上 下
51 / 68
5章 エイリアン・セルフィ―

5 - 7

しおりを挟む
「なにそれ! ひどい! 私をだましたのね!」
「いやいや。僕はちょっと言い忘れていただけですよ。パックの効果は、あくまで椿さんご自身の視界の中だけです、と。いやあ、僕ってばうっかりさんでしたね。これは失礼」

 はっはっは、と、激怒している萌花相手に、ウロマは楽しそうに笑う。

「何笑ってるの! あんた、自分が何したかわかってるの! あんたのせいで、私、この一週間、ずっとこんなぶさ顔晒してたってことじゃない! いったい、どう責任とってくれるのよ!」
「責任? はて? 椿さんはこの一週間、お顔のことで何か困ったことがあったのですか?」
「え……」
「誰かに顔をバカにされたのでしょうか。それとも、目が合っただけで子供に泣かれたり、街を歩いているだけで通行人に笑われたりしたのでしょうか」
「いや、そんなのは――」
「そうでしょうねえ。むしろ、周りの人たちからは、顔をほめられたんじゃないでしょうか。前よりいい顔になった、とかなんとか」
「な、なんで、そんなこと知ってるのよ!」

 萌花はビックリした。そして、同時にはっと、その言葉のおかしさに気づいた。自分は前と同じぶさ顔のままだったのに、どうして両親も友達も、いい顔だとほめたのだろう?

「まさか、みんながあんたとグルになって私を騙してたってこと?」
「それはないです。ご安心ください。この件に関しては、僕の単独の犯行です」

 ウロマはきっぱりと言い切った。犯行、と。

「みなさんがあなたの顔をほめたのは、顔のことで悩んでいたころに比べて表情が明るくなったことと、あなたのありのままの素顔が魅力的だからでしょう。そう、こんなふうに、ヘンテコな修正をされた顔よりもね」

 と、ウロマは再びスタンドミラーを操作した。たちまち、そこに萌花のSNSのアカウントが表示された。どうやらこの盗撮鏡はネット接続もできるらしい。そのヘッダーには、萌花の、盛りに盛った自撮り写真が表示されていた。そして、その左下には、ここ最近投稿された自撮りのサムネイル画像が並んでいた。それは当然、ヘッダーの写真とはかけ離れている。まるで別人の顔だ。

「やだ! ぶさ顔のままこんなにアップしちゃってる!」

 萌花は再び愕然とした。そうだった、この一週間の自撮りは全部無修正のままだった。顔がきれいに変わったと思い込んでいたから。なんてことをしてしまったんだろう。こんな醜い顔を晒してしまって。

「もうやだ、死にたい……マジで殺して」

 もはや頭を抱えてひたすら絶望するしかなかった。この世の終わりだ。

「どうしてそんなに落ち込んでいるのですか、椿さん。ここ最近の盛ってない自撮りのほうが、前のものよりずっと好評に見えますが?」

 ウロマは盗撮鏡を手に取り、タブレットのように画面にタッチして操作した。萌花のSNSの様子を見ているようだった。隣の灯美も首を伸ばして、盗撮鏡タブレットを覗き込んでいる。

「いいね!も多いですし、フォロワーの数もあっというまに千人突破してるじゃないですか。一週間前は六百人くらいしかなかったのに、急成長です。きっと、あなたの盛ってない、ありのままの素顔の写真が魅力的なので、多くのユーザーに拡散されたんでしょうね」
「やめてよ! こんな顔が魅力的とかありえないんだけど!」

 ウロマに何を言われても、萌花はまったく理解できなかった。なんでみんな、こんなぶさ顔をほめるんだろう。意味がわからない。

「……まあ、そうでしょうね。僕が何を言っても、どんな客観的で公正な事実を突きつけようと、あなたは自分が醜いと、かたくなに信じ続けることでしょう。なにせ、あなたは心の病気なんですからね」

 ウロマは盗撮鏡タブレットから顔を上げ、萌花をまっすぐ見つめた。

「心の病気?」
「はい。あなたは身体醜形障害、あるいは醜形恐怖症と呼ばれる病気でしょう。それも新型ですね。自撮りを加工し続けることで発症する、通称、スナップチャット醜形恐怖症です」
「しゅうけいしょうふしょう? 新型の?」

