身分を隠して働いていた貧乏令嬢の職場で、王子もお忍びで働くそうです

安眠にどね

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「や、やだなあ! 僕の名前はシルだって!」

 シルくんが顔をひきつらせて笑う。今まで完璧な笑みを浮かべていたのに。
 あ、これ、本当にソルヴェード様なんだな、とその笑顔で察してしまった。
 でも、まだ間に合う。ここでわたしが勘違いだと言えば、今の言い間違いはなかったことになる。

「あ、あはは、そうですよね。いくら顔が似てるからって、王子なわけ――」

「――え?」

「……あっ」

 やべえ、墓穴掘った。一平民が、第四王子の顔が分かるわけがない。前世と違ってネットもテレビも存在しない世界だ。写真だって、新聞と図鑑が主流で、一般書籍には使われない。
 だからこそ、貴族令嬢であるわたしや王子である彼がお忍びで働こうとしてもなんとかなるわけで。

「――君、誰?」

 先ほどまでの空気が一変した。シルくん――いや、ソルヴェード様がわたしを睨む。美人の真顔、怖い。
 でも、ソルヴェード様の反応も分かる。いくらお忍びで周りにバレたくないとはいえ、彼は王子なのだ。素性を知っている人間を警戒するに越したことはない。ましてや、今は護衛がいないのだから。
 わたしのことを、刺客かなにかだと思ってもおかしくはないのだ。……というか、護衛なしに働いているほうがおかしい。もしかしたら、客の中に誰か護衛がまぎれていたのかな。

「――……。……コンフィッター家のシノリアです……」

 わたしは消え入りそうな声で家名を告げ、変装用につけていた丸眼鏡を外した。貴族令嬢をしているときと違って、化粧をしていないからパッとしないように見えるだろうけど、それでも、眼鏡を外した方が印象は近くなるだろう。
 バレたくはなかったけど、彼だけバレたまま、というのはなんだか不平等な気がしたし、なにより、上手く誤魔化し切れなければ、明日の朝日が拝めないかもしれない。比喩とかではなく。

 そして、わたしは辻褄を合わせる嘘を吐く自信がなかった。
 苦労する未来は嫌だけれど、命には代えがたい。わたしは観念した。

「コンフィッター家……」

 家名を出したことで、少し王子が納得したような表情を見せた。うわ、うちが傾いているの、王子の耳にも入っているんだ。いや、そりゃ、そうだろうけど。でも、娘が働きにでてもおかしくないレベルだと思われてるんだ……。

「あ、あの! このことは誰にも言わないでいただけませんか!?」

 これ以上、家に醜聞が付きまとわれるのは困るのだ。今度こそトドメになって没落してしまう。本格的に家族を養う覚悟はできていない。
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