108 / 111
108
しおりを挟む
数週間後。
わたしはぐったりとソファに座り込んでいた。オクトール様は、少し心配したような、呆れたような、そんな表情をしていた。呆れたように見えるのは、わたしの主観かもしれないが。
オクトール様に呼び出されて行けば、求婚の話が減った、という喜ばしい報告をしてくれたのだが、話はそれで終わらなかった。
どうやら、わたしが平民に変装して下町に通っていたのがバレたらしいのだ。どこで見られていたんだろう。全然気が付かなかった。
ただ、カリスがあの辺りの出身であるように、どこかの屋敷の使用人が、たまたま同じ出身で、家に帰っていたとか、あるいは、おつかいで買い物に来ていた使用人がわたしを見かけて気が付いたとか、考えられる可能性は一応、いろいろとある。
変装していたから気が付かれないだろう、というのはわたしとカリスの思い込みだったようだ。
わたしが平民に変装してまでオクトール様のためのレシピを探していた、という噂は一気に広まり、結果として、そこまでの行動はできない、あるいは娘にさせられない、という認識が広まり、結果として第二夫人、第三夫人の婚約話が激減したという。
この世界は割とゆるいので、平民と貴族が仲良くしたところでがみがみ怒られるような世界ではないが、夜会等で平民と話したり、平民を友人として家に招くのと、平民に変装して街に出るのでは、天と地の差があるらしい。
わたしの感覚からしたら、どれもそんなに変わらないでしょ、と思うのだが、平民として行く、ということは護衛がつけにくい、ということだ、と両親に怒られてわたしはようやく気が付いた。
わたしがカリスを一緒に連れて行ったように、誰かといることは不自然ではないが、令嬢の護衛に女性一人では心もとないし、かといって男を連れ歩けば変な噂が立つ。なまじ、爵位と生まれた順番によっては平民とも結婚できてしまう世界なので。
かといって、複数人連れ歩けば平民としてまぎれるには限界がある。故に、お忍びで、平民として街に遊びに行けるのは、基本的に男だけなのだと、後から教えられた。
カリスもわたしも知らなかったのだが、本当に危険なことをしていたんだな、と教えられてから気が付いた。
「とある筋、と君が誤魔化していたから、平民なんだろうとは思っていたけど、まさか君が直接足を運んでいたとは思わなかった」
「わたしもこんな噂が立つようなことだとは思いませんでしたわ……」
「次はもうやめてくれ」とオクトール様に言われて、わたしはうなずくしかない。本当は平民の家庭料理のレシピがもっと欲しいから、余裕があればまたロネさんのところに行こうかな、と思っていたが、わたしの行動が周りからどう見えるのか知ってしまえば、もう行きにくい。欲しくなったらカリスに頼むしかない。
「それで? 今日はその話をするためだけに呼びましたの?」
結婚式まで結構かつかつなスケジュール。とはいえ、彼に会えるのは嬉しいし、オクトール様との勉強会をするくらいの余裕は作っているから、別に迷惑、というわけではない。
ただ、呼び出しがあまりにも級だったので、なにか、もっと重要な話だと思ったのだ。それこそ、こんな世間話の延長みたいなことだけなら、次の勉強会のときに話してくれればいいし。
しかし、オクトール様は首を横に振った。
「いいや、本題はこれじゃない。――……ベルメ、実は、例の魔法道具の申請が通ったんだ」
オクトール様は、至極、真剣な表情でそう言った。
わたしはぐったりとソファに座り込んでいた。オクトール様は、少し心配したような、呆れたような、そんな表情をしていた。呆れたように見えるのは、わたしの主観かもしれないが。
オクトール様に呼び出されて行けば、求婚の話が減った、という喜ばしい報告をしてくれたのだが、話はそれで終わらなかった。
どうやら、わたしが平民に変装して下町に通っていたのがバレたらしいのだ。どこで見られていたんだろう。全然気が付かなかった。
ただ、カリスがあの辺りの出身であるように、どこかの屋敷の使用人が、たまたま同じ出身で、家に帰っていたとか、あるいは、おつかいで買い物に来ていた使用人がわたしを見かけて気が付いたとか、考えられる可能性は一応、いろいろとある。
変装していたから気が付かれないだろう、というのはわたしとカリスの思い込みだったようだ。
わたしが平民に変装してまでオクトール様のためのレシピを探していた、という噂は一気に広まり、結果として、そこまでの行動はできない、あるいは娘にさせられない、という認識が広まり、結果として第二夫人、第三夫人の婚約話が激減したという。
この世界は割とゆるいので、平民と貴族が仲良くしたところでがみがみ怒られるような世界ではないが、夜会等で平民と話したり、平民を友人として家に招くのと、平民に変装して街に出るのでは、天と地の差があるらしい。
わたしの感覚からしたら、どれもそんなに変わらないでしょ、と思うのだが、平民として行く、ということは護衛がつけにくい、ということだ、と両親に怒られてわたしはようやく気が付いた。
わたしがカリスを一緒に連れて行ったように、誰かといることは不自然ではないが、令嬢の護衛に女性一人では心もとないし、かといって男を連れ歩けば変な噂が立つ。なまじ、爵位と生まれた順番によっては平民とも結婚できてしまう世界なので。
かといって、複数人連れ歩けば平民としてまぎれるには限界がある。故に、お忍びで、平民として街に遊びに行けるのは、基本的に男だけなのだと、後から教えられた。
カリスもわたしも知らなかったのだが、本当に危険なことをしていたんだな、と教えられてから気が付いた。
「とある筋、と君が誤魔化していたから、平民なんだろうとは思っていたけど、まさか君が直接足を運んでいたとは思わなかった」
「わたしもこんな噂が立つようなことだとは思いませんでしたわ……」
「次はもうやめてくれ」とオクトール様に言われて、わたしはうなずくしかない。本当は平民の家庭料理のレシピがもっと欲しいから、余裕があればまたロネさんのところに行こうかな、と思っていたが、わたしの行動が周りからどう見えるのか知ってしまえば、もう行きにくい。欲しくなったらカリスに頼むしかない。
「それで? 今日はその話をするためだけに呼びましたの?」
結婚式まで結構かつかつなスケジュール。とはいえ、彼に会えるのは嬉しいし、オクトール様との勉強会をするくらいの余裕は作っているから、別に迷惑、というわけではない。
ただ、呼び出しがあまりにも級だったので、なにか、もっと重要な話だと思ったのだ。それこそ、こんな世間話の延長みたいなことだけなら、次の勉強会のときに話してくれればいいし。
しかし、オクトール様は首を横に振った。
「いいや、本題はこれじゃない。――……ベルメ、実は、例の魔法道具の申請が通ったんだ」
オクトール様は、至極、真剣な表情でそう言った。
0
お気に入りに追加
387
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

