身分を隠して働いていた貧乏令嬢の職場で、王子もお忍びで働くそうです

安眠にどね

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 わたしの嫌な予感は結構当たるのだ。
 母の、「帰りを待っていた」という言葉を聞かなかったことにして、さっさと自室に戻りたい。――……勿論、そんなことできるわけがない。進行方向に母がいるので、物理的にどしようもないし。

「シノリア、貴女にこのパーティーに参加して欲しくて」

「パーティー……?」

 うちの家が傾いてから、あまり小多情は送られなくなってきたというのに。
 わたしは、母が渡してきた封筒を受け取る。未開封のものではあるが、この家から送られてくるパーティーの招待状は必ずこの封筒で送られてくるので、母もパーティーの招待状だと判断したんだろう。
 ひっくり返して蝋封を見なくてもどこの家のものか分かるが、わたしは癖で、流れるように蝋封を見た。
 赤い蝋封には、コメッタート伯爵家の家紋が押されている。

 コメッタート家。事業に失敗してすっかり貧乏伯爵家とは違って、伯爵家の中でもかなり力を持っている家だ。歴史も長く、上位の貴族である侯爵家や、はては王族まで、場合によってはコメッタート家の人間に頭が上がらないと言われているほど。

 ……そういえば、コメッタート家現当主に嫁いだ夫人が、母と幼馴染で仲良しなんだったっけ。
 その経由で招待状が届いたのだろうか……と思いながら、わたしは封筒を開ける。本当はレターナイフで開封した方がいいんだろうが、今、わたしの手元にはない。

 中身を見て、読み進め――わたしは思わず手紙を握り込んでしまった。高そうな質の良い便箋に、皺が入る。

「お母様、これは……」

 わたしは思わず手紙を読むのをやめ、顔を上げて母を見た。
 彼女は相変わらずにっこりして――。

「シノリア、いい機会だからこのパーティーで婚約者を見繕ってきなさい」

 ――そんなことを言ってのけた。

「い、いや、お母様。いい歳して、そんな、パーティーで婚約者だなんて。妹たちの方が適正年齢では」

 動揺して、乾いた笑いがこみあげてくる。
 しかし、母は、にこにこと笑顔のまま、圧力をかけてくる。圧のある笑みに、わたしは押し黙ることしかできなかった。

「いい歳して、婚約者がいないシノリアに問題があるでしょう。縁談話はいくつかお父様が用意したのに、全部はねのけたのは、どこの、だぁれ?」

「……ぐっ!」

 それを言われてしまうとわたしは、本当に何も言い返せなくなってしまう。
 貴族令嬢としているのが嫌で、現実逃避ばかりして、のらりくらりと婚約話をかわし続け、とうとう『いい歳』と言われてしまうような年齢になってしまったのだ。前世だったらまだまだ、結婚なんて考えなくていい年齢なのに……!
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