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1章 暴虐の黄金竜マーハティカティ再討伐編
55 「バジリスク・クイーンが あらわれた!」
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「アカン! アル、これはいくらなんでも、アカンで!」
バジリスク・クイーンに取り囲まれ中のさなかで、マオシュは叫び、いきなり急降下した。うわっ! 振り落とされないように、必死にその背中にしがみついた。
「おい、少しは背中に乗ってる人間のこと考えろよ」
ステージの中央に着地したところで、鎧の背中から降りながら、俺はその中のケモノに言ったが、
「せやかて、あんなん出てきたら、なあ……」
と、マオシュはガクブル状態で、上を指差すだけだった。
見ると、なるほど、確かに、俺たちのすぐ上空にいるのは、レジェンドの中でもディヴァインに次ぐレベルのロイヤルクラスらしい、迫力と威厳をそなえた巨大なモンスターのようだった。その体はやはり巨大な蛇としか形容できなかったが、鱗は銀色にきらめいており、瞳は金色で、頭の中央に一つだけしかなかった。今は空中でやや蛇腹に体をうねらせて、首を下にもたげ、俺たちをじっと見下ろしている様子だ。
「た、大変です! 突然、この会場の上空に巨大な魔物が出現しました! さきほどまで暴れていた小物とは大違いです! もしや、レジェンドの一種なのでしょうか!」
実況もさすがにひどく狼狽しているようだ。観客たちも騒然となり、悲鳴を上げたり、逃げようとしたりで、半狂乱になっている。
と、そのとき、
「魔物はどこだ! 我らが成敗してくれるーッ!」
どどどどどっ、と、ステージの横の通路から、騎士たちがいっせいになだれこんできた。馬にこそ乗ってないが、みな、鎧をまとい、槍や剣を携え、完全武装してる。
「おーっと! ここでさきほどの魔物乱入の知らせを受けて、我が国が誇る最強の騎士団が駆けつけてきました! これは頼もしい! 実に頼もしいィー!」
実況の声には安堵の感情がにじんでいた。本当に、心の底から助かったと思ったことだろう。
だが、駆けつけた騎士たちは、上空のバジリスク・クイーンを見るなり、一様にぎょっとしたようだった。
「団長、あそこにいるのは、たしかレジェンド・モンスターじゃあ?」
「レジェンド? マジで? 上からはそんな話、聞いてないんだけど?」
「普通の武器じゃ倒せないっすよ?」
「え、でも、俺たち魔剣なんか持って――」
「ないっすね。まあ、仮にうちの騎士団が管理してる魔剣を持ち出してきたところで、あれはちょっと倒せそうにないですけどねー」
「なにそれ! じゃあ、俺ら、どうすりゃいいんだよ!」
「そうですねえ? とりあえず、逃げたほうがいいんじゃないですか」
「そ、そうか! そうだな! ひとまず撤退して、応援を呼ぼう!」
と、ごにょごにょ内輪で話し合ったのち、騎士たちは団長の掛け声とともに、いきなり回れ右して、逃げ始めた。一目散に、蜘蛛の子を散らすような無秩序さで。
「お、おーっと? どうしたことでしょう、騎士団が撤退していきます! まさか我々を見捨てて逃げるのでしょうか! ひどい! そんなのあんまりだ! 何しに来たんだ、チクショウ! うわああんっ!」
実況が悲痛な声で叫ぶが、騎士たちは誰一人振り返らなかった。本当に、何しに来たんだろう、この人ら? あきれてしまう。
と、そこで――、
「あら? まさかこの私から逃げるつもり? そんなこと、できるわけないでしょう」
バジリスク・クイーンは大きな一つ目をゆがませ、笑うと、それを一瞬、強く光らせた。
それは本当に刹那の輝きで、やつはそれ以上、一切体を動かさなかった。だが、直後、俺の周りの風景は一変した。コロシアムにいる無数の観客たちが、逃げ惑う騎士たちが、みな全て石になってしまったのだ。