なにをおっしゃいますやら
基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。
エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。
微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。
エブリシアは苦笑した。
今日までなのだから。
今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。

公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

皆さん、覚悟してくださいね?
柚木ゆず
恋愛
わたしをイジメて、泣く姿を愉しんでいた皆さんへ。
さきほど偶然前世の記憶が蘇り、何もできずに怯えているわたしは居なくなったんですよ。
……覚悟してね? これから『あたし』がたっぷり、お礼をさせてもらうから。
※体調不良の影響でお返事ができないため、日曜日ごろ(24日ごろ)まで感想欄を閉じております。

彼女がいなくなった6年後の話
こん
恋愛
今日は、彼女が死んでから6年目である。
彼女は、しがない男爵令嬢だった。薄い桃色でサラサラの髪、端正な顔にある2つのアーモンド色のキラキラと光る瞳には誰もが惹かれ、それは私も例外では無かった。
彼女の墓の前で、一通り遺書を読んで立ち上がる。
「今日で貴方が死んでから6年が経ったの。遺書に何を書いたか忘れたのかもしれないから、読み上げるわ。悪く思わないで」
何回も読んで覚えてしまった遺書の最後を一息で言う。
「「必ず、貴方に会いに帰るから。1人にしないって約束、私は破らない。」」
突然、私の声と共に知らない誰かの声がした。驚いて声の方を振り向く。そこには、見たことのない男性が立っていた。
※ガールズラブの要素は殆どありませんが、念の為入れています。最終的には男女です!
※なろう様にも掲載

ある辺境伯の後悔
だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。
父親似だが目元が妻によく似た長女と
目元は自分譲りだが母親似の長男。
愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。
愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

存在感と取り柄のない私のことを必要ないと思っている人は、母だけではないはずです。でも、兄たちに大事にされているのに気づきませんでした
珠宮さくら
恋愛
伯爵家に生まれた5人兄弟の真ん中に生まれたルクレツィア・オルランディ。彼女は、存在感と取り柄がないことが悩みの女の子だった。
そんなルクレツィアを必要ないと思っているのは母だけで、父と他の兄弟姉妹は全くそんなことを思っていないのを勘違いして、すれ違い続けることになるとは、誰も思いもしなかった。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる