上 下
9 / 114

09

しおりを挟む
「まあ、その意見には同意するが」

 兄上、と呼ばれた男は、意外にもシオンハイトの言葉に賛同していた。というか、兄上、ということは、第二王子か第三王子のどちらかなのか。王太子である第一王子は国王になるため、配偶者は獣人でないといけないはずなのに。

「『異能』があるから、とタカをくくって我々に戦争を挑み、それでいて劣勢になったらこうして娘を差し出して停戦を乞うのだからな。実に人間は『可愛い』よ」

 ……成程。愚かで可愛い、ということか。
 一瞬でも、獣人が、意外と人間に好意的なのだろうかと勘違いした自分が恥ずかしい。

 シオンハイトがその言葉に同意することはなかったけれど……でも、この戦争、人間側から仕掛けたのか。
 確かに、人間の女、極まれに男は『異能』を持つ。『異能』を持たない獣人を支配できるはず、と考えるのも無理はないだろう。

 でも、それで実質負けているのだから、なんと愚かなことか。そりゃあ、馬鹿にしたくもなる。
 勝てば官軍、とまでは言わないけれど、力に溺れた者の末路でしかない。
 お母様の口ぶりからしたら、戦力は拮抗しているように感じたけれど、こうして二人の会話を聞く限り、人間サイドは劣勢だったんだろう。

 二人がわたしの狸寝入りに気が付いて、嘘の情報を吹き込んでいるとも考えられるけど……。でも、少なくともお母様の話よりは信用できる気がする。だってあのお母様だし……。

「どう『可愛がる』かはお前の自由だが、殺すことだけはしないようにしろよ。一応は停戦の証としての嫁なんだから。反抗するような『異能』ではないんだろう?」

 男の言葉に、「……知りません」と苦しそうに応えるシオンハイトの声がした。

「驚いた。本当に警戒心の強い女だな。それとも人間って、本来はそういうものなのか?」

 目をつむったままなので、男の顔を見ることはできない。でも、きっと、呆れた表情をしているに違いない。声を聞けば、簡単に想像がついた。

「どうせお前の嫁もたいした能力じゃないだろうがな」

 おっしゃる通りです。役に立たないハズレ『異能』です。わたしは心の中で、そっと男に同意した。

「……それは、分かりませんよ」

 しかし、シオンハイトは、何故か反論する。やめて、ハードルを上げないで。
 異能を話しても殺されないのかもしれないけれど、別の意味で余計に話せなくなってしまった。
 ……シオンハイトも、わたしのことなんか、かばわなくてもいいのに。それとも、自分の嫁がハズレ『異能』持ち、だと認めたくないのかな。

 ああ、考えすぎて疲れてきた。人を疑う悪癖が年々酷くなっている。
 前世では、こんなにも他人を信用できないことはなかった。それだけ、なんだかんだ言っても前世は平和な国だった、ということだ。

「……まあ、いい。書類は確かに受け取った。俺はこれで失礼する」

 男がそう言った少しあと、扉が開閉される音が聞こえてきた。
 ……出て行ったのかな。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません

嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。 人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。 転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。 せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。 少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます

刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。

ちょっと不運な私を助けてくれた騎士様が溺愛してきます

五珠 izumi
恋愛
城の下働きとして働いていた私。 ある日、開かれた姫様達のお見合いパーティー会場に何故か魔獣が現れて、運悪く通りかかった私は切られてしまった。 ああ、死んだな、そう思った私の目に見えるのは、私を助けようと手を伸ばす銀髪の美少年だった。 竜獣人の美少年に溺愛されるちょっと不運な女の子のお話。 *魔獣、獣人、魔法など、何でもありの世界です。 *お気に入り登録、しおり等、ありがとうございます。 *本編は完結しています。  番外編は不定期になります。  次話を投稿する迄、完結設定にさせていただきます。

秘密の多い令嬢は幸せになりたい

完菜
恋愛
前髪で瞳を隠して暮らす少女は、子爵家の長女でキャスティナ・クラーク・エジャートンと言う。少女の実の母は、7歳の時に亡くなり、父親が再婚すると生活が一変する。義母に存在を否定され貴族令嬢としての生活をさせてもらえない。そんなある日、ある夜会で素敵な出逢いを果たす。そこで出会った侯爵家の子息に、新しい生活を与えられる。新しい生活で出会った人々に導かれながら、努力と前向きな性格で、自分の居場所を作り上げて行く。そして、少女には秘密がある。幻の魔法と呼ばれる、癒し系魔法が使えるのだ。その魔法を使ってしまう事で、国を揺るがす事件に巻き込まれて行く。 完結が確定しています。全105話。

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

処理中です...