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2章 ドノヴォン国立学院編
155 ユリィの不安
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「すみません、トモキ様。わたしがお連れしたのに、まさかあんなお店だなんて」
店を出てすぐに、ユリィは立ち止まり、俺に平謝りしてきた。
「いや、お前が悪いんじゃないだろ。悪いのはあの店だ。んでもって、それをあたかも優良店みたいにお前に教えたやつらな」
「でも、わたしもその情報をうのみにしてしまって……」
「いいんだよ。別に被害はなかったんだし。むしろ、俺が行ったおかげで、もうあの店の被害者は出なくなったんだぜ?」
そうそう。悪意の塊、ゴミ魔剣様によって、あの店主は逮捕されるだろうしな。ざまあみやがれってんだ。よりによってこの俺相手にボッタクリやろうとしたのが間違いだったなァ!
「それに、飯は普通にうまかったんだ。ちゃんとメニュー通りの料金は支払ったんだし、もう何も気にするなよ」
「は、はい……」
と、ユリィはようやく明るい顔に戻った。俺たちは再び歩き出した。
「……ところで、さっきの男の人が言っていた、わたしにできるような割のいいお仕事ってどんなものなんでしょう?」
「い、いや、それはだな――」
相変わらず真面目なやつだ。っていうか、もはや世間知らずって言うべきか。
「そんなの、どうせろくでもない仕事に決まってるだろ。とっとと忘れろよ」
「はあ」
ユリィは本当に何もわかってない表情だ。なぜお前はそんなにもピュアなんだ。
いや、そもそもこいつ、どんだけ社会的な経験があるんだ? 話を聞くかぎり、十二歳以前の記憶がなくて、ここ三年はずっとあの痴女の師匠のところにいたんだろうけど、もしかして、そのあいだ、ろくに外に出ずに引きこもっていたのかな?
と、俺がぼんやり考えていると、
「ごめんなさい、さっきから。わたし、全然世の中のこと、知らないですよね」
ユリィは、なんか俺が考えていることを察したようだった。はわわ。心を読まれちゃったぞ。
「い、いいんだよ! お前、確か子供のころの記憶全然ないんだろ? だったら、それぐらい普通だろ!」
「でも、それで今日みたいにトモキ様に迷惑をかけてしまったら……」
「迷惑じゃないから! お前と一緒にいられるんなら、俺、何があろうと迷惑だって思わな――」
って、俺、なんか超恥ずかしいこと言っちゃってないかあっ! あわてて口をつぐんだ。
「ありがとうございます、トモキ様。そう言っていただけると、すごく気持ちが楽になります」
ユリィはしかし、俺の言葉はしっかり聞いていたようで、ほっとしたように俺に微笑みかけてきた。その黒い瞳はやはりとても澄んでいて、きれいだ……。うう、お前はどうしてそんなにかわいいんだ。顔が熱くなってくるだろ、バカやろう。
「さっきのお店は、最後はさんざんでしたけど、トモキ様と久しぶりに一緒に食事ができてよかったです」
「ああ、そういや、一緒にメシ食うのは何日かぶりだな」
学院に編入してからは、お互い寝食ともに別だからなあ。
「それに、こうやって街を二人きりで歩くのも久しぶりです」
「そ、そうだな……」
まるでデート。もはやそう呼ぶしかない何か。くそう、またドキドキしちゃうじゃねえかよ。
「トモキ様、覚えてますか。ウーレの街で、一緒にワッフル食べたこと」
「ああ、あの勇者アルドレイ印のやつか」
マジであの似顔絵、少しも俺に似てなかったな。思い出すと、笑ってしまう。
「そのあと、レーナの街でも、ザドリーさんのことを調べるために、一緒に歩き回ったじゃないですか」
