離れていようが、忍の噂をどっかで聞いてきた女子生徒が、忍さんの連絡先を教えて欲しいとか、迫ってくるのだ。

 「悪かったわね。そうよ、妹よ。だけど、連絡先ぐらいは自分で調べてね」

 啖呵を切って背を向けながら走り去るカナ。それ対して、唖然とする相手。
 何かそのあと、叫んでいたけど、無視した。

 くっそ、また忍のせいでゲームをやる時間が、あの男子学生の呼び出しで削減されてしまった。
 イライラしながら、カナは走って帰路についた。

 数々の女子が忍のその見た目に騙されてた。
 家族だけが知っているのだか、かなり残念なイケメン兄なのだ。

 「カナちゃん、今日もまた宿題しないで、ゲームばっかりするんでしょ。ちゃんと宿題して、お肌の手入れしないとだめよ。早く手を洗いなさい!」

 注、これは母からの言葉ではない。

 もちろん、兄の忍からの言葉だ。

 研究員として世界を飛び回っている父と母はかなり家を空けることが多い。 そんなわけで、このお姉系兄が家を切り盛りしている。こんな兄でも大学では、がんばって男子としてやっているらしかった。

 「もうね。大学だと男ばっかりで、なんかいやよ。(注、カナのツッコミ→あんたも男だろ)男臭くて、たまんない。カナちゃんみたいに、爽やかな石鹸の匂いだと、なんだか、ふわっとして、いやされる~」

 ん……対応にこまる。どっかいってくれ。

 「カナちゃん、今日はオムライスだからね。お風呂早く入って、一緒に食べよ」
 「忍、どっかいって。あとで食べる」
 「もう、カナちゃんたら、ツンデレなんだから」

 (完全に使い方が間違っている。デレがないから、私。それよりもツンもないかも)

 「あ、忍、また女の子なんか出待ちしていたよ。怖いから!」

 家の前にうろうろしている女子がいたから、一応、兄に報告する。

 「うーん、ごめんね。なんか……あとで、帰るように説得するわ……」

 「本当だよ。かなり迷惑! そうだ、今日なんか知らない男子学生に呼び出されて、腕を掴まれて、『お前、忍の妹なのか』なんて、言われちゃった。もしかして、忍、男からも狙われている? 」

 いきなり、るんるんとオムライスの材料を切っていた忍の手が止まる。
 包丁をカタンっと、まな板の上に置き、ソファで漫画を読んでいたカナに近寄ってきた。

 「……何それ、誰なの? そいつ」
 「え? 知らないよ。でも、バスケ部の人気がある先輩らしいよ。名前は知らない……3次元だし」
 
 忍が急に肩を掴んできた。

 「カナちゃん、何言われたの?  まさか! 言い寄られたとか?」
 「? えっ、忍、頭、大丈夫? 言われるも何も、忍の連絡先とか知りたそうだったから、自分で調べろって言っといた」

 ふーーっと、深いため息を忍がついた。
 カナは、本当に、男からもモテるのが嫌なんだと、忍の態度から理解した。

 「カナちゃん、僕がカナちゃんの面倒は一生見るから……。望みはなんでも叶える、心配しないで……」
 
  忍がそのキラキラした目を輝かせて、カナを見つめた。

 「な、ひ、ひどい、忍。わ、私が腐女子だからと言って、老後の世話までは頼まないわよ!!」

 もう、着替えるっと言って部屋に行く。それでも、部屋まで入ろうとする忍をドアの方へ押しやる。

 「オムライス、出来たら呼ぶからね!」
と言われる。

 悔しいが忍の作るオムライスは、結構美味しい。

 「うん、わかった。だけど、今は一人にして!」と言って、無理やり彼をドアの向こうに追いやった。

 なぜなら、先月からお小遣いを貯めてやっと手にいれた、今BLゲーで、大人気の18R【愛の果てグレンビィア王国~男たちの果てしなき愛欲】のクライマックのイベントに手をつけ始めたかったからだ。

 「あーー、もしかして今日はいい予感がする」

 今日も近くのモールの特売で買ってきた、女子力にかなり欠けるグレーのスウェット上下980円に着替えたカナは、ベットの上で大きく手足を伸ばし、これから一戦を迎え撃つような真剣な表情で、小型ゲーム機のディスプレイを覗き込んだ。

 「あぁーー、やっぱり。 やったぁーーー!フェリスさま」

 携帯の画面にカナを釘付けするのは、熱い王子のキスと甘い視線。

 【ケヴィン、もうお前を放してやることはできない】
 
 熱く口づけを交わす二人。

 【ん、、、、んっ、、、くわっ】
 
 色気ただよう美丈夫の二人。迸る汗。
 前回、家令のケヴィンのルートを制覇してから、やっとこの王子のルートが開かれた。

 うつくしーーーい。拝顔。

 「もう、最高。悶絶系。えーーーと、さっそくいずみ師匠に連絡しなきゃ。フェリス&ケヴィンルート攻略だぞ」

 さっそく有志、ネットで去年から知り合いになったハンドルネーム、いずみっちにメッセージを送る。学校では語りきれないBLゲームの熱い思いを思い切って話せる相手だ。勝手に、カナがゲーム経験豊富ないずみっちを師匠と呼んでいるのだ。

 『いずみ師匠。やったよ。フェリス完落ち。ケヴィンから攻めていったら、やっぱり当たりだったーー!』

 あーー、やっぱり2次元はいいね。技発動しなくてもがっつり観られるし。スチルをニマニマと鑑賞する。攻めのケヴィンに受けのフェリスね。

 いける。

 ご飯3膳。

 もし願いが叶うなら、BLゲームの世界にがっつり転生したいな。参加はもちろんしたくないから、鑑賞できる侍女役であればうれしい。でも、現実だとやっぱりちょっと怖いかも。妄想の世界だから、堪能できるんだよね……。

 最近の異世界ゲーム転生ものを読みすぎて、もう願望まで異世界的なカナであった。
 しばらくすると、ゲーム機の友達の通信のライトが光る。IDがいずみっちと表示される。

 『おーー、やりましたか。ついに。美しいよね、ふたりの絡み。頑張りましたね。カナちゃん。でもね、実はまだ、それがエンドじゃないんですよ。実は、隠れエンドが*****』

 あれ、いずみ師匠のテキスト最後が文字化けしている。

 『いずみ師匠。最後が文字化けしていて読めません。なんですか、隠されているエンドって……』
 『えっとね、隠しエンドとは、、隠しキャラが*******で……』

 また文字化けしている……と思った。

 え、隠しキャラがなんなの! と、思った瞬間、持っていたゲーム機が熱くなり、白くまぶしい光を放ち出す。

 手に持ってることが出来ずに、カナがゲーム機本体を落としてしまう。
 床に落ちたゲーム機からの発光物体は大きくなり続け、世界は白く光りに包まれた。
 風が唸りだし、空間が歪みだす。

 その空気の歪みのようなものに体が巻き込まれる。
 遠くで誰かの声が聞こえた。

「あ り え な いぃ~~~」

 同意だよ。激しく同意したい!
 ありえないよ。 
 それと同時に私の意識が、そのうずまく中にぷっつりと消えた。


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