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5章 エイリアン・セルフィ―
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「なにそれ! ひどい! 私をだましたのね!」
「いやいや。僕はちょっと言い忘れていただけですよ。パックの効果は、あくまで椿さんご自身の視界の中だけです、と。いやあ、僕ってばうっかりさんでしたね。これは失礼」
はっはっは、と、激怒している萌花相手に、ウロマは楽しそうに笑う。
「何笑ってるの! あんた、自分が何したかわかってるの! あんたのせいで、私、この一週間、ずっとこんなぶさ顔晒してたってことじゃない! いったい、どう責任とってくれるのよ!」
「責任? はて? 椿さんはこの一週間、お顔のことで何か困ったことがあったのですか?」
「え……」
「誰かに顔をバカにされたのでしょうか。それとも、目が合っただけで子供に泣かれたり、街を歩いているだけで通行人に笑われたりしたのでしょうか」
「いや、そんなのは――」
「そうでしょうねえ。むしろ、周りの人たちからは、顔をほめられたんじゃないでしょうか。前よりいい顔になった、とかなんとか」
「な、なんで、そんなこと知ってるのよ!」
萌花はビックリした。そして、同時にはっと、その言葉のおかしさに気づいた。自分は前と同じぶさ顔のままだったのに、どうして両親も友達も、いい顔だとほめたのだろう?
「まさか、みんながあんたとグルになって私を騙してたってこと?」
「それはないです。ご安心ください。この件に関しては、僕の単独の犯行です」
ウロマはきっぱりと言い切った。犯行、と。
「みなさんがあなたの顔をほめたのは、顔のことで悩んでいたころに比べて表情が明るくなったことと、あなたのありのままの素顔が魅力的だからでしょう。そう、こんなふうに、ヘンテコな修正をされた顔よりもね」
と、ウロマは再びスタンドミラーを操作した。たちまち、そこに萌花のSNSのアカウントが表示された。どうやらこの盗撮鏡はネット接続もできるらしい。そのヘッダーには、萌花の、盛りに盛った自撮り写真が表示されていた。そして、その左下には、ここ最近投稿された自撮りのサムネイル画像が並んでいた。それは当然、ヘッダーの写真とはかけ離れている。まるで別人の顔だ。
「やだ! ぶさ顔のままこんなにアップしちゃってる!」
萌花は再び愕然とした。そうだった、この一週間の自撮りは全部無修正のままだった。顔がきれいに変わったと思い込んでいたから。なんてことをしてしまったんだろう。こんな醜い顔を晒してしまって。
「もうやだ、死にたい……マジで殺して」
もはや頭を抱えてひたすら絶望するしかなかった。この世の終わりだ。
「どうしてそんなに落ち込んでいるのですか、椿さん。ここ最近の盛ってない自撮りのほうが、前のものよりずっと好評に見えますが?」
ウロマは盗撮鏡を手に取り、タブレットのように画面にタッチして操作した。萌花のSNSの様子を見ているようだった。隣の灯美も首を伸ばして、盗撮鏡タブレットを覗き込んでいる。
「いいね!も多いですし、フォロワーの数もあっというまに千人突破してるじゃないですか。一週間前は六百人くらいしかなかったのに、急成長です。きっと、あなたの盛ってない、ありのままの素顔の写真が魅力的なので、多くのユーザーに拡散されたんでしょうね」
「やめてよ! こんな顔が魅力的とかありえないんだけど!」
ウロマに何を言われても、萌花はまったく理解できなかった。なんでみんな、こんなぶさ顔をほめるんだろう。意味がわからない。
「……まあ、そうでしょうね。僕が何を言っても、どんな客観的で公正な事実を突きつけようと、あなたは自分が醜いと、かたくなに信じ続けることでしょう。なにせ、あなたは心の病気なんですからね」
ウロマは盗撮鏡タブレットから顔を上げ、萌花をまっすぐ見つめた。
「心の病気?」
「はい。あなたは身体醜形障害、あるいは醜形恐怖症と呼ばれる病気でしょう。それも新型ですね。自撮りを加工し続けることで発症する、通称、スナップチャット醜形恐怖症です」
「しゅうけいしょうふしょう? 新型の?」
聞いたことのない言葉だ。しかも新型って何だ。
「なんなの、ソレ? いきなり病気認定とか意味わかんないんだけど!」
「まあまあ、そんなに熱くならないで。僕は医師ではないので、正式に病気を診断することはできないんですよ。あくまで、僕がそうなんじゃなかなーって思っただけの話なのです」
かっとする萌花に対して、ウロマは相変わらずの調子だ。
「そもそも醜形恐怖症とは、自分が醜いと思い込む病気です。患者はほとんどの場合、他人から見てまったく問題のない外見をしています。にもかかわらず、彼らは自分の容姿のささいな欠点を強く嫌悪し、多くは美容整形手術によってそれを解決しようとします――まるで今の椿さんのようにね」
ウロマは再び盗撮鏡タブレットを手に取り、それを萌花に向けた。それはもう、鏡に戻っていた。いきなり自分の醜い素顔が目の前に現れて、萌花はげっとなり、とっさに顔をそむけた。
「はは、そうです。その反応です。まさに醜形恐怖症ですね」
ウロマが意地悪そうに笑う。萌花はますます苛立ちを募らせた。
「いやいや。僕はちょっと言い忘れていただけですよ。パックの効果は、あくまで椿さんご自身の視界の中だけです、と。いやあ、僕ってばうっかりさんでしたね。これは失礼」
はっはっは、と、激怒している萌花相手に、ウロマは楽しそうに笑う。
「何笑ってるの! あんた、自分が何したかわかってるの! あんたのせいで、私、この一週間、ずっとこんなぶさ顔晒してたってことじゃない! いったい、どう責任とってくれるのよ!」
「責任? はて? 椿さんはこの一週間、お顔のことで何か困ったことがあったのですか?」
「え……」
「誰かに顔をバカにされたのでしょうか。それとも、目が合っただけで子供に泣かれたり、街を歩いているだけで通行人に笑われたりしたのでしょうか」
「いや、そんなのは――」
「そうでしょうねえ。むしろ、周りの人たちからは、顔をほめられたんじゃないでしょうか。前よりいい顔になった、とかなんとか」
「な、なんで、そんなこと知ってるのよ!」
萌花はビックリした。そして、同時にはっと、その言葉のおかしさに気づいた。自分は前と同じぶさ顔のままだったのに、どうして両親も友達も、いい顔だとほめたのだろう?
