身分を隠して働いていた貧乏令嬢の職場で、王子もお忍びで働くそうです

安眠にどね

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「――はい、これ、今月分の給料ね。一か月お疲れ様、ありがとう」

 閉店後。わたしは店長から封筒を受け取る。給料は銀行振込み、という概念がない世界なので、手渡しである。給料と言えば銀行振込み、という時代に生きていたせいか、不用心だな、と思ってしまうのだが、それでも、手渡しは手渡しで稼いだ感があっていいな、と思うのも事実。
 まあ、これほんの少しもわたしの手元に残らず、丸々使用人の給料にするために家に入れないといけないので、感慨深さ、なんてものを味わう余裕はないんだけど。

 一方で、ソルヴェード様は渡された封筒を、目を輝かせて見つめていた。
 王子ならばお金なんて珍しくもないだろうけど――でも、給料としてお金を渡されるのは初めてなのか。

「それじゃあ、これから買い出しに行って来なきゃだから、更衣室と休憩室の戸締りお願いね。あ、リノちゃん、帰るときは鍵、いつものところに頼むよ」

 わたしの了承の返事を聞くと、バタバタと慌ただしく店長が休憩室を去っていく。明日は店の定休日だし、一日新メニューの開発でもするつもりなのかも知れない。今から食材を買いに行かないと、となると、確かに慌てるような時間だ。閉店ギリギリになりそう。

「さて、それじゃあ男子更衣室の戸締りだけ――……聞いてます?」

 男子更衣室の戸締りをソルヴェード様に頼もうとしたのだか、彼はじっと給料の入った封筒を見つめたまま動かない。
 少し遅れて、「な、なに!?」と素っ頓狂な声を上げるものだから、わたしは少し笑ってしまった。

「し、仕方ないでしょ。こうやって、労働が対価になって返ってくるの、初めてなんだから」

 少し拗ねたようにソルヴェード様は言った。

「税金で生活させられているからこそ、僕らは何やったって当たり前なんだよ。分かるだろ」

「それはそうですけど」

 ……わたしの場合、給料が自分のものになるわけじゃないから、感動が薄いのかもしれないけれど、本来、王族や貴族にとって、自分で稼いだお金って特別なものなのかもしれないな。
 こんなお金より、もっと多額のお金を使えるはずだけど。
 ……ま、まあ、我が家は例外として。

「――っ、ねえ!」

 少し考えた様子のソルヴェード様が、声を上げた。

「明日……暇?」

「明日? 定休日ですし、特に予定はありませんけど……」

 店が休みならわたしも休みだ。ここで働かないといけなくなってから、この店のシフトを最優先にしていたら、貴族令嬢からお茶会の誘いもめっきり減ったし。

「じゃあ、僕とデートして!」

 予想外の言葉に、わたしは持っていた店の鍵を落としてしまった。
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