上 下
36 / 436
1章 暴虐の黄金竜マーハティカティ再討伐編

36 ハーウェル(単位)

しおりを挟む
 俺が次にしょっぴかれたのは、訓練場と思しき、広い部屋だった。俺とハーウェルがまず先に入り、少し遅れて、王様と近衛兵たちとギルド長とザドリーが入ってきた。

「そういえば、貴殿には自己紹介がまだだったな。それがしは騎士ハーウェル! ハーウェル・ギュストー。レイナート聖騎士団、副長を担う三十二歳である!」

 模擬戦用の木刀を選んでいると、にわかにハーウェルは、俺に向かって叫んだ。身長は百九十センチはありそうな大男だ。髪は黒く短く、肌は浅黒く、体は筋肉隆々。顔つきも彫りの深い、精悍なコワモテだ。さらに、鼻の頭から頬にかけては、大きな古傷が走っていた。

「さきほどの映像を見るに、貴殿はかの勇者の生まれ変わりだそうだな? だが、その肩書きに臆するそれがしではないぞ!」
「はあ」

 なんか、妙に張り切っちゃってて、めんどくさそうな相手だなあ。まあ、適当にやりあって、適当に負けるつもりだけどさ。

「一応、言っておきますけど、俺の名前はトモキって言うんで。アルなんとかさんなんて人は、知らないので」
「なるほど。男なら言葉ではなく剣で語れと言う事か」
「え」

 何この謎会話。何が、なるほどなんだ、この人。

「よく考えても見てください。一度死んだ人が、転生とかいうインチキシステムで復活するなんて、ありえないでしょ? ずるっこいでしょ? つまり、アルなんとかさんは十五年前に死んで、それで終わりなんです。俺はまったく関係ない――」
「はは! 相手が誰であろうと、それがしは手加減はせぬぞ!」
「……あの、人の話聞いてます?」
「ああ、そういえば、貴殿には話しておくべきことがあったな」

 と、ハーウェルはいきなり、俺にずいと近づいてきた。

「な、なんすか?」
「それがしのこの顔の傷のことだ。貴殿はこれをどう思う?」
「え? まあ……男の勲章って感じで、カッコイイんじゃないですか?」

 どうでもいい。本当は、めっちゃどうでもいいけどな!

「そうだろう、そうだろう。しかし、勘違いしないで欲しい。それがしは、過去の戦いで顔に深い傷を負ったことなど一度もないのだ。これはつまり……こういうことなのだ!」

 ハーウェルはそこで顔の傷に手をやり――それをぺりっと剥がした。そう、それは本物の傷ではなかったのだ……。

「それ、もしかして、シールですか?」
「そうだ! それがしは常にこれを顔に貼っている。いわばこれは、戦場で散っていった多くの友たちを忘れぬための、あかしなのだ。つまりは常在戦場!」
「そ、そうですか……」

 単にカッコツケのためなんじゃないかって気もするが?

「そして、これを貴殿の前で剥がすことの意味がわかるか?」
「わかりませんよ」

 知りたくもないよ。

「はっは! これはつまり、それがしの真の姿、真の力を晒すということなのだ!」

 ハーウェルは腰に手を当て、高笑いしながら言った。なんだそれ、実はリミッターだったのかよ。

「す、すごい! 俺、ハーウェルさんが、アレを外すところを初めて見たよ!」
「ハーウェルさんにあそこまでさせる相手なんて……ばねえ! マジぱねえ!」
「本気だ! もう誰もあの人を止められない……!」

 ざわざわ。近衛兵たちがなんか騒ぎ始めている。いちいち、うるさいなあ、もう。

「ごちゃごちゃ前置きはいいから、とっとと終わらせましょうよ」

 俺は適当に近くの木刀を取ると、腰にさしたゴミ魔剣を下に転がした。さすがに邪魔だしな。

「それもそうだな。よし、行くぞ!」

 ハーウェルも木刀を手に取り、すぐに俺に打ち込んできた。その動きはこの国一番といわれるだけに素早い――というほどでもなかった。なんだか妙にスロウリィ?

「あの……本気モードなんですよね?」

 適当にハーウェルの木刀をかわしながら、思わずたずねてしまった。

「ま、まあ、本気ではあるがまだ全力ではない!」

 ふんふんふん!と、木刀を振り回しながら、なんだか気まずそうにハーウェルは答えた。

「じゃあ、とっとと全力出してくださいよ」

 そうじゃないと、負けたフリをするにしても、サマにならないからな。

「ならば、それがしの渾身の一撃を食らえ!」

 とうっ! ハーウェルは俺の喉笛に向かって、力強く突きを放ってきた。

「いや、これはどう考えても反則でしょ?」

 喉に突きって、木刀でも殺す気マンマン攻撃じゃん。模擬戦でこれはないでしょー。俺は苦笑いしつつ、少し後ずさりして、ハーウェルの木刀を指で挟んで受け止めた。ぴたっ! その動きはあっさり止まった。

「な……それがしの、全力の突きを、指だけで……」
「え、ほんとに全力だったの」

 特に力強さは感じなかったんだが?

