身分を隠して働いていた貧乏令嬢の職場で、王子もお忍びで働くそうです

安眠にどね

文字の大きさ
上 下
15 / 51

15

しおりを挟む
「――はい、これ、今月分の給料ね。一か月お疲れ様、ありがとう」

 閉店後。わたしは店長から封筒を受け取る。給料は銀行振込み、という概念がない世界なので、手渡しである。給料と言えば銀行振込み、という時代に生きていたせいか、不用心だな、と思ってしまうのだが、それでも、手渡しは手渡しで稼いだ感があっていいな、と思うのも事実。
 まあ、これほんの少しもわたしの手元に残らず、丸々使用人の給料にするために家に入れないといけないので、感慨深さ、なんてものを味わう余裕はないんだけど。

 一方で、ソルヴェード様は渡された封筒を、目を輝かせて見つめていた。
 王子ならばお金なんて珍しくもないだろうけど――でも、給料としてお金を渡されるのは初めてなのか。

「それじゃあ、これから買い出しに行って来なきゃだから、更衣室と休憩室の戸締りお願いね。あ、リノちゃん、帰るときは鍵、いつものところに頼むよ」

 わたしの了承の返事を聞くと、バタバタと慌ただしく店長が休憩室を去っていく。明日は店の定休日だし、一日新メニューの開発でもするつもりなのかも知れない。今から食材を買いに行かないと、となると、確かに慌てるような時間だ。閉店ギリギリになりそう。

「さて、それじゃあ男子更衣室の戸締りだけ――……聞いてます?」

 男子更衣室の戸締りをソルヴェード様に頼もうとしたのだか、彼はじっと給料の入った封筒を見つめたまま動かない。
 少し遅れて、「な、なに!?」と素っ頓狂な声を上げるものだから、わたしは少し笑ってしまった。

「し、仕方ないでしょ。こうやって、労働が対価になって返ってくるの、初めてなんだから」

 少し拗ねたようにソルヴェード様は言った。

「税金で生活させられているからこそ、僕らは何やったって当たり前なんだよ。分かるだろ」

「それはそうですけど」

 ……わたしの場合、給料が自分のものになるわけじゃないから、感動が薄いのかもしれないけれど、本来、王族や貴族にとって、自分で稼いだお金って特別なものなのかもしれないな。
 こんなお金より、もっと多額のお金を使えるはずだけど。
 ……ま、まあ、我が家は例外として。

「――っ、ねえ!」

 少し考えた様子のソルヴェード様が、声を上げた。

「明日……暇?」

「明日? 定休日ですし、特に予定はありませんけど……」

 店が休みならわたしも休みだ。ここで働かないといけなくなってから、この店のシフトを最優先にしていたら、貴族令嬢からお茶会の誘いもめっきり減ったし。

「じゃあ、僕とデートして!」

 予想外の言葉に、わたしは持っていた店の鍵を落としてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

見捨てられたのは私

梅雨の人
恋愛
急に振り出した雨の中、目の前のお二人は急ぎ足でこちらを振り返ることもなくどんどん私から離れていきます。 ただ三人で、いいえ、二人と一人で歩いていただけでございました。 ぽつぽつと振り出した雨は勢いを増してきましたのに、あなたの妻である私は一人取り残されてもそこからしばらく動くことができないのはどうしてなのでしょうか。いつものこと、いつものことなのに、いつまでたっても惨めで悲しくなるのです。 何度悲しい思いをしても、それでもあなたをお慕いしてまいりましたが、さすがにもうあきらめようかと思っております。

処理中です...