「そうそう。ほぼ無駄足だったが、最後に本人に出くわしてなあ」
あったあった、そういうこと。
「思えば、俺、ずいぶんアホなことしてたな? ユリィ、そのことはもう忘れていいぞ」
「いいえ、わたし、忘れたくありません。すごく大事なことだから……」
と、ユリィは急にとても真剣なまなざしで俺を見つめ始めた。
「な、なんだよ?」
「わたし、心配なんです。トモキ様の呪いのこと。だって、とても悪い呪いなんでしょう?」
「え?」
「もし、トモキ様が呪いでこの世からいなくなってしまったら……」
ユリィは今度は急に泣き出しそうな顔になった。俺はあわてて、「大丈夫だ!」と、叫んだ。
「前にも言っただろ! 急に死ぬような呪いじゃないって!」
「でも、もしトモキ様に何かあったら……わたしから遠くに行ってしまったら……わたし、お母さんのことみたいに……」
「お母さん?」
「わたし、きっとすごく心が弱いんです。だから、死んでしまったお母さんのことを忘れてしまいました。トモキ様に何かあったら、もしかしたらお母さんと同じように、トモキ様のことを忘れてしまうかもしれません」
「あ……」
そうか。こいつはずっと自分の記憶に空白があることに不安を抱えて生きているんだ。そして、また同じように記憶をなくしてしまうことにおびえてるんだ。
俺はようやく、目の前にいるユリィという少女を少し理解できた気がした。同時に、俺にできることならなんでもしてやりたい、助けてやりたいと強く思った。
「だ、大丈夫だ! 俺は呪いになんて負けない! この先、何があろうと、お前の忘れられない男になってやるからさ!」
って、あれ? なんか妙ちきりんな言葉が出てきちゃったぞ? なんだかちょっと、いやらしいような響きだし?
「……ありがとうございます、トモキ様」
ユリィはしかし、俺のそんな変な言葉に元気づけられたようだった。暗かった表情がとたんに明るくなった。その黒い瞳にはうっすらと涙が浮かんでいて、きらきら光っていた。
「お、おう……まかせとけ!」
俺は再び顔が熱くなるのを感じながらも、せいいっぱい力強く答えた。
店を出てすぐに、ユリィは立ち止まり、俺に平謝りしてきた。
「いや、お前が悪いんじゃないだろ。悪いのはあの店だ。んでもって、それをあたかも優良店みたいにお前に教えたやつらな」
「でも、わたしもその情報をうのみにしてしまって……」
「いいんだよ。別に被害はなかったんだし。むしろ、俺が行ったおかげで、もうあの店の被害者は出なくなったんだぜ?」
そうそう。悪意の塊、ゴミ魔剣様によって、あの店主は逮捕されるだろうしな。ざまあみやがれってんだ。よりによってこの俺相手にボッタクリやろうとしたのが間違いだったなァ!
「それに、飯は普通にうまかったんだ。ちゃんとメニュー通りの料金は支払ったんだし、もう何も気にするなよ」
「は、はい……」
と、ユリィはようやく明るい顔に戻った。俺たちは再び歩き出した。
「……ところで、さっきの男の人が言っていた、わたしにできるような割のいいお仕事ってどんなものなんでしょう?」
「い、いや、それはだな――」
相変わらず真面目なやつだ。っていうか、もはや世間知らずって言うべきか。
「そんなの、どうせろくでもない仕事に決まってるだろ。とっとと忘れろよ」
「はあ」
ユリィは本当に何もわかってない表情だ。なぜお前はそんなにもピュアなんだ。
いや、そもそもこいつ、どんだけ社会的な経験があるんだ? 話を聞くかぎり、十二歳以前の記憶がなくて、ここ三年はずっとあの痴女の師匠のところにいたんだろうけど、もしかして、そのあいだ、ろくに外に出ずに引きこもっていたのかな?