「まさか、みんながあんたとグルになって私を騙してたってこと?」
「それはないです。ご安心ください。この件に関しては、僕の単独の犯行です」
ウロマはきっぱりと言い切った。犯行、と。
「みなさんがあなたの顔をほめたのは、顔のことで悩んでいたころに比べて表情が明るくなったことと、あなたのありのままの素顔が魅力的だからでしょう。そう、こんなふうに、ヘンテコな修正をされた顔よりもね」
と、ウロマは再びスタンドミラーを操作した。たちまち、そこに萌花のSNSのアカウントが表示された。どうやらこの盗撮鏡はネット接続もできるらしい。そのヘッダーには、萌花の、盛りに盛った自撮り写真が表示されていた。そして、その左下には、ここ最近投稿された自撮りのサムネイル画像が並んでいた。それは当然、ヘッダーの写真とはかけ離れている。まるで別人の顔だ。
「やだ! ぶさ顔のままこんなにアップしちゃってる!」
萌花は再び愕然とした。そうだった、この一週間の自撮りは全部無修正のままだった。顔がきれいに変わったと思い込んでいたから。なんてことをしてしまったんだろう。こんな醜い顔を晒してしまって。
「もうやだ、死にたい……マジで殺して」
もはや頭を抱えてひたすら絶望するしかなかった。この世の終わりだ。
「どうしてそんなに落ち込んでいるのですか、椿さん。ここ最近の盛ってない自撮りのほうが、前のものよりずっと好評に見えますが?」
ウロマは盗撮鏡を手に取り、タブレットのように画面にタッチして操作した。萌花のSNSの様子を見ているようだった。隣の灯美も首を伸ばして、盗撮鏡タブレットを覗き込んでいる。
「いいね!も多いですし、フォロワーの数もあっというまに千人突破してるじゃないですか。一週間前は六百人くらいしかなかったのに、急成長です。きっと、あなたの盛ってない、ありのままの素顔の写真が魅力的なので、多くのユーザーに拡散されたんでしょうね」
「やめてよ! こんな顔が魅力的とかありえないんだけど!」
ウロマに何を言われても、萌花はまったく理解できなかった。なんでみんな、こんなぶさ顔をほめるんだろう。意味がわからない。
「……まあ、そうでしょうね。僕が何を言っても、どんな客観的で公正な事実を突きつけようと、あなたは自分が醜いと、かたくなに信じ続けることでしょう。なにせ、あなたは心の病気なんですからね」
ウロマは盗撮鏡タブレットから顔を上げ、萌花をまっすぐ見つめた。
「心の病気?」
「はい。あなたは身体醜形障害、あるいは醜形恐怖症と呼ばれる病気でしょう。それも新型ですね。自撮りを加工し続けることで発症する、通称、スナップチャット醜形恐怖症です」
「しゅうけいしょうふしょう? 新型の?」
聞いたことのない言葉だ。しかも新型って何だ。
「なんなの、ソレ? いきなり病気認定とか意味わかんないんだけど!」
「まあまあ、そんなに熱くならないで。僕は医師ではないので、正式に病気を診断することはできないんですよ。あくまで、僕がそうなんじゃなかなーって思っただけの話なのです」
かっとする萌花に対して、ウロマは相変わらずの調子だ。
「そもそも醜形恐怖症とは、自分が醜いと思い込む病気です。患者はほとんどの場合、他人から見てまったく問題のない外見をしています。にもかかわらず、彼らは自分の容姿のささいな欠点を強く嫌悪し、多くは美容整形手術によってそれを解決しようとします――まるで今の椿さんのようにね」
ウロマは再び盗撮鏡タブレットを手に取り、それを萌花に向けた。それはもう、鏡に戻っていた。いきなり自分の醜い素顔が目の前に現れて、萌花はげっとなり、とっさに顔をそむけた。
「はは、そうです。その反応です。まさに醜形恐怖症ですね」
ウロマが意地悪そうに笑う。萌花はますます苛立ちを募らせた。
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