「あの、つかぬことを聞きますが、あなた本当にこの国一番の武芸者でいいんですよね? 体調崩してるとかでもないんですよね?」
「も、もちろんだ!」

 ハーウェルは威勢よく答えるが、その額にはじんわり冷や汗がにじんでいた。

「き、貴殿は卓越した防御能力を持っているようだな! さすが勇者アルドレイといわざるを得ない!」
「いや、だから、俺はアルドレイじゃなくてトモキだって。あと、どっちかというと、防御より攻撃のほうが得意だから」
「え……攻撃のほうが得意……」

 ハーウェルは瞬間、たじろいだように半歩後ずさった。

「そ、それならば、ぜひ、その攻撃の腕前を見せて欲しいもの、だな! だな!」

 言いながら、どんどん俺から離れていくハーウェルだった。もしかして、びびってんのか、このおっさん? 俺、まだ何もしてないんだが? 口だけ大将すぎるだろ……。

 でも、ここで本気出したら、普通に俺が勝っちゃうっぽいしなあ。それはまためんどくさいことになるから、避けたい。なんとしても避けたい。

「う……なんか急に腹が痛いっ!」

 俺はとっさに、痛くもない腹を両手で抱えてうずくまった。

「きっと、さっき、一撃もらったせいだ! ハーウェルさん、マジぱねえ!」
「え? それがしの攻撃は当たらなかったはずだが……?」
「それが、一発入ってたんですよ! 目にも留まらぬ早業でした! おかげで、痛みもディレイでやってきたってもんでさあ!」
「そ、そうなのか……」

 ハーウェルはなんだかほっとしたような顔で俺の近くに戻ってきた。

「この痛みじゃ、俺はもう戦えないです! 完敗です! ハーウェルさんマジつよ!」
「はは、そうか! それがしの勝利か!」

 ハーウェル氏、にっこり笑顔――のはずだったが、そこで、

「待て! 食らってもいない攻撃で試合を放棄するとは、明らかに不正であるぞ! 続けよ!」

 王様の怒ったような声が聞こえてきた。

 くそっ! はたから見てる人間にはさすがに嘘がバレたか! 歯軋りしちゃう俺だった。

「あ、なんか、そうえば、たいした痛みじゃなくなったような? ちょっとかすっただけだったしなあ。ははは」

 俺は体裁を取り繕いつつ、立ち上がった。そして、

「じゃあ、第二ラウンドといきましょうか!」

 いかにもマジメぶって、木刀を構えなおした。

「そ、そうか? ならば今度こそ、手加減はせぬぞ!」

 ハーウェルはこんな俺の様子に困惑しているようだったが、すぐにまた木刀を打ち込んできた。相変わらずたいした速さじゃなかったが、とりあえず、試合を早く終わらせるために、その一太刀をわざと右腕に食らった。ぺち! ちょっと痛かった。

「ぐあああっ! 腕がああっ! 利き腕がああっ! これじゃもう戦えないぃいい!」

 即座に床に転がり、右腕を左腕で押さえ、痛みに悶絶する演技をした。王様のほうに向かって。気分は、審判にウソのファウルアピールをするサッカー選手だ。

 だが、

「たいしたダメージでもないのに、痛がるフリをするとは、実にけしからん!」

 王様、またしても俺の演技を見破りやがった! くそ! なんだこの気の利かないデブ!

「いや、今のは本当に痛かったんですよ! 俺はもう木刀を握ることすらできない! 信じてくださいよ!」

 俺は王様のほうを向き、必死に訴えた――と、そこで、王様の手にいつの間にやら、ゴミ魔剣が握られているのに気づいた。さらに、王様の目つきもハイライトが消えて、おかしな感じになっている……。

「て、てめえ、いつのまに――」
「ズルはいけないですねえ? 相手が全力をだしているのだから、マスターも全力で応えるべきですヨ?」

 ネム in 王様は、にやりと笑いながら言った。こいつ、一国の王の体ですら、乗っ取れるのかよ! つか、ちょっと目を放した隙にこれかよ!

「てめえ、俺がどんなに負けても、認めないつもりだな!」
「余はおぬしの真の力が見たいのでな、フフ」
「ふざけんな!」

 くそが! これじゃ、いくら負ける演技しても無駄じゃねえか! あいつ、どこまで俺をコケにして……。怒りがメラメラとわいてきた。

「あ、あのう……。それがし、そろそろ攻撃を再開してもよいか――」
「見掛け倒しのクソザコデクノボーは黙ってろ!」

 どごっ! 急に視界に入ってきた筋肉ダルマのおっさんを蹴り飛ばし、俺は直ちに、ネムのほうに駆け寄った。そして、その顔を思いっきりグーで殴った! 力いっぱい殴ってやった!