「な、なんや、これ! 一瞬でこんなん……アホか!」
俺の隣の鎧は、石にはならなかったが、いっそう身震いしたようだった。
「確かにえげつないな。あの一瞬だけでこれだけの人数を石に……って、あいつは無事か!」
俺ははっとして、あわてて、ステージのわきに目をやった。すると、ユリィがジオルゥを懐に抱きかかえる形で、立っているのが目に留まった。二人とも石にはなっていないようだ。俺はほっとした。
「たぶん、あの娘っ子の着ているローブには、呪いよけの加護の魔法がついてるんや。普通のモンじゃないのは、昨日、ちょっと見ただけでもわかったしな」
「そうか。なるほど……」
そういえば、あれはサキからもらった大事な物だって、前にユリィが言っていたな。確かにいいモノのようだ。
さらに、近くに目をやると、壁際でうずくまっているティリセの姿があった。憔悴しきっていて何もできないようだったが、石にはなってなかった。また、治療魔法チームも、リーダーらしきおばさんが、結界のようなものを張っていて、ほぼ全員無事だった。結界の中には姫とザドリーの姿もあった。少し前まで、つぶれたトマト状態だったのに、二人とも今はすっかり回復しているようだ。姫もやせた姿に戻っている。
「あの回復役のおばはんは、とっさにアンチ・カースの防御魔法使ったんやな。で、アルとあのクソエルフは、素の魔法耐性が異常やさかい、無事やったんやと思うで」
「へー。じゃあ、お前は?」
「ワイ? そりゃ、もちろん、この傑作のおかげやん? これ、そんじょそこらの呪いとか効かんし?」
マオシュは、ちょっと得意げにポーズをきめた。だが、直後、「ひいぃ!」と恐怖の悲鳴を上げて、俺の背中に回りこみ、しがみついてきた。バジリスク・クイーンが、ゆっくりと俺たちの近くに降りてきたからだった。
「へえ、私の瞳に耐えるなんて、なかなかやるじゃない。確かに傑作ね、その鎧」
そう言いながら、やつは俺たちのすぐ前に降りてきた。音もなく、ゆっくりと。
「よう。ずいぶんなあいさつだな。こっちは大会の最中だってのに、大迷惑だぜ」
俺はバジリスク・クイーンをにらんだ。こいつのおかげで、サキとの約束がパーだ、ちくしょう。
「ふふ、そんなに怖い顔をしないで、アルドレイ様。あなたの大切な人は、助かったのでしょう?」
バジリスク・クイーンはふと、ユリィたちのほうを見た。そして、「さっきのあなたのあせりようはなかったわねえ。そんなにあの子が心配だったのかしら?」と、あざ笑うように言った。
「ち、ちが! 俺は別に、あいつのことなんて、特に何も……」
とたんに顔が熱くなってしまう。いきなり何言ってんだ、この爬虫類。
「そっか。アルはあのユリィって娘が好きなんやな。わかるでー。いいにおいするもんなー」
「しないから! 俺、あいつのにおいとかどうでもいいから!」
どさくさにマオシュも何言ってんだよ! 変な便乗するなよ!
「あら、そうなの? だったら、あの子がどうなっても、かまわないわよねえ?」
バジリスク・クイーンはユリィを見つめたまま、再び瞳をあやしく光らせた。とたんに、ユリィたちの近くの地面が大きく隆起し、二枚のプレートになった。そして、それは左右から、ユリィたちを押しつぶそうと迫る――。
「ユリィ!」
俺は叫んだが、間に合わなかった。プレートは恐ろしい速さで、あっさりと、二人を押しつぶしてしまった。なんてことだ……目の前が真っ暗になった。全身から血の気が引く思いだった。
だが、
「アル、よく見てみい!」
マイシュがそこで鋭く叫んだ。はっとして、顔を上げると、ちょうど二枚のプレートの内部から鎖が何本も飛び出してきて、それが崩壊するところだった。中からは三人の人間が出てきた。ユリィと、ジオルゥ、そして鎖を体に巻きつけた女、サキだった。その鎖で守られたのだろうか、みな無傷のようだ。
「おおお! ナイスジョブだ! 変態女!」
