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2章 ドノヴォン国立学院編

154 あやしいお店

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 行ってみると、そこはなんてことはない普通のレストランのように見えた。ただ、できてまだ間もない感じで、外観は真新しかった。入ってみると、そこそこな広さのわりに客はいなかったが、席に着くと、すぐにオーナーシェフと名乗る中年男が水とメニュー表を持ってきた。礼儀正しい態度で、メニュー表に書かれている料理の値段も、ユリィに聞いた通りだった。そう、フルコース一人前で二千ゴンス。安い。それにしちゃ、繁盛してないのがちょっと不気味だ。

 とりあえず、それを二人前頼んでみたが、出てきた料理は普通にうまかった。まあ、決して豪華とは言えないが、中の上くらいの味だ。これで千円はお値打ちすぎる。やはりこの店、何か「訳あり」か……?

 まあ、その理由は会計の時にすぐに明らかになったわけだったが。

「ありがとうございます。お二人前、しめて四十万ゴンスになりまーす」

 メニュー表に書かれている値段とまたずいぶんかけ離れた請求額だ。

「おい、メニューには一人前二千ゴンスって書かれてたぞ?」
「はい。そちらは会員価格になります」
「会員……価格……」

 そう来たか。

「会員ではないお客様の場合は、一人前二十万ゴンスを頂戴することになっておりまして」
「いや、そんな値段やルール、メニューのどこにも書いてないんだが?」
「書いてありますよー」

 と、オーナーシェフの男は懐からぬっと虫メガネを出した。そして、近くのテーブルの上に置いてあったメニュー表を手に取り、その裏のページに虫メガネをかざしながら、こっちに近づけてきた。

 顔を近づけ、そのレンズの中をのぞいてみると、

「なお、記載されている価格は当店会員限定のものです。会員ではないお客様の場合、会員価格の百倍の価格を請求させていただきます」

 と、めちゃくちゃ小さな字で書かれていた……。

「こ、こんなのありか?」

 つか、どう見ても印刷じゃなくて手書きの文字なんだが、これ書いたやつってどんだけ器用なんだよ。TVチャンピオンの手先が器用選手権優勝者並みの仕事じゃない、これ?

「まあ、なんでこの店に客がいないのか、原因はよくわかったが……ちなみに、会員になるにはいくらかかるんだ?」
「年会費は百万ゴンスいただいております」
「高いな!」
「いえいえ。これはいわゆる一つの、サブスクというやつでして。年会費を事前にお支払いいただくことで、当店自慢の料理を、通常の百分の一の価格でお楽しみいただけるのですよ。月に五回まで」
「元を取れる気がまるでしねえサブスクだな、おい!」

 初見トラップのボッタクリだけじゃなくて、サブスク詐欺までやってんのかよ、この店。ぬかりねえな! さすがあのクソ意地の悪い女どもの教えてくれた店のことはある。外観も妙に新しかったし、悪評が広まったところで、店の場所を変えて同じようなこと繰り返してんだろうな、どうせ。

「まあ、そういうわけですので、当店の会員ではないお二人には、通常価格の四十万ゴンスをお支払いしていただきます」
「断る。払えるのは二人で四千ゴンスまでだ」
「なるほど。では、この場で会員登録の手続きをしていただき、会員価格を適用されるというわけですね? その場合、年会費は一括でお支払いしていただくことになりますが――」
「んなもん、払うかよ、クソが!」

 俺は乱暴に店のテーブルに四千ゴンスぶんの金を置き、ユリィと一緒に店の出口に向かった。すると、直後、俺たちの前に二人の屈強な男が現れ、退路をふさいだ。どうやら、店の外でずっと俺たちの様子をうかがっていたようだ。

「きちんと代金はお支払いしていただきますよ、お客様」

 なるほど、今度はチンピラの用心棒ってやつか。ある意味完璧じゃねえか、この店。これが当店自慢のフルコースってやつか。

「払えないのなら、そこのお嬢ちゃんに割のいいお仕事を紹介してあげてもいいんだけどねえ」

 ぐへへ、と、下品な笑みを浮かべながら、男の一人がユリィに手を伸ばしてきた。さすがに、これは見過ごせなかった。すぐにその腕をつかみ、「俺の連れに触るんじゃねえよ、クソが」と、一喝した。ちょっぴり握った手に力を込めながら。

「ぎゃああっ、痛い痛い痛い!」

 男はすぐに悲鳴を上げ、その腕を引っ込めた。

「て、てめえ、俺たちに逆らう気か!」

 もう一人の男が焦りと動揺をあらわにしながらも、俺を恫喝してきた。こいつ、今ので俺との力量差を察したりしないのか。めんどくせーな。

 ただ、ここで目の前の男二人をぶっ飛ばして、警察沙汰になるのは避けたい俺だった。なんせ、俺ってばハリセン仮面様だし。これ以上、警察には関わりたくないし。

 そこで、左腕の袖に口を近づけ、

「ネム、食器のフォークに変われ」

 と、命令しながら、左腕の袖の下に右手を突っ込み、そこから一本のフォーク(に変形したゴミ魔剣)を取り出した。

 そして、

「あー、店長、床にフォークが落ちてましたよ。ちゃんと片付けておかなきゃダメじゃないですかー」

 と、適当に言いながら、そのフォークを素早くオーナーシェフの男の手に押し付けた。

 変化はすぐに現れた。

「アッハーイ? あら、こんなートコロに牛肉が? じゃなくて、フォークがありましたかネー?」

 目つきのおかしくなった男は、不気味に笑いながら言い、

「これは、店の奥の、裏帳簿を隠している金庫に保管しておかなければなりませんネー。いや、ワタシ、ちょうど店の売り上げをごまかして、脱税しているところだったんですネー」

 なんか勝手に罪を告白し始めた……。

「あ、店長、脱税なんてやってたんですか。ずるっこいですねー」

 俺は笑いながらオーナーシェフの肩を叩いた。

「そーなんですよネー。この店、いつもニコニコ現金払いだから、チョロいもんなんですよネー」
「だめでしょー、そんなことしちゃ。犯罪ですよー」
「デスネー」
「自首しましょう!」
「デスネー。これから裏帳簿持って警察行きますかネー」

 目つきのおかしいオーナーシェフの男はそう言うと、店の奥に引っ込んでいってしまった。

「あ、あの……警察行くって……」

 残されたチンピラ二人組はその様子に呆然としているようだった。

「お前たちも、早くこんな商売からは足を洗うんだな」

 そんな二人を尻目に、俺とユリィはそのまま店を出た。
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