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数週間後。
わたしはぐったりとソファに座り込んでいた。オクトール様は、少し心配したような、呆れたような、そんな表情をしていた。呆れたように見えるのは、わたしの主観かもしれないが。
オクトール様に呼び出されて行けば、求婚の話が減った、という喜ばしい報告をしてくれたのだが、話はそれで終わらなかった。
どうやら、わたしが平民に変装して下町に通っていたのがバレたらしいのだ。どこで見られていたんだろう。全然気が付かなかった。
ただ、カリスがあの辺りの出身であるように、どこかの屋敷の使用人が、たまたま同じ出身で、家に帰っていたとか、あるいは、おつかいで買い物に来ていた使用人がわたしを見かけて気が付いたとか、考えられる可能性は一応、いろいろとある。
変装していたから気が付かれないだろう、というのはわたしとカリスの思い込みだったようだ。
わたしが平民に変装してまでオクトール様のためのレシピを探していた、という噂は一気に広まり、結果として、そこまでの行動はできない、あるいは娘にさせられない、という認識が広まり、結果として第二夫人、第三夫人の婚約話が激減したという。
この世界は割とゆるいので、平民と貴族が仲良くしたところでがみがみ怒られるような世界ではないが、夜会等で平民と話したり、平民を友人として家に招くのと、平民に変装して街に出るのでは、天と地の差があるらしい。
わたしの感覚からしたら、どれもそんなに変わらないでしょ、と思うのだが、平民として行く、ということは護衛がつけにくい、ということだ、と両親に怒られてわたしはようやく気が付いた。
わたしがカリスを一緒に連れて行ったように、誰かといることは不自然ではないが、令嬢の護衛に女性一人では心もとないし、かといって男を連れ歩けば変な噂が立つ。なまじ、爵位と生まれた順番によっては平民とも結婚できてしまう世界なので。
かといって、複数人連れ歩けば平民としてまぎれるには限界がある。故に、お忍びで、平民として街に遊びに行けるのは、基本的に男だけなのだと、後から教えられた。
カリスもわたしも知らなかったのだが、本当に危険なことをしていたんだな、と教えられてから気が付いた。
「とある筋、と君が誤魔化していたから、平民なんだろうとは思っていたけど、まさか君が直接足を運んでいたとは思わなかった」
「わたしもこんな噂が立つようなことだとは思いませんでしたわ……」
「次はもうやめてくれ」とオクトール様に言われて、わたしはうなずくしかない。本当は平民の家庭料理のレシピがもっと欲しいから、余裕があればまたロネさんのところに行こうかな、と思っていたが、わたしの行動が周りからどう見えるのか知ってしまえば、もう行きにくい。欲しくなったらカリスに頼むしかない。
「それで? 今日はその話をするためだけに呼びましたの?」
結婚式まで結構かつかつなスケジュール。とはいえ、彼に会えるのは嬉しいし、オクトール様との勉強会をするくらいの余裕は作っているから、別に迷惑、というわけではない。
ただ、呼び出しがあまりにも級だったので、なにか、もっと重要な話だと思ったのだ。それこそ、こんな世間話の延長みたいなことだけなら、次の勉強会のときに話してくれればいいし。
しかし、オクトール様は首を横に振った。
「いいや、本題はこれじゃない。――……ベルメ、実は、例の魔法道具の申請が通ったんだ」
オクトール様は、至極、真剣な表情でそう言った。
わたしはぐったりとソファに座り込んでいた。オクトール様は、少し心配したような、呆れたような、そんな表情をしていた。呆れたように見えるのは、わたしの主観かもしれないが。
オクトール様に呼び出されて行けば、求婚の話が減った、という喜ばしい報告をしてくれたのだが、話はそれで終わらなかった。
どうやら、わたしが平民に変装して下町に通っていたのがバレたらしいのだ。どこで見られていたんだろう。全然気が付かなかった。
ただ、カリスがあの辺りの出身であるように、どこかの屋敷の使用人が、たまたま同じ出身で、家に帰っていたとか、あるいは、おつかいで買い物に来ていた使用人がわたしを見かけて気が付いたとか、考えられる可能性は一応、いろいろとある。
変装していたから気が付かれないだろう、というのはわたしとカリスの思い込みだったようだ。
わたしが平民に変装してまでオクトール様のためのレシピを探していた、という噂は一気に広まり、結果として、そこまでの行動はできない、あるいは娘にさせられない、という認識が広まり、結果として第二夫人、第三夫人の婚約話が激減したという。
この世界は割とゆるいので、平民と貴族が仲良くしたところでがみがみ怒られるような世界ではないが、夜会等で平民と話したり、平民を友人として家に招くのと、平民に変装して街に出るのでは、天と地の差があるらしい。
わたしの感覚からしたら、どれもそんなに変わらないでしょ、と思うのだが、平民として行く、ということは護衛がつけにくい、ということだ、と両親に怒られてわたしはようやく気が付いた。
わたしがカリスを一緒に連れて行ったように、誰かといることは不自然ではないが、令嬢の護衛に女性一人では心もとないし、かといって男を連れ歩けば変な噂が立つ。なまじ、爵位と生まれた順番によっては平民とも結婚できてしまう世界なので。
かといって、複数人連れ歩けば平民としてまぎれるには限界がある。故に、お忍びで、平民として街に遊びに行けるのは、基本的に男だけなのだと、後から教えられた。
カリスもわたしも知らなかったのだが、本当に危険なことをしていたんだな、と教えられてから気が付いた。
「とある筋、と君が誤魔化していたから、平民なんだろうとは思っていたけど、まさか君が直接足を運んでいたとは思わなかった」
「わたしもこんな噂が立つようなことだとは思いませんでしたわ……」
「次はもうやめてくれ」とオクトール様に言われて、わたしはうなずくしかない。本当は平民の家庭料理のレシピがもっと欲しいから、余裕があればまたロネさんのところに行こうかな、と思っていたが、わたしの行動が周りからどう見えるのか知ってしまえば、もう行きにくい。欲しくなったらカリスに頼むしかない。
「それで? 今日はその話をするためだけに呼びましたの?」
結婚式まで結構かつかつなスケジュール。とはいえ、彼に会えるのは嬉しいし、オクトール様との勉強会をするくらいの余裕は作っているから、別に迷惑、というわけではない。
ただ、呼び出しがあまりにも級だったので、なにか、もっと重要な話だと思ったのだ。それこそ、こんな世間話の延長みたいなことだけなら、次の勉強会のときに話してくれればいいし。
しかし、オクトール様は首を横に振った。
「いいや、本題はこれじゃない。――……ベルメ、実は、例の魔法道具の申請が通ったんだ」
オクトール様は、至極、真剣な表情でそう言った。
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