ガッツポーズして感謝せずにはいられなかった。
「なんや? あの露出狂の女、どっから沸いて……?」
「バッカ。あれは偉大な魔法使い様なんだよ。ワープぐらいできてあたりまえだろ! 変態だけど!」
「そか! 変態やけどすごいんやな。あの姉ちゃん!」
「ちょっと、そこの二人! 感謝するか、けなすか、どっちかにしてくれる!」
サキの怒鳴り声が聞こえてきた。同時に、その背後の空中に大きな魔方陣がうっすら浮かび上がり、そこから何人ものローブ姿の人間が出てきた。半分は黒いローブを着ており、魔術師ギルドの人間らしかった。もう半分はレイナート王国の紋章の入った白いローブを着ており、この国の魔術兵団の人間らしかった。
魔術師たちはバジリスク・クイーンを見ても、逃げることはなかった。それどころか、いきなり全員一丸となって、魔法攻撃をくりだしてきた。こちらめがけて水平に、一直線に、極太の雷撃をはなってきたのだ。
「うわっ!」
俺はとっさに近くの鎧をかついで、横に飛んだ。雷撃はバジリスク・クイーンの体に直撃した。
だが、それはまるでやつの体にダメージを与えていないようだった。
「ずいぶんと生ぬるい雷ね。これが人間のせいいっぱいってところかしら?」
バジリスク・クイーンは余裕の表情で、魔術師たちをあざ笑った。
「くっ……やはり、無詠唱の簡易術式では、これが限界か……」
と、魔術師ギルドのギルド長のおっさんが、歯軋りするのが見えた。なるほど、今のは速攻だから、威力が足りなかったらしい。
「では、これよりさらなる大規模魔術攻撃にとりかかる! 各自、例の準備を!」
「は!」
魔術師たちの行動の切り替えは素早かった。すぐにみな、その場にしゃがみ、地面に手をあてて詠唱を始めた。すると、たちまち、地面に大きな魔方陣が浮かび上がってきた。あれはおそらく、古代魔法のかなり強力なやつだ……。
「また何かするつもり? そうはさせなくてよ」
当然、無防備になっている彼らをバジリスク・クイーンが狙わないはずはなかった。やつはすぐに巨体を浮かせ、魔術師たちめがけて飛び掛った。大きな体に似合わない、恐ろしく敏捷な動きだった。
だが、その襲撃は突如ステージの周りに張り巡らされた鎖によって妨害された。バジリスク・クイーンの体はピンと伸びた鎖の一本にぶつかり、下に落ちた。
「これは結界ね……いまいましい」
バジリスク・クイーンは、鎖を張った人物、サキをじろりとにらんだ。サキの胸と腰周りに巻かれていた鎖はいまやすっかりほどけていて、かろうじて胸と腰に一本ずつ残っているだけのようだった。なんという姿……もはや全裸同然だ! だが、今はさすがに、それに見入っている場合じゃあない!
「勇者様! 今のうちにあの魔剣で攻撃して! こっちも準備が出来次第、援護するから!」
「え、魔剣?」
「勇者様は持っていたでしょう!」
「あ、はい……一応、持っていましたね」
それは今、封印されて、ザドリーの腰にあるわけなんですけどね。使えない状態なんですけどね!
「って、ちょっと! 勇者様、よく見ると、魔剣を持ってないじゃないの! どういうことなの!」
「まあ、いろいろあって……素手でもいいかなって」
「よくないわよ! 相手はそこらの雑魚とは違うのよ! 勇者様でも素手じゃ無理! ぜーーたいに無理なんだから! もうっ!」
サキはなんだか幼い少女みたいな口調でぷりぷり怒っている。
「いや、だいじょうぶだろ、こんなやつくらい?」
と、振り返ると、バジリスク・クイーンと目が合った。めっちゃ殺気走った眼差しだった。
「こんな結界、少し時間をかければ壊せそうだけど、せっかく舞台を用意してくれたことだし、このままあなたと遊ぶのもいいかもしれないわねえ。素手の、無力な勇者、アルドレイ様」
「あ、はい……そうですね」
あれ? 俺何気にピンチになってない? 魔剣なしで、ロイヤルクラスとガチバトルとか縛りゲーにもほどがあるんですけど!
