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……今更だけど、毒見とかいいのかな。わたしは既に一つストロベリーパイを食べ終えているし、ソルヴェード様だって半分以上コーヒーを飲んでいる。
でも、彼が特に言及してこないってことは、気にしなくていい……のかな。普段から街で遊ぶ際にしているか分からないし。どっちかというと、していないと思う。いくら大きな商会の息子だって言ったって、そうそう毒見をすることはないだろう。跡継ぎならまだしも。
「それにしても、そんなこと気にしてたの?」
ソルヴェード様は、ちらっとわたしを見ながら、コーヒーを飲んだ。……本当に毒見とか、気にしていないっぽい。
「そんなこと、って言えばそんなことですけど……」
わたしは食べるために小さく切り分けたストロベリーパイをフォークでつついた。言うか迷って、素直に言うことにした。
辞めるタイミングの話はもう聞いてしまったし、うぬぼれでなければわたしを励ますために連れてきてくれたんだろうから、ここまできて誤魔化すというのは、なんだか不誠実な気がしたのだ。
「……貴方が楽しそうにしていたので。水を差すようで悪いかな、と」
わたし自身、貴族社会を窮屈に感じていて、平民として過ごすのが楽しいのだ。自分の本来の立場を忘れ、別人として働く自由さと息のしやすさを知っている以上、現実を突き付けるのが、嫌だったのだ。
わたしが、そういうことをされたくないから。
いつまでも、こうやって平民のフリをしていられないことが十分に分かっているからこそ、わざわざ他人の口から聞きたくない。
ソルヴェード様もそうなんじゃないかと思ったのだ。
わたしの言葉を聞いた彼は、目を細め、「君は優しいね」と笑った。
「そんなこと、気にしなくても大丈夫だよ。実際、急に辞められるのが迷惑だっていうのは分かるしね」
「――……」
ソルヴェード様は笑顔だった。でも、本当に、心の底から大丈夫だと言っているようには、少し思えなかった。少しだけ、影があるような――働いているときの純粋な笑顔とも、女性に対する笑顔とも違うように見えたから。社交界で貴族によく見る、本心を隠したいときの笑顔だ。
まあ、わたしがそれを指摘していい立場にいるのかというと、少し微妙なところ。わたしにできることと言えば、彼が今後、楽しく働いて、いつか辞めて『王族』に戻ったとき、あの店で働いていたときのことがよい思い出になるようにすることくらいである。
そのくらいなら、『友人』として、行動したってバチは当たらないだろう。
でも、彼が特に言及してこないってことは、気にしなくていい……のかな。普段から街で遊ぶ際にしているか分からないし。どっちかというと、していないと思う。いくら大きな商会の息子だって言ったって、そうそう毒見をすることはないだろう。跡継ぎならまだしも。
「それにしても、そんなこと気にしてたの?」
ソルヴェード様は、ちらっとわたしを見ながら、コーヒーを飲んだ。……本当に毒見とか、気にしていないっぽい。
「そんなこと、って言えばそんなことですけど……」
わたしは食べるために小さく切り分けたストロベリーパイをフォークでつついた。言うか迷って、素直に言うことにした。
辞めるタイミングの話はもう聞いてしまったし、うぬぼれでなければわたしを励ますために連れてきてくれたんだろうから、ここまできて誤魔化すというのは、なんだか不誠実な気がしたのだ。
「……貴方が楽しそうにしていたので。水を差すようで悪いかな、と」
わたし自身、貴族社会を窮屈に感じていて、平民として過ごすのが楽しいのだ。自分の本来の立場を忘れ、別人として働く自由さと息のしやすさを知っている以上、現実を突き付けるのが、嫌だったのだ。
わたしが、そういうことをされたくないから。
いつまでも、こうやって平民のフリをしていられないことが十分に分かっているからこそ、わざわざ他人の口から聞きたくない。
ソルヴェード様もそうなんじゃないかと思ったのだ。
わたしの言葉を聞いた彼は、目を細め、「君は優しいね」と笑った。
「そんなこと、気にしなくても大丈夫だよ。実際、急に辞められるのが迷惑だっていうのは分かるしね」
「――……」
ソルヴェード様は笑顔だった。でも、本当に、心の底から大丈夫だと言っているようには、少し思えなかった。少しだけ、影があるような――働いているときの純粋な笑顔とも、女性に対する笑顔とも違うように見えたから。社交界で貴族によく見る、本心を隠したいときの笑顔だ。
まあ、わたしがそれを指摘していい立場にいるのかというと、少し微妙なところ。わたしにできることと言えば、彼が今後、楽しく働いて、いつか辞めて『王族』に戻ったとき、あの店で働いていたときのことがよい思い出になるようにすることくらいである。
そのくらいなら、『友人』として、行動したってバチは当たらないだろう。
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