身分を隠して働いていた貧乏令嬢の職場で、王子もお忍びで働くそうです

安眠にどね

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「――ということで、うちからいろいろ持ってきました」

 可能であれば次のシフトを一時間早く出てくれ、とソルヴェード様に伝えてから数日。ソルヴェード様を休憩室の椅子に座らせ、わたしはテーブルの上にどさどさと変装のための道具を置いた。

「貸し出しますので、可能であれば王城を出た後、一度どこかで着替えてからこちらにくることを勧めます」

 直接王城から変装してきたり、やってきてから変装するのは、ちょっとバレる可能性も高い。わたしだってそうしている。家にいるメイドの実家を借りている。祖母と二人暮らしだったというメイドは、祖母の様子を伝える代わりにならば、と場所を提供してくれたのだ。

「後、平民の女と遊んでいるということは、何かしら『設定』があるんでしょう? その『設定』を教えてください」
 
『シル』としての設定を知らないと、わたしだって話を合わせることができない。今はまだ、彼がバイトを初めたばかりで、彼のことを既に知っている客か、遠巻きに見る客しかいないが、昨日のご令嬢二人のように、あれこれ聞いてくる女性客がこれから出てくるはずだ。きっと。
 わたしが道具の準備を終え、さあソルヴェード様を変装させるぞ、と向かい合ったところで、彼が驚いて目を丸くしていることに気がついた。

「……君、どうしてそこまでしてくれるの? 僕に惚れた?」

「わたしの仕事が増えるからです。やり方、一回しか教えないので、一発で覚えてくださいね」

 貧乏令嬢が王子に取り入って家をなんとかしようと計画している、ではなく、初手で惚れたかどうか聞いてくるって、どれだけ自分に自信があるというのだろう。ここまでくると、いっそうらやましいくらいだ。
 わたしはソルヴェード様にあれこれ説明しながら彼にメイクをしたり、ヴィッグを被せたりと変装させていく。ちなみにヴィッグは、わたしがここで働くことになったら必要になるかな、と買ったものの、実際は不要で使わなくなったものだ。一回試着しているが……まあ、言わなくてもいいだろう。

 やはり、ソルヴェード様は値が真面目なのか、わたしの話を真剣に聞きいている。先ほどまでの軽そうな態度は一変して、変装に関する質問以外で言葉を発することはない。
 なんでこんなに真面目な人が、女遊びなんてだらしないことしてるんだか。
 そんなことを考えて手を動かしていると、あっという間に一時間は過ぎ、同時に、彼の変装も終わった。

「どうでしょう」

 わたしは手鏡を彼に渡す。

「……ちゃんと別人に見えるね」

 ソルヴェード様は感心したように呟いた。
 パッと見た限りでは別人に見えるものの、すでに『シル』を知っている人間に対してはイメチェンで通じる範囲の変装。流石に身内レベルで彼と近しい人の目は誤魔化せないだろうが、王族がここに来るわけがないので、その心配はいらない。
 これで、例え先日のテリエ嬢とシュティ嬢が再度来店して、『シル』くんを見て「ソルヴェード様に似ている」と言い出したところで、「そんなに王子様に似てるの?」というごまかしが通じるようになった。

「じゃ、今日も一日頑張ってくださいね」

 わたしがそう言うと、ソルヴェード様は笑顔で答えた。
 その笑顔は、いつもの人から好かれるための笑顔ではなく、純粋なものだったように思う。
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