「ア、アルゥ……なんでワイも一緒に閉じ込められるんや? ワイはちょっと工作が得意なだけの、ただのかわいいキツネさんやで?」
唯一の仲間はこんな有様だしな。
「とりあえず、今はやるしかないだろ、マオシュ! がんばろうぜ!」
「お、おうち帰りたいわ……」
マオシュはやはり恐怖で震えているだけだった。
バジリスク・クイーンに取り囲まれ中のさなかで、マオシュは叫び、いきなり急降下した。うわっ! 振り落とされないように、必死にその背中にしがみついた。
「おい、少しは背中に乗ってる人間のこと考えろよ」
ステージの中央に着地したところで、鎧の背中から降りながら、俺はその中のケモノに言ったが、
「せやかて、あんなん出てきたら、なあ……」
と、マオシュはガクブル状態で、上を指差すだけだった。
見ると、なるほど、確かに、俺たちのすぐ上空にいるのは、レジェンドの中でもディヴァインに次ぐレベルのロイヤルクラスらしい、迫力と威厳をそなえた巨大なモンスターのようだった。その体はやはり巨大な蛇としか形容できなかったが、鱗は銀色にきらめいており、瞳は金色で、頭の中央に一つだけしかなかった。今は空中でやや蛇腹に体をうねらせて、首を下にもたげ、俺たちをじっと見下ろしている様子だ。
「た、大変です! 突然、この会場の上空に巨大な魔物が出現しました! さきほどまで暴れていた小物とは大違いです! もしや、レジェンドの一種なのでしょうか!」
実況もさすがにひどく狼狽しているようだ。観客たちも騒然となり、悲鳴を上げたり、逃げようとしたりで、半狂乱になっている。
と、そのとき、
「魔物はどこだ! 我らが成敗してくれるーッ!」
どどどどどっ、と、ステージの横の通路から、騎士たちがいっせいになだれこんできた。馬にこそ乗ってないが、みな、鎧をまとい、槍や剣を携え、完全武装してる。
「おーっと! ここでさきほどの魔物乱入の知らせを受けて、我が国が誇る最強の騎士団が駆けつけてきました! これは頼もしい! 実に頼もしいィー!」
実況の声には安堵の感情がにじんでいた。本当に、心の底から助かったと思ったことだろう。
だが、駆けつけた騎士たちは、上空のバジリスク・クイーンを見るなり、一様にぎょっとしたようだった。
「団長、あそこにいるのは、たしかレジェンド・モンスターじゃあ?」
「レジェンド? マジで? 上からはそんな話、聞いてないんだけど?」
「普通の武器じゃ倒せないっすよ?」
「え、でも、俺たち魔剣なんか持って――」
「ないっすね。まあ、仮にうちの騎士団が管理してる魔剣を持ち出してきたところで、あれはちょっと倒せそうにないですけどねー」
「なにそれ! じゃあ、俺ら、どうすりゃいいんだよ!」
「そうですねえ? とりあえず、逃げたほうがいいんじゃないですか」
「そ、そうか! そうだな! ひとまず撤退して、応援を呼ぼう!」
と、ごにょごにょ内輪で話し合ったのち、騎士たちは団長の掛け声とともに、いきなり回れ右して、逃げ始めた。一目散に、蜘蛛の子を散らすような無秩序さで。
「お、おーっと? どうしたことでしょう、騎士団が撤退していきます! まさか我々を見捨てて逃げるのでしょうか! ひどい! そんなのあんまりだ! 何しに来たんだ、チクショウ! うわああんっ!」
実況が悲痛な声で叫ぶが、騎士たちは誰一人振り返らなかった。本当に、何しに来たんだろう、この人ら? あきれてしまう。
と、そこで――、
「あら? まさかこの私から逃げるつもり? そんなこと、できるわけないでしょう」
バジリスク・クイーンは大きな一つ目をゆがませ、笑うと、それを一瞬、強く光らせた。
それは本当に刹那の輝きで、やつはそれ以上、一切体を動かさなかった。だが、直後、俺の周りの風景は一変した。コロシアムにいる無数の観客たちが、逃げ惑う騎士たちが、みな全て石になってしまったのだ。
「な、なんや、これ! 一瞬でこんなん……アホか!」
俺の隣の鎧は、石にはならなかったが、いっそう身震いしたようだった。