と、俺がぼんやり考えていると、
「ごめんなさい、さっきから。わたし、全然世の中のこと、知らないですよね」
ユリィは、なんか俺が考えていることを察したようだった。はわわ。心を読まれちゃったぞ。
「い、いいんだよ! お前、確か子供のころの記憶全然ないんだろ? だったら、それぐらい普通だろ!」
「でも、それで今日みたいにトモキ様に迷惑をかけてしまったら……」
「迷惑じゃないから! お前と一緒にいられるんなら、俺、何があろうと迷惑だって思わな――」
って、俺、なんか超恥ずかしいこと言っちゃってないかあっ! あわてて口をつぐんだ。
「ありがとうございます、トモキ様。そう言っていただけると、すごく気持ちが楽になります」
ユリィはしかし、俺の言葉はしっかり聞いていたようで、ほっとしたように俺に微笑みかけてきた。その黒い瞳はやはりとても澄んでいて、きれいだ……。うう、お前はどうしてそんなにかわいいんだ。顔が熱くなってくるだろ、バカやろう。
「さっきのお店は、最後はさんざんでしたけど、トモキ様と久しぶりに一緒に食事ができてよかったです」
「ああ、そういや、一緒にメシ食うのは何日かぶりだな」
学院に編入してからは、お互い寝食ともに別だからなあ。
「それに、こうやって街を二人きりで歩くのも久しぶりです」
「そ、そうだな……」
まるでデート。もはやそう呼ぶしかない何か。くそう、またドキドキしちゃうじゃねえかよ。
「トモキ様、覚えてますか。ウーレの街で、一緒にワッフル食べたこと」
「ああ、あの勇者アルドレイ印のやつか」
マジであの似顔絵、少しも俺に似てなかったな。思い出すと、笑ってしまう。
「そのあと、レーナの街でも、ザドリーさんのことを調べるために、一緒に歩き回ったじゃないですか」
「そうそう。ほぼ無駄足だったが、最後に本人に出くわしてなあ」
あったあった、そういうこと。
「思えば、俺、ずいぶんアホなことしてたな? ユリィ、そのことはもう忘れていいぞ」
「いいえ、わたし、忘れたくありません。すごく大事なことだから……」
と、ユリィは急にとても真剣なまなざしで俺を見つめ始めた。
「な、なんだよ?」
「わたし、心配なんです。トモキ様の呪いのこと。だって、とても悪い呪いなんでしょう?」
「え?」
「もし、トモキ様が呪いでこの世からいなくなってしまったら……」
ユリィは今度は急に泣き出しそうな顔になった。俺はあわてて、「大丈夫だ!」と、叫んだ。
「前にも言っただろ! 急に死ぬような呪いじゃないって!」
「でも、もしトモキ様に何かあったら……わたしから遠くに行ってしまったら……わたし、お母さんのことみたいに……」
「お母さん?」
「わたし、きっとすごく心が弱いんです。だから、死んでしまったお母さんのことを忘れてしまいました。トモキ様に何かあったら、もしかしたらお母さんと同じように、トモキ様のことを忘れてしまうかもしれません」
「あ……」
そうか。こいつはずっと自分の記憶に空白があることに不安を抱えて生きているんだ。そして、また同じように記憶をなくしてしまうことにおびえてるんだ。
俺はようやく、目の前にいるユリィという少女を少し理解できた気がした。同時に、俺にできることならなんでもしてやりたい、助けてやりたいと強く思った。
「だ、大丈夫だ! 俺は呪いになんて負けない! この先、何があろうと、お前の忘れられない男になってやるからさ!」
って、あれ? なんか妙ちきりんな言葉が出てきちゃったぞ? なんだかちょっと、いやらしいような響きだし?
「……ありがとうございます、トモキ様」
ユリィはしかし、俺のそんな変な言葉に元気づけられたようだった。暗かった表情がとたんに明るくなった。その黒い瞳にはうっすらと涙が浮かんでいて、きらきら光っていた。
「お、おう……まかせとけ!」
俺は再び顔が熱くなるのを感じながらも、せいいっぱい力強く答えた。
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