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2章 ドノヴォン国立学院編

90 窓際族って最近はもう言わないのかなって

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 さて、ゴブリンごときにいきなりぶち殺されていたダンピール・プリンス様だったが、荷馬車の荷台に乗り込んだ直後、またしても死ぬことになった。

「リューなんとかおじさん、はじめまして。アタイ、フィーオ。よろしくねー」
「あ、はい、こちらこそ、はじめま……ぎゃああっ!」

 気が付けば、俺たちの目の前では、竜人族《ドラゴニュート》の大女が白髪の優男に抱きつき、圧搾していた。優男は一瞬悲鳴を上げたが、すぐに白目になり、両腕をだらんと力なく垂らして動かなくなった。この感じだと、折れた肋骨が心臓にでも刺さったか。

「トモキ様、もしかして、フィーオさんは誰に対してもあんなふうに気さくに抱きつくお方なのでしょうか?」

 その様子を見ながら、ユリィが尋ねてきた。

「まあ、そうなんだろうな。あいつなりのあいさつなんだろう」
「そうですか、では、トモキ様にああしていたのも、ただのあいさつだったんですね……」

 ユリィは一瞬とてもほっとしたような笑顔を見せた。だが、俺と目が合うと、急に恥ずかしそうにうつむいた。なんだ、こいつ? よくわからんが、俺もなんだか気恥ずかしい気持ちになった。

 それから、フィーオは続いてルーシアにも抱きつこうとしたが、優男が果てるさまをしっかり見ていたルーシアは、賢明にもその力強い腕をかわした。

「もうしわけありません。私は今、とある皮膚病に感染していまして、誰とも接触できない状態なのです。病気をうつしてはいけませんからね」

 とかなんとか、言いながら。その肌は白く、健康的そのもので、何かの皮膚病にかかっているようには全く見えないにも関わらず。

「ふーん、じゃあ、しょーがないねー。アタイ、フィーオ。ルーちん、よろしくねー」

 フィーオはしかし、その雑過ぎる嘘であっさりと腕を引っ込めてしまった。やはり、この大女、アホそのものだ。

 と、思いきや、

「まあ、そんな病気をお持ちとは大変ですね」

 チョロいうえに騙されやすい性格のユリィもすっかりその嘘を信じ切っているようだった……。

 さらに、

「それは本当ですか、ルーシア君! 若い女性が皮膚病なんて、さぞやお辛いことでしょう。ご家族にはご病気のことをお話ししたのですか?」

 なんかどさくさに全力で騙されてる男もいるんだが? つか、こいつ、ついさっきまで白い顔で死んでたはずなんだが? 復帰早すぎなんだが? 腐ってもレジェンドか……。

「いえ、みなさん、ご心配には及びません。この病気は、モメモの学院に戻ればすぐ完治するはずです」

 ルーシアはいかにもめんどくさそうに、また雑過ぎる嘘で彼らに答えたが、

「そっかー、よかったね、ルーちん!」
「たいしたことなくて、なによりですね」
「ええ、本当に! ルーシア君に大事がなくてよかったです!」

 普通に喜んでいるアホの三人組がいた。何この頭悪い空気? 俺だけ全然ノれなんですけど!

 その後、俺とユリィは改めてルーシアとリュクサンドールに名乗り、自己紹介した。

「なるほど、お二人はわざわざ、こんなポンコツ残念教師に会いに来られたわけなのですね」

 ルーシアは近くのリュクサンドールを指さしながら言う……って、あれ? なんかこの子、めっちゃリュクサンドールのこと嫌ってる空気? すごく辛らつ毒舌じゃない?

「まず最初にはっきりお伝えしておきますが、ここにいる、人の形をしたがっかりレジェンド・モンスターの男は、呪術のことしか頭になく、それ以外のことにはまったく使い道のない無能です。学院の職員室でも彼の席は窓際です。不死族なのに、日光がさんさんと差す窓際の席なのです。その事実が、彼の学院での立場をおおいに語っているといえるでしょう」
「いやあ、それほどでも」

 と、ルーシアに激烈に毒づかれているのに。なぜか照れるリュクサンドールだった。ああ、これは確かに、窓際族のオーラしかない……。

「今日の、『廃村の近くに子供のゾンビが出るという噂の調査』の仕事が彼に回されたのも、彼が不死族だから何かに役に立つであろうという期待からではなく、単に、他の教師がめんどくさがってやりたがらない仕事を押し付けられただけのことだったのです。実際、彼は不死族でありながら、死霊術のことはまるで素人。頭の中は呪術のことでいっぱいなのです」
「な、なかなか新鮮な設定だな、オイ……」

 不死族の超つよモンスターのはずなんだが、死霊術は全く使えないって。

「いや、そんな僕だからこそ、頼れるクラス委員長のルーシア君が一緒に来てくれたわけなのでしょう?」

 と、そこで叩かれっぱなしだったリュクサンドールが口を開いた。

「ここだけの話、ルーシア君は成績優秀というだけではなく、女性ながらに剣の腕も相当なものです。トモキ君たちも先ほどごらんになったでしょう? 実は彼女は、代々、ドノヴォンの聖騎士を務めている名家の出身なんです。彼女自身も、卒業と同時に聖騎士団に入ることがほぼ約束されていて――」
「聖騎士団なんて、そんな見掛け倒しの情けない連中のことを口に出すのはやめてください、先生!」

 瞬間、ルーシアは激怒したようだった。

「何が聖騎士ですか! あんなのはいまや、たった一人の、ハリセンを持った男に蹂躙されたお笑い騎士団じゃないですか!」

 あ、あれ? なんか話の流れが不穏に……。

「ルーシア君のお兄さんは、現役の聖騎士でしてね。つい先日、例のハリセン仮面という謎の男に、他の騎士たちもろとも倒されたそうなんですよ」

 と、リュクサンドールが俺に耳打ちしてくれた。

「そ、それは災難だったなあ……」

 やべえ。めっちゃ気まずい。そのハリセン仮面って、俺だもんよ!

「聖騎士団の情けなさも許されざることですが、ハリセン仮面などという、ふざけた男がこの世に存在することも、全く許されないことです! いったい、どこの誰なのでしょう! 聖騎士団の代わりに、この私が、血祭りにして差し上げたいですね!」

 ルーシアの青い瞳はハリセン仮面(俺)への復讐の炎で燃えている!

「そうですね。そんな怖い人は、はやく捕まってほしいですね」

 あげくに、ユリィもハリセン仮面(俺)の逮捕を願っている始末!

「そ、そうだな。許せねえよな、そんなやつ。ハハハ……」

 もはや俺もこう言うしかないのであった。冷や汗を流しながら。
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