 聞いたことのない言葉だ。しかも新型って何だ。

「なんなの、ソレ? いきなり病気認定とか意味わかんないんだけど!」
「まあまあ、そんなに熱くならないで。僕は医師ではないので、正式に病気を診断することはできないんですよ。あくまで、僕がそうなんじゃなかなーって思っただけの話なのです」

 かっとする萌花に対して、ウロマは相変わらずの調子だ。

「そもそも醜形恐怖症とは、自分が醜いと思い込む病気です。患者はほとんどの場合、他人から見てまったく問題のない外見をしています。にもかかわらず、彼らは自分の容姿のささいな欠点を強く嫌悪し、多くは美容整形手術によってそれを解決しようとします――まるで今の椿さんのようにね」

 ウロマは再び盗撮鏡タブレットを手に取り、それを萌花に向けた。それはもう、鏡に戻っていた。いきなり自分の醜い素顔が目の前に現れて、萌花はげっとなり、とっさに顔をそむけた。

「はは、そうです。その反応です。まさに醜形恐怖症ですね」

 ウロマが意地悪そうに笑う。萌花はますます苛立ちを募らせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

公立探偵ホムラ

サツキユキオ
ミステリー
公立探偵を営む穂村の元に、渡辺という青年がやって来る。破格の報酬が支払われるといういかにも怪しげな仕事を受けるかどうか迷っているという彼に、穂村はとりあえず受けたらよいと言う。穂村のアドバイス通りに仕事を始めた渡辺であったが、徐々に働き先への違和感を感じ始める。一方穂村は行方不明の甥を探してほしいという依頼を受けて──。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

リアル

ミステリー
俺たちが戦うものは何なのか

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

機織姫

ワルシャワ
ホラー
栃木県日光市にある鬼怒沼にある伝説にこんな話がありました。そこで、とある美しい姫が現れてカタンコトンと音を鳴らす。声をかけるとその姫は一変し沼の中へ誘うという恐ろしい話。一人の少年もまた誘われそうになり、どうにか命からがら助かったというが。その話はもはや忘れ去られてしまうほど時を超えた現代で起きた怖いお話。はじまりはじまり

濡れ衣の商人

鷹栖 透
ミステリー
25歳、若手商社マン田中の平穏な日常は、突然の横領容疑で暗転する。身に覚えのない濡れ衣、会社からの疑いの目、そして迫り来る不安。真犯人を探す孤独な戦いが、ここから始まる。 親友、上司、同僚…身近な人物が次々と容疑者として浮かび上がる中、田中は疑惑の迷宮へと足を踏み入れる。巧妙に仕組まれた罠、隠蔽された真実、そして信頼と裏切りの連鎖。それぞれの alibi の裏に隠された秘密とは? 緻密に描かれた人間関係、複雑に絡み合う動機、そして衝撃の真相。田中の執念深い調査は、やがて事件の核心へと迫っていく。全ての謎が解き明かされる時、あなたは想像を絶する結末に言葉を失うだろう。一気読み必至の本格ミステリー、ここに開幕!

失くした記憶

うた
ミステリー
ある事故がきっかけで記憶を失くしたトウゴ。記憶を取り戻そうと頑張ってはいるがかれこれ10年経った。 そんなある日1人の幼なじみと再会し、次第に記憶を取り戻していく。 思い出した記憶に隠された秘密を暴いていく。

金無一千万の探偵譜

きょろ
ミステリー
年齢四十歳。派手な柄シャツに、四六時中煙草の煙をふかす男。名を「金無 一千万(かねなし いちま)」 目つきと口の悪さ、更にその横柄な態度を目の当たりにすれば、誰も彼が「探偵」だとは思うまい。 本人ですら「探偵」だと名乗った事は一度もないのだから。 しかしそんな彼、金無一千万は不思議と事件を引寄せる星の元にでも生まれたのだろうか、彼の周りでは奇妙難解の事件が次々に起こる。 「金の存在が全て――」 何よりも「金」を愛する金無一千万は、その見た目とは対照的に、非凡な洞察力、観察力、推理力によって次々と事件を解決していく。その姿はまさに名探偵――。 だが、本人は一度も「探偵」と名乗った覚えはないのだ。

処理中です...