「確かにえげつないな。あの一瞬だけでこれだけの人数を石に……って、あいつは無事か!」
俺ははっとして、あわてて、ステージのわきに目をやった。すると、ユリィがジオルゥを懐に抱きかかえる形で、立っているのが目に留まった。二人とも石にはなっていないようだ。俺はほっとした。
「たぶん、あの娘っ子の着ているローブには、呪いよけの加護の魔法がついてるんや。普通のモンじゃないのは、昨日、ちょっと見ただけでもわかったしな」
「そうか。なるほど……」
そういえば、あれはサキからもらった大事な物だって、前にユリィが言っていたな。確かにいいモノのようだ。
さらに、近くに目をやると、壁際でうずくまっているティリセの姿があった。憔悴しきっていて何もできないようだったが、石にはなってなかった。また、治療魔法チームも、リーダーらしきおばさんが、結界のようなものを張っていて、ほぼ全員無事だった。結界の中には姫とザドリーの姿もあった。少し前まで、つぶれたトマト状態だったのに、二人とも今はすっかり回復しているようだ。姫もやせた姿に戻っている。
「あの回復役のおばはんは、とっさにアンチ・カースの防御魔法使ったんやな。で、アルとあのクソエルフは、素の魔法耐性が異常やさかい、無事やったんやと思うで」
「へー。じゃあ、お前は?」
「ワイ? そりゃ、もちろん、この傑作のおかげやん? これ、そんじょそこらの呪いとか効かんし?」
マオシュは、ちょっと得意げにポーズをきめた。だが、直後、「ひいぃ!」と恐怖の悲鳴を上げて、俺の背中に回りこみ、しがみついてきた。バジリスク・クイーンが、ゆっくりと俺たちの近くに降りてきたからだった。
「へえ、私の瞳に耐えるなんて、なかなかやるじゃない。確かに傑作ね、その鎧」
そう言いながら、やつは俺たちのすぐ前に降りてきた。音もなく、ゆっくりと。
「よう。ずいぶんなあいさつだな。こっちは大会の最中だってのに、大迷惑だぜ」
俺はバジリスク・クイーンをにらんだ。こいつのおかげで、サキとの約束がパーだ、ちくしょう。
「ふふ、そんなに怖い顔をしないで、アルドレイ様。あなたの大切な人は、助かったのでしょう?」
バジリスク・クイーンはふと、ユリィたちのほうを見た。そして、「さっきのあなたのあせりようはなかったわねえ。そんなにあの子が心配だったのかしら?」と、あざ笑うように言った。
「ち、ちが! 俺は別に、あいつのことなんて、特に何も……」
とたんに顔が熱くなってしまう。いきなり何言ってんだ、この爬虫類。
「そっか。アルはあのユリィって娘が好きなんやな。わかるでー。いいにおいするもんなー」
「しないから! 俺、あいつのにおいとかどうでもいいから!」
どさくさにマオシュも何言ってんだよ! 変な便乗するなよ!
「あら、そうなの? だったら、あの子がどうなっても、かまわないわよねえ?」
バジリスク・クイーンはユリィを見つめたまま、再び瞳をあやしく光らせた。とたんに、ユリィたちの近くの地面が大きく隆起し、二枚のプレートになった。そして、それは左右から、ユリィたちを押しつぶそうと迫る――。
「ユリィ!」
俺は叫んだが、間に合わなかった。プレートは恐ろしい速さで、あっさりと、二人を押しつぶしてしまった。なんてことだ……目の前が真っ暗になった。全身から血の気が引く思いだった。
だが、
「アル、よく見てみい!」
マイシュがそこで鋭く叫んだ。はっとして、顔を上げると、ちょうど二枚のプレートの内部から鎖が何本も飛び出してきて、それが崩壊するところだった。中からは三人の人間が出てきた。ユリィと、ジオルゥ、そして鎖を体に巻きつけた女、サキだった。その鎖で守られたのだろうか、みな無傷のようだ。
「おおお! ナイスジョブだ! 変態女!」
ガッツポーズして感謝せずにはいられなかった。
「なんや? あの露出狂の女、どっから沸いて……?」
「バッカ。あれは偉大な魔法使い様なんだよ。ワープぐらいできてあたりまえだろ! 変態だけど!」
「そか! 変態やけどすごいんやな。あの姉ちゃん!」
「ちょっと、そこの二人! 感謝するか、けなすか、どっちかにしてくれる!」