「ぐはあっ!」

 その太った体はきりもみ回転しながらぶっ飛び、後ろの壁に叩きつけられた。

「へへ、どんなもんだ! てめえも、少しは人の痛みってもんを覚え――」
「へ、陛下! 貴様、陛下に何を!」
「不敬である! すぐにこの者をひっとらえよ!」
「え」

 俺はたちまち近衛兵たちに囲まれた。

 そして、すぐに――城の地下の牢屋にぶち込まれた。

「あ、あるぇー?」

 どうしてこうなった? どうしてこうなった? 薄暗い牢の中で、首をかしげちゃう俺だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ブラック宮廷から解放されたので、のんびりスローライフを始めます! ~最強ゴーレム使いの気ままな森暮らし~

ヒツキノドカ
ファンタジー
「クレイ・ウェスタ―! 貴様を宮廷から追放する!」  ブラック宮廷に勤めるゴーレム使いのクレイ・ウェスターはある日突然クビを宣告される。  理由は『不当に高い素材を買いあさったこと』とされたが……それはクレイに嫉妬する、宮廷魔術師団長の策略だった。  追放されたクレイは、自由なスローライフを求めて辺境の森へと向かう。  そこで主人公は得意のゴーレム魔術を生かしてあっという間に快適な生活を手に入れる。    一方宮廷では、クレイがいなくなったことで様々なトラブルが発生。  宮廷魔術師団長は知らなかった。  クレイがどれほど宮廷にとって重要な人物だったのか。  そして、自分では穴埋めできないほどにクレイと実力が離れていたことも。  「こんなはずでは……」と嘆きながら宮廷魔術師団長はクレイの元に向かい、戻ってくるように懇願するが、すでに理想の生活を手に入れたクレイにあっさり断られてしまう。  これはブラック宮廷から解放された天才ゴーレム使いの青年が、念願の自由なスローライフを満喫する話。 ーーーーーー ーーー ※4/29HOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝! ※推敲はしていますが、誤字脱字があるかもしれません。 見つけた際はご報告いただけますと幸いです……

金貨増殖バグが止まらないので、そのまま快適なスローライフを送ります

桜井正宗
ファンタジー
 無能の落ちこぼれと認定された『ギルド職員』兼『ぷちドラゴン』使いの『ぷちテイマー』のヘンリーは、職員をクビとなり、国さえも追放されてしまう。  突然、空から女の子が降ってくると、キャッチしきれず女の子を地面へ激突させてしまう。それが聖女との出会いだった。  銀髪の自称聖女から『ギフト』を貰い、ヘンリーは、両手に持てない程の金貨を大量に手に入れた。これで一生遊んで暮らせると思いきや、金貨はどんどん増えていく。増殖が止まらない金貨。どんどん増えていってしまった。  聖女によれば“金貨増殖バグ”だという。幸い、元ギルド職員の権限でアイテムボックス量は無駄に多く持っていたので、そこへ保管しまくった。  大金持ちになったヘンリーは、とりあえず念願だった屋敷を買い……スローライフを始めていく!?

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

闇の錬金術師と三毛猫 ~全種類のポーションが製造可能になったので猫と共にお店でスローライフします~

桜井正宗
ファンタジー
Cランクの平凡な錬金術師・カイリは、宮廷錬金術師に憧れていた。 技術を磨くために大手ギルドに所属。 半年経つとギルドマスターから追放を言い渡された。 理由は、ポーションがまずくて回復力がないからだった。 孤独になったカイリは絶望の中で三毛猫・ヴァルハラと出会う。人語を話す不思議な猫だった。力を与えられ闇の錬金術師に生まれ変わった。 全種類のポーションが製造可能になってしまったのだ。 その力を活かしてお店を開くと、最高のポーションだと国中に広まった。ポーションは飛ぶように売れ、いつの間にかお金持ちに……! その噂を聞きつけた元ギルドも、もう一度やり直さないかとやって来るが――もう遅かった。 カイリは様々なポーションを製造して成り上がっていくのだった。 三毛猫と共に人生の勝ち組へ...!

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

ゴミアイテムを変換して無限レベルアップ!

桜井正宗
ファンタジー
 辺境の村出身のレイジは文字通り、ゴミ製造スキルしか持っておらず馬鹿にされていた。少しでも強くなろうと帝国兵に志願。お前のような無能は雑兵なら雇ってやると言われ、レイジは日々努力した。  そんな努力もついに報われる日が。  ゴミ製造スキルが【経験値製造スキル】となっていたのだ。  日々、優秀な帝国兵が倒したモンスターのドロップアイテムを廃棄所に捨てていく。それを拾って【経験値クリスタル】へ変換して経験値を獲得。レベルアップ出来る事を知ったレイジは、この漁夫の利を使い、一気にレベルアップしていく。  仲間に加えた聖女とメイドと共にレベルを上げていくと、経験値テーブルすら操れるようになっていた。その力を使い、やがてレイジは帝国最強の皇剣となり、王の座につく――。 ※HOTランキング1位ありがとうございます! ※ファンタジー7位ありがとうございます!

処理中です...