サキの怒鳴り声が聞こえてきた。同時に、その背後の空中に大きな魔方陣がうっすら浮かび上がり、そこから何人ものローブ姿の人間が出てきた。半分は黒いローブを着ており、魔術師ギルドの人間らしかった。もう半分はレイナート王国の紋章の入った白いローブを着ており、この国の魔術兵団の人間らしかった。
魔術師たちはバジリスク・クイーンを見ても、逃げることはなかった。それどころか、いきなり全員一丸となって、魔法攻撃をくりだしてきた。こちらめがけて水平に、一直線に、極太の雷撃をはなってきたのだ。
「うわっ!」
俺はとっさに近くの鎧をかついで、横に飛んだ。雷撃はバジリスク・クイーンの体に直撃した。
だが、それはまるでやつの体にダメージを与えていないようだった。
「ずいぶんと生ぬるい雷ね。これが人間のせいいっぱいってところかしら?」
バジリスク・クイーンは余裕の表情で、魔術師たちをあざ笑った。
「くっ……やはり、無詠唱の簡易術式では、これが限界か……」
と、魔術師ギルドのギルド長のおっさんが、歯軋りするのが見えた。なるほど、今のは速攻だから、威力が足りなかったらしい。
「では、これよりさらなる大規模魔術攻撃にとりかかる! 各自、例の準備を!」
「は!」
魔術師たちの行動の切り替えは素早かった。すぐにみな、その場にしゃがみ、地面に手をあてて詠唱を始めた。すると、たちまち、地面に大きな魔方陣が浮かび上がってきた。あれはおそらく、古代魔法のかなり強力なやつだ……。
「また何かするつもり? そうはさせなくてよ」
当然、無防備になっている彼らをバジリスク・クイーンが狙わないはずはなかった。やつはすぐに巨体を浮かせ、魔術師たちめがけて飛び掛った。大きな体に似合わない、恐ろしく敏捷な動きだった。
だが、その襲撃は突如ステージの周りに張り巡らされた鎖によって妨害された。バジリスク・クイーンの体はピンと伸びた鎖の一本にぶつかり、下に落ちた。
「これは結界ね……いまいましい」
バジリスク・クイーンは、鎖を張った人物、サキをじろりとにらんだ。サキの胸と腰周りに巻かれていた鎖はいまやすっかりほどけていて、かろうじて胸と腰に一本ずつ残っているだけのようだった。なんという姿……もはや全裸同然だ! だが、今はさすがに、それに見入っている場合じゃあない!
「勇者様! 今のうちにあの魔剣で攻撃して! こっちも準備が出来次第、援護するから!」
「え、魔剣?」
「勇者様は持っていたでしょう!」
「あ、はい……一応、持っていましたね」
それは今、封印されて、ザドリーの腰にあるわけなんですけどね。使えない状態なんですけどね!
「って、ちょっと! 勇者様、よく見ると、魔剣を持ってないじゃないの! どういうことなの!」
「まあ、いろいろあって……素手でもいいかなって」
「よくないわよ! 相手はそこらの雑魚とは違うのよ! 勇者様でも素手じゃ無理! ぜーーたいに無理なんだから! もうっ!」
サキはなんだか幼い少女みたいな口調でぷりぷり怒っている。
「いや、だいじょうぶだろ、こんなやつくらい?」
と、振り返ると、バジリスク・クイーンと目が合った。めっちゃ殺気走った眼差しだった。
「こんな結界、少し時間をかければ壊せそうだけど、せっかく舞台を用意してくれたことだし、このままあなたと遊ぶのもいいかもしれないわねえ。素手の、無力な勇者、アルドレイ様」
「あ、はい……そうですね」
あれ? 俺何気にピンチになってない? 魔剣なしで、ロイヤルクラスとガチバトルとか縛りゲーにもほどがあるんですけど!
「ア、アルゥ……なんでワイも一緒に閉じ込められるんや? ワイはちょっと工作が得意なだけの、ただのかわいいキツネさんやで?」
唯一の仲間はこんな有様だしな。
「とりあえず、今はやるしかないだろ、マオシュ! がんばろうぜ!」
「お、おうち帰りたいわ……」
マオシュはやはり恐怖で震えているだけだった。
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